第39話:『第三位、陥落。遠距離からの熱視線』
地下工房にて。
そこには、まるで別人のような姿になったクレア・オライオンが立っていた。
「……ど、どう? 変じゃない……?」
彼女が身に纏っているのは、シキが徹夜で開発した『対環境刺激用・全身体感遮断スーツ(インシュレータ・スーツ)』だ。
黒を基調とした、肌に吸い付くようなラバースーツ素材。首元から足先まで完全に覆われており、露出しているのは顔だけだ。
その艶めかしい光沢は、ボティラインを余すところなく強調している。
「機能性は完璧だ。俺の魔力を織り込んだ特殊繊維が、外部からの振動、音波、温度変化を99%カットする。これなら、お前も外を歩けるはずだ」
シキが腕組みをして頷く。
クレアはおずおずと自分の体を抱きしめた。
「うん……すごい。静か。服が擦れても痛くないし、空気が刃物みたいに刺さってこない……」
感動で瞳を潤ませるクレア。
だが、彼女の頬は、なぜか茹でたカニのように真っ赤だった。
「でも……シキさん」
「なんだ? きついか?」
「逆よ……。このスーツ、貴方の魔力で出来てるのよね?」
「ああ。俺の魔力波長で常時コーティングし続けている状態だ」
クレアはモジモジと内股になり、潤んだ瞳でシキを見上げた。
「だから……その、ずっとシキさんに全身を抱きしめられてるみたいで……頭がフワフワするの。常に貴方の匂いと、体温に包まれてて……」
「……それは仕様だ。慣れろ」
シキが一歩近づこうとすると、クレアは「ひゃっ!」と飛び退き、弓を構えた。
「ち、近づかないで!」
「は? 治ったんじゃないのか」
「ダメなの! スーツ越しに貴方を感じるだけで精一杯なのに、本物が近づいたら……刺激が強すぎて、心臓が破裂しちゃう!」
彼女は涙目で訴えた。
シキの魔力以外を受け付けない体質になったが、そのシキへの感度が高すぎて、近距離では「致死量」になってしまうのだ。
「私、決めたわ。貴方のパーティには入る。……貴方なしじゃ、もう生きていけない体になっちゃったから」
彼女は熱っぽい瞳で告げる。
「でも、半径3キロ以内には近寄らないで。私が死ぬから」
「……どうやってパーティ組むんだよ、それ」
†
翌日。
俺たちは学園の中庭を歩いていた。
「……ねえシキ。なんか、すっごく見られてる気がするんだけど」
レナが背中をさすりながら、キョロキョロと周囲を見回す。
殺気ではない。だが、背筋が焼けるような、ねっとりとした視線を感じる。
「敵襲ですか? ……いえ、これは」
ソフィアが眼鏡の位置を直し、遥か彼方の校舎の屋上を見上げた。
「……味方ですね。異常なほどの『愛』を感じます」
シキはため息をつき、ポケットから通信機を取り出した。
「おい、クレア。見てるのか?」
『――はい。見てます、シキさん』
ノイズ混じりの通信機から、クレアの興奮した声が聞こえる。
彼女は現在、3キロ離れた旧校舎の屋上に陣取り、超高倍率の魔導スコープでこちらを監視していた。
『風向き良好。湿度良好。……シキさんの今の体温、36.5度。脈拍、正常。今日の寝癖も可愛いです。あ、今汗を拭いましたね? その汗、風に乗って私のところまで匂いが……んぅッ』
「……実況するな。気持ち悪い」
『護衛です。半径5キロ以内の不審者は、私の矢がすべて排除します。……特に、シキさんに色目を使うメス猫は、物理的に排除しますから』
ヒュンッ!
その言葉と同時に、レナの足元に透明な矢が突き刺さった。
「きゃあッ!? ちょっと、味方撃ってんじゃないわよ!」
「あら、怖い。シキ、浮気したら即死ね」
エミリアが面白がって笑う。
『安心してくださいシキさん。トイレもお風呂も、寝室だって、24時間片時も目を離しませんから……ハァ、ハァ……スコープ越しのシキさん、素敵……』
通信機から漏れる、荒い息遣い。
それは護衛というより、完全にストーカーのそれだった。
「……便利な遠距離火力を手に入れたと思ったんだがな」
シキは遠い目をした。
近距離はタンクとアタッカー。
遠距離はヤンデレスナイパー。
俺の周りには、まともな女はいないのか。
こうして序列3位も陥落。
彼女は「触れ合えない姫君」として、今日も遠くから俺に熱視線を送り続けている。




