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酒場で

「いいのか、カイル? 奢ってもらっても」


「以前、それこそ沢山頂いてますし、ここは奢らせてください」


 そう言うなら、といってアミカさんは食べ始めた。豪快な食べっぷりだ。大柄な【重戦士】なだけある。


 ここは酒場だが、昼頃になると簡単な食べ物も出してくれる。俺は、ギルド前でアミカさんを見かけて、食事に誘った。


「あれからどうだ?」


「未だに声を掛けられますよ……アミカさん、俺のことも一緒に言ってたらしいじゃないですか」


「そりゃそうだ、俺一人であんな化物倒せねぇしな。嘘はつけん」


「それはそうかも知れないですけど……」


 ふてくされる俺を見て、アミカさんは苦笑しながら謝ってきた。


「悪かったって。今はもう言いふらしたりしてないし、段々落ち着くだろ」


「悪気が無いのは勿論知ってますし、まぁ、今後もしそういった事があれば、気を付けてもらえれば嬉しいです」


 分かったよ、と手を挙げるアミカさん。勿論俺も本気で怒ったりしてる訳じゃないが、一度は釘を刺しておかないとな。お互いに気分が悪くなっても嫌だし、進言はした。この話は終わりだ。



 オーガを討伐してから一週間が過ぎた。二、三日の間は、やっぱりどこへ行っても声を掛けられるし、サインを書いて欲しいと言われることもあった。サインなんか書いたこともないから、練習しておきますと言って、慌ててその場を後にした。


 ギルドの中は比較的落ち着いていたが、視線とささやき声は変わらずある。指名依頼が増えたのが、ギルド内での一番の変化だ。今は余裕を持って、こなせそうな依頼だけ受けるようにしている。


 収入自体はかなり安定してきた。その日暮らしだった俺が、貯蓄に回せるほどに。これは、心理面でもかなり大きな安心に繋がっている。


 一週間経った現在は大分落ち着いて、声を掛けられることも少なくなった。


「しかしなぁ、称号持ちが適応されるのが、ギルドパーティーのメンバーだけなのは知らなかったな。俺もっていうのはおこがましいかもだが、貢献したつもりだったんだが」


 オーガキラーを名乗る口上は、俺が主導している、ウィズテーラスのメンバーのみ許可されている。


「それは俺も思いました。なのでアミカさん。何度かお願いしてますけど、アミカさんさえ良ければ俺のパーティーメンバーに」


「ストップだカイル。気持ちは嬉しいが……俺も気持ちの整理がまだ出来てねぇ。自身のギルドパーティーを解散して、すぐに違う所、それも今一番話題に上がっている所へ入団、みたいなのは強い所に取り入ろうとしてるともとられちまう。俺は顔が広い方だからな、世間体ってのも考えなきゃならん」


「そ、そうですよね。何度もすみません」


「気持ちの整理がついたら、こちらから打診させてくれ。一応、週一程度で、一緒にダンジョンへは行くんだし、な?」


「はい……そしたら、待ってます」


「おう」


 今アミカさんには、ダンジョンへ行く際、同行をお願いしている。ダンジョンで取れる魔石は、やはり高額で買い取ってもらえるから、数を稼ぎたい。オーガはもう色々とお腹いっぱいだから、しばらくいいかな。そもそも中層には行けないし。


 アミカさんが一緒に来てくれることで、俺一人の前衛より、確実に安定感が上がっている。とはいえ、まだ一回しか試していないけど。


「オーガと言えば、最近妙な噂を聞いてな」


「噂、ですか?」


「そうだ。なんでも、オーガらしい奴が都市外をうろついていたらしい」


「オーガって確証は無いんですか? らしいって……結構分かり易い気もしますけど」


 角と牙が生えていて、色は赤と青。オーガに対する俺の印象ははっきりしている。


「それがな。角が一本で、肌色は人に近かったっていうんだ」


 人に近い肌色のオーガ。それも角が二本ではなく一本。なるほど、分からん。


「被害とかは無かったんですか?」


「聞いた話だと無いみたいだ。そのオーガが去った後には、魔石が幾つか転がっていたらしい。大きさから聞くに、中層レベルの魔石だ」


 上層の魔石に比べて、中層のオーガから出た魔石は一回り大きかった。未だに、青を倒した時に出た魔石を上回る大きさの物は見ていない。


「え、じゃあそのオーガらしき個体は、セバンタートのダンジョンに入ったってことですか? それも、中層まで潜った?」


「そこまでは分からん。何しろ、ダンジョン入り口にいる職員が出入りを見ていないって言うらしい。眉唾かもしれん」


 まぁ、魔石はあったと聞いたし、なにかはあったんだろうとアミカさんは言う。魔石を集めるオーガらしき個体、か。恐らく中層のオーガを圧倒出来る実力を持っている。よし、出会ったら逃げよう。それこそまず出会いたくない、命がいくつあっても足りない。


