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別れ

 俺たちは東海道本線、いわゆる在来線の駅にいた。

 美樹(みき)ちゃんと、祐子(ゆうこ)さんは、ここから折り返しで東京まで運転している列車に乗って東京へ避難することにした。

 俺たちは二人を見送ったら、このまま車で先生の研究所にいくつもりだった。

「あの家が危ないと言うのなら、その廃ゴルフ場だって危険ではないのですか?」

「そうなんですが、俺たちにしか出来ないことがあると思っていて」

「危険が来たら、迷わず逃げてくださいね」

 俺が頷くと、美樹ちゃんが言った。

「絶対だよ! 危なくなったら私たちのところに来て」

 公共交通機関は危険だと思われたのか、乗車人数はごく僅かだった。

 ベルがなると列車はゆっくりと駅を離れていった。

 俺たちは駅前に停めていた車に乗り込むと、研究所を目指した。



『もっと急いで!』

『うるさい!』

 田村(たむら)は珍しく高い声でそう言った。

 橋の下に水が入り始め、アスファルトが浮いたように歪んだ。

 あと少しなのに。

 俺は目を閉じた。

 エンジン音は鳴り続けている。

 俺は振り向く。

『やった!!』

 橋の上に水が流れ、欄干にぶつかった川の水が、車を追いかけるように流れてきていた。

 その水量は橋を破壊するほどではない。

 だが直後、黒く巨大な足が橋の中央を踏み抜いた。

 ミラー越しに映ったその光景にゾッとした。

 幸い黒い怪獣が進む方向と、俺たちの進行方向は九十度異なっている。

 正面の道が空いていれば、逃げ切れるかもしれない。



 田村が運転している間、俺はスマホでSNSを確認していた。

 怪獣の目撃情報などは減って、被害情報や逃げた先でのトラブル報告などが増えていた。

 ワニ型と恐竜型の巨大生物はどこにいったのだろう。

 対話型AI検索などを利用しながら、ようやくそれらしき情報を見つけた。

 分散したワニ型生物が、建物を壊して進むのには限界だったようで、道路沿いに動きながら川に逃げ込んだようだ。

 川に逃げ込むと流れに沿って海に逃げた。

 黒い恐竜型の怪物も、そのワニ型を追って川を通って海に消えたようだ。

 早くも各々がアップした動画を時系列でまとめて掲載しているサイトもあった。

 俺は思わず呟いていた。

「こんな事でアクセスを集めて金に変えようとしてるなんて」

「いつだって、どんな事だってそう言う連中はいるじゃない。その利便性を享受してもいるでしょ」

「そう言うものなのかな」

 車が進んでいくうち、俺たちは昼飯をどうするか困っていた。

 怪生物の騒ぎのせいで、道沿いの店がほぼ閉店していたからだ。

 田村が隣県に向かえば使える店があるのではないかと言うので、研究所に行く分岐を曲がらず車を走らせた。

 ようやく見つけた道沿いのチェーンのラーメン屋に入ると、俺たちは遅い昼食を取った。

 店内ではテレビがついていて、静岡の怪獣騒ぎの報道を流していた。

 店員は報道を見ながら、大きな声で言った。

「自衛隊はクルクル回るだけで何もできないじゃないか」

「海に消えたって言うけど、いつまた湧いてくるかわからないって言うじゃないですか」

 映像を見ていると、海上を哨戒機が飛んでいるらしいが、例の生物たちは海の上に姿を現さないのか、どこにいるのか把握できていないようだ。

 両生類だとしても呼吸で海上に浮かび上がる必要があるだろう。

 例のワニ型の生物だってそうだ。

 しっかり海上で呼吸しているのに哨戒機から見つけられないのなら、我々の想定よりずっと遠くに移動していることになる。

 ならば、わざわざ日本へ舞い戻ってくることはなさそうだ。

 南西諸島に上陸するとか、東南アジア側へ流れて行く可能性もある。

 そう考えると少し安心した。

 田村が口にしていたレンゲをドンブリに戻すと、俺の方を見つめて言った。

「まさかもう戻ってこないとか思ってないよね?」

「えっ、可能性は高いんじゃない?」

「テレビで見たでしょ、奴らは『人を食べて』いるのよ」

 俺は聞き返すことも、反論することも出来なかった。

 田村はおそらく人を食った生物は、再び『人を食いに』戻ってくるということが言いたいのだ。

 彼らにとってどれだけ人が美味しかったのかはわからない。

 だが、あの状況から考えると再び上陸して人を食べに来る可能性が高いだろう。

 想像した俺は急に食欲がなくなった。

「俺たちに、あの生物をなんとかすることができると思うか」

「ギリギリまではやるつもりよ。遺産を受け継いだ責任がある」

「ちょっと待て、二、三日前に初めて聞いたような遺産をそこまで真剣に考える必要あるのか?」

「少なくとも、今日テレビで知った人たちより何歩も先に行っていることは確かよ」

 いや、そんなもの……

