実践的実験
ワニ型生物誘導のドローンシステムを作る合間合間に、俺は田村の様子を見に行った。
薄目を開けて俺を見ているようだったが、彼女は特に何も言ってこなかった。
完成まであと少し、となったところで、SNSの異変に気付いた。
「……まずい」
俺は組み立てる手をとめ、SNSの内容を追いかけた。
再びワニ型生物が上陸してしまったようだった。
同じ場所に上陸している点から、人間を狙っていることは間違いない。
俺は急いで残っているパーツをドローンに組み込んだ。
車へ持ち込む機材をまとめると、田村がいる部屋に入る。
「すまん、起きてくれ」
「……」
「すぐにドローンを飛ばさなければならない」
俺がドローンを飛ばしている間、車を運転する人間が必要だった。
彼女は俺の言いたいことを理解してくれた。
「どこに誘導するの?」
「廃墟を後退させ、海へ戻す」
田村はスマホで地図を見ながら、場所を示した。
「これ、何キロぐらい離れてても操縦できる?」
「携帯網を使うから、どれだけ離れていても操縦はできるけど。三十キロ弱かな。バッテリーは一時間持たない」
「じゃあ、車はここまで近づきましょう」
俺はそれを見て頷いた。
軽いものだけ彼女に持ってもらって、俺たちは車に乗り込んだ。
いよいよ、実践だ。
佐藤先生の実験結果が正しいことを祈るしかない。
奴らを誘導できるかどうかが、この後の世界を左右するだろう。
田村の運転で車が走り出した。
俺は車の電源と接続して、ドローンシステムの充電を始めた。
すると、連動したようにエンジンがやかましくなった。
「それ、どこ製のドローン?」
「わからない。日本の携帯網に対応しているやつを選んだけど。なんで?」
「やけに充電用に電力を食うから」
俺はよくわからないことを示そうと、首を振った。
彼女は俺の方を見ていたが、それ以上何も言わなかった。
静岡県内は、全く車が走っていない。
県側は新東名以外の国道、県道を封鎖していたからだ。
旧東名はワニ型生物やGによって、破壊されてしまって復旧の見込みは立っていない。
そういう状態のため俺たちの車は、非常にスムーズに海沿いの道路にでた。
あとは道沿いに西に進むだけだった。
田村が言った。
「特有の匂いがないと思ったら、紙の生産が止まっているのね」
「ニュース見てればわかるだろ。トイレットペーパーの買い占めがあったりして、品不足と転売による価格の高騰。いつもの通りさ」
「帰り、工場に入り込んで運びきれなかった紙をもらってく?」
俺は笑ったが、彼女は少し本気だったようだ。
静岡市内に入ると、ワニ型生物たちが破壊した建物から、煙が上がっているのが見えた。
車を止めて、車を降りると後部座席やトランクにある機材を準備した。
人間の生活雑音が消えた街に、巨大生物たちが移動する音だけが響いている。
生物誘導用のドローンシステムを飛ばす。
「いけ!」
田村は体調が悪く辛いのだろう、運転席でハンドルにしがみつくようにして寝ている。
プロペラ音が聞こえなくなると、俺はコントローラを持ったまま車に乗った。
「どうするの?」
「ドローン搭載のカメラでもコントロールはできるんだけど、ある程度目視できた方がいいんだ……」
「追いかけろってことね。はっきり言いなさいよ」
彼女は怒ったようにいうと、エンジンをかけて車を走らせた。
ふと見た道の脇に、俺は立体駐車場を見つけた。
「あの立駐の中に入ろう。一番上からならコントロールしやすい」
田村はスピードを上げて駐車場に車を突っ込ませる。
無人の立体駐車場をスピードを出してぐるぐると回っている中、俺はドローンからの映像をモニターで追っていたせいか、吐き気を催してきた。
「車のスピードを落としてくれないか」
「何言ってるの、急がないとその間に人が喰われてしまうのよ」
いや、そうなのだが、俺がうまくコントロール出来なければ同じことが起こる。
車は幾分かスピードを落としたように思えた。
最上階に着くと、周りがよく見える位置に車をとめた。
吐き気はあったが、俺は冷静にモニターを見つめ、ドローンの操縦を続けた。
田村は運転席を出て、駐車場越しに市街を見つめていた。
海岸線から大きな波の音が聞こえてきた。
駐車場は決して海に近いわけではない。
波の音が聞こえてくるのは異常だ。
俺は車の中から海側に視線を向けた。
「来たんだ……」
姿は見えなかったが、雰囲気で分かった。
Gが来たのだ。
黒い山のようなシルエットが見えると、田村の背中が震えたように感じた。
黒い怪獣は、陸を二足歩行すると、建物を踏み倒しながら、ワニ型生物に追いついた
「早く! このままじゃ、奴が市街をめちゃくちゃに!」
俺はドローンのコントローラから手を離さないと、ドローンに積んだ誘導システムの起動が出来ないことに気づいた。
「田村、こうやってコントローラを持ってて」
俺がコントローラを渡そうとすると、田村はそこにあるスティックを強く倒してしまった。
「それを強く倒すと、ドローンが!」
「何よ! 言われた通り持っているだけじゃない」
俺は彼女に頼んだことを悔やんだ。
「ごめん、コントローラーはいいから、バッグにあるPCを取り出して」
「……」
田村がPCを取り出した。
「ノートPCを開いたら、デスクトップにある黄色いアプリを起動して」
