データから見つけたもの
寝ている部屋の床から、地鳴りのような音が響いて目が覚めた。
揺れている訳ではない。
ただ、どこからか音が響いてきているのだ。
田村が寝ている部屋の扉を叩くが、返事がなかった。
「こっちよ」
後ろから声をかけられて振り向くと、田村はカップ麺と箸を持って立っていた。
ゴルフ場だった頃のレストランの場所に簡単なテーブルと椅子が置いてあるから、そこで食べるのだという。
俺も昨日買ったアンパンと牛乳を持ってそのテーブルについた。
「昨日考えたんだけど」
田村はラーメンを啜りながら、俺を見た。
「BOTが動いているサーバーを特定して、そこからデータを抜き出した方が早いんじゃないか? レンタルサーバーの契約はわかっているんでしょ。佐藤先生の正式な相続人なんだから、その会社に電話すれば情報を教えてくれるはず」
「吉川って、ITいけるの? そんな雰囲気なかったけど」
「会社に電話はできるさ。電話した後は田村やってよ」
彼女はため息をついて、箸でつまんでいた謎肉をカップ内に落とした。
俺たちは食事を終えると、それぞれの役割を果たした。
田村がPCを操作すると、先生の借りているサーバーに入り込むことができた。
さらに操作を続けていると、動いていたプロセス名で何かを見つけた。
「普通はBOTアプリとして動くものを、DAEMONとして動かしていたみたいね」
「よくわからないけど、あの応答は先生の幽霊とかではなく、単なるBOTだったっていうことでいいんだよね?」
田村は頷いた。
「じゃあ、他のファイルのパスワードもわかる?」
「待って。DBを探してるから」
「暗号化されてないの?」
彼女はキーボードの上で指を走らせるだけで、何も答えなかった。
しばらくすると、画面にファイル名と対比するパスワードが一覧表示された。
「管理権限で入っているのだから、暗号化されてても見えるわよ」
「よかった」
これで一気にデータの解析が進む。
メッセージアプリを使ってゆっくりファイルをみていたら見えてこないものもある。
「BOT止める?」
「……BOTが持っている知識って、文書化できる?」
「どういう意味? 単純な問答のような形のものは見せれるけど」
田村が画面に表示させた問いに対応した回答の一覧を見た。
本当に単純な内容でこれだけでBOTが思考して回答しているのだろうか。この中からさらに難しい関係性を作り出して推論しているのなら、このままBOTを動かし続けていた方が良い気がする。
「俺たちがこの知識ソースを見ても、頭の中でしっかり知識になるまで時間がかかりそうだ。BOTは生かしておこう。俺たちが気づかない発見をするかもしれない」
「同意見だわ」
田村は、先生の残したノートPCのパスワード付きZIPを全て解凍して、ファイルをスマホに転送した。
そして俺はそのスマホを使って、それらのファイル、つまり先生の遺産を見ることにした。
ファイルはお互い、わかりそう、興味がありそう、というふうに、ファイルを仕分けて分担した。
「手分けして読んで、内容をまとめて共有しましょう。お昼ご飯の後に一度共有の時間を作りましょう」
俺は早速自分の寝床に決めた部屋に戻り、寝転がりながらファイルを読み始めた。
先生は簡単な生態の観察だけではなく、もっと別のアプローチも行っていた。
それは電磁波などの刺激に対しての反応だった。
単純な刺激と、複合した刺激や、刺激に対しての反応まで様々記録が取れている。
「こんなことまで分かっていたのか……」
綺麗に実験計画を立てておかないと、短時間でこれだけの意味のある結果を取り出すことは出来ないだろう。
まるであらかじめ生物を研究する用意があったような気さえする。
俺は担当となったファイルを次々に読んでいった。
時間の経つのを忘れたように集中していた。
急にノックの音が聞こえて、大きな声をあげてしまった。
「何よ。昼食にしようってだけ」
俺は立ち上がって部屋を出た。
「完全に忘れてた」
「寝てたんじゃないでしょうね」
