35. 事件(※sideクライヴ)
閑散とした校舎の中を、注意深く見回り続けること二時間。特に異常は見当たらない。
(……最後の淑女科棟を確認したら、中庭に行ってみるか)
そんなことを考えながら、今日のガーデンパーティーを主催しているエメライン王女のことを考える。俺は王女に対して、あまりいい印象を持ってはいなかった。
隣国ラシェール王国の第三王子が、セリュナ帝国へ外交留学中に恋に落ち、エメライン王女との婚約が解消された件。このことを、俺はなんだかきな臭いと思っていた。完全に向こうの落ち度であるはずなのに、ベルミーア王家に賠償金が一切支払われていないようなのだ。何も公表されてはいないが、おそらく何か裏がある。王女の側に、何らかの瑕疵があったのではないか。父もそう考えているようだった。
さらには、俺が王国騎士団に所属するやいなや、王女が俺を自分の専属護衛騎士にと望んでいると、王宮侍従長から騎士団上層部を通じて連絡があったのだ。戸惑いつつも俺は、「現在第二師団の任務に従事しており、それを放棄することは王の命に背くことになりますゆえ」「まだ経験の浅い一隊員にすぎない自分には、あまりに恐れ多い重責です」などと躱していたが、それでも打診は度々あった。ついに俺は父を通じ、国王陛下に辞退の意を伝えてもらったのだ。それ以降、陛下から何の沙汰もなかったのをみるに、おそらくは王女の軽率な我が儘程度のことと流されたのだろう。
これまで何度か王宮での式典などでお会いすることはあったが、妙に甘えた様子で、ややもすると媚びを売るような視線を俺に向ける王女に対し、言いようのない不気味さを感じていた。たおやかで麗しい見目が評判の王女ではあったが、俺はそういった魅力を微塵も感じなかった。王女にはロザリンド嬢のような、内面の美しさから滲み出る柔らかな輝きがなかったからだ。
ロザリンド嬢から、王女に誘われ二人で昼食をとったという話を聞かされた時には、言いようのない不安を感じた。あの王女にはロザリンド嬢に関わってほしくはない。
そんなことを考えながら廊下を歩き、淑女科クラスのある棟に足を踏み入れる。ロザリンド嬢が学んでいる場だ。ここまで見回ったら中庭へ向かおう。そう思った、その時だった。
目の前の教室から、一人の男子生徒が飛び出してきた。俺と目が合うと、顔を強張らせ固まる。緑色のネクタイ。二年生のようだ。
「……そこで何をしている。なぜ淑女科の教室に?」
「お、お疲れ様です! 自分は政務科の教師に頼まれた資料を届けにまいりました。たった今、教卓の上に置いてきたところです」
不審に思った俺は、すぐさま彼が出てきた教室に入り、教卓を確認する。たしかに、そこには何冊かの本や書類が置いてあった。
(……本来登校していないはずの生徒に、教師がわざわざ使いを頼んだのか?)
「……君はどこの所属だ」
念のためそう問うと、彼は背筋を思い切り伸ばして答えた。
「自分は騎士科の二年です! 本日はエメライン王女殿下の護衛のために登校しております! 交代が来て休憩時間になったため歩いていたら、教師から使いを頼まれました」
俺は思わず眉をひそめた。
(これもどうかと思うのだがな……。エメライン王女には王宮から派遣された正式な護衛が、常に数人付いているというのに。こんな日にまで学生を駆り出すのか……)
「……分かった。行っていい」
名前を聞き出した後でそう言うと、彼はほっとした顔で礼をし、早足でこの場を去った。
俺は教室の中に入り、他に誰もいないことを確認した後、今の出来事と時間を巡回記録に記入した。
その後中庭に向かうと、まだガーデンパーティーはお開きになってはいなかったらしい。だが、何やら騒ぎが起こっているようだった。王女付きの護衛や男子生徒たちのみならず、列席者の令嬢たちまで立ち上がり、困惑の表情を浮かべ辺りを見回しているのだ。ロザリンド嬢の姿もあった。
「一体どうした? 何事だ」
右往左往している中から、同じ所属の騎士を捕まえてそう問う。すると、エメライン王女が身に着けてきていた、国王陛下から贈られたというサファイアのブローチが失くなったとのこと。詳細を聞き出そうとした、その時。王女が俺のもとへと駆け寄ってきた。
「クライヴ様……っ! あ、あたくしの私物が、また失くなりましたの……! 一体どうして? 誰があたくしにばかり、こんなことを……」
空色の瞳を涙で潤ませながら、あろうことか、王女は俺の胸に縋りつくように顔を埋めてきた。咄嗟に一歩下がり、王女に声をかける。
「王女殿下、どうぞお心をお鎮めください。すぐに確認いたしますゆえ」
そうなだめていると、騎士科の男子生徒の一人が王女のもとへと歩み寄り、捜索の範囲を広げようと言い出した。王宮からの護衛や学園長なども会話に加わり、校舎の中や参加者たちの持ち物までを調べることに決まった。
不安そうなロザリンド嬢のそばについていると、ついにブローチが見つかったと、騎士科の男子生徒の一人が校舎の方から駆け戻ってきた。男子生徒は王女のそばへ行き、ブローチを手渡す。
「王女殿下! ありました! こちらでお間違えないでしょうか」
「まあ……! これよ、間違いないわ……! 一体どこに……?」
「淑女科の教室です! ロザリンド・ハートリー伯爵令嬢の専用ロッカーの奥に置いてありました!」
(……何だと……?)
その言葉が響いた瞬間、空気が凍りついた。
その場にいた全員が、一斉にロザリンド嬢を見る。
彼女の顔から血の気が引いていくのが、ありありと見てとれた。




