多くの謎
俺と田村は、道の駅に車を停めると、駐車場の端で隠れるように互いから放射線が出ていないかを確認した。
浴びすぎて自身の体から放射線を発していないかを確認したのだ。
「田村の吐き気が、気分的なものでよかったよ」
「……極端に怖がりすぎたかも」
メーターを読み間違えている可能性もある。
マイクロとミリを読み間違えれば、千倍も違う。
「念の為、医者に行く?」
彼女は首を横に振った。
「放射線を強く浴びた可能性があるなんて言ったら、どうなると思ってるの?」
この国は大手電力会社の原子力発電所がメルトダウンしてからというもの、海岸沿いに集中的に立てた原子力発電所を怖がって稼働させなくなっている。
放射線という単語を出したら、「いつ」「どこで」浴びたか追及されるだろう。
闇医者を探して治療を受けることが出来るかもしれないが、俺たちに、そんなツテはないし、法外な報酬を払うこともできない。
俺は考えながら黙り込んでいた。
「とにかく、吐き気はおさまったから」
「ああ」
車に乗り込むと、道沿いにあったファミレスに入った。
その頃には完全に陽は落ちて、夜になっていた。
あまり食事をするという気分でもなかったが、メニューの写真や、周りに運ばれてくる食事の香りに刺激され食欲が出てきた。
互いに食べ終わると、ドリンクバーから飲み物をとってきた。
「色々ありすぎて、わからなくなったよ」
田村は両手でコップを抱えるようにして飲み物を口に運んでいた。
「先生が自殺して。それだけでもびっくりしているのに、相続人だとか言われるし。変な研究所やらの権利が半分くるし、研究所には未知の生き物がいるし、放射線を発しているし、その生き物はどうやら隕石から始まっているみたいだ、ということだし」
「良く整理できているじゃないの」
ただ、あった出来事を順番に言ってみただけだ。
俺は田村の顔を見つめた。
「自殺の理由もわかってない。そもそも何で自殺って判断したんだ?」
「遺書があったからよ」
「遺書、みたの?」
田村は頷く。
そしてバッグから封筒を取り出すと、中の紙を取り出した。
俺は受け取ると書かれた内容を読んだ。
数行、真面目に読んでしまったが、闇の政府組織や、フリーメイソンと言った単語が幾度も繰り返して出てくると、俺は読むのをやめた。
陰謀論的で、支離滅裂な内容。
それ以上でも、それ以下でもない。
先生は死ぬ間際、気が狂っていたとしか思えない。
「これ、読んだの?」
田村は首を横に振った。
そうだろう。読んで理解できると思えないし、読んで確信するのは、先生の頭がおかしくなったということぐらいだ。
「弁護士の先生は正式に受理した遺言書を書き換えるものでないか、確認するために読んだらしいわ」
読んだ結果、上書きするものではなかったということだ。
「けど警察がこれを読んで、自殺だと判断したというのか」
「最後の一文をみて」
俺は放り出した紙をもう一度手に取ると、内容を追いかけて最後の一文を読んだ。
『私の肉体は、これから訪れる恐怖に耐えられないだろう。生きる希望を持った若者に託し、本日、この世を去ることを決めた』
「なんだこれ」
田村は黙っていた。
「先生がなぜ隕石を調べたのか、海から引き上げた生物は何か。自殺の原因となったこれから起こる恐怖とはなんなのか」
田村は顔を伏せぎみにし、目を閉じた。
「メッセージアプリでメッセージが来る原因もわからない」
田村が目を開け、口を開いた。
「それは単純にBOTを組んでいたんでしょう。それっぽいレンタルサーバーの支払いもあったわ」
「BOTにしてはまるでこっちの行動を読んでいるようなタイミングでメッセージがくるのはどうやって説明するんだ?」
田村は視線を落とした。
本当に生きていても、そんな絶妙なタイミングでメッセージを送れまい。
まるで先生の『霊』が存在していてそれがメッセージを送ってくるような気さえする。
