表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/33

第25話:『潜入任務。風紀委員長の秘密の苦悩』

 学園の最奥部に位置する、選抜クラス専用の大浴場『クリスタル・スパ』。

 その天井裏にある通気ダクトの中を、俺は匍匐前進で進んでいた。


(……暑い。サウナかよここは)


 湿気と熱気が充満するダクト内。俺の体は汗だくだが、外からは見えないはずだ。

 エミリアがかけてくれた『光学迷彩インビジブル』のおかげで、俺の姿は周囲の風景と同化している。


『――聞こえる? シキ。迷彩の持続時間はあと10分よ。それ以上は湿気で術式が剥がれるわ』


 耳元の超小型インカムから、エミリアの声が聞こえる。

 俺は小さく「了解」と合図を送り、目的の場所――大浴場のメインエリア真上の排気口へと到達した。


 格子状の隙間から、下を覗き込む。

 湯気で白く煙る視界の先に、広い湯船を独占する一人の少女の姿があった。


「……いたぞ。ターゲットだ」


 風紀委員長、ソフィア・ガードナー。

 彼女は今、自慢の軍服も、巨大なタワーシールドも外し、生まれたままの姿で湯船の縁に座っていた。

 その背中を見た瞬間、俺は息を呑んだ。


(……なんだ、あれは)


 白い肌。引き締まった肢体。

 だが、その美しい背中は、異様な光景になっていた。

 肩、肩甲骨、腰、二の腕。

 筋肉の主要な可動域のすべてに、四角い湿布コンプレスの跡が赤く残り、さらにその上から新しい湿布を貼ろうと格闘していたのだ。


「……くっ、ぅ……」


 ソフィアが苦悶の声を漏らす。

 彼女は自分の右肩に左手を伸ばし、親指でグリグリと僧帽筋を押し込んでいる。

 だが、指が筋肉に沈んでいかない。

 まるで鉄板を押しているかのように、彼女の筋肉はガチガチに凝り固まっているのだ。


「……届かない。硬すぎる……」


 彼女は涙目で呟き、首をコキコキと鳴らした。

 その音は、若い娘の関節からしていい音ではない。完全に錆びついた蝶番の音だ。


(ひどいな……。岩盤のような凝りだ)


 上から見ているだけで分かる。

 血流が滞り、老廃物が蓄積し、神経を圧迫している。

 彼女は『重力障壁』という最強の鎧を維持するために、24時間、自分自身の肉体を締め上げ続けているのだ。

 その負荷は、精神力だけで誤魔化せるレベルを超えている。


「ふぅ……。痛い……」


 ソフィアは諦めたようにため息をつき、湿布を貼るのをやめて、だらりと湯船に肩まで浸かった。

 お湯の浮力で少しだけ重力から解放されたのか、彼女の口から安堵の吐息が漏れる。


「……誰か、代わって……」


 ポツリと、独り言が響く。

 それは、「鉄壁の処刑人」としての顔ではない。

 重すぎる責任と、物理的な痛みに耐えかねた、等身大の少女の悲鳴だった。


(……確認した。故障箇所トラブル・スポットは、全身だ)


 俺は静かにその場を後にした。

 同情はしない。だが、技師としての使命感が燃え上がるのを感じた。


 あんなにガチガチに錆びついた体で、よくここまで動けていたものだ。

 いいだろう。

 その強がりな鎧を剥がし、悲鳴を上げている筋肉を、俺の指でトロトロに溶かしてやる。

 それが、彼女への最大の「攻略」であり、同時に「救済」になるはずだ。


『シキ、どうだった? 弱点は見つかった?』

「ああ、バッチリだ。……準備しろ、レナ、エミリア。次は『お風呂場』で決戦だ」


 俺はニヤリと笑い、ダクトの闇へと消えた。

 ターゲット、ロックオン。

 次はマッサージオイルを持って、正面から堂々と「治療」しに行ってやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