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第29話:『装甲解除(パージ)。重圧からの解放』

 ブゥゥゥゥン……ガガガガガ……ッ!


 不快な羽音のような振動音が、広大なホールに満ちていた。

 学園最強の鉄壁、ソフィア・ガードナーは、床に膝をつき、生まれたての小鹿のように震えていた。


「あ、うぅ……! 力が、入らない……。なにこれ、腰が、勝手に……!」


 レナとエミリアによる『共振振動バイブレーション』攻撃は、ソフィアの「凝り」と完全に同調していた。

 彼女が立ち上がろうと気張れば気張るほど、その緊張が振動を増幅させ、脊髄を通して脳へと快楽信号ノイズを送る。


「チェックメイトだ、委員長」


 振動の中心地へ、俺は悠然と歩み寄った。

 ソフィアの周囲にあった不可視のプレス機――『重力障壁』は、今や穴だらけのザルになっていた。


「くるな……! 私は、まだ……!」

「無理をするな。お前の体はもう、悲鳴を通り越して泣いてるぞ」


 俺は彼女の背後に回り込み、震える肩に手を置いた。


「ひゃっ!?」

「失礼する。……仕上げのメンテナンスだ」


 俺の両手が、軍服の上から彼女の僧帽筋を鷲掴みにした。

 硬い。まるでコンクリートブロックだ。

 だが、今の彼女には、これを拒絶する魔力も体力も残っていない。


「――術式接続。対象:ソフィア・ガードナー。筋膜リリースおよび重力呪縛の強制解除パージ


 俺の親指が、彼女の首筋にある、最も硬く、最も魔力が滞留している一点――『特異点トリガーポイント』を捉えた。


「そこだ」


 ズプッ。

 俺は躊躇なく、全体重を乗せて親指を深々と突き刺した。


「――あ」


 時が止まったような静寂。

 ソフィアの目がカッと見開かれ、眼鏡がズレ落ちる。

 次の瞬間。


「あ、あ、あががががが……そこぉぉぉぉぉッ!! 凝ってたのぉぉぉぉぉッ!!!」


 ドォォォォォンッ!!!!!


 ソフィアの絶叫と共に、彼女の体から爆発的な衝撃波が放たれた。

 それは攻撃魔法ではない。

 彼女が長年、無意識に溜め込み、圧縮し続けてきたストレスと重力魔力が、一気に解放された余波だった。


 パパパパパンッ!!

 彼女の着ていた厳格な軍服のボタンが弾け飛び、締め付けていたベルトが千切れ、きっちりと結い上げられていた黒髪がバサリと解かれる。


「う、うあぁぁぁ……! 抜ける、抜けるぅぅぅ……ッ!」


 彼女を縛っていた「重力」という名の鎖が、音を立てて砕け散る。

 数百キロの重りを背負い続けていた彼女の肉体が、初めて「ゼロ」の重さを知った瞬間だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 嵐が去った後。

 ソフィアは床に大の字になって倒れていた。

 着崩れた制服。乱れた黒髪。そして、だらしなく半開きになった口元。

 その表情は、憑き物が落ちたように穏やかで、そして完全にトロけていた。


「……ふわぁ。……軽い。体が、綿毛みたい……」


 彼女は天井を見つめ、虚ろな目で笑った。

 威厳も、規律も、もうそこにはない。

 あるのは、極上のマッサージを受けた直後の、骨抜きにされた一人の少女だけ。


「……任務完了だ」


 俺は額の汗を拭い、息を吐いた。

 ふと見ると、入り口でレナとエミリアがドン引きしていた。


「……ねえシキ。あの子、完全にイッちゃってるけど大丈夫なの?」

「あそこまで崩れた風紀委員長、初めて見たわ……」

「安心しろ。再起動リブートすれば元に戻る。……たぶんな」


 俺は床に転がるソフィアを見下ろした。

 彼女は俺と目が合うと、頬を染めて、へにゃりとだらしなく微笑んだ。


「……あの、シキさん。そこ、あと5分だけ……お願いできませんか? まだちょっと、腰が……」

「……追加料金オプションは高いぞ」


 こうして、鉄壁の要塞は陥落した。

 学園の治安を守る最強の魔女は、俺の指先の虜となり、めでたく(?)俺たちの「お友達(患者リスト)」に加わることになったのだった。

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