「BOTだからこそ絶妙のタイミングで送ってくるんじゃないの?」
「AIとか、そういう話?」
彼女は頷く。
いや、だから生きている人間でも無理そうなことをAIならできるというのはどうなのだ。
「それとやっぱり問題になるのはあの生物だ。先生の研究は生物がメインなのに、突然隕石に興味を持ったその訳も気になる」
「先生だって、生命の始まりや、種の起源に興味を持っていたのは間違いない」
「落下した隕石が生命の始まりとか、そういう説のこと?」
隕石なんて実際は相当な数落下しているはずだ。
それを都度調査していたらキリがない。
毎日のように隕石をチェックしている人ならともかく、先生が今回の隕石に興味を持った理由が何かあってもいい気がする。
「今回の隕石に興味を持つ理由はあると思うわ」
「本当に?」
「ハヤブサ2が探査したリュウグウと似た組成の小惑星が地球と月の間に入って、一部が欠けて落ちてきたという話よ」
そんなに有名な話なのだろうか。
俺は後でネットで調べてみることにした。
「もしかしたら、今の地球に落下した場合にさらなる生命を生み出すことも考えられるって」
だとしたら、もっとニュースになっても良さそうだ。
それとも俺がニュースに疎すぎるのか。
それだけ有名だと逆に、落下した隕石を探査したのが先生だけという方がおかしい。
まさか一部の人間の中でのみ取り上げられたとんでもな説ではないか。
「隕石と研究所から逃げ出した生物は関連してると思う?」
田村は迷わず頷いた。
「そんなものだったら世界が注目していても良さそうなのに、さっきの先生が書いた文書をみる限り、そうでもない」
「あなたが知らないだけよ」
そうかもしれない。本当にそういうことなのかもしれない。
だが……
「!」
突然、携帯が緊急地震速報を受けて鳴り始めた。
ファミレス全体がアラート音でいっぱいになった。
「地震?」
田村は何かスマホで調べている。
振動自体はない。
が、地響きは聞こえてくる。
鳴り止んでも、地震は起こらない。
LINKにメッセージが入った。
美樹ちゃんからだった。
『学さんは、地震平気だった?』
俺は素早く平気だった、美樹ちゃんとお母さんは平気かと返信した。
『良かった。こっちはなんともないわ』
俺は安心してスマホから顔を上げると、田村はとても暗い表情をしていた。
「どうした?」
田村は答えず、レシートを指で摘み上げると帰りましょうとだけ言った。
俺は残った飲み物を一気に飲み干すと立ち上がった。
車に乗り込み、しばらく走ると渋滞が起こっていた。
普段車に乗らないので、渋滞にとてもイライラしてしまった。
行きの何倍もの時間をかけ、ようやく下宿先についた時は夜の九時を過ぎていた。
「ありがとう」
「メッセージはみてね」
ああ、と言うと俺は去っていく彼女の車に手を振った。
下宿先に入ると、美樹ちゃんがとても慌てた表情で近づいてきた。
「大丈夫だった?」
「うん、どうしたの? ここら辺も特に変わった様子はなかったけど」
「そうなんだけど、変なのよ。テレビとかで地震のこと、何もやらないの。だけど、SNSではすごく被害を訴える人が多くて」
美樹ちゃんが、スマホを操作すると画面を見せた。
そこには地震で倒壊した建物が表示されていた。
傾いた日差しなどの様子から、ファミレスで地震速報のアラートが鳴った時刻にもあう。
だが、最近はよく出来たフェイクということも考えらえる。
SNSの反応がテレビより早いのは当然だ。
放送しないのは、局で編集している最中だからかもしれないし。
「美樹ちゃん、悪いけどこれって……」
「よく見たし」
彼女はそう言ってむくれた。
「壊れる前の景色、見たことあるんだもん」
俺は確かめたくなった。
「近い?」
美樹ちゃんはゆっくり頷いた。
「行ってみよう」
美樹ちゃんが玄関に向かうと祐子さんがやってきた。
