酒場で.2
女性は俺の方を向きながら、にこやかな笑みを浮かべていた。周囲では変わらず、好意と悪意両方の声が、この場所へ向けられている。
「えっ、と。俺に何か用事ですか?」
「いえ。この席が丁度空いていたので座らせて頂いたんですが……お邪魔でした?」
「お邪魔ってことはないので、大丈夫です」
ありがとうございます、と女性は俺の方を向いてニコニコしている。
……注文、しないのかな? 不思議そうに思っていると、店員さんが女性へ、ちょっと嫌そうにしながら水を置いていき、俺へ笑みを投げかけてくれた。
ーーそうか、分かった! 分かったぞ!
この女性は貴族令嬢だ、恐らく間違いない。貴族の令嬢が、城下町ではなくここ、商店街へ来て食事をする。誰かと待ち合わせている様子もない。これは、そう! 社会見学の一環とみた! 世間知らずにならない様に、親御さんがこの女性に勉強してきなさいと言ったんだろう。
ともすれば、店員さんの態度や隣の女性の行動にも納得がいく。この女性は、注文の仕方が分からないんだ。店員さんは、昼の忙しい時間帯に来られたから教える暇もなく、かといって邪険に扱うわけにもいかないからと、あれは困った顔をしていたんだな。俺へ笑いかけてくれたのは、代わりに見てくれると嬉しいなといった所か。そして、女性が隣に座った理由。俺がこの店で最年少だから、話しやすそうと思ってくれたんだ。
そんなの、応えるしかないじゃないか。俺はメニュー表を取り、女性に見せる。
「えっと、これが酒場でやってる昼のメニュー表なんですけど」
「知ってます」
「え」
「え?」
思考が止まる。メニュー表じゃないとしたら、なんだ? ……これか!
「そしたら、注文は店員さんを呼ぶ形になります。ここは呼び鈴とかはないので、声を掛ける形になりますね」
「そうですね」
「え」
「え?」
再び止まる思考。……やり方分かってるじゃん。じゃあ、あれか。どれにしようか悩んでた感じか。大分恥ずかしいヤツだぞこれ。
「……余計なお世話でしたね、すみません。ゆっくり選んでください」
そう告げて食事を再開しようとした俺に、女性から声が掛かった。
「あの」
「はい、なんですか?」
「それ、美味しそうですね」
女性が指差すのは、俺が食べていた焼き飯だ。あっさりとした味付けでとても食べやすく、好物の一つになっている。流石に食べたことないか。
「これは焼き飯です。ここのはあっさりしててオススメですよ」
俺が提案すると、女性は初めて困った顔をした。
「え? あの……」
「はい?」
「一緒の、食べたいなって」
「あぁ、店員さんを呼ぶのが恥ずかしいようでしたら、俺が呼びますよ?」
「いえ、その……ご馳走して下さらないんですか?」
「……流石に初対面の人へ奢れる程、俺は裕福じゃないですよ」
女性の発言に、思わず苦笑してしまう。やっぱり貴族令嬢だった。奢ってもらう前提だったみたいだ。確かにこの容姿なら、本人が頼めば奢ってもらえそうな感じだもんな。
女性は眼を見開き驚いた様子だった。そしてゆっくりと席から立ち上がり、店を出ていった。終始無言だった。
……しまった、笑ってしまったのは流石に失礼だったか。次会う時があれば、謝ろうと決めた。なにはともあれ一段落したなと思い、食事を再開しようとすると、周囲から俺へ対する声が聞こえてきた。
あんな美人のお誘いを断るたぁ、男の風上にも置けねぇ奴だ! 眼福だったのに、もっと留めておけよ、といった男達の声。
やっぱりオーガキラーよね、その辺の男達とは訳が違うわ! 私も今から声を掛けてこようかしら、といった女性達の声。
頼む、とりあえず飯を食わせてくれ。湯気が出なくなった焼き飯に手を付けようとした時、後ろから声が掛かった。
「カイルさん」
振り向くとアメルがいた。ランクスと会ってからこっちに来てくれたんだな。酒場から、あの館までそう遠くないし。肩にはライムも乗っていた……ちょっとデカくなってない? 眼の錯覚か?
「ごめんアメル、待たせちゃって。もうちょっとで食べ終わるから」
「あの」
「うん?」
「さっきの女性は、どなたですか?」
アメルの声に元気がない気がする。それに、なんだ。怒ってる? 様な……俺、何もしてないぞ。
ーーそれから俺は、アメルに事細かく話を聞かれた。アメルが落ち着いた声色になってきた頃には、眼の前にすっかり冷えてしまった焼き飯があった。