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第16話:『開戦。全ての属性を使う天才』

 闘技場の空気は、張り詰めた糸のように緊張していた。

 観客席は満員。賭けの対象が「一人の男の人生(所有権)」ということもあり、野次馬たちの視線は残酷なほど熱い。


「――始めましょうか。私のシキを取り戻すための、退屈な儀式を」


 対峙するエミリア・ヴァイスが、優雅に扇子を開くように手を振った。

 開始の合図ゴングなど待つ必要もない。彼女が動いた瞬間が、処刑の始まりだ。


「まずは挨拶代わりに……『第723番・複合展開』」


 彼女の周囲に、幾何学的な魔法陣が四つ同時に展開される。

 赤、青、緑、茶。

 火、水、風、土。基本四属性の全てが、同時に顕現した。


「なっ……多重詠唱マルチ・キャスト!? しかも全部属性が違う!」


 レナが驚愕に目を見開く。

 通常、魔導士には得意な属性があり、相反する属性(火と水など)を同時に扱うことは回路の干渉を引き起こすため不可能に近い。

 だが、エミリアには「自分」がない。

 彼女は過去に対戦した数多の魔導士たちの回路を脳内にコピーし、それぞれの「仮想人格」に魔法を行使させているのだ。


「いけ」


 エミリアの号令と共に、四色の魔力砲撃がレナを襲う。

 炎の槍が退路を断ち、水の鞭が足を狙い、風の刃が視界を奪い、土の壁が退路を塞ぐ。

 完璧な連携。一人でパーティを組んでいるようなものだ。


「くっ、うぅっ……!」


 レナは防戦一方だった。

 自慢の火力で相殺しようとするが、手数が違いすぎる。

 爆炎で一つを防いでも、残り三つが体を掠める。制服が切り裂かれ、肌に赤い線が走る。


「弱い。遅い。脆い」


 エミリアは一歩も動かず、指揮者のように指を振るうだけでレナを追い詰めていく。


「所詮はただの火力馬鹿ね。貴女の回路は単調すぎて、解析する価値もないわ」

「う、うるさいっ! 私は……!」


 レナが吠える。

 彼女は反撃に転じた。シキとの特訓で練り上げた、最大火力の火球を生成する。


「燃え尽きなさい! 『紅蓮砲プロミネンス・キャノン』!」


 渦巻く炎の塊が、エミリアに向かって一直線に放たれる。

 直撃すれば岩盤をも溶解させる一撃。

 だが、エミリアはそれを避ける素振りすら見せなかった。

 彼女の瞳が、鏡のように怪しく光る。


「――『解析スキャン』完了」


 エミリアが右手をかざす。

 瞬間、彼女の掌の前に、レナのものと全く同じ……いや、それより一回り巨大な魔法陣が構築された。


「その程度の構造、見るだけで十分よ」


 ドォォォォォンッ!!

 エミリアの手から放たれたのは、レナと同じ『紅蓮砲』。

 ただし、その密度と質量は倍以上。


「嘘……私の魔法を!?」


 レナの炎は、エミリアの放った炎に真正面から飲み込まれた。

 圧倒的な出力差。

 レナは自身の魔法ごと吹き飛ばされ、闘技場の壁に激しく叩きつけられた。


「がはっ……!」


 肺から空気が強制的に絞り出される。

 砂煙の中、膝をつくレナを見下ろし、エミリアは冷ややかに告げた。


「貴女ごときがシキの隣にいていいわけがない。あの人は繊細な芸術品なのよ? 貴女のようなガサツな『熱』しか出せない女に、彼の指を感じる資格はないわ」


 絶望的な実力差。

 観客席からは「勝負ありだな」「やっぱ格が違うわ」という声が漏れる。


 だが。

 壁際でふらりと立ち上がったレナは、口元の血を拭いながら、ニヤリと笑った。


「……ガサツで悪かったわね」


 彼女はチラリと、リングサイドで見守るシキを見た。

 シキは無表情のまま、小さく頷く。

 ――『GOサイン』だ。


「なら見せてあげるわよ。シキが私に仕込んだ……とびっきり『いやらしい』炎をね!」


 レナの両手が、再び赤く発光する。

 だが今度は、燃え盛るような赤ではない。

 毒々しいピンク色を含んだ、粘りつくような光だった。


 最強の天才に対する、最悪のハニートラップが発動する。

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