恐れていたこと
田中は双眼鏡を覗き込んだ。
黒い二足歩行する恐竜のような姿は、この国のシンボリックな建物を破壊した空想上の生き物そのものだった。
黒い肌には細かく畝があり、背中には背ビレが長い尾の先まで飛び出ている。
「まさか本当にアレを目にするとは」
この国だけではなく、他国でも映画化された神話的生物なのだ。
「やってみます」
自衛官が無線で話している。
想定ではGが出たら逃げるはずだった。
だが戦車隊の攻撃が、思ったより効果があった。
多少の筋書きはあったものの、いきなり立ち向かえというのだから現場は混乱しているが、彼らにも『やれる』という自信はあるだろう。
ヘリの中の自衛官は、可能な限り引きつけろ、成形炸薬弾を使え、等々の指示を行った。
「準備できました」
「行こう」
戦車は牧之原に向かってくるGに向かって狙いをつけた。
装填しているのは指示通りの成形炸薬弾。
先端からでる高温の金属が肝であり、芯を外すと効果がない。
ワニ型生物より大きな体のGの方が、弾の威力が発揮できそうに思える。
戦車隊は砲塔を微妙に動かし、慎重に狙いを補正する。
そして『撃て』の指示で発射した。
田中のヘリから、戦車の振動が見えた。
Gの喉元や胸に着弾して、爆発が起こる。
「やった! 全弾命中だ」
田中の横にいる自衛官は別の映像を見ながら、首を傾げる。
「……まさか」
成形炸薬弾は硬い装甲を貫通するためのものだ。
ワニ型生物も、その仕組みが効果を発揮していた。
だが、Gは体の表面に当たった時に『爆発』している。
確かに着弾時に起爆はするのだが……
自衛官がスローで映像を確認する。
「あの畝のような肌の起伏そのものが爆発している」
でこぼこした黒い肌自体に触れると、それが爆発し、弾の向きを変えてしまう。
弾の向きが無関係な方向に向いているため、作り出す液体金属の超高速噴流がGの体に届かないのだ。
体の表面で大きく爆発したように見えてしまうのはそのせいだ。
田中長官が訊ねる。
「効果がない、ということか?」
「その通りです」
「爆発することで致命傷を避けているなら、同じところを狙えば?」
自衛官はGの体表を確認する。
田中への返事をする前に、無線で指示した。
「撤退! 速やかに撤退だ」
「おい!」
「同じところを狙う博打のような戦闘はできません!」
そしてそのままドローンの動きを指示する。
「ドローンはワニ型生物を誘導して牧之原の海岸に誘いこめ」
田中には戦闘を指示する権限はない。
大まかな方針を与えられるに過ぎないのだ。
「Gがうまく食いついてくれるといいのだが」
海の上を飛行しているドローンが海岸にゆっくりと戻ってきた。
海面に不自然な波頭が立っていて、上から見ていてもワニ型生物が追ってきているのがわかる。
「よしいいぞ」
戦車隊が東へと退避していく中、入れ替わるように海からドローンが国道150号に入ってくる。
つられて一体、二体とワニ型生物が上陸してきた。
同時にGが完全に陸に上がっていた。
田中は大きさに圧倒される。
「そこのワニにくらいつけ」
田中の思惑通り、Gは尾でバランスをとりながら、地面を這うワニ型生物に噛み付いた。
ワニ型にトドメを刺すように一度深く牙を入れると、今度は上を向いて飲み込んだ。
「もしさっきの爆発が、ワニ型生物の『死』によってもたらされるものだとすると、Gの腹の中でもワニ型生物の爆発が起こっているはずだ」
「爆発するほどのエネルギーを持っている生物を食わないと、あの体を維持できない、ということなのでしょう」
「体の中で仮に爆発しているとしたら、ちょっとやそっとの攻撃では倒せないということなのでは?」
自衛官は黙っていた。
まだワニ型生物が『死』がきっかけで爆発するのか、成形炸薬弾を食らったせいで内部が変質したのかわかっていないからだ。
二体目のワニ型生物を喰らい終わった時だった。
「そろそろ、海へ誘導方向を変えるんだ」
田中長官の指示を、自衛官が現地に伝える。
指示は入ったはずなのだが、ドローンはどんどん牧之原の内陸へ飛んでいく。
「どういうことだ」
自衛官が、焦ったように現場の状況を聞き取っている。
「ならば携帯網をカットしろ、あるいは直接WiーFi通信を使えないのか」
現場の慌てぶりが、音として漏れくる。
「自動運転とかはできないのか?」
『完全に乗っ取られて、一切のコントロールが効きません』
自衛官が無理やり会話を終わらせると、田中長官に向き直った。
「ワニ型を誘導するドローンが、乗っ取られました」
「今の慌てぶりから想像はしていたが…… どこの誰に乗っ取られたとかは分かるのか?」
「それについては、別班に追わせています」
県内は避難勧告が出ているとはいえ、強制力は低い。
まだまだ住んだ土地を捨てきれない人が暮らし続けている。
ワニ型生物に住民が食われたり、住居を破壊されでもしたら……
「ドローンを自爆させるか、撃ち落とせ」
自衛官はすぐに返事をして、現場に指示を入れた。
「それと」
田中は指示した。
「Gの目の前にいるワニ型生物に、成形炸薬弾を打ち込め。Gが爆破鵜寸前のワニ型生物を食うかもしれない」
「わかりました」
ドローンのコントロールが奪われる可能性については、事前に予想はしていた。
地上の携帯網を使う、あるいはスターリンクを使うにせよ、何らかの妨害を受ける可能性はあった。
全ての電子部品を自国製で作ることは不可能だ。
どれだけチェックしてもバックドアが仕掛けられている可能性はある。
主回路から切り離された自爆装置を積むのは当然の対策だった。
「全機爆破確認しました」
「ワニ型生物はどうだ」
「ちょうど、Gの目の前の個体に着弾しました」
田中は双眼鏡を覗き込んだ。
「よし、くらいつけ」
Gは、死んで固まったワニ型生物を咥え込んだ。
頭を振り上げ、飲み込もうとした瞬間、閃光が走った。
轟音が響き渡る。
Gは空を見上げたまま動かない。
開けっぱなしの口から、炎と煙が上がっている。
Gの足元でも、二体のワニ型生物が、爆発した。
「頭を吹き飛ばす、までは行きませんでしたね」
「動かないぞ、内側からあれだけの爆発があれば致命傷になるはずだ」
自衛官は現場に指示する。
「Gのバイタルデータを確認しろ」




