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遺産

 俺たちは、古市(ふるいち)さんを交えて話し合いを続けて、遺産の分配を決めた。

 全ての内容を確認した上で、書類に拇印を押した。

 古市さんは最後に年を押した。

「遺産を受け継ぐ条件は守ってくださいね」

 不動産や資金の引き出しに対して制限がかかること。

 今後、三年間は大学に在籍して先生の研究を続ける必要がある。

 弁護士の古市さんが次のクライアントのために、佐藤(さとう)先生が買い上げた廃ゴルフ場、もとい、研究所を、先に去っていった。

 俺と田村は、壊れた壁から逃げ出したと思われる生物について、もう少し情報を集めることにした。

 元はお風呂場だった研究室の中には監視カメラのシステムがあった。

「焼身自殺した日って?」

「三日前」

「じゃあ、四日ぐらい前から見てみよう」

 俺はリモコンを使いながら監視カメラ映像を確認した。

 映像を見ると、いきなり気づいてしまった。

「壁、壊れてないぞ」

 現在とは明らかに違う部分だった。

 先生の焼身自殺前には壁は壊れていなかったのだ。

 映像を再生していくと、浴槽と思われる場所に水が張られていて、時折、それが波打っている。

 先生はこの浴槽、水の中にいる生物を監視するためにこのカメラを設置したのだろう。

「カエル」

「えっ、見ないの?」

「違う。底にいるのカエルじゃないかしら」

 カエルならこんな長い時間、水の中に潜っていられないだろう。

 そもそも、逃げ出した後を見た時は、ワニのような生物ではないかと予測していたのだ。ここで考えをカエルに変える意味が分からない。

「先生の研究がカエルだからって、ここにいたのがカエルというのは安直すぎないか?」

「……」

 田村(たむら)はめちゃくちゃ不機嫌な顔をした。

 浴槽の水が、大きく波打つと、浴槽の縁に暗い色をした生物の姿が映った。

「なっ、なんだ?」

 俺はその暗い色の生物の形が、記憶にある生物を当てはめて考えることが出来なかった。

 俺の直感は、これは未知の生物だ、と判断したのだ。

「これって」

「ゴライアスガエルの変種かも」

 記憶ではゴライアスカエルは、最大でも三キロ程度だ。

 浴槽の大きさと比較すればわかる。

 この生物はその数十倍はあるだろう。

 外の草を押しつぶして移動しているところからも、カエルのように跳ねて移動する生物ではない。

 曲がった足を使い、体を這わせるように移動するはずだ。

「最初に予測したワニとは全く違うけど…… 少なくともカエルではないよね」

 田村は頷くことも、反論することもなかった。

 その時、俺のスマホが振動した。

 下宿先からの連絡かと思ってスマホを見た。

「……また、先生(・・)からだ」

「そんなわけないでしょ」

 田村はボソリとそう言った。

 そして持っていたスマホを開いて確認していた。

「私には来てない……」

 その時、彼女が持っていたスマホが振動した。

「来たって、こと?」

 彼女の手が震えている。

「なんて書いてあった?」

「パソコンのパスワード」

 こちらの実験室に置いてあったPCがあった。

 気になってはいたが、パスワードが分からず、見るに見れないでいた。

 田村をパソコンの前に座らせて、彼女のスマホに来たパスワードを入れてもらう。

「開いた」

「誰かの悪戯よ」

「何か、手がかりを探そう」

 すぐにそれらしいものが見つかった。

 ドキュメントフォルダに、日付を名前にしたZIPファイルが並んでいる。

 新しい日付のファイル名を解凍しようとするが、パスワードがかかっている。

「パスワードは?」

「同じパスワードではないみたい」

「開けられるファイルは?」

 どれもパスワードを問われる。

 最後に、一番古いファイルだけが残っていた。

「無駄よ」

「いいから」

 開こうとすると、パスワードが問われることなく展開した。

「開いた」

 作られたフォルダを見ると日記と書かれた文書ファイルがあった。まずはそれを開いてみる。



 今日、駿河湾に隕石が落ちた。

 SNSを含め、さまざまな情報を集めた結果、隕石の落下場所を特定できた。

 翌日、港で船を出してくれる協力者を探したが、応じる漁師はいなかった。海上保安庁の船が、安全確認のため付近の確認をしているところだそうだ。

 次の日、別の港にいくと、すぐに船を出してくれる者と出会った。

 途中で海上保安庁の船が航行していたが、特に注意は受けなかった。

 GPS情報を確認しながら、隕石が落ちたあたりに到着したことを確認すると、水中ドローンを投下した。

 海底の探査をして、戻ってくるはずだが、予定の時間で浮上してこない。

 二機目のドローンには調査海底を少し浅く設定して投下する。

 海上で観察をしていると、奇妙な匂いを含む大きな泡が浮き上がって来た。

『硫化水素?』

 硫化還元菌というのも考えられるが、これだけまとまった泡を作り出し、ニオイの広がりからも考えて、海底で火山活動があるのかもしれない。

 当初、隕石落下との関連性は低いと考えていた。

 二機目のドローンも浮き上がってこない。

 投下したドローンを回収するため、漁師に網を落としてもらえないか頼んだ。

『底は砂地みてぇだからやっけどよ。俺は場所での漁は出来ねぇ、他人にバラさねぇでくれよな』

