第3話:『序列外の二人。最強への「契約(ペアリング)」』
学園の掲示板には、冷酷な現実が張り出されていた。
『前期・序列確定通知』
上位には煌びやかな名前が並ぶ。
第1位:エレオノーラ・グロリア
第2位:リズ・スカーレット
……
そして、リストの遙か下、圏外を示す黒いラインの下に、私の名前はあった。
『序列外:レナ・バーンハート』
『備考:実技試験における設備の損壊、および制御不全により、次期の退学勧告対象とする』
「……また、序列外」
廊下を行き交う生徒たちの視線が痛い。
「見ろよ、バーンハートの爆弾娘だ」「近づくなよ、また暴発するぞ」「実家は名門なのに、とんだ欠陥品だよな」
ヒソヒソという嘲笑が、私の熱を帯びた耳には嫌でも届く。
悔しい。
私には魔力がある。誰よりも強くて、誰よりも激しい『焦熱核』がある。
なのに、誰も私に触れられない。私自身ですら、この熱を御せない。
放出しようとすれば自分が焼け、抑え込もうとすれば暴走する。
まさに「欠陥品」だ。
――いや、違う。
一人だけいた。私に触れて、火傷ひとつ負わなかった男が。
「……行くしかない」
私は拳を握りしめ、きびすを返した。
向かう先は、エリートたちが決して近づかない場所。
学園の最底辺、地下設備保全区画だ。
†
地下特有の湿った空気と、鉄錆の匂い。
迷路のような配管の森を抜け、私はその工房の扉を蹴り開けた。
「――頼みがあるわ! 私の専属技師になりなさい!」
工房の中は、ジャンクパーツの山だった。
そのガラクタの山頂で、シキは気だるげに煙管(魔力吸引具ではない、ただの嗜好品だ)を咥えながら、何かの基板をハンダ付けしていた。
「……あ? 誰かと思えば、先日のボヤ騒ぎの犯人か」
「レナ・バーンハートよ! 名前くらい覚えなさい!」
「興味ないな。俺は今、食堂の券売機の修理で忙しいんだ。帰れ」
シキは私を一瞥もしない。
こ、この私が頭を下げて(下げてないけど)頼みに来ているのに!
「聞きなさいよ! アンタ、魔力がないくせに私の熱を消したじゃない。あの技術、見込んであげてるのよ」
「上から目線だな。言っておくが、あれは緊急措置だ。お前の回路は構造的欠陥を抱えてる。まともに整備しようとしたら、俺の休日が全部消えるレベルだ」
「報酬なら出すわよ! 実家から……」
「金はいらん。廃材漁りのほうがマシだ」
取り付く島もない。
彼は本当に、私という人間に興味がないのだ。貴族だとか、美少女だとか、そんな属性は彼にとって「配線の邪魔な被膜」でしかない。
焦りが、熱となって体温を上げる。
ここで断られたら、私にはもう後がない。
「……お願い」
プライドが音を立てて崩れる。私はなりふり構わず、彼の作業机に身を乗り出した。
「アンタしかいないの……! 医者も、教授も、みんな私を『爆発物』扱いするだけ。誰も私の中を見ようとしてくれなかった!」
「……」
「退学になりそうなの。家に帰れば、きっと勘当される。……私には、もうこの熱しかないのよ」
涙声になりながら訴える私を、シキはようやく正面から見た。
死んだ魚のような目は、相変わらず無感情だ。
だが、彼は作業の手を止め、私の胸元――『焦熱核』のある場所をじっと凝視した。
「……お前のそのコア。出力の上限はどこだ?」
「え? わ、分からないわよ。全力で出したら私が死ぬもの」
「理論値は無限か。……ふん、馬鹿げた設計だ」
シキは口元を少しだけ歪めた。笑った、のだろうか。
彼は立ち上がり、ジャンクの山から一つの古びたチョーカーを拾い上げた。
「いいだろう。契約してやる」
「ほ、本当!?」
「ただし、条件がある」
シキは私の前に立ち、そのチョーカーを私の首に押し当てた。
カチャリ、と冷たい金属音がして、首輪がロックされる。
「な、なによこれ」
「俺の手製のリミッターだ。お前の魔力を常時モニタリングし、暴走の兆候があれば俺に通知が来る」
そして、シキは私の目を覗き込み、淡々と、しかし絶対的な口調で告げた。
「俺はお前の技師になる。お前を『最強』に仕上げてやる。その代わり――俺のメンテナンス中は、絶対に暴れるな」
「え……?」
「俺の整備方法は、お前の神経系に直接干渉する。脳が焼き切れるほどの快感が走るだろうし、無様な声を上げるかもしれない。よだれを垂らして失神するかもしれない」
彼はまるで「ネジを締める」と言うような気軽さで、とんでもないことを言った。
「それでも、俺を拒絶するな。俺が『開け』と言ったら足を開け。『出せ』と言ったら魔力を出せ。俺はお前の全てを管理し、調整し、使い潰す。……その覚悟があるなら、俺の相棒にしてやる」
それは、貴族としての尊厳を捨てるような契約だった。
技師の玩具になると言っているようなものだ。
けれど。
あの時、彼に触れられた瞬間の、あの救われるような心地よさを、私の体は覚えてしまっていた。
私は震える手で、自分の首のチョーカーを握りしめた。
「……いいわよ。やってみなさいよ」
「ほう?」
「私を最強にするんでしょ? だったら……そのくらいの恥、耐えてみせるわ!」
精一杯の虚勢。
シキは鼻で笑うと、私の頭にポンと手を置いた。
「交渉成立だな。精々、俺を楽しませろよ、ポンコツ」
こうして。
学園最底辺の技師と、序列外の欠陥魔女。
二人だけの、歪で熱っぽい「序列戦」への挑戦が始まった。




