第28話:『要塞攻略戦。揺らせ、その堅い装甲を』
風紀委員会本部、中央管制塔。
その最上階にある広大なホールで、彼女は待ち構えていた。
「よく逃げずに来ましたね。不純異性交遊の主犯たち」
ソフィア・ガードナーは、巨大なタワーシールドを床に突き立て、仁王立ちしていた。
その全身からは、以前にも増して重厚な魔力が立ち上っている。
だが、シキの目には見えていた。彼女の眉間の皺が、昨日よりも深くなっていることを。
昨日の大浴場での「不完全なマッサージ」のせいで、右肩だけが軽く、左肩が重いというアンバランスな状態になり、余計に体に負荷がかかっているのだ。
「問答無用。全員、ここで圧壊させます」
ソフィアが手をかざすと、空間が悲鳴を上げた。
『重力障壁』最大展開。もはや空気の壁というより、見えない鋼鉄のプレス機が迫ってくるようだ。
「くっ、重い……! エミリア、頼む!」
「はいはい、人使いが荒いお兄ちゃんね」
エミリアが前に躍り出る。
彼女はソフィアの重力波形を一瞬で解析し、真逆のベクトルを持つ『反重力』を模倣して展開した。
「相殺……!?」
「完全に消すのは無理だけど、数秒なら支えてあげるわ。……ほら、レナ! やりなさい!」
エミリアが作り出した一瞬の隙。
その背後から、レナが飛び出した。
「もう、どうにでもなれッ! 行くわよ、新型魔法!」
レナの両手に灯るのは、いつもの爆発する炎ではない。
細かく明滅し、ブゥン……と低周波のうなり声を上げる、特殊な『振動炎』だ。
「喰らいなさい! 『深層浸透・温熱波動』!!」
放たれた炎の波が、ソフィアへと殺到する。
ソフィアは鼻で笑った。
「愚かな。熱だろうと何だろうと、質量を持つエネルギーは私の『壁』を越えられません」
彼女は盾を構え、重力密度を極限まで高める。
炎の波が、見えない壁に衝突した。
本来なら、そこで弾き返されるか、霧散するはずだった。
だが、違った。
ブゥゥゥゥゥン……!!
衝突した瞬間、炎は弾かれることなく、ソフィアの展開した障壁全体を「震わせ」始めたのだ。
「な……!? 衝撃が、止まらない……?」
ソフィアが目を見開く。
シキの狙いはここだ。
硬い壁ほど、振動をよく伝える。彼女が防御を固めれば固めるほど、その障壁は優秀な「伝導体」となり、レナの放つ毎秒50回の振動を減衰させることなく、内部の術者へ伝えてしまう。
そして、その振動が盾を持つ腕を伝わり、ソフィアの本体へと到達した時――。
「あ、ぐっ……!?」
ソフィアの表情が、苦痛から一転、奇妙なものへと歪んだ。
ガガガガガ……ッ!
全身の骨格に、心地よい振動が駆け巡る。
それは、ガチガチに固まっていた筋肉の繊維を揺らし、強制的に血流をポンプアップさせる極上の刺激。
「な、なによこの攻撃……! 痛くない……いや、くすぐったい……!?」
ソフィアは必死に踏ん張ろうとした。
だが、防御のために力を入れれば入れるほど、筋肉が振動と共鳴し、勝手に力が抜けていく。
「周波数同調。ターゲットの僧帽筋および脊柱起立筋、共振開始」
後方でタブレットを操作していたシキが、冷徹に告げた。
「レナ、出力を上げろ。そこだ、腰の深層筋に届けろ」
「注文が多いわね! ……えぇい、これでも食らえッ!」
レナが魔力を注ぎ込むと、振動はさらに激しさを増した。
もはや攻撃ではない。これは超強力な、全身用の電動マッサージ機に拘束されているのと同じだ。
「あ、ひっ……! だめ、そこ……響くぅぅぅッ!」
カラン……。
ソフィアの手から、巨大なタワーシールドが滑り落ちた。
握力が、入らない。
足腰が、笑うようにガクガクと震えている。
「力が……抜けて……。立って、いられない……」
鉄壁の風紀委員長が、戦場の真ん中で四つん這いになり、とろんとした目で床に手をついた。
その顔は、屈辱と快楽がない交ぜになり、赤く染まっている。
「くっ、殺せ……! こんな、こんなふざけた魔法で……!」
「殺しはしない。……言っただろ? 『凝り』をほぐしてやるって」
シキがゆっくりと歩み寄る。
最強の盾は落ちた。
あとは、丸裸になった(精神的に)彼女を、直接「仕上げ」るだけだ。




