第13話:『賭けるものは“所有権”。格付けチェック』
学園の中央広場にある巨大な電子掲示板前。
多くの生徒が行き交うその場所で、空気は凍りついていた。
「――単刀直入に言うわ。その男を返しなさい」
真夏の日差しの中、分厚いコートを羽織った序列5位、エミリア・ヴァイスが淡々と告げた。
対峙するのは、俺とレナ。
周囲の生徒たちは、「五大元素の乙女」の登場にどよめき、遠巻きにスマホを向けている。
「嫌よ。シキは私のパートナーだもの」
「パートナー? ……聞き違いかしら。貴女はただ、一時的に彼の『メンテナンス』を盗み食いしているだけの泥棒猫でしょう?」
エミリアの瞳は、濁った氷のように冷たく、そして狂気を孕んでいた。
彼女は俺の方を見つめ、うっとりとした表情で続ける。
「ねえ、シキ。あんな薄暗い地下工房で働く必要なんてないのよ。私の屋敷に戻ってきて。地下牢を改装して、貴方専用の部屋を作ったの」
「……地下牢?」
「ええ。貴方はもう外に出なくていい。食事も世話も私がする。貴方は一日中、私のベッドの横で待機して、私が寒気を感じたらすぐに『温めて』くれればいいの。……素敵でしょう? 一生、私だけのモノになれるのよ」
周囲の生徒たちがドン引きしてざわめく。
完全にヤンデレの思考回路だ。
彼女にとって俺は、愛する人ではなく、手放せない「精神安定剤」であり、便利な「暖房器具」でしかない。
「ふざけるな!」
激昂したのは、俺ではなくレナだった。
彼女は全身から赤い魔力を噴き上げ、エミリアを睨みつける。
「シキはモノじゃない! 彼は技師よ! 壊れたものを直して、輝かせる職人なの! それを、地下に閉じ込めて自分専用の道具にするなんて……魔導士以前に、人間として最低よ!」
「……道具に感情移入するなんて、下民の発想ね」
エミリアは蔑むように鼻で笑った。
「いいわ。口で言っても分からないなら、学園のルールに従いましょう」
彼女は懐から、一枚の黒いカードを取り出した。
それは上位ランカーだけが持つことを許される、強制執行権付きの挑戦状。
「『序列戦』を申し込むわ。レナ・バーンハート」
エミリアがカードを掲げると、広場の電子掲示板が『DUEL』の文字に切り替わった。
「賭けるもの(ベット)は、シキの『所有権』。私が勝てば、シキは私の専属となり、一生私の屋敷から出られない契約を結んでもらうわ」
「上等よ! 私が勝ったら、二度とシキに近づかないで!」
「おい、待てレナ!」
俺が止める間もなく、レナは挑戦状を叩きつけるように受諾してしまった。
電子音が鳴り響き、マッチメイクが成立する。
『序列第5位:エミリア・ヴァイス VS 序列第820位:レナ・バーンハート』
その表示が出た瞬間、広場中から悲鳴のような驚愕の声が上がった。
無謀なんてレベルじゃない。
これは「公開処刑」の宣告だ。
「……成立したわね」
エミリアは満足げに微笑み、俺に熱っぽい視線を投げかけた。
「楽しみにしていて、シキ。試合が終わったら、すぐに首輪をつけてあげるから」
氷の足跡を残し、彼女は去っていく。
残されたのは、怒りに肩を震わせるレナと、頭を抱える俺だけだった。
「……バカ野郎」
「だって! あんな言い方許せなかったんだもん!」
レナが涙目で食ってかかる。
「シキは……私を直してくれた、凄い技師なのに。あんな、便利な道具扱いされて黙ってられるわけないじゃない!」
その言葉に、俺は少しだけ言葉に詰まった。
俺を「人間」として怒ってくれた。その事実は、乾いた心に少しだけ沁みた。
だが、現実は非情だ。
「気持ちは嬉しいが、相手は腐っても『五大元素』の一角だぞ。今のままじゃ、お前は1分も持たずに氷漬けにされて終わりだ」
「う……」
「しかも相手は『模倣』の魔女だ。お前の炎も、俺たちの連携も、全てコピーされる可能性がある」
絶望的な戦力差。
しかし、賽は投げられた。負ければ俺は一生監禁生活、レナは退学か、あるいは廃人か。
「……やるしかないか」
俺は覚悟を決め、青ざめるレナの肩を叩いた。
「安心しろ。勝算がないわけじゃない」
「え、あるの!?」
「あいつの『模倣』は無敵に見えるが、俺だからこそ知っている致命的なバグがある。……それを突く」
俺はエミリアの背中を思い出していた。
あの震える背中に蓄積された、膨大な「他人のデータ」。
それが彼女の強さであり、同時に最大の弱点だ。
「帰るぞ、レナ。試合までの3日間、お前の回路を徹底的にイジり回す。……寝られると思うなよ」
「ひぃっ!? お、お手柔らかにお願いします……!」
学園中が「死刑執行」と噂する一戦。
その運命を覆すための、過酷な調整が幕を開ける。




