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第33話:『解析:超感覚過敏(ハイパー・センシティブ)』

 ソフィアの『重力障壁』を傘にして、俺たちは時計塔への道を慎重に進んでいた。

 カンッ、カンッ……と、定期的に見えない矢が盾を叩く音が響く。


「……正確すぎるわ。私たちが物陰に隠れても、呼吸のタイミングに合わせて撃ってくる」


 エミリアが忌々しげに呟く。

 姿は見えない。だが、相手にはこちらの心臓の鼓動まで筒抜けだ。


「当然だ。奴にとって、俺たちは『騒音の塊』でしかないんだからな」


 俺はタブレット端末を開き、過去の生徒健康診断データ(ハッキング済み)を表示させた。

 そこに記された『クレア・オライオン』のパラメータは、異様な偏りを見せていた。


「これを見ろ。彼女の『感覚受容値センス・ゲイン』は、通常魔導士の2000倍だ」


「に、二千倍!? 何それ、スーパーマン?」


 レナが目を丸くする。

 だが、俺は首を横に振った。


「いいや、呪いだ。……想像してみろレナ。蚊の羽音が、ジェット機の爆音のように聞こえる世界を」

「えっ……」

「遠くの話し声が耳元での怒号に聞こえ、服が肌に擦れる衣擦れの音が、サンドペーパーで皮膚を削られるような激痛に感じる。……それが、クレアの日常だ」


 全員が息を呑んだ。

 風を読み、空気を操るために特化しすぎた代償。

 彼女の神経は、進化の過程で「不快な信号をカットする機能フィルタ」を捨ててしまったのだ。


「彼女が高い塔の上に引き籠もっているのは、偉ぶりたいからじゃない。地上は彼女にとって、あらゆる音が凶器となって襲いかかる地獄だからだ」


 誰かが歩く振動。笑い声。風のざわめき。

 それら全てが、彼女の脳を直接殴りつける。

 だから彼女は、誰もいない、音の届かない高所サンクチュアリへ逃げるしかなかった。


「……可哀想な子。最強の『天弓』なんて持て囃されているけれど、実態は怯えきった小動物と同じね」


 エミリアが同情とも侮蔑とも取れる声で言う。

 ソフィアも痛ましげに眉をひそめた。


「風紀委員として彼女の保護を提案したこともありましたが……近づくだけで『空気が痛い』と拒絶され、会話すら成立しませんでした」


「ああ。彼女の神経は、被覆の剥がれた電線ショート・ケーブルと同じだ。剥き出しのまま世界に触れている」


 俺はタブレットを閉じ、時計塔の頂上を見上げた。

 そこには、世界中の全てを拒絶し、膝を抱えている孤独な少女がいるはずだ。


「あれは才能じゃない。ただの『設計ミス(バグ)』だ」


 俺は断言した。

 技師として、そんな欠陥を放置することはできない。


「だ、だったらどうするの? 近づくだけで攻撃されるのに」

「簡単だ。剥き出しなら、カバー(被膜)を作ってやればいい」


 俺はニヤリと笑い、自分の指先を見つめた。


「俺の魔力で、彼女の過敏すぎる神経を一本一本コーティングする。……外部刺激を遮断し、必要な情報だけを通す『絶縁体インシュレータ』の膜を、彼女の脳と肌に直接張り巡らせるんだ」


「……待ってシキ。それってつまり、またあの子の体を隅々まで触り回すってこと?」


 レナがジト目で俺を睨む。

 エミリアも「あら、また新しいおもちゃ(患者)が増えるのね」と冷ややかな視線を送ってくる。


「人聞きの悪い言い方をするな。これは高度な外科的処置だ。……まあ、かなり『濃厚な接触』にはなるがな」


 神経レベルのコーティングだ。

 指先で肌を撫で回すだけでなく、魔力を深く浸透させ、彼女の中身を完全に俺色に染め上げる必要がある。


「行くぞ。……あの五月蝿うるさい世界に怯える迷子を、静かな夢の中に連れて行ってやる」


 俺たちは走り出した。

 目指すは地上200メートル。

 騒音まみれの侵入者(俺たち)が、静寂の魔女を救うための登山クライミングが始まる。

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