第42話:『0.0001秒の退屈。彼女だけの時間軸』
教室の時計の秒針が、カチリと動く。
その「一秒」の間に、私は教科書の全ページを読み終え、シャーペンの芯を積み上げてタワーを作り、あくびを3回噛み殺すことができる。
『えぇぇぇー……、つぅぅぅぎぃぃぃのぉぉぉ……、ぺぇぇぇじぃぃぃをぉぉぉ……』
教壇に立つ老教師の声が、壊れかけたレコードのように間延びして聞こえる。
あまりの遅さに吐き気がする。
私、リズ・スカーレットの世界は、常にこの調子だ。
私の固有魔法『神速神経』は、脳内の電気信号を光速に近づけ、思考速度を常人の数千倍に加速させる。
戦闘においては無敵の能力。
けれど、日常においては、これはただの「呪い」だ。
クラスメイトの笑い声は、不気味な低音の唸り声に聞こえる。
雨粒は空中で静止したガラス玉のよう。
誰かと会話をしようとしても、相手が最初の一文字を発する頃には、私はもうその言葉の予測変換を終え、飽きて、別のことを考えている。
(……退屈。退屈、退屈、退屈!)
私は机に突っ伏した。
世界はいつだって、私を置き去りにして止まっている。
私だけが、誰もいない高速道路をフェラーリで走り続けているような孤独。
誰も追いつけない。誰も並走してくれない。
だからこそ――私は「刺激」に飢えていた。
†
場面は戻り、学園のメインストリート。
私の目の前には、今話題の「最強パーティ」たちが、怒りの形相で固まっていた。
「よ……く……も……」
レナが口を開きかけている。
彼女の唇がゆっくりと動き、表情筋がピキピキと引きつっていくのが見える。
遅い。あまりにも遅い。
彼女が「よくも」と言い終わるまでに、私は街のコンビニに行って雑誌を立ち読みして帰ってこれるだろう。
「あーあ。期待外れ」
私はため息をつき、シキと呼ばれている男の周りを高速で周回した。
残像が紫色のリングとなって彼を囲む。
「ねえ、そこの技師さん」
私は足を止め、シキの耳元で囁いた。
「あんたが、このノロい世界を変えてくれるの?」
バチッ。
私が指を鳴らすと、シキの前髪がわずかに焦げた。
彼は瞬き一つせず、ただ虚空を見つめている。
私の動きが見えていないのだ。
「私を楽しませてよ。私の『1秒』を、充実させてよ」
私は彼のアゴを指でクイッと持ち上げた。
この動作すら、彼にとっては「気付いたら触られていた」という認識だろう。
「もし、退屈なまま終わったら……あんた達全員、壊しちゃうわよ?」
ゾクリ。
シキの瞳孔が、わずかに収縮したのが見えた。
お、やっと反応した。
生体反応が遅すぎてイライラするけど、その目は……諦めや恐怖とは違う光を宿している気がする。
「……1秒、か」
シキが、ようやく口を開いた。
その声は、相変わらずスローモーションで、間延びしていて、聞き取りづらい。
けれど、彼は私の目を真っ直ぐに見返して、こう続けた。
「……なら、お前のその『長すぎる1秒』を、ショートするくらい熱くしてやるよ」
……は?
こいつ、今、私の動きを目で追ったわけじゃなく――予測して、先に喋り始めた?
ドクン。
私の加速した心臓が、少しだけ高鳴った。
止まった世界の中で、初めて「動くおもちゃ」を見つけた子供のように、私は口の端を吊り上げた。
「へぇ……。口だけは達者みたいね」
バチバチッ!!
全身の紫電が弾ける。
いいわ。遊んであげる。
私の孤独な時間軸に、あんたがどこまで食らいついてこれるか――見物ね。




