第36話:『人間砲弾。塔の頂上への着弾』
ガシャァァァァァァンッ!!!
時計塔の最上階。分厚い防弾ガラスが粉々に砕け散った。
暴風雨と共に、一人の男が部屋の中へと転がり込んだ。
「ぐっ……! さすがに200メートルの落下は骨に来るな……!」
俺は受け身を取り、床を滑りながら姿勢を立て直した。
全身から硝子の破片を払い落とし、顔を上げる。
そこは、意外なほど殺風景な部屋だった。
家具はベッドと、大量の遮音カーテンのみ。
そして部屋の隅、カーテンの影に、その少女はいた。
「ひっ……!? な、なんで……!?」
序列3位、『天弓』のクレア・オライオン。
学園最強の狙撃手と恐れられる彼女の姿は、あまりにも無防備だった。
戦闘服ではない。透けるほど薄いシルクのネグリジェを一枚羽織り、裸足で震えている。
その白磁のような肌は、恐怖でさらに蒼白になっていた。
「来ないで……! 私の領域に入らないで!!」
彼女は半狂乱で叫び、手に持っていた魔導弓を俺に向けた。
距離はわずか数メートル。
スナイパーにあるまじき至近距離だが、この距離で直撃を受ければ、俺の胴体など消し飛ぶ。
「消えてッ!!」
ヒュンッ!!
放たれたのは、不可視の「圧縮空気弾」。
音速を超え、俺の眉間へと吸い込まれる死の一撃。
回避は不可能。防御も間に合わない。
だが、俺は動かなかった。ただ、瞳の奥で回路を開いた。
「――解析。構造、単純な空気圧縮プログラム。……書き換え(リライト)」
俺の『虚数回路』が、迫りくる死の塊を「物理現象」としてではなく、「データ」として認識する。
0と1の羅列。魔力の構成式。
俺は思考速度でそのソースコードに侵入し、たった一行のコマンドを上書きした。
『圧縮率:0%』
フワッ……。
俺の鼻先、わずか数センチのところで。
凶悪な空気の弾丸は、ただの「心地よいそよ風」となって霧散した。
俺の前髪が、優しく揺れるだけ。
「え……?」
クレアが呆然と口を開けた。
何が起きたのか理解できない。自分の放った必殺の一撃が、男に触れる直前で「無」に帰したのだから。
「魔力構成が雑だぞ。パニックになりすぎだ」
その隙を見逃す俺ではない。
俺は一歩踏み込み、彼女の懐へと侵入した。
「い、いやぁっ! 近づかないでぇっ!」
彼女が再び弓を構えようとするが、遅い。
俺の手が、彼女の細い手首をガシリと掴んだ。
「――捕まえた」
「ひゃうっ!?」
クレアの口から、可愛らしい悲鳴が漏れた。
俺が触れた瞬間、彼女の体がビクンと大きく跳ねる。
薄いネグリジェ越しの肌は、驚くほど冷たく、そして柔らかかった。
「は、離して……! 熱い……! 貴方の体温、うるさい……!」
彼女は涙目で俺を睨みつけ、暴れる。
だが、その抵抗は弱々しい。
過敏すぎる神経を持つ彼女にとって、他人に手首を掴まれるという行為は、素肌に高圧電流を流されるような衝撃なのだ。
「暴れるな。……ひどい脈拍だ。これじゃあ、夜も眠れないわけだ」
手首から伝わる脈動は、早鐘のように激しく、不整脈を起こしかけている。
俺は彼女を壁際に追い詰め、その瞳を覗き込んだ。
「静かにしろ、クレア。……お前のその『うるさい耳』、俺が直してやる」
「う、嘘よ……! 誰にも直せないわ……! 私の苦しみなんて、誰にも……!」
彼女は泣き叫ぶ。
孤独な塔の上で、ずっと世界を拒絶し続けてきた少女。
その氷のような心を溶かすには、言葉はいらない。
必要なのは、圧倒的な技術による「強制修理」のみだ。




