31 黄泉比良坂
「『陰中の陽』まで、我は何もできぬ。ただ、じっとしておるわけにもいかぬ。朱丸よ、我の言う物を準備してくれるか?」
「うん、僕、準備できるよ!」
「うむ、感謝するぞ」
神さまは、力強く頷く朱丸に、礼を述べた。
「まずは、参道脇に生えている竹を切って参れ」
「わかった!取ってくる」
朱丸は、社を飛び出ると、参道に足を運んだ。風にしなる竹の一本に、妖力で焼き印を入れていく。ぐるりと一周させると、焼き印を目印に風の刃を当てた。すとんと風が竹を撃ち抜くと、脆くなった焼き印の部分だけ背後に抜け落ちた。
朧の特訓の成果もあり、火だけでなく、風の妖力も最近では使えるようになっていた。
上手く、一本の竹を伐採すると、風を使って神さまの元に運んで行った。
「神さま、コレでいいかな?」
「うむ、流石、は『陰中の陰』の刻なだけあるな。問題ないぞ」
朱丸は、神さまの指示の元、竹を節ごとに切り離し、三個の竹製の水筒を作った。てっぺんに穴を開け、残った竹で栓も作成。竹に節を利用した昔ながらの水筒だ。清水で中身を満たし、栓を閉めていく。
作業している間に、時計の針は深夜零時を過ぎた。ボーンボーンと柱時計から十二の音が鳴る。
「うむ、『陰中の陽』になったな。ようやく、我の気も使える」
神さまは、小さな手を握ったり、開いたりして、力が戻ってきていることを確認していく。
「朱丸よ、黄泉比良坂への道を開く故、佐久夜のところまで行ってくれるか?」
「佐久夜兄ちゃんのところへ、行けるのか?」
神さまは、コクリと頷いた。
「我は、名無き神故に、佐久夜のいる『根』には、行けぬ。黄泉比良坂へお主を導く」
「だけど、神さまが、一人になってしまうよ」
「それも、仕方なし。その代わり、この水筒とこの人形を持っていくのじゃ」
神さまは、紙で作られた人の形をした形代を朱丸に渡した。
「これは、身代わりとなる物。使い方は、朧が知っておろう。後、この水筒も持っていけ」
「僕が作った水筒だよね」
「うむ、佐久夜と京平に飲ましてやれ、我の神気の加護にもなる。朧の負担も減るじゃろう」
朱丸は、わかったと力強く頷いた。
「頼むぞ、朱丸。そして必ず朧に伝えろ」
神さまからの言伝。
「『根』の神の名は、須勢理毘売命じゃと」
「その名前を朧のおっちゃんに言えば良いんだね」
「うむ、その神に会い、此方への道を開いてもらうのじゃ」
朱丸は、『根』の神の名前を何度も反芻していく。しっかりと忘れないように。
朱丸は、神さまの神域である、社側の竹林で自我に目覚めた。よって、『根』について全く知らなかった。
「『根』につけば、佐久夜の気配も、朧の気配も感知出来るようになるじゃろう。先ずは、直ぐに朧を探せ」
「佐久夜兄ちゃんじゃなくて?」
「そうじゃ、恐らく佐久夜らは、朧が隔離しておる可能性が高い。気配が同じ場所であれば、佐久夜の元で問題ないが、佐久夜と朧の気配が離れておれば、朧の処に行くのじゃ」
神さまから預かった人形と竹の水筒を風呂敷に包んだ。
神さまは、大麻を持ち、朱丸を参道脇に連れて行った。
大麻を両手に持ち、ワッサワッサと左右に振りながら、神さまは何かを唱えてた。
竹林が、左右に押し開くと、鳥居が目の前に現れた。
「黄泉比良坂じゃ、ここから『根』に行ける。朱丸…、佐久夜らを頼む」
神さまは、朱丸の手をぎゅっと力を込めて握った。
「任された!!絶対、みんなで戻って来るから!神さまは、僕たちの成功を願ってて」
「うむ、しかと願いを受け取った」
朱丸も神さまの手を握り返す。朱丸は、小さな身体に風呂敷を背負い、黄泉比良坂に足を踏み入れた。
「抜けるまで、決して振り返るなよ」
歩を進める朱丸に、神さまは声をかけた。
「わかったー」
大きく返事をし、右手を高く突き上げた。
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