 情報を流して、世間に広く解を求めれば良いのではないか。

 学生二人で怪獣退治ができるとは到底思えない。

 というか、後ろから出てきた黒い恐竜型の生き物はどうする? 俺たちにだってあれ(・・)の情報は全くないのだ。

 今はワニ型生物が人を食べ、そのワニ型生物を『あれ』が食っていると言う関係だ。

 あえてワニ型生物を駆逐する必要はないのではないか。

 二人でコンビニに行き、食べ物を買い込んだあとは、俺が車を運転することになった。

 黙っている俺に、田村は言った。

「あんたがゴジとか呼んでた恐竜のような生物。あれが、ワニ型生物を食い尽くしてくれるかも、とか考えない方がいいわよ」

 俺が答えないでいると、田村は言葉を続けた。

「やっぱりそんなこと考えてたんでしょ。あの二種の生物が、これまでどういう関係だったか分からないけど、自分の餌を食い尽くすようなことはしないでしょうね。餌がどうやって増えたか考えると思う」

「研究所から逃げ出した生物が『増えた』のか?」

「そう考えるのが普通でしょ。これまで増えてなかったんだから」

 いや、増え始めたのは駿河湾に隕石が落ちたのが原因じゃないのか。

 本当に先生が生物を外に逃してしまったことで増えたのか。

 そもそも生物が外に逃げたと思われるのは三日、いや四日前の焼身自殺と同じ頃だ。

 陸上があの生物に適していたとしても、たった数日であの数に増えるわけがない。

 逃した生物は一体で、生殖が出来るはずが……

「あれ、有性生殖だよな」

「未知の生物よ。無性か有性かも分かってない。それに、有性だったとしても、長期間オスがいない状態が続くと勝手に単為生殖に移行する生物もいるわ」

 一体しかない状態からでも増えると言うことを言いたいのか。

 いや、どう言う確率を考えてもたった一体しかいない生物を海底から引き上げ、どう言う生態かは分からないが、先生がきっかけをしまったためにこんなに増えた、と言うのは無理がある。

「一体を海底から引き上げられたと言うことは、もっと海底ないに存在していた、と考えるべきだろう」

「ではなぜこれまであのワニ生物に、人類が襲われたことがなかったの?」

「隕石がきっかけで、海底内で増えたんだろう」

 いや、俺の言っていることにも無理はある。

 最初のワニ型生物の被害は陸上だ。昨日、この目で見たじゃないか。

 方向を考えても、陸上から海へ向かったのだろう。

 そして今日になってあの数に増えていた。

 実験室ではほとんど大きくならなかった生物が、増えた上に大型化して戻ってきた。

「とにかく、想像を絶する」

「……その為にも、まず、佐藤先生の資料に全部目を通さないと」

 俺は廃ゴルフ場に車を停め、積んでいた放射線測定器を使いながら実験室に近づいていった。

「大丈夫。気にするほどの線量ではないわ」

 例の生物を閉じ込めていた元風呂場の実験室に近づく。

 脱衣場にテーブルや顕微鏡など器具や薬品を置き、浴室に生物を入れ観察していたようだ。

「何か持ち出し損ねた資料あるのかな?」

「PCと、この線量計しか持ち出してないのよ? あるに決まってる」

 俺たちが実験室に入ると、灯りをつけた。

 灯りがつくと言うことは電気の契約も続いているし、あの怪獣騒ぎがあっても、電力施設が破壊されたりはなく、電気の供給が続いていると言うことだ。

「電気は使えるんだな」

 生物の上陸によって建物は破壊されたが、発電所や送電、変電の仕組みは生きているのだ。

 もっと南側の海岸に現れたら、原発を破壊されていたかもしれない。

 原発の稼働は止まっていても、燃料自体はある。

 壊れたら多くの放射性物質がばら撒かれてしまう。

 そんなことになったら……

「ここにノートPCを置いてみて」

「何かわかったの?」

「元の位置に戻せば、先生の動線がわかるような気がしない?」

 ノートPCのファイル類は調べていた。

 問題はパスワードが掛かったZIPに固められていて、解凍できないことだった。

 ひどつだけ解凍できたのだが、それは奇跡的にパスワードがメッセージアプリに流れてきたからだった。

 俺と田村は実験室の色々な棚や引き出しを開けてみたが、生物の調査結果のようなものは見つけられなかった。

 俺は飽きてしまって、そこらにあった箱の上に座ってスマホをみていた。

 例のワニ型生物や黒い恐竜型生物の話題を見まくっていると、やはり原発の話が書かれていた。

『もっと南に現れたら原発が破壊されたかも……』

『静岡に原発あるんだ』

『原発とあの黒い怪獣の組み合わせって、最悪じゃなかったっけ?』

 そうだ。

 あの黒い生物の肌に出来た畝は、確か火傷で出来たケロイドをイメージさせるためだと聞いた。映画のために作られた彼の当初の設定は、古代生物が水爆実験で生息地を追われた生き物、次からは水爆実験で変容した生き物となっていた。