「ロック解除できないんだけど」
「画面を俺の顔に向けて」
認証を済ませると、デスクトップが現れた。
「なんで共通で使うのに、自分のアカウントでログインしたの?」
「使いたいツールがあったんだ」
「起動したわよ」
俺の作ったツールが、起動ボタンを表示していた。
「ボタン一個しかないから、それを押して」
起動すれば、ドローンの下にワニ型生物が寄ってくるはずだった。
ドローンから送られてくる映像に、そんな光景は全くない。
「……」
佐藤先生が作った装置と何か違いがあったのだろうか。
個体の大きさに違いがある。
少し時間がかかるのかもしれない。
俺は待ってみることにした。
田村が言った。
「ちょっと、全然寄ってこないけど」
俺はドローンの高度を下げてみた。
ダメだ。反応が感じられない。
「あっ、エラーが出てる。PCの画面見せて」
俺の作ったアプリがエラーを吐き出していた。
通信エラー。
一番単純なことをしていなかった。
「田村、そのPCを俺のスマホのテザリングでネットに繋いで」
「最初に言いなさいよ」
田村が手際よく操作するが、ワニ型生物は寄ってこない。
「俺のアプリを再起動して」
田村はイラっとした表情を俺に向けている。
「閉じて、起動して、ボタンを押すのね」
俺は頷いた。
田村がノートのタッチパッドを操作すると、アプリが終了し、再び画面に現れた。中央に表示されたボタンをクリックする。
作ったアプリの左上に『接続中』の文字が表示された。
俺はドローンが送ってくる映像を見た。
明らかにワニ型生物の行動に変化が現れた。
「よし! 成功だ」
ドローンの下に生物が固まり、重なってしまう。
俺は慌ててドローンの高度を上げた。
ギリギリで衝突を避けられた。
「Gが!」
恐竜タイプの大型生物が、このワニ型を食べようとワニ型生物を追ってくる。
「なんで陸側に逃すのよ!」
「一直線に海へは誘導できないだろうが」
「それにしたって」
俺はドローンを左右に振って、川の方へ飛ばす。
前回の上陸で、川は相当被害を受けている。
だから川をつたって南下させれば、被害を最小限にできるだろう。
実際、国の指示で市街地は避難が完了している。
万一、いるとすれば救助の消防や自衛隊だろう。
俺はマップと直接の伝送映像を見ながら、ドローンを誘導する。
ビルの谷間を滑るように飛ぶドローン。
先生の装置が、ワニ型生物の何を刺激しているのかわからないが、異常に追跡スピードが速い。
「すごい音してるわよ!」
Gの高さからだと、このくらいの建物の影ではミカってしまうだろうか。
俺はドローンをより低く飛ばした。
ドローンからの映像を見ていると、正面の通りに奴の足が現れた。
「全体的な位置を把握してないでしょ!」
田村が感情的な声を上げる。
「あまり単純な動きだと、川を南下することがバレてしまう」
彼女はこの立体駐車場から、肉眼で奴の位置を把握しようとしている。
決して見晴らしがいいわけではない。
現在位置からの推測だろう。
「上昇して引き返して、東側に一つ通りを変えてから南へ」
俺にワニ型生物の場所や、奴の場所を示すようなレーダーはない。
彼女の言う通りにドローンを飛ばす。
地図やドローンが送ってくる若干遅れた映像を見ながら、コントロールしなければならない。
ワニ型生物の移動は、遅く見えても意外と速い。それは生物の大きさに関係しているのだろう。一歩、足を出すのに時間がかかっているようだが、一歩の距離が大きいのだ。
「川に出るわ! 高度を保って」
川の周囲は障害物がなく、急に風が吹くことがある。ドローンには姿勢制御機能があるから大丈夫のはずだ。
「えっ!?」
川にでた瞬間、ドローンが左にあおられて大きく曲がった。
つまり、ドローンは北側に戻るように飛ばされた。
昼間は海側から山側に風が吹くのだ。
このままだと大きく迂回して南に向きを変えないと、ワニ型生物に捕まってしまう。
「だから言ったじゃない!」
俺は慌てて高度を上げた。
「まずい!」
突然ドローンからの映像が途切れた。
「何があったの」
「わからない。圏外になった」
「……復旧手段は?」
携帯網を使っているから、このような事態は予測された。
ブルートゥースやWiーFiで直接通信できる距離ならば、それらの通信で再接続する。
あるいは高度を上げ過ぎたせいなら、自動的に高度を下げてくる。
最後の可能性として、街の携帯網設備が破壊されていることや停電のせいであった場合は……
ブルートゥースやWiーFiが届く位置まで、俺たちが近づくしかない。
「高度の問題なら、自動的に下りてくるはずだ」
俺はPCのモニタを見て待っている。
田村は肉眼でドローンを追っていた。
「風にあおられているのか、下りてこないわよ」
「だ、大丈夫のはず……」
頼む、圏内に入ってくれ。
「車で近づこう。別の通信方法があるんでしょう?」
俺は頷いた。
「けど、そんなことしたら、かなり近づくことに……」
「このままじゃ、街の破壊がどんどん進んでしまう」
「いや、待って、あれを追いかけて俺たちまで携帯の圏外に入ったら……」
直接通信が出来たとしても、目視での制御しかできない。
Gに先回りされたら、こっちが死んでしまう。
「とにかくここを出るわよ」
他の解決方法を提示出来ない俺は、頷くしかなかった。