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王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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49. 王女の変貌

 王女は随分と痩せていた。もともと華奢で色白で、吹けば飛ぶような儚げな風貌だったけれど、今の王女はまるで重い病に侵されているかのようだ。

 真っ白で簡素なワンピースに、下ろしたままの長いホワイトブロンド。足元は裸足だ。部屋が薄暗くてはっきりとは分からないけれど、こちらの部屋に入ってきた時、隣の部屋の灯りに照らされた王女の目は充血しているようにも見えたし、その目の下にはくまのような陰があった。その異様な雰囲気に、背筋がぞくりとし、鳥肌が立つ。

 王女はまるで室内を揺蕩うように、頼りなげな足取りでこちらへ歩いてくる。そして、ふいにぴたりと立ち止まった。私との間には、まだ十歩ほどの距離がある。


「……お、王女殿下……。大丈夫でございますか……?」

「……何が?」


 そう問い返されればそれ以上言葉が続かず、私は押し黙った。王女はそんな私をじっと見つめ、ゆっくりと口角を上げる。


「……幸せそうね、ロザリンドさん。それはそうよね。だって、あんなに素敵な方の婚約者になれたんですもの。サザーランド公爵領にも、お二人で旅行に行かれたのでしょう? ……卒業したら、すぐにご結婚かしら」

「さ、さぁ……。まだ父からは何も聞いておりませんので……」


(休暇中の旅行のこと、ご存じなんだ……。まぁ、情報はどこからでも入ってくるのだろうけれど……)


 本当は、両親とは何度かそんなことを話していた。卒業したらすぐにサザーランド公爵家に嫁ぐと思い、勉強に励むようにと。けれど、今ここでそのことを王女に言うべきではないと、私の本能が告げていた。

 腕をだらりと下ろしたまま立っている王女が、少しだけ首を傾けた。口角は上がったままだけれど、その顔には表情がなかった。まるで艶のない水色の石を目にはめ込んだ人形のように。一切の光を失った瞳。異様な雰囲気に、言葉が出ない。喉が干からびたようにからからになっていた。

 謹慎中のはずの王女が、なぜ今ここにいるのだろう。

 それともここは、謹慎を命じられた王女が滞在している区域だったのか。

 案内してくれた衛兵は、さっきの侍女は……。ここに王女がいることを、彼らは最初から知っていた……?


(今日私をここへ呼び出したのは……王妃陛下ではなく、エメライン王女だったということ……?)


 必死で頭を巡らせる私をじっと見つめていた王女が、再び口を開いた。


「……いいな。あなたは見つけたのね。『誓いの騎士』様を。『白薔薇王女』になれたのね」

「……え……?」


 ふいに王女の口から漏れたその言葉で、私はすぐにあの絵本が頭に浮かんだ。

『白薔薇王女と誓いの騎士』。以前二人で話した、互いが幼い頃大好きだった絵本の題名。

 跪いた騎士が、王女に愛を打ち明けるあの絵本の一ページが頭に思い浮かんだ。すると王女は、突然口元の笑みを消した。


「……あたくしのものだったのに」


 そう呟いた王女の声色は、たった今までのものとは全く違っていた。地を這うように恨みがましく響く、不気味な声。彼女ではなく、どこか別の場所から違う誰かが話しているのかと思うほどに。けれどそれは、まぎれもなく王女自身の声だった。


「子どもの頃……。あたくしの騎士様が、あたくしを庇って死んでしまってから、ずっと探し求めていたの。今度こそ、人生の最後の時まで……ううん、生まれ変わってもずっと、永遠に、あたくしのそばにいて、あたくしのことを守り続けてくれるたった一人の騎士様を」


 あの事件の時におそばにいた騎士のことを言っているのだと、すぐに気付いた。やはりエメライン王女の中で、その時好きだった騎士は、自分を庇って死んだことになっているんだ。

 他の女性と結婚して自分のそばを去ったことを受け入れられずに、そんな妄想を……?

 頭の中で警報が鳴る。このままここにいてはいけない。誰かを呼ばなくては。

 ごくりと喉を鳴らした私を見据えたまま、王女は語り続ける。


「クライヴ様は、やっと見つけたあたくしのたった一人の騎士様だったのよ。あたくしの理想の、誓いの騎士様。見目麗しくて、強くて、とても素敵で。そのうえ、サザーランド公爵家のご子息。でもなかなかあたくしのものになってくださらないから、仕方なく、他の騎士候補たちの中から代わりを見つけようとも思ったわ。だけど……他の人たちじゃ、やっぱり比べものにもならなかった。だから、クライヴ様があたくしの誓いの騎士様になってくださるまで待ち続けるつもりだったの。……なのに、あなたにとられちゃった。どこかの田舎から突然現れた、伯爵家の冴えない女の子に。……泥棒」


 ひっ、と思わず声が漏れた。どす黒い感情のこもったその声は、私の背筋を這い上がり喉元を締めつけてくるようだった。空色に輝いていたはずの彼女の、光をなくした瞳が怖くてたまらない。薄暗いこの部屋の中で、私は彼女のその目に釘付けになっていた。

 彼女が私を恨んでいる理由を察するとともに、身の危険を感じた。王女は一体、何がしたいのだろう。ただ私に恨み言を言いたかっただけでは、きっとない。

 大声で助けを呼ぶことで、今の彼女を刺激するのもまずい気がする。

 考えはまとまらないけれど、私は自分の気持ちを、ゆっくりと王女に伝えた。



 



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