 その生物が原子力施設を破壊しにとすれば、何か因縁めいたものを感じてしまう。

 俺は思わずSNSに書き込んでしまっていた。

「ねぇ、メッセージアプリに何かきていない?」

「LINKに? 先生から?」

「最初にファイルのパスワードが分かったのって、LINKメッセージだったよね?」

 確かに、俺が見てたら先生からメッセージが入っていた。

 田村は先生が生前に行ったか、別の誰かが仕掛けたBOTだと言っていた。

「相手がBOTなら適当にキーワードを入れて会話すればパスワードが出てくるんじゃない?」

「対話式のAIと同じと言うこと?」

 田村は頷いた。

 単純な仕組みなら、たくさん入れたキーワードの中でヒットするものがあれば次のパスワードを回答してくるかもしれない。

 だが、単純に時間など対話以外のものをキーにされていたら、何をやっても動かないだろう。

 俺はスマホを取り出し、新しいパスワードを引き出すためチャレンジを開始した。

 前回はなんとはなくメッセージが来ていて、パソコンを開くことが出来た。

 ファイルのパスワードは一番古いものだけ掛かっていない状態だった。

 今度は、自主的にBOTからメッセージを引き出さなければならない。しかも、単なるメッセージではない。ZIPファイルのパスワードだ。

『先生、パスワードを教えてください。ZIPファイルが解凍できません』

 全く応答がない。

 流石に直球すぎるか。

 BOTなら、BOTを動かしているクラウド上のサーバーを探し当て、関連するデータベースを覗き見た方が早いかもしれない。

 俺は期待せず、スマホをテーブルに置いた。

 だが、結果は数分経たずに返ってきた。

 俺と、田村のスマホが振動した。

『生物たちだが、順調に増えたようだな』

 スマホを見せ合う。

「もう少しやってみてよ」

 俺は更にメッセージを送ってみた。

『突然増えることは想定内だったのですか? 先生は知っていたんですか、黒くてデカイ怪獣まで出てきたんですよ』

 すると、返信がくる。

『増える過程を見たのか? 黒くてデカイ恐竜型の生物が何故一体だと思う? しっかり事実を観測しろ。それがこのゼミでの最初の課題だ』

 BOTは先生が生きているふりをするように動いているのか、それとも……

『まさか、焼身自殺したのはフェイクじゃないですよね?』

 応答を待ってみる。

 一分、二分、そして五分、十分と時間が経過していく。先生のBOTから応答は来ない。

「流石に、このメッセージに返信は返って来ないんじゃない? 何か別のメッセージを追っかけて送信した方がいいと思う」

 よく出来たBOTとは言え、存在を否定するようなメッセージには対応できないということか。

 俺はもう一度よく考えてから、メッセージを打ち込んだ。

『先生、黒い恐竜型の生物は、ワニ型の生物を食べていました。では、ワニ型の生物は何を食べているのでしょうか?』

 すぐに返信がくる。

『君も見たろう。私が研究していたワニ型生物の食物はヒトだよ』

 更に続けてメッセージが入る。

『次のパスワードだ』

 英数記号が混じった文字列がメッセージとして送られてくる。

 田村はすぐにノートPCに向かうと、パスワードを使って二番目のZIPファイルを解凍した。

 俺は後ろに回って、ノートPCの画面を確認する。

 今回の内容は文書ファイルだけではなく、表計算ソフトのデータファイルも含まれていた。

「今度は日記だけじゃなさそうだね」

「表計算ソフトのファイルだからって客観的な数値が入っているかは、分からないのよ」

「とにかく開けてみてよ」

 データを開くと、生物に与えてみた物質の一覧が入っていた。

 口をつけたのかどうか、噛んだのか、飲み下したかなど、摂食の段階ごとにわけで丸が記されていた。

「ほとんど食べないんだな」

「リストの内容に興味を持ちなさい。生物に与えるものとは思えないようなものがほとんどよ」

 田村の指摘を受けて、エサとして与えている品名を見てみる。

 化学実験かと思うような名まである。

「先生は捉えた生物を殺す気だったのか?」

 彼女がカーソルを動かして指摘する。

「そこらへんの生き物が触れたら大変なことになるものもあるわね」

「それほどものを食べなかったのかも」

 これほどの種類を一人で用意するのは簡単じゃない。

 おそらく学校の薬品庫から抜いてきたのだろう。

 俺たちはそのリストを眺めながら話し合った。

 今回開いた資料を読み終えて、俺たちは休息を取ることにした。

 中を歩きながら寝る場所を探した。

 このゴルフ場には宿泊できる設備はなかったが、食堂に個室がいくつか設けてあったのでそこに布や毛布を集めて寝床にした。

 大学に入ってからずっと、牧村家で暮らしてきた。

 寝ようとすると、急にそのことを思い出し、あらためて別れを意識した。

 二人は大丈夫だろうか。




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