「後、噂だけで言うと、最近は盗難被害が凄いみたいだ」


「あ、それは俺も住人から聞きました。なんとかしてくれとは言われましたが、実際遭遇できないと中々」


「な。盗んだ時に捕まえないと、罪を認めさせづらいからな」


 オーガキラーの騒ぎと、ほぼ同時期に始まったとされる盗難被害。今の所、高価な物は盗まれていない様だが、住人は気になって眠りも浅くなってしまっているそうだ。


「その辺は、食事の後ギルドに招集を掛けられてるんで、行った時に聞いてみようかなと思ってます。何か分かればアミカさんにも」


「分かった、その辺はまた午後に聞かせてくれ。ティアジャールさんのところで集合だったよな?」


「はい」


「そういえばカイル。嬢ちゃんと丸いのはどうした? 今日は別行動か?」


「はい。ウィズテーラスでの動きも落ち着いてきたし、アメルがランクスの所に顔を出すと言って。今日行くことになったみたいで、ライムは一応、護衛でアメルと一緒に」


「なるほどな、同世代はここだと少ないか」


「ランクスも、相当ストレス溜まってたみたいなんで……アメルをはけ口にしないといいんですが」


「それは大丈夫だろう。折角の同世代だ、大事に付き合いたいだろうしな」


 ランクスと俺は歳が近い。つまり、アメルとも近い。おまけに女性同士だ。ランクスが食い気味で、アメルへ遊びに来てくれと言っていた。律儀に約束を守ろうとするアメル。偉いよなぁ。


「カイル、お前はどうなんだ? こっちだと同世代はそんなにいないだろう?」


 アミカさんも年上、なんならアメルと出会うまで、ランクスを除いてここの人達は皆俺より年上だった。


「二年もしたら、流石に慣れました。当たり前の環境になってましたし、皆良くしてくれているので不満はありません」


「そうか、それならいいんだが」


 良くしてくれた皆へ、ちょっとずつでも恩を返していきたい、と思っている。


「ごちそうさん。すまん、話し込んじまったな。そしたら、また後でな」


「はい、後ほど」


 アミカさんは席を立ち上がり、この場を後にした。帰り際、お、美人の姉ちゃんだなという声が聞こえた。俺の中で、アミカさんの硬派なイメージが崩れていく……。



 ーー店内がざわめき始めた。


 聞き耳を立てると、食事をしていた男達は手を止め、綺麗だ美人だ、お近づきになりたい等の声を発している。女性達は逆に、また来たわ、男をとっかえひっかえして、性悪女め。と口を揃えて悪態をついている。


 なんだ、一体どうした。そう思いながらも、俺は食事の手を止めない。だって、お腹は空いてるし、ここの食事は美味いんだ。冷めたら勿体無いじゃないか。


 すると、アミカさんが座っていた席、横の椅子に手が掛かる。と同時に甘い匂いが、俺の鼻をくすぐった。


 それはーー花の香り。甘くて、それでいて爽やかな、いい匂い。


 顔を向けるとそこには、失礼な言い方だが、この酒場に似つかわしくない程の美人な女性がいて、思わず眼を見開いてしまった。


 その女性は黒髪の長髪に、淡い桃色のワンピースを纏っており、どこかの貴族令嬢かと思わせる様な、清潔感を醸していた。


 それにしても、黒髪は珍しいな。中央都市は茶髪が主流だ。俺も黒髪だから人のことは言えないが、それこそ都市内だと、ランクス以外に会ったことないぞ。俺が見ていると、その女性は笑顔で、


「隣、よろしいですか?」


 と聞いてきた。何故わざわざ俺の隣に? 聞きたいことはあったが、俺はどうぞと言って座ることを促した。

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