ドローンの行方
コントロールを失ったドローンが川に沿って、北に飛ばされていく。
水飛沫を上げながら、ワニ型生物が追いかけている。
俺たちは車に乗り込むと、再び立体駐車場をぐるぐる回りながら下りていった。
俺はコントローラーと膝の上のパソコンが壊れないようにするので必死だった。
ようやく下に降りると、車は下がったままの駐車場のバーに突っんでいく。
「わっ!」
バーは折れもせず、かといって車に傷をつけるような振る舞いもせず、柔らかく曲がった。
「ちぇっ……」
田村は小さくそう言った。
「何が? 何を期待してたの!?」
「別に」
いや、別にじゃないだろう、と思ったがそれ以上突っ込まなかった。
車は、川沿いの道を右折して北へ向かった。
映像が送られてこないから、どこまで飛ばされているのか見当がつかない。
「待てよ」
俺は自分にそう言うと、パソコンから生物を誘導する装置側へ指示を送った。
「これで…… ドローン側にもリセットが入るはずだ」
「どういうこと?」
「車のスピードを緩めてくれ、Gに見つかる」
これだけ飛行を続けているのに携帯電波の圏内に入らないことはないだろう。
電波状況が悪いのなら、もっと早くから制御不能になっていたはずだ。
つまり、圏外なのではなく、不具合が発生したのだ。
ならばもう片方の通信チャネルである誘導装置側から、ドローンのリセットをかければいいはずだ。
だがドローンの飛行中にリセットをかける訳で、再起動時間の長さによってはドローンは落下して壊れてしまう。
俺は祈った。
車はワニ型生物とGに接近し過ぎてしまっている。
幸い、直視出来ないビルの陰に入っているから襲われないだけだ。
「きた!」
俺は慌ててコントローラーのスティックを動かす。
ドローンにも自ら姿勢を正す機能はあるが、落下に間に合わないからだ。
「ドローンはコントロールできる。車を東へ」
「わかった」
田村はアクセルを踏み込み、角を右に曲がった。
車は大きくロールし、タイヤが軋むような音を立てた。
「だ、大丈夫か!?」
田村はサイドミラー、ルームミラーと順に確認する。
「気付かれた」
どっちに? と聞き返そうとしたが、やめた。
とにかくワニ型生物は誘導できるはずなのだ。
しっかりドローンを操作すれば、ワニ型生物から逃れることはできる。
残るのは真っ黒な二足歩行の巨大生物の出方だ。
ワニ型生物と、人間が動かす車。
あとはGがどちらに興味を持つかの問題だ。
ワニ型生物に触られないような高度を保ちながら、ドローンを南下させる。
しかし、Gが川を渡ってこようとしている。
「このままだと……」
ちょうど、ワニ型生物の進行方向を塞いでしまう。
東に避けるしかないが、それはドローンをより車側に誘導することになる。
「急いで!」
「急いでるわよ!」
大きな通りに出るため、車はロールし、再びタイヤが鳴った。
激しいコーナーリングから機材を守りながら、ドローンのコントロールを続ける。
PC上のマップから考えると、そろそろ大きい通りに出れる。
そうすれば車もスピードを上げれることが出来、十分に距離を取れるはずだ。
ドローンは勢いよくGの前を通過した。
問題は…… ワニ型生物がドローンを後をついてこれるかにかかっている。
何匹か捕まってしまうかもしれない。
「!」
車が地面からの振動を受けたのか、飛び上がった。
田村が甲高い声で叫ぶ。
耳を塞ぎたかったが、ドローンのコントロールを止めることは出来ない。
俺は視線を動かすと、車の行手にビルが降りてくるのが見えた。
「えっ!?」
道を寸断するようにビルが『突き刺さ』った。
ビルはアスファルトを凹ませ、自身は粉々の瓦礫の山となって道を塞いだ。
田村が強くブレーキを踏み込む。
それだけでは足りず、ステアリングを大きく操作して車を回転させた。
おかげでギリギリ瓦礫に突っ込まない位置で車は停止した。
「やばい」
再びアクセルを踏み込むと、車は勢いよく発進した。
横道に入って、さらに東へと進む。
そしてGの目の前をワニ型生物が横切って行く。
Gの目の前を通り過ぎる恐怖より、ドローンの誘導力が優ったのだ。
頼む、Gも車のことは忘れてくれ。
俺は祈った。
車は街中の道を走っている。
通りに人は見えない。
国の指示に従い、住民は避難しているのだろう。
田村は標識を無視した速度で車を走らせている。
「やばい」
再び田村が何かを感じたようだった。
「どうした?」
俺はドローンを海に向かう道路上を飛ばしながら、そう言った。
田村はルームミラーを見て言う。
「黒い怪獣がまだこっちに向かってる……」
ノートPCの画面越しに、何かが見えた。
俺は顔を上げた。
車の前にボールが転がってきた。
「ブレーキ!」
「!」
田村がワンテンポ遅れてブレーキを踏んだ。
急減速した車内に、鈍い音が響く。
「ひいた……」
俺は疑問に思いながらも、そう言った。
「ひいたって、何を?」
「子供、でしょ?」
車の免許を取るときに、散々流された映像だ。
ボールが道に転がってくる。
それを追って出てくる子供。
プレーキが間に合わず、車と子供は衝突する……
いや、実際の衝突の映像はないが、そうなると予測して行動しろということだ。
「あんた、子供、みた?」
田村の問いに、俺は答えることが出来ない。
「ボールが当たった音じゃないよね」
繰り返し、確認してくる彼女に対し、俺はただ首を横に振るだけだった。
その瞬間、車に激しい振動が伝わった。
Gのことをすっかり忘れていた。
「このままだと、私たちが死ぬわ。どのみちGに潰されて死ぬ運命だったのよ。無視していいわよね」
「Gはなんとかするから、車を出て確かめて」
俺は海に向かわせていたドローンを戻ってくるルートにのせた。
近づいてくる振動が伝わってくる。
「頼む……」
田村は震えながらシートベルトを外すと、車を出ていく。
道に沿って飛びながら、ドローンは俺たちのいる場所に近づいてくる。
行く先にGがいるにも関わらず、ワニ型生物も追ってきた。
このまま車を出せないと、どちらかに蹂躙されてしまう。
「いない。何もいないわ!」
じゃあ、あの音は!? 俺も田村も、何かがあたった音を聞いた。
身を守るためにドローンを動かすしかない俺は、車から下りて確かめることは出来ない。
「わかった。行こう」
俺はドローンを全速力で飛ばした。
Gの黒くゴツゴツした肌がドローンのカメラに映った。
ドローンが叩き潰される。
俺は目を閉じてしまった。
目を開けると、一定の高度を保った映像が映っている。
ドローンは潰されなかった。
通過したドローンを追って、ワニ型生物が車の近くにまでやってくる。
Gの気をそらせても、ワニ型生物に『食われたら』終わりだ。
「間に合って!」
運転席に乗り込むと、彼女はアクセルを踏み込んだ。
俺は体に力が入らず、座席に後頭部を打ち付けてしまった。
車の後ろから、腹をするワニ型生物の足音が響いてくる。
ひび割れるアスファルトの上を、車は進んでいく。
ドローンを追いかけるワニ、ワニを追いかけるG。
奴らの興味の対象は、変わらずドローンについた誘導装置と、ワニ型生物だった。
ほんの僅かな時間の差で、俺たちは助かったようだ。




