第25話:『潜入任務。風紀委員長の秘密の苦悩』
学園の最奥部に位置する、選抜クラス専用の大浴場『クリスタル・スパ』。
その天井裏にある通気ダクトの中を、俺は匍匐前進で進んでいた。
(……暑い。サウナかよここは)
湿気と熱気が充満するダクト内。俺の体は汗だくだが、外からは見えないはずだ。
エミリアがかけてくれた『光学迷彩』のおかげで、俺の姿は周囲の風景と同化している。
『――聞こえる? シキ。迷彩の持続時間はあと10分よ。それ以上は湿気で術式が剥がれるわ』
耳元の超小型インカムから、エミリアの声が聞こえる。
俺は小さく「了解」と合図を送り、目的の場所――大浴場のメインエリア真上の排気口へと到達した。
格子状の隙間から、下を覗き込む。
湯気で白く煙る視界の先に、広い湯船を独占する一人の少女の姿があった。
「……いたぞ。ターゲットだ」
風紀委員長、ソフィア・ガードナー。
彼女は今、自慢の軍服も、巨大なタワーシールドも外し、生まれたままの姿で湯船の縁に座っていた。
その背中を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
(……なんだ、あれは)
白い肌。引き締まった肢体。
だが、その美しい背中は、異様な光景になっていた。
肩、肩甲骨、腰、二の腕。
筋肉の主要な可動域のすべてに、四角い湿布の跡が赤く残り、さらにその上から新しい湿布を貼ろうと格闘していたのだ。
「……くっ、ぅ……」
ソフィアが苦悶の声を漏らす。
彼女は自分の右肩に左手を伸ばし、親指でグリグリと僧帽筋を押し込んでいる。
だが、指が筋肉に沈んでいかない。
まるで鉄板を押しているかのように、彼女の筋肉はガチガチに凝り固まっているのだ。
「……届かない。硬すぎる……」
彼女は涙目で呟き、首をコキコキと鳴らした。
その音は、若い娘の関節からしていい音ではない。完全に錆びついた蝶番の音だ。
(ひどいな……。岩盤のような凝りだ)
上から見ているだけで分かる。
血流が滞り、老廃物が蓄積し、神経を圧迫している。
彼女は『重力障壁』という最強の鎧を維持するために、24時間、自分自身の肉体を締め上げ続けているのだ。
その負荷は、精神力だけで誤魔化せるレベルを超えている。
「ふぅ……。痛い……」
ソフィアは諦めたようにため息をつき、湿布を貼るのをやめて、だらりと湯船に肩まで浸かった。
お湯の浮力で少しだけ重力から解放されたのか、彼女の口から安堵の吐息が漏れる。
「……誰か、代わって……」
ポツリと、独り言が響く。
それは、「鉄壁の処刑人」としての顔ではない。
重すぎる責任と、物理的な痛みに耐えかねた、等身大の少女の悲鳴だった。
(……確認した。故障箇所は、全身だ)
俺は静かにその場を後にした。
同情はしない。だが、技師としての使命感が燃え上がるのを感じた。
あんなにガチガチに錆びついた体で、よくここまで動けていたものだ。
いいだろう。
その強がりな鎧を剥がし、悲鳴を上げている筋肉を、俺の指でトロトロに溶かしてやる。
それが、彼女への最大の「攻略」であり、同時に「救済」になるはずだ。
『シキ、どうだった? 弱点は見つかった?』
「ああ、バッチリだ。……準備しろ、レナ、エミリア。次は『お風呂場』で決戦だ」
俺はニヤリと笑い、ダクトの闇へと消えた。
ターゲット、ロックオン。
次はマッサージオイルを持って、正面から堂々と「治療」しに行ってやる。




