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王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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28. 王国騎士団の介入

 目に見えない境界線が溶けていくように、私とクライヴ様の距離はゆっくりと近付いていった。彼と過ごす時間、最初は気まずさと緊張でドキドキしていたはずなのに、それはいつしか別の高揚感へと変わっていた。

 クライヴ様の真摯な愛情は私の心に確実に伝わり、それが私に安心感と幸福感を与えてくれていた。こんな風に男性に大切に想われるのは、生まれて初めての経験だった。


 けれど、私がそうして幸せを噛みしめている中、学園では不穏な空気が流れていた。

 今学期も後半に差しかかった今、多くの学生たちから、エメライン王女への苦情が出はじめたのだ。何でも王女が連れ歩いている男子生徒たちの横柄な態度に不満を持つ生徒が増えてきているらしい。実際、増長していく彼らの姿は、目に余るものがあった。

 中庭や食堂では、王女のお気に入り席を当然のように占拠し、王女が廊下を歩く時は、他の生徒たちに高圧的に道を譲らせる。さらには王女の課題や提出物を、他の生徒を使い教員室まで運ばせたり、下位貴族の生徒や特待生の平民の生徒が、通りすがりに王女の方を見ただけで彼らを睨みつけ、恫喝したりしたこともあるらしい。

 けれど、王女へ直接苦情を言う勇気など誰にもない。オークレイン公爵家の令嬢として皆に一目置かれ頼りにされているノエリスは、皆からの相談や報告を受け、それを取りまとめ学園長に進言した。すると学園長は、「秩序維持のためにも、男子生徒たちを連れ回すことを慎むように」と、王女にやんわり忠告したそうだ。その場には皆からの苦情を取りまとめて持っていったノエリスも同席したようだ。

 すると王女は、涙ながらに学園長に抗議したらしい。


「そうは言われましても、あたくし、とても不安なんです……! だって入学以来、学園で何度も私物が失くなっておりますのよ。それに、いつも誰かに監視されているような、得体の知れない不気味さも感じているのですわ」


 ノエリスからそう聞いた私は驚いた。そんなことは初耳だ。以前昼食をご一緒した時も、王女はそんなこと一言も言っていなかったし、悩んでいる様子などなかった。

 王家の庇護下にあるとはいえ、王立学園はあくまで教育機関。生徒間の揉め事や私物の紛失などは、学園内の規律委員や教員が対処するのが通例だった。

 けれど、今回の件はそうもいかない。

 問題の中心にいるのが、王女殿下なのだから。

 王族である彼女が、私物の紛失や不審者の影を訴えた以上、それを単なる生徒間の揉め事のように済ませるわけにはいかない。万が一王女の身に危険が及びでもすれば一大事だ。

 しかし、このままでは学園内の秩序が大いに乱れてしまう。生徒たちは皆平等に扱われるべきであるのに、王女一人の要望を通して皆の不満を放置することになるわけだから。だが王女は、騎士科の生徒たちに始終守られていたいと言い張る。

 そこでついに、学園長は王宮へ報告を上げた。その結果、王国騎士団から騎士たちが臨時派遣されることが決定したのだった。

 表向きは安全管理強化のための施設見回りが目的とされたが、ノエリスによると、実際のところは王女殿下周辺の動向を直接監視する狙いもあるようだった。

 こうして、王国騎士団の一部の者たちが、王立学園に出入りすることになった。


 ベルミーアの王国騎士団は、総勢二千名規模。彼らは様々な部署に細かく分かれている。

 その中でも、王都内の警備、巡回、そして王立施設の防衛を担当しているのが、第二師団だ。

 さらに、王宮、議事堂、貴族院などの王家直轄施設の治安維持にあたる部門の人員は、約二百名ほどだとか。

 今回の王立学園の警備担当は、その中から選ばれた二十名前後の騎士が、交代で担当することになったようだ。

 そのことを知ってから数日後の午後のことだった。

 昼食を終えた私は、資料の返却をするために、ノエリスとともに図書室へと向かっていた。

 ふと、前方から現れた見慣れぬ人たちとすれ違った。……騎士だ。まとった鎧の音が廊下に響く。どうやら今日から巡回が始まったらしい。胸の部分には立派な紋章が輝いていた。


(……あれが王国騎士団の騎士服なのね)


 クライヴ様は何度もうちに来られているけれど、騎士服のまま来たことは一度もない。ふいに頭の中に、あの騎士服を着た彼の姿がよぎる。……すごく格好いいんだろうな。いつかこの目で見てみたいわ。

 そんなことを思いながら、私は廊下の角を曲がった。すると。

 先ほどの人たちと同じ騎士服が、視界に飛び込んできた。次いで、よく知る漆黒の瞳と目が合う。

 一瞬、空気が止まった気がした。


「……ロザリンド嬢」


 低く掠れた声が、彼の口から漏れる。

 思いも寄らぬ再会に心臓が大きく跳ね、私は言葉を失った。

 そこにいたのは、クライヴ様だったのだ。


「……クライヴ様……。ご、ごきげんよう」


 かろうじて声を絞り出すと、彼もまた驚いたように瞬きをした。


「……ああ。まさか、早速君に出会うとは。休憩時間か」

「は、はい。教室に戻る前に、図書室へ行こうと」

「そうか」


 クライヴ様は優しい眼差しで私に話しかけた後、私の隣へと視線を滑らせる。

 するとノエリスが待っていたかのように礼をした。


「ごきげんよう、サザーランド公爵令息様。お勤めご苦労様です」

「ああ。ご無沙汰しています、オークレイン公爵令嬢」


 公爵家の子女同士の挨拶は、簡潔ながらも丁寧で穏やかだった。クライヴ様はごく自然な様子で言葉を続ける。


「あなたの話は、いつもロザリンド嬢から聞いている。彼女のことをお心に留めてくださり、感謝します。これからもロザリンド嬢を、そばで見守っていただけると心強い」

「ええ、承知しておりますわ。ローズは私にとっても気の置けない大切な友人ですもの。お任せくださいませ」

「ありがとう」


(……クライヴ様……)


 婚約者として、特別な存在として、私のことを気にかけてくださっている。彼のその言葉に、頬がじわじわと熱を帯びた。照れた私は思わず俯き、唇をきゅっと引き結ぶ。ノエリスが弾んだ声で、私にとどめを刺す。


「ふふ、仲睦まじくて結構ですこと。ローズったら、顔が真っ赤よ。幸せ者ね」

「……ノエリス……」


 クライヴ様の前でそんな風に茶化され、私はもう顔が上げられなくなってしまったのだった。

 その後すぐに、クライヴ様はもう一人の騎士様とともに見回りの任に戻っていった。廊下を歩いていく彼の後ろ姿を見送りながら、私はひそかに胸を高鳴らせていた。


(王女殿下の件は心配ではあるけれど……。これからしばらくは、こうして学園でもクライヴ様のお姿をお見かけすることができるのかしら。不謹慎だけど、ちょっと嬉しいかも……)


 そんなことを思ってしまい、彼に対して芽生えはじめている自分の好意を、ゆっくりと自覚する。

 クライヴ様との未来を想像して、幸せな気持ちになっていた。


 ルパート様の時のように、これからもう一度、奈落の底へと突き落とされることになるなんて思いもせずに。





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