46. 甘い微笑み
ハロルド様との昼食会はとても楽しかった。何せハロルド様はとても温厚で、お話し上手でありながら聞き上手なお方なのだ。話が尽きることはなかった。
いつの間にやら私は、我が家のタウンハウスでのクライヴ様との出会いから、ルパート様との婚約解消のいきさつに、クライヴ様との婚約の経緯まで、あらかた話してしまっていた。ハロルド様は表情豊かに、私の話を興味深そうに聞いてくださった。ルパート様の件を話した時には、ものすごく同情されてしまった。
さらに話題は私の学園生活や、親友ノエリスにまで及んだ。
「そうか。ロザリンド嬢は、オークレイン公爵令嬢とそんなにも仲が良いんだね」
「はい。今では他にたくさんの友人もできましたが、彼女はやはり特別な存在です。だけど、オークレイン公爵令嬢は、ラシェール王国第二王子殿下のもとへ嫁ぐことが決まっているので……。学園を卒業したら、もう会える機会はないかもしれません」
楽しい会話の最中にふとそのことを思い出してしまい、物悲しい気持ちになる。すると、クライヴ様がやけに焦った声で私の名を呼んだ。
「ローズ、そんなに落ち込むことはない。このサザーランド公爵領は、ベルミーア王国内で唯一ラシェール王国に隣接している。我が家はラシェールとの国境実務を預かっている。使節は通常、入国の際にはここを経由する。つまり、彼女が国を行き来する時は、君が真っ先に顔を合わせることになるんだ」
「っ! な、なるほど……!」
サザーランド公爵領についてはこれだけ必死に勉強してきているというのに、なぜ今まで気付かなかったんだろう。そうだ。このベルミーア王国の西側に大きく広がるサザーランド公爵領は、ラシェール王国と地続きで、その玄関口とも呼ばれている。そして、もし私がサザーランド公爵夫人になれば、使節団を迎える宴や茶会の場にも同席し、直接応対することになるのだ。
「じゃあ……、卒業後も、ノエリスに会える機会はあるかもしれないんですね」
じわじわと湧いてくる喜びに頬を緩ませそう問うと、クライヴ様もほっとした様子を見せた。
「ああ。それにサザーランド公爵家は、代々ラシェール王家と親交が深い。国境の守りや交易において、互いに助け合ってきた歴史があるんだ。彼女に会いたければ、機会など俺がいくらでも作ってやれる」
「あ、ありがとうございます、クライヴ様……!」
その言葉に安心しお礼を伝えると、そんな私たちのことを見ていたハロルド様がぽつりと呟いた。
「……クライヴはもうロザリンド嬢にすっかり首ったけなんだな」
その夜は公爵邸の客間を拝借し、静かで贅沢な眠りについた。
夕食もハロルド様とご一緒にいただき、その後私は早めに客間に入らせてもらった。けれど、打ち解けあったお二人は遅くまでお話しなさっていたらしい。翌朝そう教えてくれたクライヴ様のお顔は晴れやかで、私まで嬉しくなった。
朝食後、ハロルド様と別れの挨拶を交わす。
ハロルド様の方も、昨日よりもさらに顔色がよく、爽やかな表情をなさっていた。
「またいつでも来てほしい。……ロザリンド嬢、弟をよろしく頼むよ」
その穏やかな声に見送られ、私たちは馬車へと乗り込んだ。
屋敷を離れ、公爵領の広い街道を進む。
風景は次第に人の気配を帯び、遠くに活気ある声が聞こえはじめた。
「ローズ。王都に帰る前に、あと数ヶ所立ち寄ろうと思うのだが、構わないか?」
「ええ、もちろんです!」
クライヴ様の問いに、私は笑顔で頷いた。
馬車はゆっくりと進路を変え、人の集まる広場へと入っていく。そして、私の視界いっぱいに色とりどりの露店が広がった。木枠に布を張っただけの簡素なものもあれば、色鮮やかな天幕を張った立派なものまで、様々だ。
「わぁ……っ! すごく賑わっていますね」
「ああ。朝市を兼ねた民たちのマーケットだ。我が領特有の品物がいろいろと見られる」
色とりどりの布が日差しを受けてひらめき、香草や焼き菓子の甘い香りが風に混ざる。
農民だけでなく旅の商人の姿も多く、サザーランド公爵領らしい、国境の玄関口ならではの賑わいに満ちていた。
少し離れた位置で馬車を停めると、クライヴ様は先に下り、いつものように私にそっと手を差し伸べてくださる。
「オークレイン公爵令嬢への土産も、ここならいいものが見つかるかもしれない」
彼のその一言に、ますます心が弾んだ。
「ええ、楽しみです!」
二人手を取り合い、露店の間を進む。香草の束や手織りのストール、色とりどりの天然石のアクセサリー、それに焼きたての菓子。どれも活気と温もりに満ちていて、歩くだけで胸がわくわくした。
ラシェール王国と近い土地柄だけに、王都では見かけないような目新しい品物がたしかにたくさんあった。
どれも素敵で選べきれず、私は次々と露天を覗いては、店主に勧められるままに手に取る。
ラシェール産のハーブティーに、それらのハーブが入った蜂蜜。珍しい香りの香油や、サザーランド織のストールなど、私が目を輝かせるたびに、クライヴ様はためらいもなく次々と買ってくださった。
「ク、クライヴ様……っ! せめてノエリスへのお土産くらいは、自分で買いますので……!」
恐縮しながらそう伝える私に、まるで「何を言っているのだ」と言わんばかりの顔でクライヴ様が言う。
「誰よりも大切な君のことを、同じように大切にしてくれている友人に、この俺が礼をするのは当然のことだ。よろしく伝えておいてくれ」
(ま、またそんな優しいことを……!)
「……ありがとうございます、クライヴ様……」
嬉しさと照れくささで熱くなりながらお礼を伝えると、クライヴ様は静かに口角を上げ、微笑んだ。
普段は鋭い光を宿している漆黒の瞳が、優しく細められる。余裕の滲むその笑みは、私の心臓を一瞬にしてどこかへ攫っていってしまうほどの破壊力で。
胸の奥が甘く蕩けていくようだった。




