29. 王女とクライヴ様の遭遇
しばらくは穏やかな日々が過ぎていった。
王国騎士団の騎士様たち数人が、校舎の中や中庭、その他学園の敷地内のあちこちを巡回する姿が見られるようになり、若干物々しい雰囲気にはなったけれど、その甲斐あってか平和な毎日だった。
王女はこれまでのように、十人前後もの男子生徒を連れ歩くことはなくなった。見かける時は相変わらず二、三人の男子生徒が一緒にいたけれど、他の生徒たちに対して高圧的な態度をとることはなくなったようで、皆以前よりも快適な学園生活を送ることができていた。
週に一、二度はクライヴ様のお姿を学園内で見かけることができて、私も嬉しかった。離れた場所を歩いているのを見るだけでも、なんだかドキドキしてしまう。
そんなある日の放課後。ノエリスとともに馬車寄せに向かって歩いていると、向かいから偶然クライヴ様がやって来た。もう一人の騎士様と、二人で歩いている。彼も私に気付き、目の前まで来ると足を止めてくれる。
「今から帰るのか」
「はい。クライヴ様は、まだ見回りを?」
「ああ。生徒たちが皆下校したら、俺たちも王宮へ戻る」
「そうなのですね。毎日お疲れ様です」
陽の光を受けて、クライヴ様の胸当てと肩章の銀色が輝き、黒いマントの裾が風に揺れる。鍛えられた立派な体躯に合わせて整えられた装備は端正で、その立ち姿には騎士としての威厳と品格が滲んでいた。
(素敵だな……)
少し浮き足立ちながら会話を交わしていると、ふいにクライヴ様が、私たちの背後に視線を向け表情を固くした。クライヴ様と一緒にいたもう一人の騎士様も、急に姿勢を正す。
振り返ると、エメライン王女が騎士科の男子生徒二人を連れて、こちらに向かって歩いてきていた。王女の目は真っ直ぐに私たちを……、いや、クライヴ様のことを見つめている。そのことに気付き、私とノエリスが少し避けると、案の定王女はクライヴ様の目の前に立った。そして。
「ごきげんよう、クライヴ様」
王女は蕩けるようなうっとりとした目で彼を見上げ、いつもよりもさらに甘い声でそう挨拶をしたのだった。その瞬間、私の心臓がざわりと波打った。
(クライヴ様って……名前でお呼びになったわ、王女殿下)
彼は簡潔に挨拶を返し、礼をする。
王女は少し首を傾け、胸の前に両手を揃えた。王女の鞄は、後ろに控えた男子生徒の一人が持っている。
「見回り、ご苦労様。あなたが学園に来てくださるようになって、あたくしとても気持ちが落ち着きましたのよ。あなたのお姿を見かけるたびに、とても安心するの」
(……え……?)
クライヴ様のそばには他の騎士様もいるのに、王女の目線はクライヴ様だけをとらえ、その言葉は明らかにクライヴ様だけにかけられていた。鼻にかかったその声は、なんだか彼に甘えているようで、いつもよりさらに可愛らしく、儚げな様子だった。
私の胸の奥が、暗くざわめき続けるほどに。
クライヴ様はあくまで淡々とした表情で、再び王女に礼をした。
「ありがたきお言葉です。生徒たち全員が安心して学園生活を送れるよう、警備を続けてまいります。……では」
彼はそう言うと、私に目で挨拶をし、その場を去ったのだった。
その後ろ姿をじっと見つめている王女に、私とノエリスも挨拶をしようとした、その時だった。
(……あれ……?)
王女はまるで私たちのことなど視界に入っていないかのように無視して、そのまま馬車寄せに行ってしまったのだった。
「……何よ、あれ。感じ悪いわねぇ。騎士以外は視界に入らない方なのかしら」
「ノッ、ノエリス……ッ!」
王女たちが去っていく後ろ姿を見送りながら、ノエリスが悪態をつく。聞こえていないかとハラハラしたけれど、王女も男子生徒たちも振り返らなかった。
そちらの方をしばらくぼんやりと見つめていると、ノエリスが私の顔を覗き込む。
「どうしたの? ローズ。大丈夫?」
「え、ええ。……エメライン王女は、クライヴ様のことをとても信頼していらっしゃるご様子だったわね」
胸のもやもやを吐き出すように、私はついそう口にした。ノエリスは鼻で笑う。
「あの方は美丈夫なら誰でもお好きなんでしょう。今日連れてた二人も見栄えがいいし、サザーランド公爵令息の見目も反則級じゃない。……それにしても、クライヴ様だなんて。ファーストネームで呼びかけるなんて、軽率だし非常識だわ」
王女への軽蔑が滲む声色でそう言った後、彼女はぽつりと付け加えた。
「やけに媚びている感じだったわね。サザーランド公爵家のご子息だからかしら」
それから数日後。
一部の女子生徒たちに、驚くべき通達があった。
それは、エメライン王女が親睦のためのガーデンパーティーを、この学園の中庭で開催するというものだったのだ。




