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第41話:『紫電一閃。世界は止まって見える』

 それは、瞬きの間の出来事ですらなかった。

 俺たちが学園のメインストリートを歩いていた、平穏な昼休み。


 バヂッ!!


 鼓膜を裂くような破裂音がした瞬間、紫色の雷光が俺たちの間を駆け抜けた。

 風圧が遅れて襲いかかり、周囲の樹木がざわめく。


「……え?」


 最初に声を上げたのはレナだった。

 彼女は右手を見つめて呆然としている。

 ついさっきまで握っていたはずの、限定販売のイチゴミルクパックが、手の中から消失していたからだ。


「きゃぁっ!?」


 次に悲鳴を上げたのはエミリアだ。

 彼女のロングスカートが、下から吹き上げる突風に煽られ、豪快にめくれ上がっていた。彼女は真っ赤な顔でスカートを押さえるが、既に周囲の男子生徒の目は釘付けだ。


「……あ、あれ? 視界が……」


 そしてソフィアは、千鳥足でふらついていた。

 彼女の眼鏡が上下逆さまに掛け直されており、世界が反転して見えているのだ。


 強奪。痴漢。悪戯。

 これら全てが、わずか0.1秒の間に同時に行われた。


「――あーあ、つまんない」


 気だるげな声が、頭上から降ってきた。

 俺たちが慌てて視線を向けると、数メートル先の街灯の上に、一人の少女がしゃがみ込んでいた。


「あんた達が『最強』って噂、本当? 止まってるみたいにトロいんだけど」


 赤髪のツインテール。

 制服の袖を破り捨て、チェーンや安全ピンでジャラジャラと装飾したパンクファッション。

 その小柄な体躯からは、バチバチと紫色の電気が漏れ出している。

 彼女の片手には、レナから奪ったイチゴミルクが握られ、ストローが咥えられていた。


「序列2位……リズ・スカーレット」


 俺は呻くようにその名を呼んだ。

 『神速の魔女』。

 雷属性の魔力を自身の神経系に流し込み、反射速度と身体能力を極限まで加速させる、スピードの化身。


「おいコラァ! 私のイチゴミルク返しなさいよ!」

 レナが激昂し、拳に炎を宿す。

「よくも私の純潔なスカートを……! 氷漬けにしてあげるわ!」

 エミリアも羞恥で涙目になりながら氷の槍を生成する。


 だが、リズは鼻で笑った。


「遅い」


 彼女の瞳には、世界はどう映っているのか。

 レナが腕を振り上げる動作も、エミリアの氷が結晶化する過程も。

 全てが、コマ送りのスローモーション映画のように遅く、退屈な映像として流れている。


 彼女にとって、常人の1秒は、体感で数分にも及ぶ。

 だから彼女は、あくびを噛み殺しながら、悠々と空になった紙パックをゴミ箱に投げ入れた(スリーポイントシュート)。


「私のスピードについてこれるのは、この学園にはいないのよねぇ」


 リズが街灯から飛び降りる。

 着地音すらしない。

 彼女は一瞬で俺の目の前に移動し、挑発的に顔を近づけてきた。

 ツインテールの毛先が、帯電して逆立っている。


「ねえ、無能力者の技師さん。あんたがこの『のろま軍団』の飼い主なんでしょ?」


 バチッ。

 彼女の指先が俺の鼻先に触れ、静電気が走った。


「私を楽しませてよ。……もし私が満足できなかったら、あんた達全員、黒焦げのオブジェにしてあげるから」


 ニカリと笑う口元には、尖った八重歯が覗いていた。

 『速さ』という名の絶対的なアドバンテージ。

 最強の矛も、盾も、狙撃も、当たらなければ意味がない。

 俺たちの前に、かつてない「触れられない敵」が立ちはだかった。


『……シキさん、応答願います。……ターゲット、速すぎてスコープで捉えられません。残像しか見えません……!』


 インカムから聞こえるクレアの悲痛な声が、事態の深刻さを物語っていた。

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