 漁師が急いで準備すると、網を海底に落としていった。

 船を巧みに操りながら移動すると、網を引き上げ始めた。

 少しワイヤが回った時、異変を感じた。

 船が傾いたのだ。

『引っ掛けたか?』

 漁師はワイヤを回すのとめ、少し船を動かした。

『魚なら逃げちまうが、ドローンは逃げねぇからな』

 再び網を引き上げ始めた。

 網は動いているが、船は網のワイヤで激しく揺すられた。

 何かいる。

 ドローンではない何か。

 ワイヤが短くなればなるだけ揺れが激しくなる。

『大物を引っ掛けちゃったかな』

 網の途中に一機、水中ドローンが引っかかっているのが見えた。

 それを取ろうとして、漁師に止められた。

『あんたは完全に引き上がるまで網に近寄るな!』

 漁師は網が揺れる度、巧みに体を動かして立ち位置を変えている。

『魚の暴れ方じゃない』

 揺れならも網は巻き上がり、漁師と一緒に網にかかったものを確認した。

 ドローンは二機とも無事回収できた。

 問題になった暴れる生物だが、バレーボール大で姿はカエルに似ていた。

 これがなぜそこまでこの船を揺らしたのか。

『なんだこいつ』

 漁師がその生き物を持ち上げようとして、船が揺れた理由が分かった。

『重…… い』

『近づいたらダメです』

 この手足の感じで、船をあれだけ揺らしたのだ。生物にありえないような比重か、相当の筋力を持ち合わせているに違いない。

 比重が高いなら重金属や放射線物質を含んでいる可能性があるし、筋力が相当強いなら…… 大怪我をするだろう。

『海でカエルを見たのは初めてだ』

 幸い、船上に出たせいか、生物の動きは鈍い。

『これは私に譲っていただきたい』

『食えるかどうかも分からんし、もちろん譲ってやる』

 船が港についてから、ウインチで引き上げることで、やっと船外に出す事ができた。

 台車から車にも持ち上げられなかったから、港でウインチ付きの四トントラックを貸してもらい、大学に運び入れた。



「逃げ出した生き物、大学で飼ってたのかよ」

 田村は日付をもう一度見直している。

「三ヶ月前だわ。草っ原を逃げていった生物の大きさは、バレーボール程度ではない」

 三ヶ月で急成長したということか。

 いや、それより。

「待って、先生が疑っていた放射性物質っていう点は」

「気になるなら測ったら? そこにあるでしょ」

 そこにあるでしょ、と言われて分かるか! と思ったが、そこと言われた場所にある測定器のようなものは一つだった。

「ハンディライトかと思った」

 俺は装置の電源を入れ、壊れた壁がある方へ向けてみる。

「なんか針が振り切れてて、測定出来てない?」

「スケールの設定が悪いのよ」

 パソコンの前から田村がこっちにやってくる。

 装置を渡すとツマミを回している。

「……とりあえず、ここを離れましょう」

「?」

「私はこれを持っていくから、あなたはパソコンを」

 俺はゆっくりとパソコンの方へ行った。

 田村はもう部屋の入り口まで進んでいた。

「早くして、置いていくわよ」

 ACアダプタを外してノートPCと合わせ、抱き抱えるようにすると、田村の後を追った。

「何があったんだ?」

「とにかく、早く車に乗りなさい」

「不安になるだろ」

 田村は俺を振り向く。

 強烈な憎しみに満ちていた。

「私だって不安なのよ!」

「……すまん。とにかく車に乗るんだな」

 とにかく放射線が出まくっているとか、そういうことなのだろう。

 しかし、浴びてしまっているのなら、もうどうにもならない。

 車に乗ってできる限り離れるしかない。

「放射線なんだから、これだけ離れれば……」

「吐きそう」

 俺たちは廃ゴルフ場の建物を抜けると、田村が乱雑に止めた車についた。

「あなた運転できる?」

「ああ」

 運転をかわってくれという意味で聞かれているのに、俺は格好をつけてしまった。

 案の定、彼女からキーを渡された。

「吐きそう、なんだよな」

 こくりと頷く。

 俺は車の鍵を開け、運転席に乗り込む。

 迷いながらもキーを差し込み、エンジンをかける。

 教習所で乗ったっきり、この三年運転して来ていないとは言い出しづらかった。

「……」

 フット式のサイドブレーキが掛かったまま、アクセルだけ踏み込んでしまった。

 大きなエンジン音だけが車内に響き渡る。

「ちょっと……」

 俺はフット式のサイドブレーキに気付き、踏み込んで解除した。

 再びアクセルを踏み込むと、空回りする大きなエンジンが響いた。

 シフトレバーを操作していない。

 慌ててシフトレバーに手をかける。

 回ったままのエンジンがつながり、車は急発進した。

「!」

 駐車場の柵に車は突き進む。

 強引にハンドルを切ると、タイヤが音を立てながら車はターンした。

「ちょっと!」

 田村は車のあちこちに手足を伸ばして突っ張っていた。

 そんな彼女に声をかけることもできない。

 俺は車を制御するので手一杯だった。

「ブレーキ!」

 そうだ。ブレーキ。

 俺はそんなことすら忘れていた。

 ゴルフ場から公道にでる直前で、車は坂道を滑りながら止まった。

「本当に運転、任せていい?」

「あ、ああ」

 そう言うと、俺はハンドルを握る手の汗を拭った。




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