第17話:『汚染攻撃。コピーすればするほど堕ちていく』
「はあぁぁぁッ! 食らいなさい!」
レナが両手を突き出す。
放たれたのは、先ほどまでの一直線に爆発する炎ではない。
ドロリとした粘性を帯びた、ピンクがかった紅蓮の液体――『感度増幅粘着炎』だ。
それは生き物のようにうねりながら、エミリアへと殺到する。
「……何? 気持ちの悪い魔力ね」
エミリアは眉をひそめた。
速度も遅い。威力も低そうに見える。
だが、彼女のプライドは「回避」を許さない。「格下」の魔法など、正面からコピーして倍返しにするのが彼女の流儀だ。
「汚い色。……私が綺麗に書き直してあげるわ」
エミリアの瞳が鏡のように輝く。
『模倣』発動。
レナの放った魔法の術式構造を瞬時に視認し、脳内で解析、自身の魔力回路へとインストールする。
(構造は……少し複雑ね。でも、基本はただの火属性変化形。取り込み完了――)
エミリアは余裕の笑みで、そのプログラムを実行しようとした。
――その瞬間だった。
「……っ!?」
ガクン、とエミリアの膝が折れた。
構築しようとした魔法陣が霧散する。
「な、何……? 今、私の体の中で……」
異変は、魔力を取り込んだ腹の底から始まった。
いつものような、他人の魔力を入れた時の「寒気」や「吐き気」ではない。
もっと熱く、甘く、痺れるようなノイズ。
『――よお、エミリア。久しぶりだな』
脳裏に、シキの声がフラッシュバックした気がした。
幻聴ではない。取り込んだ魔力データの中に、シキ特有の「手触り」が編み込まれていたのだ。
かつて毎晩、彼女の回路を優しく、執拗に撫で回していた、あのアプローチそのものが。
「あ、ぅ……! い、いや……!」
エミリアは自分の胸を掻きむしる。
脳が警報を鳴らしている。『これは攻撃だ』と。
だが、体は正直だった。長年渇望していた「シキのメンテナンス」に近い刺激に対し、回路が歓喜の声を上げ、勝手に受け入れようと開いていく。
「効いてるわね……! 畳み掛けるわよ!」
レナはその隙を見逃さない。
次々と粘着炎をばら撒く。
「くっ、調子に……乗らないで!」
エミリアは反射的に防御魔法を展開しようとする。
だが、彼女の戦闘スタイルは「敵の攻撃を利用する」こと。レナの炎を防ぐために、無意識にレナの炎の特性を『模倣』し、相殺しようとしてしまう。
コピーすればするほど、彼女の脳内にシキの作った「快感ウイルス」が増殖していく。
「あ、ふっ……! 熱い、熱いぃ……ッ!」
エミリアの顔が、みるみるうちに紅潮していく。
氷のように冷たかった彼女の体が、内側からの発熱によって汗ばみ始める。
それは戦闘の高揚ではない。強制的な発情に近い、脳髄を焼く熱だ。
「な、何これ……気持ち悪……い……」
エミリアは荒い息を吐き、涙目でシキの方を見た。
リングサイドのシキは、冷徹な目で彼女を見返していた。
「……いや、熱い……っ! やだ、体が……溶けちゃう……!」
拒絶したい理性と、快楽を貪りたい本能。
二つの矛盾した命令が衝突し、エミリアの完璧だった演算能力がガラガラと崩れていく。
彼女が纏っていた四属性のオーラが消え、代わりにだらしなく力が抜けた肢体が、その場に崩れ落ちそうになる。
「チェックメイトだ、エミリア」
シキが小さく呟く。
最強の魔女が、自身の能力ゆえに自滅していく。
その姿は、あまりにも無防備で、艶めかしい「ただの女の子」でしかなかった。




