対策機関のドローン
ワニ型生物が荒川で暴れ、|静岡沖大型生物対策機関(SOBEC)が誘導装置を使って被害を最小限に食い止めた。
報道管制が敷かれ、彼らのヘリがワニ型生物を誘導したという事実は、マスコミには流れなかった。
通信各社に指示を出し、外国の動画アップロードサイトへの動画投稿や閲覧について強い制限をかけた。
情報の全てを塞げるわけではないが、大半の国民を欺ければ良いのだ。
問題は諸外国に漏れ出た情報だった。
誘導装置の存在は知られてしまっている。
だが、誘導の理論そのものは、まだ知られていないと考えていた。
SOBECの会議で、長官である田中は語った。
「地球上にワニ型生物が何体存在するかわからないが、問題が起こった時、誘導装置の数がものをいう」
誘導装置が国家間の問題を力づくで解決する者の手に渡り、手段として利用されたら……
装置そのものや、誘導の理論を奪われると、国家の存亡に関わる。
デコイとなる情報も多く流していて、どれが本物かわからないようにはしているが、効果があるかはわからない。
「現地に明日納品される。早速、実験を始めよう」
「戦闘機、戦車、陸上部隊、有効と思われる火力の全てを揃えています」
「奴の外殻は硬いことは判明している。使いたくはないが化学兵器の準備も頼む」
田中の言葉に、自衛官は首を横に振った。
化学兵器による環境汚染については、厳しい規定があるからだ。
おそらくそれをクリアできなかったのだろう。
「だが、こんな状況で環境問題とか言ってる場合なのか」
言葉に詰まる自衛官に、田中は続けて言う。
「踏み潰されて壊され、死んでしまっては、環境も何もないだろう」
「この短期間で、これだけ兵器を集められただけでも奇跡的です」
田中は、目の前に置かれた紙束を叩いた。
「集まった兵器だって、劣化ウラン弾のような貫通力のあるものもない」
「とにかく、明日です。早朝から行いますから、長官は、早めにお休みなさってください」
「わかった。頼んだぞ」
翌朝。
田中は国道150号線を見下ろす傾斜地の、一番山側にいた。
首からかけていた双眼鏡を持ち上げ、眺める。
「来たか」
量産した誘導装置をつけたドローンが、ワニ型生物の先頭を飛んでいる。
ドローンは、戦車隊が主砲を向けている海岸へと進む。
「田中長官、ヘリに」
「まだ十分遠い」
「しかし、万一のことが」
自衛官はドローンの後ろに連なってくる、複数のワニ型生物を警戒していた。
ここで何かあったら、この後の作戦を遂行できなくなる。
田中は、双眼鏡をおろし言った。
「航空機からの攻撃が最初ではなかったのか?」
「最初は戦車隊ですよ」
田中はヘリに向かって歩き始めた。
山側から見下ろしているとはいえ、同じ高さであの生物を見たら、相当な恐怖を感じたかもしれない。
無線機から指示の声が流れてくる。
『てぃ!』
戦車隊の主砲が火を吹き、音が響く。
一直線に飛んでいく弾頭が、動きの鈍いワニ型生物を直撃する。
しかし、ワニ型生物は全身を続ける。
ヘリに乗り込みながら見ていた田中が言った。
「おい、全弾、弾かれたぞ!? 弾はどこにいった?」
「今のは様子を見るための『徹甲弾』です。次は榴弾です」
戦車の間隔が少し開くと、その間に控えていた戦車の砲塔が微調整した。
再び、主砲が光り、大きな音が周いに響く。
ワニ型生物に当たると、弾は爆発して飛び散った。
ワニ型生物は足を止め立ち止まったが、ダメージはないように見える。
爆発に戸惑っっているだけなのだろう。
「次は対戦車榴弾、いわゆる成形炸薬弾です」
誘導しているドローンは高度上げていて、ワニ型生物の動きが不規則になりつつある。
主砲が唸ると、ワニ型生物目がけ、砲弾が飛ぶ。
着弾した砲弾が起爆する。
モンロー/ノイマン効果によって、弾丸の先端部分から液体金属の超高速噴流が射出される。
「ん?」
頭と思われるあたりに弾丸を食らったワニ型生物は、足で体を支えられなくなった。
「流石にあれを食らったら」
成形炸薬弾が当たって、ただの岩の塊のように動かなくなったワニ型生物が、数体見えた。
何を感じたのか、ワニ型生物が引き返していく。
「撃退した! 航空機からの爆撃の前に、撃退したぞ!」
田中は子供のように喜んだ。
周りの自衛官に勝ち誇ったように話す。
「初めから戦車隊で迎え撃てばよかったんだ。成形炸薬弾で決まった」
グレーの岩の塊になったワニ型生物が、少し持ち上がったように見えた。
田中は再び、双眼鏡を覗き込む。
「少しずつ膨らんでる」
これまでの経験から、この後の状態を予測する。
「まさか……」
結論を言いかけた瞬間だった。
海岸線の土砂を巻き上げた大爆発が起こった。
田中の乗ったヘリが、大きく揺れた。
爆発したエリアからは、距離があるはずなのに……
「なんて爆発力だ」
仲間のワニ型生物が下がっていったのは、この爆発を予測したものだったのか。
田中はワニ型生物の死骸の調べるように指示する。
「これが成形炸薬弾の副作用なのか、ワニ型生物の死そのものが爆発につながるのか、特定を急ぐんだ。もし、死そのものが爆発をもたらすなら、迂闊に殺せない」
田中は誘導装置を作った彼らの研究レポートを思い出していた。
死に関する事項は一つもない。
確かに、サンプルが一体で、増やすことが出来なければ、殺したりする実験は出来なかったろう。
彼らの研究が不完全なのは仕方ない。
田中は周囲の騒がしさに気づいた。
「なんだ、なぜヘリを出発させる!?」
「例の巨大生物が海上に頭を出しました」
「何っ!」
ワニ型生物を捕食しようとしているあの怪物。
各国、最終的な興味は、あれに向けられている。
無慈悲に破壊・殺戮を続ける未知の生物。
「ワニ型生物を、海に誘導し直せ」
「やってます」
「急げ」
満充電の予備のドローンが複数飛び立ち、海上を飛行する。
再び誘導されたワニ型生物は、フラフラと集結してドローンを追いかけ始めた。
「Gと接触するのはどこだ?」
「このままだと西から上陸してしまいます」
田中は悩む。
「戦車隊を国道150号線の西に向かわせろ」
「まさか、Gに成形炸薬弾を撃つつもりですか?」
田中は頷いた。
「Gに上陸されたら、もっと大ごとになるぞ」
ワニ型生物に効果があったのだ。
神話的生物だとしても、無傷ではいられまい。
田中にはそんな計算があった。




