第43話:『瞬殺。視認できない蹂躙』
「――開戦」
誰が言ったのか。あるいは、誰も言わなかったのか。
認識できたのは、紫色の閃光が視界を焼いた、という事実だけだった。
「燃え尽きなさ――ガハッ!?」
レナが両手に炎を灯し、構えようとした瞬間には、もう終わっていた。
彼女の背後。
いつの間にか回り込んでいたリズが、レナの後頭部をデコピンのように軽く弾いていたのだ。
ドォォォォンッ!!
それだけの動作で、レナの体は砲弾のように吹き飛び、石畳を削りながら転がっていった。
炎を放つどころか、トリガーを引く思考すら間に合っていない。
「レナさん!? くっ、総員防御! 『重力障へ――』」
ソフィアがタワーシールドを地面に突き立てようとする。
だが、その重厚な盾が地面に触れるより早く、リズのブーツの底が盾の表面を蹴り抜いていた。
ガギィィンッ!!
「判断が遅い。筋肉の収縮が見え見えよ」
質量差など関係ない。速度の二乗は威力に変わる。
ソフィアは盾ごと浮き上がり、後方の壁へと叩きつけられた。
最強の矛と盾が、わずか1秒未満で無力化される。
『シキさん! 私が援護します!』
インカムからクレアの叫び声が響く。
3キロ先からの超遠距離狙撃。
不可視の空気弾が、音速を超えてリズの眉間へと迫る。
タイミング、死角、弾速、全てが完璧なはずだった。
だが。
「……あーあ。見えすぎちゃって欠伸が出るわ」
リズは歩くような動作で首を傾けた。
ヒュンッ。
彼女の頬の横を、見えないはずの矢が通り過ぎる。
「嘘……! 矢を見てから避けた……!?」
『ありえない……! 着弾まで0.5秒もないのに、矢が放たれた後に動き出したなんて……!』
クレアの悲鳴に近い報告。
リズはニヤリと笑い、さらに加速する。
バチバチバチバチッ!!
広場に無数の紫電が走った。
レナが起き上がろうとすれば転ばされ、ソフィアが魔法を使おうとすれば指先を弾かれる。
攻撃ですらない。ただの「お遊び」。
だが、その速度差ゆえに、誰も彼女に触れることすらできない。
「遅い、遅い、遅い! 止まって見えるわよ!」
残像が乱舞し、嘲笑が全方位から響く。
魔法ではない。
彼女はただ、自身の神経に過剰な電気信号を流し込み、反射神経と筋収縮速度を生物的な限界まで――いや、限界を超えて加速させているだけだ。
単純な身体能力の暴力。ゆえに、対抗策が存在しない。
「……なるほどな。『神速』の正体は、脳内クロックのオーバークロックか」
シキだけが、その場に立ち尽くし、冷や汗を流しながらも冷静に観察していた。
彼の目にもリズの姿は見えていない。
だが、『虚数回路』が捉える魔力の軌跡は、彼女が異常なリスクを背負って動いていることを示していた。
「……つまんない。もっと楽しませてくれるんじゃなかったの?」
ピタリ、と。
シキの鼻先、数センチのところでリズが停止した。
風圧でシキの髪が舞い上がる。
リズは退屈そうに頬杖をつくポーズをとりながら、見下ろすように言った。
「ねえ、技師さん。あんたの自慢のパーティ、もう全滅しちゃったけど? ……次はあんたが壊れる番?」
絶対的な絶望。
だが、シキは怯むことなく、彼女の瞳――高速で動きすぎて充血し、血走った瞳を見つめ返した。
「……ひどい目の隈だ。お前、世界が遅すぎて『夜も眠れてない』んだろ?」
その言葉に、リズの余裕の笑みが、ピクリと凍りついた。




