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増水した川の様子を見に行ってはいけない  作者: ゆずさくら


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13/20

首都圏の防衛

 |静岡沖大型生物対策機関(SOBEC)の長官である田中(たなか) 文世(ふみよ)は、ヘリから、煙が上がる荒川周辺を見下ろしていた。

 江東区と江戸川区の境の一帯に被害が発生していた。

 まだワニ型生物の存在があるため、消防といえど出動できず消化活動が行えない。

 自衛隊のヘリが旋回しているが、避難誘導を呼びかけるだけでワニ型生物と交戦することは出来ない。

 搭載している兵器がワニ型生物に通用するのかもわかっていない。

 場所が首都圏であることも問題だ。

 下手にワニ型生物を刺激して、被害が甚大になることや、使用した火力が民間人や民間施設を破壊したら大問題になるからだ。

「ドローンの充電は!?」

 徴収したワニ型生物誘導装置を搭載したドローンを持った自衛官が頷いた。

 田中文世をトップとするこの対策機関だけが、ワニ型生物への対抗手段を持っている。

「完了しました」

「使い方は大丈夫だろうな?」

「何度も確認しています。行けます」

 田中は頷いた。

「出せ!」

 自衛官はドローンを放った。

 ドローンが自ら姿勢制御しホバリングを始める。

 ノートパソコンを抱えた自衛官は表示される映像と、ヘリからの景色を確認しながら操舵を開始した。

「計画通り、荒川上空を飛ばし東京湾へ誘導します」

 田中は声で答えた。

 ドローンが地上付近まで降りていくと、暴れ回っていたワニ型生物が動きを止める。

 ドローンの誘導装置を意識し始めているのだ。

「あの誘導装置は、どういう本能を刺激しているんだ?」

 理論を理解していないのか、長官に説明するのが大変なのか、どちらの判断かは不明だったが、長官の問いに誰も答えなかった。

「まあ、いい」

 川周辺に広がっていた五体のワニ型生物が、まるで同期しているかのように荒川上空のドローンを目指して川に入ってくる。

 お互いの体が重なり、ドローンに届くかと思われた瞬間、下になった生物の体勢が崩れて、重なっていた生物は川に落ちた。

「東京湾に誘導を開始します」

「誘導する方向の避難は終わってるんだろうな?」

「完了しています」

 自衛官は言い切った。

 ドローンは高度を保ったまま、川の流れる方向に進み始めた。

 ドローンを追って、競うように移動するワニ型生物。

「このまま行ったらこの先、東京湾だな。船舶、船舶にも連絡は……」

「避難指示はしたと」

「私から確認する」

 田中はヘリに積んでいる大型の通信装置を使い、政府高官に無線をつなぐ。

「避難指示は都に指示しています。船舶? それなら国交省ですよね」

「なんでもいい、必要なところには、連絡が入っているのか?」

「どのみちあの生物が海に潜まれたら、避難なんてできませんよ」

 田中は話にならない、と思った。

「勝手に判断するな。いいから警戒するよう連絡を通すんだ」

「たかが対策機関の人間が、なんでそんなにいばりちらしてんですか」

「そういう問題じゃないだろう、この状況がわかってないのか!?」

 この場のこの無線からではこれ以上の指示は出せない。

 田中は奴らが正しくやっている前提で進めるしかない。

 複数の自衛隊のヘリが同じ内容を流している。

 江東区と江戸川区では避難方向が違うのだ。

 聞き手が指示を取り間違えると、ワニ型生物がいる荒川へ向かってしまう。

 田中の乗ったヘリは、ゆっくりとドローンを先導するように東京湾へ向かっていく。

 指示を無視して、橋を渡っていく車が、ワニ型生物を見てアクセルを踏み込んだ。

「橋を閉鎖出来ればいいのだが」

 閉鎖させることは出来るが、橋を閉鎖する作業をしている人間が危険な目に遭う。

 だから橋を閉鎖できなかったのだ。

「車が通り過ぎるまで、ドローンは静止」

「はい」

 田中と、自衛官が確認し、橋周辺の車がいなくなると指示を出す。

「よし、再始動」

 ドローンは橋を通過して東京湾へと向かう。

 ワニ型生物の体は、橋の橋脚や橋桁に無造作に当たっていく。

 痛みを感じないかと思うほど、雑な動きだ。

 五体がぶつかった後では、橋桁が歪んでしまう。

 流石に橋脚部分は無事だったが、大きな傷がついてしまった。

「なんて強靭な生物なんだ……」

 この先も橋はいくつかかかっている。

 車両が移動しているのに気づいたら、ワニ型生物が橋桁に上がってしまうかもしれない。

 これまでの行動から、奴らが好んで人を食うことは明白だ。

 どれだけこの誘導装置が引き付けられるか。