「美樹、あなた、どこへいくの」
「川の様子を見てくるの。学さんがついて来てくれる」
「そう。気をつけて」
美樹ちゃんは真剣な表情で頷いた。
美樹ちゃんが案内するのに従って、道を歩いていると規制線が張られている場所に辿り着いた。
俺は彼女の顔を見た。
「この先」
規制線が張ってあるが、周囲に誰かいる雰囲気はない。
「人はいないけど、入っちゃいけない、ってことなのかな。この内側に住んでいる人だっているだろうに」
「行ってみよう」
美樹ちゃんが規制線を潜って中に入っていく。
住人のふりをすれば問題ない。
俺も規制線を潜って、ついていこうとした。
『川の様子を見にいってはいけない』
振り返ると、そこには最近マジシャンでも着ないような黒いマントを羽織った男がいた。
マントのせいで体も腕も、足さえほとんど見えない。
前髪が垂れていて、身長の割には幼い印象を受ける。
『川の様子を見にいってはいけない。大切な事だから二度言うんだ』
気でも狂っているのか? 俺はそう言い出しそうになった。
川の様子を見にいくんじゃない。
倒壊した建物の映像が、本当なのかフェイクなのか確かめにいくのだ。
俺は男を無視して中に入っていった。
「どうしたの?」
俺は美樹ちゃんに説明しようと思って後ろを向いた。
「えっ?」
黒いマントの男が…… いない。
隠れるような場所もない、一瞬で消えるわけもない。逃げるなら物音だってするだろう。
俺は美樹ちゃんに色々説明しようと思ったが、言えば自分が何か幻影とか白昼夢といった類を見ていたと思われてしまう。
「なんでもない」
確かに声の様子がおかしかった。
だが、はっきりと目には映った。映っていたと信じたい。
「……」
「こっちだよ」
俺は男のことは一旦忘れ、美樹ちゃんのあとをついて行った。
ブロック塀の角を曲がったところから、家が見えた。
解体業者がやったかのように綺麗に倒壊していた。
何が通ったように、直線的に跡がついている。
「SNSの情報が正しかった」
美樹ちゃんが調べた限り、テレビ局が取材をしていたと言うから、これは故意に流されていないか、こんなことより優先して放送したい情報があるのだろうか。
国会議員の汚職か? 金のばら撒きか? そんなわけあるか。
通常の陰謀論的には、逆だ。それらから注意をそらせるためにこういったものを放送するのだろう。
「こんな隠せないほどの被害を、どうしてテレビは放送しないんだろう」
黙って辺りを見ていた美樹ちゃんが、俺の腕を掴んできた。
「怖い」
「大丈夫」
俺は根拠なくそう言った。
「ほら、あそこ!」
彼女が指差す先に、人影が見えた。
「えっ、田村?」
瓦礫の端にいた女性は、長い黒髪を手で払い流した。
田村はさっきのハンディライトのような放射線測定器を手にしていた。
「ここに放射線が残ってる」
さっきまでの恐怖が蘇った。
この引きずったような跡は、廃ゴルフ場に作った先生の研究所から逃げた生物がやった跡だとでも言うのか。
「まさか」
「どう見ても地震による壊れ方じゃないでしょう」
「美樹ちゃん、ここにいちゃだめだ。すぐに家に戻ろう」
先生の焼身自殺が三日前、ここの家を破壊したのは今日。
たった三日で、ワニのようなカエルのような生物が、十数メートルの大きさに達したと言うのか。
「田村も、逃げよう」
「……私たちには責任があるわ」
違う、今日、いきなり責任を負わされただけだ。
「こんなことなら……」
「誰かがやらないと、大勢の人を危険に晒すことになるわ」
「俺たちじゃなくたって、他の誰かでも」
俺は今すぐにでも逃げ出したかった。
きっと先生が自殺したのは、この事態を予測してのことだろう。
遺産を分ける代わりに、俺たちに後始末を強要するなんて。
「今、ここに止まることが責任を取ることじゃないだろう」
「じゃあどうするっていうの?」
「この事実をたくさんの人に知らせるんだ」