10 朱丸のお礼
「始めちょろちょろ中ぱっぱ~始めちょろちょろ中ぱっぱ~赤子泣くとも蓋取るな~」
朱丸は、土鍋の周りを飛び回りながら、可笑しな節で歌っている。歌詞は、佐久夜が炊飯の極意として朱丸に教えたものだが、言葉遊びが面白かったらしく、米を炊く時、必ず朱丸は、これを歌う。
飯を上手に炊くには、始めのうちはとろ火で、中頃に火を強くし、どんなことが起こっても途中で蓋をとらないことが大切だということわざなのだけど、朱丸のツボだったらしい。
佐久夜は、朱丸のお陰で、慣れない釜戸でも自炊ができる様になった事が有り難かった。
今日も神さまの好物である、おにぎりを佐久夜は土鍋で炊いた米で握っていく。最近のお気に入りの具材は、ツナマヨで、なんでもマヨネーズの酸味とまろやかさに衝撃を受けたらしい。マヨネーズディップを覚え、やたらとマヨネーズを付けたがる。
神さま用に胡瓜や人参を千切りにして小皿に乗せておけば、飛び上がるほど喜んでくれた。
朱丸は、兎に角赤い食べ物が大好きで、梅干し一つで小躍りをしてくれる。
まだまだ、立派な神社とは程遠いけれども、佐久夜はこの賑やかな神社を守りたいと思っていた。
「佐久夜兄ちゃん」
「なんだ、朱丸」
佐久夜が、境内の掃除をしていると、朱丸が声をかけて来た。モジモジと体をくねらせて、何かを言いたいらしい。面は被って表情は見えないが、神さまも朱丸を見守っている。
「あのな…えっと…佐久夜兄ちゃんに…」
まるで今から告白でもするかの如く、体をくねらせている朱丸。
「どうした朱丸。何か欲しい物でもあるのか?」
「違うぞ!佐久夜兄ちゃん。…あのな」
「焦ったいのう、朱丸よ。佐久夜に渡したい物があるらしいぞ」
「あー!僕が言おうとしてたのに!!」
出鼻を挫かれて、朱丸は神さまにポカポカッと両腕を振り回すが、神さまはひらりと躱していく。
佐久夜は、可愛いらしいなと思うも、ずっと戯れあいをみている訳にも行かず、神さまと朱丸をひょいッと摘み上げた。
「佐久夜よ、最近我に対して雑ではないか?」
朱丸と同じ様に首根っこを摘まれ、神さまが文句を言ってくる。朱丸は、本来の目的を思い出したのか、バツの悪そうな顔をしていた。
佐久夜は、神さまと朱丸から手を放した。
「佐久夜兄ちゃんに、コレ上げる」
朱丸は、佐久夜の手のひらにそっと置いた。佐久夜は、そっと指で摘んで目の前に持って来る。
透明な勾玉の中に揺らめく炎。指先で持っていても熱くはなかった。
「うわぁ、カッコいい!」
「それ、神さまに作り方聞いたんだ」
朱丸は、佐久夜の反応を見て、嬉しそうに体をを揺らす。
「うむ、朱丸が佐久夜にお礼を渡したいと相談を受けてな、我が所持しておった勾玉をやったのじゃ」
「僕の妖力を込めたんだぞ」
「持っておれば、社の外でも朱丸を呼び出す事が出来るぞ」
神さまは、そう言うと佐久夜に一本の組紐を渡した。薄い色味の組紐で五色の糸で編み込まれていた。
「我が組み上げた紐じゃ。朱丸の勾玉を首から下げるのに使うが良いぞ」
「うわぁ、神さまカッコつけんなよ。僕の側で、必死に結ってたくせにさぁ」
「むむっ!五月蝿いぞ朱丸よ!」
佐久夜は、神さまと朱丸からの贈り物を受け取ると、顔中が皺くちゃになる程、表情を歪めた。
身寄りもなく、親戚中たらい回しのされ、たった一人で必死に生きてきた。贈り物を貰うという事が、佐久夜のとって生まれて初めての経験だった。
「俺、ここに来て本当に良かった」
嬉しくて涙が出そうになるのを必死に堪える。堪えれば、堪えるほど、佐久夜の顔は珍妙な表情になっていった。
「ありがとう…大事にするから!」
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