31. 静かな対立
満面の笑みを浮かべ登場したエメライン王女は、いつも以上に華やかだった。艶やかなホワイトブロンドは丁寧に巻かれ、低い位置でツインテールに結ってあり、額の上にはごく小ぶりのティアラまで飾られている。品のいい小さなイヤリングにブレスレット。それらはどれも王女の瞳と同じ空色のサファイアで、特に目を引くのは、制服のブレザーの胸元に輝く大粒のブローチだった。もはや制服姿では浮いてしまうほど、豪奢な装飾たちだ。
「ごきげんよう、皆様。本日はあたくしのささやかな催しに集まってくださってありがとう。楽しいひとときを過ごしましょうね」
エメライン王女が皆を見渡しそう挨拶をすると、女子生徒たちは口々に挨拶を返した。
穏やかな雰囲気の中、ガーデンパーティーは始まった。いつも王女のそばにいる騎士科の男子生徒のうちの一人が今日も来ていて、その人が順に列席者の名を呼び、席を指し示していく。私はなぜだか、王女に最も近い席に案内された。戸惑ったけれど、「ほら、座ってロザリンドさん」と王女に急かされ、慌てて腰かけた。間に二人ほど挟んで、その向こうにノエリスが案内される。隣に座りたかった私は、少し心細く感じた。こういう席順は家格で決まるものかと思っていたけれど……。間の二人は三年生だから、王女が気を遣ってお決めになったのだろうか。
長テーブル最奥の上座にエメライン王女、その左右に列席者がずらりと並ぶ形で、全員が着座した。
学園長やマナー教師は、近くの別のテーブルに着座した。そのテーブルにも私たちと同じように、紅茶とお菓子が出される。特別課外授業の位置付け、という話だったけれど、やはりそれはただの建前のようだ。時折こちらに視線を送ってはくるけれど、先生方が話しかけてくる様子はない。
「あたくし、学園の中で女性の皆様とお話しすることはめったにないから、今日は嬉しいわ。ふふ」
王女がそう言うと、皆が微妙な笑みを浮かべた。
各科の様々な学年の生徒が集まっているため、しばらくはそれぞれの授業内容を話し合って盛り上がる。やがて話題は各家の商売のことや、今身に着けているアクセサリーなどに移った。エメライン王女を挟んで私の向かいに座っていた女子生徒が、王女を立てるように言った。
「王女殿下がお召しのブローチは、ことさらに素敵ですわ。繊細な細工に、つい目を奪われてしまいます」
彼女がそう感嘆すると、王女は上品に微笑み、指先でその宝石をなぞった。
「ありがとう。父王陛下が、あたくしの瞳の色と同じものをとおっしゃって、十六の誕生日に贈ってくださったの。王宮お抱えの宝飾師たちが、特別に仕立てたのよ」
それを聞いた列席者は、皆感嘆の声を上げる。王女はくすりと笑うと、なんとそのブローチを胸元から外し、私に手渡してきた。
「どうぞ、ロザリンドさん。よければお手に取ってご覧になって」
「え……っ!? い、いえ、そんな。滅相もございませんわ。貴重なお品ですし……!」
慌てて遠慮したけれど、王女は楽しそうに笑い言った。
「だって、あなたが一番目を輝かせて見ているのだもの。今日は特別よ。ふふふ」
「……あ……ありがとうございます。では……」
そんなつもりは全くなかったのだけれど。高価な品物にはしたなく目をぎらつかせたように思われた気がして、頬が火照る。けれど、わざわざブローチを外してこちらに差し出す王女を、これ以上拒絶できない。私はおそるおそるブローチを受け取り眺めた。
深い空色の、見事なサファイア。その楕円形のブローチの周囲には、銀細工の蔦模様が走り、その節には小粒のダイヤがいくつもはめ込まれていた。さらにそれらの合間には、蔦と同じ銀細工で、小さく繊細な蝶や百合の意匠が配置されている。サファイアの下部からは細く短いチェーンが伸び、先端には小さなパールが揺れていた。
「……このような見事な宝石は、初めて拝見いたしました。とても素敵ですわ」
素直にそう言いながらお返しすると、王女はそれを受け取りながら困ったように眉を下げ、まるで子どもをあやすように言う。
「ま、ロザリンドさんったら。あなたはサザーランド公爵令息の妻になる方なのよ? 素敵な宝石なら、これからいくらでも身に着ける機会はありますわ」
「……あ、はい」
見せていただいたから褒めただけなのだけど、そんなに物欲しげに聞こえてしまったのだろうか。なんだか恥ずかしくなり、汗がじわりと浮かんだ。王女は笑みを浮かべたまま、さらに言葉を重ねる。
「ハートリー伯爵家は、穀倉地帯をお治めとか。質実な土地柄では、こうした装飾品をご覧になる機会も少なくていらっしゃったのでしょう? でも、安心なさって。サザーランド公爵家にお嫁入りなさったら、毎日のように素敵な宝石をご覧になれるわよ。あなたは最初のうちは、目が眩んでしまうかもしれないわね。ふふ」
「……っ」
他の女子生徒たちも皆くすくすと笑っており、私はもう何も言えなくなってしまった。王女に悪気はないのかもしれないけれど、まるでハートリー伯爵領を田舎だと馬鹿にされたように、さらにそこから出てきて日が浅い私のことも嘲笑されたように感じたのだ。
皆の視線が居心地悪く、いたたまれない。
すると、その時。ノエリスの凛とした声が響いた。
「質実……。上辺の華やかさではなく、堅実で真面目な働きを意味する言葉ですわね。おっしゃる通りですわ、王女殿下。ハートリー伯爵領は多くの民の食を支える、豊かな土地。今後はサザーランド公爵家とのご縁でますます発展しますわね」
(……ノエリス……?)
決して大きな声ではないのに、彼女が話し出すと皆の注意が自然とそちらに向く。王女は笑みを引っ込め、ノエリスをじっと見つめた。その視線を受け止めるように優雅に微笑んだノエリスは、ティーカップを手にして言葉を続ける。
「ロザリンドさんはあのサザーランド公爵令息様がようやくお選びになった、唯一の方。繊細で豪華な宝石以上に、磨かれた人の内面こそが本当の美しさだということを、お分かりでいらっしゃるのでしょうね。さすがはサザーランド公爵令息様ですわ」
……さすがの私も、これがノエリスの盛大なる嫌みであることに気付き、体が硬直した。私を庇ってこんなことを言ってくれているということは、やはりさっきの王女の発言は、私を嘲るためのものだったのだろうか。
王女は何も言わず静かに微笑むと、ノエリスと同じようにティーカップを手に取り、口元に運んだ。
その細い指先が、少し震えていた。




