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増水した川の様子を見に行ってはいけない  作者: ゆずさくら


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牧村美樹

 田中(たなか)長官が、俺に何か言おうとした時だった。

 俺のスマホがなった。

「すみません」

 田中長官の話を遮って、俺はスマホの画面を確認した。

美樹(みき)ちゃん」

 俺はそのまま立ち上がって、その場を離れた。

「どうしたの、何かあった?」

『何もないよ。(まなぶ)さん、今、どうしてるの?』

「大丈夫。元気だよ。ワニ怪獣なんかに負けないから」

 美樹ちゃんのスマホから、奇妙な音が聞こえてくる。

「ちょっと、なんか変な音が聞こえる。今、どこにいるの?」

『変な音? 聞こえないけど。あのね、涼みに川原にきたの。ここからスカイツリーが見えるの』

 川原? 胸騒ぎがする。

「なんかイヤな予感がする。川から離れて」

『ここは海が近くて、川の様子は、いつもと同じ感じ。大丈夫だと思うけど』

 その時、音声が完全に途切れた。

「美樹ちゃん!?」

『増水した川の様子を見に行ってはいけない』

 美樹ちゃんの声じゃない。これは、あの時の……

「お前、何者だ!」

『言っただろう。川の様子を見に行ってはいけない、と。これから罰を与える』

 ようやく、この声が何を言っているのかに気づいた。

 美樹ちゃんが危ない。

 スマホからまたノイズが聞こえると、美樹ちゃんと繋がった。

『今の、何?』

「分からない。何が聞こえた?」

『川に何かが飛び込んだような音が』

 俺の脳裏には、ワニ型生物の影がよぎった。

「川から逃げて!」

『高波が…… 学さん、どうしよう』

「とにかく川から離れて!」

 スマホの機能なのか、美樹ちゃんの声以外、周囲の音は聞こえてこない。

『ワニ型生物! 川から上がってきた!』

 声がうわずっている。

 音が伝わってこないせいで、様子が全く分からない。

 だが、美樹ちゃんから聞こえてくる呼吸音は激しくなっていく。

『もうだめ、走れない』

「諦めちゃダメだ。どこか建物の影に」

『人が、人が食べられてる!』

 ガタガタと、スマホをぶつけたような音が聞こえる。

「美樹ちゃん! スマホは切って、逃げるのに専念して!」 

『学さん、助けて!』

「逃げて、スマホを捨てて!」

 スマホからはずっと音が聞こえている。

 美樹ちゃん……

 俺は自分が持つ彼女への気持ちがどんなものなのかを改めて思い知った。

「スマホを投げるんだ!」

 俺は伝わるか分からない声を、全力で張り上げていた。

「美樹ちゃん!!」

 微かに聞こえてくる人々の絶叫。

 ワニ型生物が東京を襲えば、どんな惨事が引き起こされるか。

 想像するのは容易かった。

 頼むから助かって欲しい。

 俺は震えながらスマホを耳に押し当て続けた。

「美樹ちゃん!」

 完全に音が消えた。

 ワニ型生物の中に入ったら、スマホは音を拾わなくなるだろう。

 つまり美樹ちゃんの身に何かあったということになる。

 俺は信じられず、叫び続けていた。

 気がつくと、隣に田村(たむら)が立っていて、俺の肩を叩いた。

「通話、切れてる」

 俺は錯乱したように床を叩きながら、泣き叫んだ。

 屈強な自衛官に、俺は抱き上げれる。

 田中長官が、俺に顔を近づけてくると、言った。

「首都圏の危機だ。我々が製造が完了するまで、あのドローンを使わせてもらう」

 俺は泣きながら頷いた。

 自衛官から離されると、俺はまた床を叩き、彼女の名を叫んだ。

 彼らは素早く出ていく。

「急いで充電するんだ」

 ゴルフ場のグリーンで待機しているヘリを見て、俺は彼らを追いかけるように走った。

「俺も連れて行ってください!」

「ドローンの扱い方はわかっている。君は必要ない」

「美樹ちゃんを助けなきゃ……」

 田中長官が顎で指示すると、さっき俺を持ち上げた自衛官が立ち止まった。

「連れていけない」

 腕をキメられて、地面に押さえつけられた。

 ヘリのプロペラが高速で回転し始めると、自衛官は俺を蹴ってヘリに走った。

 蹴られた時、少し土が口に入った。

 俺も自衛官を追うように走ったが間に合わない。

 自衛官が乗った瞬間、ヘリは地面から離れた。

 俺は、ヘリに手を触れることすらできなかった。

 自分の無力さに唇を噛み締めながら、俺はクラブハウスへと戻った。

 さっきまでいた席につき、呆然と天井を眺めていた。

 すると田村が近づいてきて椅子に座った。

「田中長官が言ってたこと、聞こえた?」

「……」

 俺は首を横に振った。

 そんなこと、聞いてどうなると思った。

「佐藤先生なんて、存在しないって」

 美樹ちゃんのことだけを考えよう、そう思っていた俺の中に、その言葉が入ってきた。

「今、なんて?」

「うちの大学に『佐藤(さとう)流行(ながれ)』という人物は在籍していないということよ」

 いや、俺と田村は佐藤先生の研究室で卒業研究をすることになっていた。

 その先生が存在しないなどという事を、田村が受け入れることができるのだろうか。

「バカげてる」

「けれど彼らは政府の機関よ。調査力は信用に値する」

「じゃ、じゃあ俺と君はどうなる?」

 田村は焦点の合わない目で、部屋のあちこちに目を向ける。

「実在してるから、あの変な政府機関に目をつけられたんでしょう?」

「田村と、吉川(よしかわ)なんだよな?」

「そうよ」

 彼女も答えを持っているわけではないようだ。

「じゃあ、佐藤先生はなんだったんだ?」

「名前を偽っていたか、紛れ込んでいただけなのか」

 俺はこれまでのことを思い出した。

「そうだ、弁護士の『古市(ふるいち)』さん、あの人なら何か知っているかも」

「確かに、遺産相続を法的根拠なしに手続き出来ない」

「連絡先は?」

 田村がスマホを取り出すと電話をかけた。

 何回か確認したが、連絡が取れない。

「そんなはずは……」

 調べてみると弁護士は、弁護士番号というのがあって弁護士の名乗るならそれがあるはずだった。あるいは氏名でも調べることが出来る。

 彼は検索しても『弁護士』として出てこなかった。

 弁護士まで『架空』の人物だったのか。

 俺たちは何を信じていいか分からなくなっていた。

 今いるこの廃ゴルフ場も、とても危うい存在に思えてくる。

 田村を見つめていたが、ただその姿が見えているにすぎなかった。

 俺は完全に、考える気力を失っていた。




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