 出ないと……

 田中の目に、信じられない光景が映った。

「ちょっと待て!」

 荒川にかかる橋を、電車が通過したのだ。

 田中はすぐに無線機を使った。

「おい、湾岸線に車が走っているし、京葉線も稼働しているじゃないか」

『江東区と江戸川区には指示しているはずですが』

「なんでもいい、今すぐ止めろ!」

 無線の先で、相手は何か文句を言っている。

「止めたら連絡をしろ。それまでワニ型生物はここに止める」

 小さい返事とともに無線が切れた。

 田中は、直接総理に連絡することを考えた。

 再び無線を使い、同じところに連絡を入れる。

 さっきとは別の者が応答する。

「総理につないで」

『はぁ? 総理ならとっくに避難してますよ』

「避難してても連絡はつくだろう」

 回線接続の手続きをすると言って無線を切られた。

 田中は旋回するヘリの中で十分、二十分と待機しているが、どこからも連絡が入らない。

 湾岸線の車の往来は無くならないし、京葉線も橋梁を通過していった。

「奴らはどこに指示をするつもりなんだ。直接鉄道会社に指示を入れれば済む話だ」

 緊急事態宣言をして、強制力を使うべきだ。

 京葉線と湾岸線の水面と橋桁の高さは、ワニ型生物を避けるには十分だとしても、万一を考えなければならない。

「ええい、何をしてる」

 回答を待って三十分になろうかというところで、田中は無線機を手にした。

「なぜ総理に回線が繋がらない?」

『はぁ……』

 田中はさらにキレた。

「この無線の意味をわかっているのか?」

『準備していますよ』

 ガサゴソと相手側からノイズが聞こえたのち、何かがぶつかるような音がした。

 そして不自然なノイズが乗った音声が聞こえてくる。

『誘導はできているのか』

「総理、湾岸線と京葉線を止めてください。まだワニ型生物のみですが、ワニ型生物を追ってあの大型生物が現れたら」

『慌てるな、まだ大型は出てきていないだろうが』

 音声を聞いていると、どうやら、固定電話のような機械をマイクとスピーカーを逆に押し付けているだけのようだ。

「大型が首都圏を襲ったら終わりです」

『だから慌てるな。指示は出す』

 総理と、無線機を持った政府高官が何か話しているのが聞こえる。

 どうやら、受けている高官に指示をしているだけのようだ。

 田中はこの調子だとまだ鉄道と高速道路の安全が確保されるまでに時間が掛かりそうだ。

『切りますね』

「おい、結果を連絡……」

 話している間に通信を切られてしまった。

 田中はドローンを操縦している自衛官に訊く。

「まだバッテリーは持つか?」

「ええ。思ったよりは消耗が早いですが……」

「まずいな」

 田中はヘリの外を見下ろした。

 荒川の水面が、妙に波打っている。

 しかも海側から。

「おい、何かレーダーに映ってないか?」

「いえ」

「じゃあ、あの波紋はなんだ」

 レーダーを見ている自衛官の合図で、パイロットがヘリの向きを変える。

 するとレーダー担当の自衛官が言った。

「ワニ型生物が海から近づいてきています。五、六体でしょうか」

「誘導装置を目掛けて集まってきている訳だな」

「ええ、そういうことになります」

 田中は唇を噛みながら、顔をしかめた。

「誘導装置を切るか?」

「切ったら、ワニ型生物が周囲に分散してしまいます。被害がさらに増えます」

「くっ…… 製造している連中に、誘導の強弱をつけれるように指示しておく」

 このまま大型のGまで上陸したら、被害の大きさは静岡のレベルじゃ済まなくなる。

「他の方法で、海から寄ってこないようにはできないのか?」

「ならば、少し川を上った位置に移動しましょう」

 ドローンはホバリングから、少しずつ移動し川を上っていく。

 川面の揺れが、誘導ドローンにつられて移動していく。

 時折、ワニ型生物が重なりあう。

 一体だけでは届かない高さまで高くなると、ドローンの誘導装置に届きそうになる。

「まずいな……」

「ドローンの高度を上げます。東京湾側から誘い込む数も減らせると思います」

 早く湾岸線と京葉線を止めてくれ。

 田中は結果連絡がくるのを切望した。

 高速道路と電車が止まってしまえば、ドローンを一気に海へ飛ばして被害を抑えることができる。

 海側から寄ってくる生物がさらに増えた。

 ドローンはさらに上流へ移動する。

「何をやってる!」

 田中は苛立ってそう言うと、無線で連絡した。

「湾岸線は? 京葉線は止まったか?」

『まだ結果の連絡がきていませんね』

「確認をいれろ。無線(これ)はつないだままだ」

 田中は左手で左のふとももを叩き続ける。




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