第21話:『騒がしい朝。元5位が居候(ペット)になりました』
地下特有のカビ臭さが消え、代わりに高級な香水の匂いと、朝食の味噌汁の匂いが混ざり合う奇妙な朝。
俺、シキの住居兼工房は、カオスなことになっていた。
「……寒い」
俺が毛布にくるまりながら目を覚ますと、視界いっぱいに白い毛皮が広がっていた。
いや、毛皮じゃない。
俺のベッドの中に潜り込み、俺の胸板を枕にして安眠している銀髪の少女――エミリアだ。
「……んぅ。シキ、体温が下がってきたわ。暖房の出力を上げて」
「俺はエアコンじゃない。どけ、重い」
「やだ。ここが一番、回路が落ち着くの……」
エミリアは寝惚け眼のまま、猫のように俺のパジャマの中に顔を擦り付けてくる。
学園の頂点に君臨していた『氷の女王』の威厳はどこへやら。今の彼女は、完全に「飼い主の布団を占領する飼い猫」そのものだ。
ガチャン!
けたたましい音と共に、工房の鉄扉が開いた。
「おっはよーシキ! 朝ごはん持ってきた……って、ギャアァァァァッ!?」
エプロン姿のレナが、タッパーを取り落とした。
床に散らばる卵焼きとウインナー。
そして、彼女の髪が怒りで逆立ち、紅蓮の炎が燃え上がる。
「な、ななな、何ベッドインしてんのよ泥棒猫ォォォッ!!」
「うるさいわね……。朝からキャンキャン吠えないで」
「アンタがシキから離れればいいでしょ! ほら、どいて!」
「嫌よ。今の私は『敗者』だもの。勝者の所有物に依存するのは権利よ」
エミリアは悪びれもせず、さらに俺に密着し、あろうことかパジャマのボタンを外し始めた。
「シキ、朝のメンテナンスの時間よ。……ここ、また詰まりそうなの。指でグリグリして?」
「ぎゃーーーっ! 脱ぐな! 見せるな! 朝から教育に悪いことしないで!」
レナが顔を真っ赤にしてエミリアの服を押さえる。
右からは極寒の冷気、左からは灼熱の熱気。
二つの温度差で、俺の部屋の壁が結露し、水滴が垂れてくる。
「……お前ら。俺の精密機器が錆びるだろうが」
俺は二人の頭をスリッパで叩き、強制的に部屋から追い出した。
騒がしい。
一人で静かにジャンクパーツを弄っていたあの日々が、今では遠い夢のようだ。
†
朝食(レナが作り直した焦げたトーストと、エミリアが取り寄せた高級紅茶)を終えた後。
俺はタブレット端末で、学園のポータルサイトを確認して頭を抱えた。
『速報:序列戦にて大波乱! 序列5位エミリア陥落! 新星レナ・バーンハート、トップランカー入りか!?』
『疑惑:謎の技師シキを巡る、美少女たちの泥沼三角関係!』
ランキングはまだ正式更新されていないが、実質的に俺たちのパーティ「保全科(仮)」は、学園の台風の目になってしまった。
特に、エミリアが俺たちの派閥(というか部屋)に入り浸っている事実は、周囲に強烈なインパクトを与えている。
「ねえシキ。なんか外、騒がしくない?」
「……ああ。野次馬と、偵察部隊だな」
工房の監視カメラには、遠巻きにこちらを伺う多数の生徒の姿が映っていた。
エミリアという「核兵器」を手に入れた(と思われている)俺たちを、上位ランカーたちが警戒し始めているのだ。
「ふふ、人気者は辛いわね」
エミリアは優雅に紅茶を啜りながら、他人事のように笑っている。
「他人事みたいに言うな。お前がここにいるせいで、俺の平穏な技師ライフが崩壊してるんだ」
「あら、嬉しいくせに。……あ、シキ。また寒気がしてきた。膝に乗っていい?」
「ダメだ。座禅でも組んでろ」
そんな漫才をしている時だった。
工房のインターホンが、無機質に鳴り響いた。
ピンポーン。
「……客か? 野次馬にしちゃ礼儀正しいな」
俺がモニターを確認すると、そこには一人の少女が映っていた。
眼鏡。きっちりと着崩すことなく着用された制服。腕には『風紀』の腕章。
その表情は、氷のように冷徹で、軽蔑に満ちていた。
「――設備保全科、式城 律および、レナ・バーンハート、エミリア・ヴァイスですね」
スピーカー越しに、硬質な声が響く。
「私は風紀委員長、ソフィア・ガードナー。貴方たちに対し、『公序良俗に反する不純異性交遊』および『未登録の危険魔術行使』の容疑がかかっています。直ちにドアを開けなさい」
レナがモニターを見て、ヒッと息を呑んだ。
「う、嘘……! ソフィア先輩!? 序列4位の『鉄壁の処刑人』よ!」
「……厄介なのが来たわね」
エミリアも少しだけ表情を曇らせた。「あの子、頭が固くて融通が利かないのよ。特に『破廉恥なこと』が大嫌いだから」
俺は自分の手を見た。
俺のやる「メンテナンス」は、端から見れば完全にセクハラまがいの行為だ。
風紀委員長様からすれば、俺は歩くわいせつ物陳列罪そのものだろう。
「……居留守を使うか?」
「無駄ですね。生体反応は感知しています」
ドォォォォン!!
返事を待たずして、工房の鉄扉がへしゃげた。
魔法ではない。純粋な物理衝撃だ。
「抵抗するなら、実力を行使して『矯正』します」
煙の向こうに立つ、眼鏡の少女。
その背後には、宙に浮く巨大な魔導シールド(という名の鈍器)が展開されていた。
新たな「故障箇所」の到来。
どうやら俺の工具箱は、まだまだ休まりそうにない。




