第30話:『第四位、陥落。甘えん坊な要塞』
風紀委員会本部、中央管制塔。
戦いの爪痕が残る瓦礫の山の中で、信じがたい光景が広がっていた。
「……ねえ、シキ。次は腰。腰のちょっと上のあたりが、まだ少し重いの」
「……おい、自分で揉め」
「やだ。シキの指じゃないと、奥まで届かないんだもん」
学園の規律の象徴、ソフィア・ガードナーが、あろうことか俺の膝の上にちょこんと座り込み、背中を預けていた。
崩れた制服、外したままの眼鏡、そして蕩けきった表情。
かつての「鉄壁の処刑人」の面影は、微塵もない。
「……重いんだよ、お前。身長180近くあるんだから自重しろ」
「むぅ。……『重力制御・軽量化』」
ソフィアが指先を振ると、俺の太腿にかかっていた重量がふわりと消えた。
「ほら、これなら文句ないでしょ? だから……もっとやって」
「技術の無駄遣いにも程があるぞ」
俺はため息をつきつつ、彼女の腰椎付近に親指を当てた。
彼女の筋肉は、先ほどの施術で劇的に柔らかくなっている。だが、長年の蓄積疲労は一度では取りきれない。それを本能的に悟った彼女は、俺を「歩くマッサージチェア」として認識してしまったようだ。
「んぅ……あ、そこ……! 効くぅ……!」
俺が少し指圧すると、ソフィアは猫のように喉を鳴らし、俺の胸に頭を擦り付けてくる。
完全に幼児退行している。
今まで張り詰めていた糸が切れた反動とはいえ、これは酷い。
「……信じらんない。あれが風紀委員長?」
少し離れた場所で、レナがドン引きしていた。
エミリアも呆れ顔で、自身の氷魔法で手鏡を作り、髪を直している。
「人間、抑圧されすぎると壊れるという良い見本ね。……でも、悪くないわ」
「えっ、どこが!?」
「考えてもみなさい。彼女は最強の盾よ。あの『重力障壁』が味方になれば、私たちの生存率は飛躍的に上がるわ」
エミリアは打算的な目で、俺の膝上の大型犬を見定めた。
確かに戦力としては申し分ない。
ただ、運用コスト(マッサージの手間)が高すぎる気がするが。
「ソフィア。いつまでそうしている気だ。部下が見てるぞ」
俺が入り口を指差すと、そこには放心状態の風紀委員たちが立ち尽くしていた。
彼らの尊敬する委員長が、指名手配犯の膝の上で「あへぇ」となっているのだ。彼らの精神的ショックは計り知れない。
「……見ないで。今は『治療中』よ」
ソフィアは部下たちを一瞥もしないまま、俺の首に腕を回した。
「それに、私……決めたの」
「何をだ」
「貴方のパーティに入るわ。風紀委員長の権限で、貴方たちの罪状は全て抹消します」
「それはありがたいが……」
ソフィアは上目遣いで、頬を染めて俺を見上げた。
「その代わり……責任、取ってよね? 私のこのガチガチの体、貴方が全部ほぐしてくれるまで……絶対に離れないから」
ギュッ、と抱きつく力が強まる。
物理的には軽いが、精神的な重さが半端ではない。
「……はぁ」
俺は天を仰いだ。
直情型の火力馬鹿。
依存体質のメンヘラ(エミリア)。
そして新たに、甘えん坊の要塞。
俺の平穏な職人生活は、もはや完全に崩壊したと言っていいだろう。
「ほらシキ、次は足の裏! 土踏まずをグリグリして!」
「……はいはい。客の注文には逆らえん」
こうして、学園最強の「盾」が陥落した。
俺たちのパーティ「設備保全科(仮)」は、また一歩、学園最強(かつ最狂)の集団へと進化してしまったのだった。




