5. 王女と取り巻き集団
その中央にいるのは、今まさに話題に上っていたエメライン王女その人だった。
腰の辺りまで流れる真っ直ぐなホワイトブロンドの髪は、毛先だけをくるりと巻いてある。ノエリスと同じくらい真っ白な、陶器のように滑らかな肌。伏し目がちだから睫毛の濃さと長さがよく分かる。桃色の唇は少し口角が上がり、楚々とした優しげな雰囲気を漂わせている。まるで女神のようだ。
そして彼女の周りを取り囲むように歩いているのは、見目麗しい十人ほどの男子生徒たち。皆すらりと背が高く、その堂々たる様子は、王女をお守りできることをこのうえなく誇らしく思っているかのようだ。その集団の中に、ルパート様の姿があった。王女の左隣のポジションを確保している。
一体何をそんなに警戒しているのか、そこかしこで生徒たちが談笑や食事をしているだけの見晴らしのいい中庭を横切りながら、前後左右に首を動かしあたりを見回している。俺、しっかり護衛しています、と言わんばかりの様子だ。できるところを王女にアピールしているのだろうか。なんだかやけに滑稽に見える。
「はぁ。今日も大人数侍らせてるわねぇ。阿呆らしい。ここは学園よ。何しに来てるのかしらね、王女殿下は。男漁りと思われても仕方のない振る舞いだわ」
「ノ、ノエリス……ッ」
あまりに辛辣な言葉に緊張し、私は思わず彼女を咎めるような声を上げ、辺りに視線を向けた。いくらオークレイン公爵家の令嬢とはいえ、さすがに不敬ではないか。誰かに聞かれ、言いふらされでもしたら……。
けれど、そこかしこにいる生徒たちのグループは皆、輝かしい王女とその取り巻き集団に目を奪われており、誰もこちらを気にかけていない。思わず深く息をついた。そして私も再び、中庭の中央を横切る華やかな集団に目を向ける。よく見ると、男子生徒たちのタイの色が違う。一年生だけではなく、他学年の生徒たちもいるみたいだ。
するとその時、あたりに忙しなく視線を散らしていたルパート様が、ふいに私たちの方を見た。目が合って、思わずドキッとする。
(ルパート様……)
ほんの少しだけ笑みを作り、目で挨拶をしてみた。けれど、その瞬間。
ルパート様が、鋭い眼差しで私を睨みつけた。
「……っ」
まるで、こっちを見るな、笑顔を見せるなと言わんばかりだ。
彼はそのまま私から思い切り目を逸らすと、王女殿下の方へと顔を向け、何やら言葉を交わしはじめた。わずかに見えた横顔は、たった今私に向けたきついものとは全く違い、とても優しかった。
王女一行は、そのまま中庭の奥へと向かう。
「……ちょっと。いくら何でもひどいんじゃないの。フラフィントン侯爵令息のあの態度は。自分の婚約者を何だと思ってるのかしら」
「……」
ノエリスが睨み続けているので、私も遠ざかった彼らへと、再び視線を向ける。
最奥のテーブルに座っていた女子生徒の三人グループに、王女と一緒にいた男子生徒の一人が何やら声をかけている。すると女子生徒たちは一斉に立ち上がり、テーブルの上に広げていたランチボックスや飲み物を片付けはじめた。彼女たちが立ち去ると、ルパート様が胸元からハンカチらしきものを取り出し、一つの椅子の座面をせっせと拭く。そしてそこに、王女をエスコートして座らせた。
他の男子生徒らが、テーブルの上にクロスやランチボックスなどを広げはじめる。……まるで従者だ。生徒たちは学園に、従者や護衛、侍女らを連れてくることは禁止されている。けれど王族だけは特例で、エメライン王女にも護衛が同行を認められているらしい。少し離れたところに壮年の護衛が二人いて、さっきからずっと王女の集団を見つめている。
「ね、あそこに護衛がいるじゃないの。あれで十分でしょう? あんなにも男子生徒を侍らせる必要なんかどこにもないわよ。そもそも学園の全ての入り口には衛兵たちがいるし、見回りをしている人たちもいるのよ。あれ、絶対にただの王女のわがままだと思わない? 見目の良い男たちにちやほやされていたいだけなのよ」
私の心の奥底に芽生えたもやもやとした悪感情を、ノエリスは躊躇なくまた口にした。この堂々としたところ、本当にすごいと思う。
テーブル席を離れた三人の女子生徒が、ランチボックスや飲み物を手にしたまま歩き出した。胸元のリボンは青色だ。三年生らしい。明らかに困っている。周囲を見回しているけれど、もう空いている席はない。
けれど、私たちのテーブルには空いている椅子があと三脚ある。声をかけてみましょうか? とノエリスに相談しようとした、その時。
「先輩方〜! こちら空いてますよー。どうぞ、いらしてくださーい」
ノエリスが高々と手を振りながら、彼女たちに向かって大きな声をかけた。先輩方は明らかにほっとした表情でこちらに歩いてくる。
「……ご一緒してもよろしいの?」
「ええ、もちろん。ね? ローズ」
「はいっ!」
にこやかなノエリスに合わせ、私も満面の笑みでそう答える。先輩方は嬉しそうに席についた。五人で簡単に自己紹介をし、昼食の続きをとる。
「……えっ? じゃあ先輩も、あの王女取り巻き集団の中にご婚約者が?」
「ええ、実はそうなのよ。さっき王女殿下に席を譲れって声をかけてきたのが、私の婚約者なの」
三人のうち、一番地味な装いをしている一人の先輩が、ノエリスの問いかけに困ったように答えた。それにしても、ノエリス……、王女取り巻き集団って……。
(普通なら処罰が怖くてそんなこと口にできないわよ。恐るべし、オークレイン公爵家のご令嬢……)
若干ハラハラしながら会話を聞いていると、他の先輩二人が気の毒そうな顔で彼女を見て言った。
「この子ね、学園には絶対に化粧をしてきてはいけない、アクセサリーも一切着けてくるなって指示されているのよ。とても美しいハニーブロンドなのに、こんなに短く切るよう命じられて……」
「まぁ……」
思わず声が漏れた。たしかに、彼女のとても艶やかな金髪は、肩にもつかない長さにぱつんと切り揃えられている。さらにサイドの髪をピンで止めて押さえつけていて、他の先輩方やノエリスのようにアクセサリーさえ着けていない。……妙な親近感を覚える。
「彼が言うのよ。王女殿下はとても繊細なお方で、今は婚約解消なさったことで自信を失くしておいでだって。華やかな婚約者がいる男子生徒はそばに置きたくないとお思いだから、お前は王女殿下のためにもずっと地味にして、学園内では自分に近付いてくるなって」
(……ルパート様と全く同じことを言っているのね)
先輩の話を聞いているノエリスは納得できないらしく、眉間に皺を寄せている。私はつい、王女の集団にまた視線を向けてしまう。
男子生徒たちは甲斐甲斐しく王女のお世話をしている。飲み物をついだり、サンドイッチを手渡したり。日差しや風を避けるためなのか、わざわざパラソルを持って王女の隣に立っている人まで。もはや滑稽だ。なぜそこまでする必要があるのだろうか。皆必死になって王女の機嫌をとろうとしているように見える。
なんとなく暗い気持ちのまま午後の授業を受け、その後馬車に乗り、タウンハウスへと帰宅した。
馬車から降り、とぼとぼと歩いて玄関前に辿り着くと、待機していたフットマンが扉を開けてくれた。
そして。
屋敷の中に足を踏み入れた、その瞬間。私は「ひっ!!」と情けない声を上げた。




