表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/101

第37話:『接触(タッチ)。痛みではなく、甘美な痺れを』

「い、いやぁぁぁッ! 痛いのは嫌ぁっ!!」


 クレアは目をぎゅっとつぶり、首をすくめた。

 彼女にとって「接触」とは、常に苦痛と同義だった。

 服の縫い目が肌を擦るだけでヤスリのように感じ、他人の体温は火傷のように熱く感じる。ましてや、異性の、しかも魔力を持った手で直接触れられるなど、神経を引き千切られるような激痛が走るはずだった。


 しかし。


「…………え?」


 数秒経っても、予期していた痛みは訪れなかった。

 代わりに、手首の接触点から、じんわりとした温かいものが流れ込んでくるのを感じた。


「痛くないだろ?」


 シキの声が、不思議と耳に刺さらない。

 いつもならハンマーで殴られるように響く男の低い声が、今はなぜか、水底で聞く音楽のように柔らかく聞こえる。


「な、なに……これ……?」


 クレアはおそるおそる目を開けた。

 シキの手から放たれる淡い光が、彼女の腕を包み込んでいる。

 それは、皮膚の表面に薄いベールを形成し、外部からの刺激を遮断していた。


神経絶縁ニューロ・コーティング。……お前の神経は感度が高すぎて、微弱な電気信号すらノイズとして拾っちまってる。だから、こうやって魔力の膜で一本一本カバーしてやるんだ」


 シキは淡々と説明しながら、指先を滑らせた。

 手首から肘、そして二の腕へ。

 彼が触れた場所から順に、あの不快な「ヒリヒリ感」が消え、代わりにトロリとした甘い痺れが残る。


「あ……んぅ……」


 クレアの唇から、今まで出したことのない艶っぽい吐息が漏れた。

 痛くない。怖くない。

 それどころか、長年張り詰めていた神経が強制的に緩められ、脳がふわふわと浮き上がるような浮遊感に襲われる。


「き、気持ち……いい……? なんで……?」

「過敏ってことは、快感に対する感度も人一倍ってことだ。痛みを遮断してやれば、接触タッチは極上のマッサージに変わる」


 シキはニヤリと笑い、もう片方の手で、彼女の細い首筋に触れた。

 そこは、彼女が最も音に敏感な「耳」へと繋がる神経の束がある場所。


「ひゃっ!?」

「ここが一番辛かったろ。……常に工事現場にいるような耳鳴りがしてたはずだ」


 シキの親指が、耳の後ろのツボを優しく、しかし確実に圧迫する。


遮断カット。……静寂をくれてやる」


 スゥン……。


 その瞬間、クレアの世界から「雑音」が消えた。

 風の音も、遠くの鳥の鳴き声も、自分自身の心音すらも。

 残ったのは、目の前のシキの声と、彼の手から伝わる温もりだけ。


「あ……静か……」


 涙が、彼女の瞳から溢れ出した。

 生まれて初めて味わう、本当の静寂。

 世界はこんなにも静かで、穏やかだったのか。


「シキ……さん……」


 恐怖に強張っていた彼女の体から、力が抜けていく。

 彼女は崩れ落ちるようにシキの胸に倒れ込んだ。

 今度は、嫌悪感も痛みもない。

 ただ、この温かい「フィルター」にもっと包まれていたいという、本能的な欲求だけがあった。


「頭が……ぼーっとするの……。もっと……もっと触って……」


 薄いネグリジェ越しの体温が、熱を帯びていく。

 最強の狙撃手は、もう弓を握ることすら忘れていた。

 彼女は今、ただの「守られたがりの少女」として、シキの腕の中で甘い痺れに溺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