第14話:『解析:模倣の魔女。完璧ゆえのバグ』
決戦まであと3日。
地下工房のホワイトボードには、複雑怪奇な魔力回路図が書き殴られていた。
「――いいか。まず前提として、エミリアの『模倣』は魔法じゃない。あれは『自己書き換え』だ」
俺は赤ペンで回路図の一部を塗り潰しながら説明する。
パイプ椅子に座ったレナが、真剣な表情で頷く。
「書き換え……?」
「そうだ。普通の魔導士は、自分の脳内で演算した魔法しか使えない。だがエミリアは、敵の魔法を見た瞬間、その演算式を丸ごとコピーし、自分の脳内にインストールして実行する」
「だから、どんな属性でも使えるってこと?」
「ああ。火も水も風も、見たことさえあれば再現可能だ。……だが、ここに最大の欠陥がある」
俺はホワイトボードに『ウイルス』と書き込んだ。
「他人が作ったプログラムには、必ずその人特有の『手癖』や『無駄』が含まれている。エミリアはそれら(バグ)ごと、自分の脳内に取り込んでしまうんだ」
例えるなら、出所不明の怪しいファイルを、ウイルススキャンもせずに片っ端から自分のPCにダウンロードし、実行しているようなものだ。
かつては俺が毎日、そのゴミデータをデフラグ(最適化)して削除していた。
だが、俺がいなくなって一年。
今の彼女のストレージは、他人の残留思念やエラーデータでパンク寸前のはずだ。
「あの『寒気』は、処理落ち寸前のCPUが起こすバグだ。彼女の容量はもう限界に近い」
レナがゴクリと唾を飲み込む。
「じゃあ、持久戦に持ち込めば勝てる?」
「いや、無理だ。パンクする前に、お前がコピーされた自分の魔法で焼き殺されるのがオチだ。あいつの出力は桁違いだからな」
俺はペンを置き、レナの目を見た。
「勝つ方法は一つ。彼女の処理能力を一瞬でオーバーフローさせるほどの、『未知のデータ』を送り込むことだ」
「未知のデータ……?」
「ああ。エミリアは『攻撃』や『痛み』のデータには慣れている。だが、今の彼女が最も処理できない、防衛本能をすり抜けるデータがある」
俺はニヤリと笑い、レナの太腿に視線を落とした。
「え、なに……?」
「『快感』だ」
レナがポカンと口を開け、次の瞬間、ボンッ! と音が出るほど顔を赤くした。
「は、はぁぁぁぁぁ!? か、快感って……えっちなことする気!?」
「誤解するな。魔力情報としての快感だ。……俺がお前にいつもやっているメンテナンス。あれは魔力を『粘着質で甘いノイズ』に変換して流し込む技術だ」
俺は説明を続ける。
俺がレナに施している調整は、通常の魔力波形とは異なる、脳髄を痺れさせる特殊な信号を含んでいる。
もし、これを攻撃魔法に乗せて、エミリアに叩き込んだらどうなるか?
「エミリアは反射的に、お前の魔法をコピーして取り込もうとするだろう。だが、その中身が『とろけるような快楽物質』だとしたら? ……彼女の演算機能は、その『気持ちよさ』を解析できずにフリーズする」
「そ、そんな馬鹿な作戦……」
「大真面目だ。これを『論理爆弾』と言う」
俺はレナの手を取り、その掌に触れた。
「レナ。これからお前の魔力質を変える。攻撃力はいらない。もっとドロドロとした、絡みつくような……そう、俺に弄られている時の『あの感覚』を、そのまま魔力に乗せて撃ち出すんだ」
「む、無理よそんなの! 恥ずかしくて死んじゃう!」
「死ぬのと、俺がエミリアのペットになるのと、どっちがいい?」
究極の二択。
レナは涙目で葛藤し、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。
「わ、わかったわよ……! やればいいんでしょ、やれば!」
「いい子だ」
俺は彼女を実験台へと誘導する。
「なら、予行演習だ。お前の魔力を徹底的に『淫らな仕様』に書き換える。……朝までたっぷり、データを体に叩き込んでやるから覚悟しろ」
「ひぃっ……! お、お手柔らかにぃぃぃッ!」
工房のシャッターが下ろされる。
それは、最強の魔女を堕とすための、最も背徳的なアップグレードの始まりだった。




