第22話:『立ちはだかる巨塔。第四位「殲滅の魔女」ソフィア』
破壊された鉄扉の砂煙が晴れると、そこには一つの「壁」があった。
身長180センチを超える長身。
すらりと伸びた手足は軍服のような制服に包まれ、長い黒髪をきっちりと一本に束ねている。
銀縁眼鏡の奥にある瞳は、ゴミを見るように冷徹だ。
だが、何よりも異様なのは――彼女が右手に引きずっている「それ」だ。
彼女の身長すら上回る、巨大なタワーシールド。
分厚い魔導金属の塊は、どう見ても数トンはある。彼女が一歩進むたびに、工房のコンクリート床が悲鳴を上げ、深い溝が刻まれていく。
「……でかいな」
俺は思わず呟いた。盾もだが、そこから放たれるプレッシャーが桁違いだ。
学園序列第4位、『殲滅の魔女』ソフィア・ガードナー。
風紀委員長にして、この学園で最も「堅い」女。
「式城律。ならびに、その『妾』たち」
ソフィアは眼鏡の位置を中指で押し上げ、冷ややかに告げた。
「貴方たちの行いは、学園の風紀を著しく乱しています。昼夜を問わず行われる『メンテナンス』と称した破廉恥行為。……録音データを聞くだけで耳が腐るかと思いました」
彼女は懐からボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。
『あひぃっ! そこ、そんな激しくっ!』
『んぅ……シキ、もっと奥まで……熱いのぉ……!』
工房に響き渡る、レナとエミリアの艶めかしい悲鳴(メンテナンス中の声)。
レナが「きゃああああ!」と耳を塞いでしゃがみ込み、エミリアですら少し顔を赤らめて視線を逸らす。
「弁解の余地はありません。これは教育機関における許容範囲を超えた、ただの淫靡な宴です」
「ま、待ってください委員長! これは医療行為です! 誤解です!」
レナが必死に叫ぶが、ソフィアは聞く耳を持たない。
「医療? 男女が密室で肌を重ね、体液(魔力)を交換し合う行為のどこが医療ですか。……不潔です」
ズズズ……と、彼女が盾を引きずる音が大きくなる。
「よって、風紀委員会規定に基づき、貴方たち全員に『退学』を勧告します。……もっとも、自分の足で校門を出られればの話ですが」
「っ……話が通じないなら、実力で分からせるしかないわね!」
レナが即座に反応した。
全身から『感度増幅粘着炎』を噴出させ、臨戦態勢をとる。
エミリアも気だるげに立ち上がり、氷の刃を生成する。
「あらあら。堅物委員長を少し『ほぐして』あげないとダメかしら?」
火と氷。
二人の上位ランカーが同時に構える。普通の相手なら、この時点で降伏していただろう。
だが、ソフィアは表情一つ変えなかった。
「抵抗しますか。……愚かしい」
彼女は巨大な盾を、まるで発泡スチロールか何かのように軽々と持ち上げた。
「私の魔法は『重力偏向』。この盾は、貴方たちの罪の重さそのものです」
ブンッ!!
風切り音などという生易しいものではない。空気が圧縮され、破裂する音がした。
「――『断罪執行』」
ソフィアが盾を、ただ「振り下ろした」。
それだけの動作。
だが、その一撃が地面に接触した瞬間――世界が揺れた。
ズドォォォォォォォォンッ!!!!!
工房の床が爆ぜた。
物理的な衝撃波が全方位に拡散し、置かれていた工具棚や機材が紙くずのように吹き飛ぶ。
「きゃぁぁぁっ!?」
「くっ……重いッ!?」
レナとエミリアが防御魔法を展開するが、それは一瞬で粉砕された。
魔法による防御など意味を成さない。圧倒的な「質量」の暴力。
二人の体は木の葉のように舞い上がり、部屋の奥の壁に叩きつけられた。
「ガハッ……!」
「う、嘘……盾を叩きつけただけ、なの……?」
レナが床に伏し、震える声で呻く。
直撃ですらない。余波だけで、この威力。
土煙の中、ソフィアは瓦礫の山となった床に盾を突き立て、静かに佇んでいた。
傷一つない。乱れ一つない。
それは魔法使いというより、歩く災害だった。
「口先だけの魔術など、圧倒的な『重量』の前では無意味です」
ソフィアが冷たい瞳を俺に向ける。
「次は貴方です、元凶の技師。……その汚れた手、二度と使えないように潰してあげましょう」
彼女が再び盾を持ち上げる。
俺は冷や汗を流しながら、瞬時に計算した。
あの盾の質量……そして彼女自身の身体強化。
真正面からやり合えば、俺たち全員、ミンチにされて終わりだ。