「逆だよ。面白いものを見つけた」
田村は昨日買ってきたカップ麺を手にした。
俺も朝、彼女がカップ麺を食べていたせいで、完全にカップ麺を食べる気持ちになっていた。
お湯を沸かして注ぎ込むと、テーブルにいき二人で出来上がるのを待った。
「そっちはどうだった?」
「ここに捕らえていた間にも、体内で卵を増やしていたみたい」
「単為生殖ってこと?」
田村が差し出したスマホには、先生の資料があった。
ざっと読む限り、一般的な他の単為生殖を行う生物と同じで、ずっと異性がいない状態が続くと単為生殖を行うように体が変化するらしい。
「体内に卵を宿したことが確認できる映像が残ってる」
「気持ち悪」
「男性にはこの能力の素晴らしさは、理解してもらえないのね。男と関係を持たずに子供が得られたらどんなに素晴らしいか、と思う女性は少なくないと思うわ」
田村はモテそうだから、そんな考えに至らないかと思っていたが、社会的に男子からどういう扱いを受けてきたかによらず、生理的に男が嫌いな場合はあるのだろう。
当然だが、俺だってしっかりパートナーを見つけることが出来るかはわからない。
子孫を残そうと思った時に、パートナーを得られないことに絶望するくらいなら、単為生殖に切り替わることでどれだけ救われるのだろう。
自分がそこに陥る可能性は十分あるのに、あまり真剣に考えたことがなかった。
カップ麺が出来上がるタイマーが鳴るとすぐ、俺たちは無口になり、食べることに集中しはじめた。
互いのカップ麺の残りが『つゆ』だけになった頃、田村が口を開いた。
「で、熱中して読んでいたそっちには何が書いてあった?」
つゆに浮いている卵を拾いあげて口に入れ、それを食べ終わると言った。
「先生は、外部刺激に対するこの生物の反応を記録し、それらをAIで解析して体系化してた」
「へぇ……」
「なんか反応薄いね。もっとはっきり言おうか。結果としてワニ型生物の進む方向を制御できるんだ」
真剣な目が、笑ったように変化した。
笑ったのではなく、見下したような表情、というべきか。
「本当だよ」
「じゃあ、その結果を持っているのになぜ佐藤先生は自殺する必要があったの? 行きたい方向を制御できるなら、海に追い返すことだって出来る」
「先生の自殺の理由と研究成果とは関係ないかもしれないじゃないか。とにかく結果が本当なら、海に追い返す程度なら出来る。被害が広がらない場所への誘導ぐらいなら」
それができたとしても、永久にそれをし続けるのか、と問われればそれはノーだ。だが、時間を稼ぐことが出来るから、その間に生物の殲滅方法を探せばいい。ここまで見つけているなら、俺は自殺しない。
「実際に誘導してみたい」
俺が言うと、田村は何かに気づいたような表情に変わった後、顎の先に指をつけて考え込んだ。
「……」
俺もそれをみて、自分の言ったことを考えてみた。
誘導を行ったのが誰かがわかったら、誘導した方向や、誘導した先で起こったことに責任を持たなければならないだろう。
政府が判断してやったとしても、研究者が誰かがバレれば叩かれるのはその研究者だ。
生物の行動に誤差や、イレギュラーが発生するば、それらも含めて叩かれるだろう。そこまで考えると、この誘導を提案するのは相当異常な人物でないとできない事に思えてきた。
「上手くいかなかった時の責任か」
「多分、そんなところね」
「SNSでも叩かれるだろうしな」
しかし、もし生物を誘導できるなら、追いかけてくるGによる被害も誘導できることになる。実際、ワニ型生物は木造家屋なら接触しただけで壊れてしまう可能性はあるが、本来、建物を壊しながら進むメリットはない。
だが、Gは違う。
大きなビルなら避けて通るかもしれないが、大抵のものはヤツより小さい。
踏み越えて追った方が捕食できるとなれば、Gはそうするだろう。
「けど俺は検証する。このまま何もせずに死を待つなんてできないから。この装置を組んで、ドローンに搭載して飛ばす」
「……止めないケド」
「ありがとう」
俺は頷くと、カップ麺の上に箸を置いた。