頭を下げないと言われている皇女が謝ってきたので、この事件をお兄様は皇女に任せることにしました
私は降りて歩くってお兄様に言ったのに、
「時間が無かろう」
と言うお兄様の一言でお兄様に抱き上げられたままツェツィーリア様のいる離宮に連れて行かれたのだ。
お兄様は足も長いので早足は早い。後ろからクラウスは駆けていた。私も歩いていたら絶対に駆けていただろう。その点腕の中は楽なんだけど、ツェツィーリア様が抱き上げられている私を見たら絶対に気分を害すると思う。私はできる限り素早く降りようと思ったのだ。
王宮内の離宮は、昔、上皇さまが住んでいらっしゃったところで、王宮の本宮に比べれば小さかったが、我が王都の屋敷くらいの広さがあった。
そこにツェツィーリア様は帝国騎士100騎と魔術師に守られて生活しているのだとか……
使用人の数は50名を数え、結構な人数だった。
このためだけに王宮から人を派遣したのとツェツィーリア様が帝国から連れてきた侍女達が30名ほどいるそうだ。
お兄様に抱き上げられてきた私は離宮にいる人間にぎょっとされた。
確かにお兄様に抱き上げられて移動しているだけで、目立つし、私達の服装も冒険者の服装で、離宮を訪問する体では無かった。
私は急に恥ずかしくなってきた。出来たらそのまま帰りたかった。
しかし、私達はそのまますぐに応接に通された。
もっと待たされると思ったんだけど、何故かとても素早い対応だった。
しかし、その理由はすぐに判った。
「まあまあ、アルトマイアー様。わざわざ私の所に訪ねて頂けるとはどうされたのですか?」
そこには喜びいっぱいのツェツィーリア様が現れたのだ。
「ツェッツイに少し聞きたいことがあってな」
お兄様がそう言うと、
「ウホンウホン!」
ツェツィーリア様の後ろにいる侍従が咳払いをした。
「いいのよ。エルマー。私のことは『ツェッツイ』で。私とアルトマイアー様の仲だもの」
ツェツィーリア様が後ろの侍従に振り向いて注意していた。
「しかし、殿下、ここは一応ハンブルク王国の王宮でございます。婚約者でもないのに愛称で呼ばれるのはいかがなものかと」
侍従がそう指摘した。
「中々帝国はややこしいのだな、クラウス」
お兄様は横の王太子にもそう呼び捨てるんだけど、ここは帝国のうるさい人の前だから王太子殿下って呼んでよ!
私はそういう意味でお兄様の膝を叩いたのだ。
「痛いな、ユリア!」
お兄様が文句を言ってくれたが、私は必死に目配せするんだけど、お兄様は全く判っていなかった。
「まあ、あなたはアルトマイアー様の妹の確かユリ……」
「ユリアーナでございます。皇女殿下」
私は立ち上ってカーテシーをした。
「そう、ユリアーナさんね。それとクラウス殿下の3人でわざわざお越し頂いて何の御用なのかしら」
私達2人は邪魔だと、言外にツェツィーリア様に言われたような気がした。
侍従達の私に対する視線も厳しい。
本当に冒険者の格好で離宮なんて来るんじゃ無かった。
私は後悔していた。
「実は我が妹のユリアが帝国の魔術師を名乗る男に暗殺未遂されたのだ」
「えっ、暗殺未遂ですか?」
ツェツィーリア様は驚いて私とお兄様を見比べた。
「その男を取り調べている間に、ツェッツイから使者が来てその男を強引に脱獄させたと聞いたのだが」
「私は暗殺未遂を起こした人間を脱獄させるように指示した覚えはありませんわ」
ツェツィーリア様がそう主張してくれた。
ということは側近が暴走したのか?
帝国の皇女殿下の名をかたるなんて普通はあり得ない。それもその場には王都騎士団の騎士長が付いてきたのだ。その使者は本物だったはずだ。側近が指示を出したのか?
私はお兄様を見た。
「では、ツェッツイは魔術師の脱獄には関与していないというのだな」
お兄様が念押しした。
「はい。暗殺犯の脱獄には関与しておりません。ただ……」
「ただ、なんだ?」
お兄様がその後を聞こうとした。
「陛下直属の魔術師が王国の人間を試そうとして魔術を使ったとは聞いております」
「ツェッツイ、それのどこが違うのだ?」
少しむっとしてお兄様がツェツィーリア様を見た。
「殺意を持って攻撃するのと試しに攻撃するのは違いますでしょう」
「何を言っているんだ。帝国の魔術師は予告も無く大規模な魔術攻撃を我が妹にかけて来たのだ。普通はこれを暗殺未遂と言うのだ。そうだな。クラウス」
お兄様はクラウスを見た。
「アルトマイアー様から教えて頂いた攻撃規模でしたら普通は暗殺未遂と取られても仕方ありますまい」
クラウスが頷いた。
「あいや、少し待たれよ」
そこに後ろから慌てた側近のコンラートが口出してきた。
「今回の件は、我が国の魔術師が何やら粗相をした様子で、公爵家に多大なご迷惑をおかけした様子。これが問題になれば後々殿下とアルトマイアー様の間にも問題が起こると危惧したのです」
「それと、我が公爵家の騎士団を脅迫して犯人を連れ去るのは話が違うであろうが」
お兄様がきっとしてコンラートを睨み付けると
「殿下とアルトマイアー様の仲がこじれるのを防ぐために、前もって動かさせて頂いたのです」
コンラートは言い訳がましくそう言うが、お兄様とツェツィーリア様の仲の件と脱獄の件は全く話が違う。
こんな理由で怒り狂ったお兄様は許さないと思う。
私はクラウスに目で合図した。修羅場を経験しているクラウスもぎょっとしていた。
お兄様がこの離宮で暴発したら大変なことになる。私は止めようとした。
「それで、コンラートはその魔術師をアルトマイアー様に無断で連れ帰ったというの?」
何故かツェツィーリア様も側近に怒っていた。
「申し訳ありません」
側近は初めて、お兄様では無くてツェツィーリア様に謝ったのだ。
これは絶対にお兄様が切れると私はクラウスにはっきりと合図した。お兄様を止めるのがいつも大変なのだ。
「アルトマイアー様、このたびはどうも申し訳ありませんでした」
いきなりツェツィーリア様が頭を下げてくれた。私達は驚いた。頭を下げないはずの宗主国の皇女殿下が頭を下げてくれたのだ。私もクラウスも度肝を抜かれていた。
「えっ、殿下、臣下に頭を下げるものでは」
「誰のせいで謝っていると思っているのよ。あなたも頭を下げなさい」
「いや、しかし……」
ツェツィーリア様は抵抗しようとするコンラートの頭を強引に下げさせたのだ。
「今回の件、早急に調べて、アルトマイアー様にご報告させていただきます。それで宜しいですか?」
ツェツィーリア様は上目使いにお兄様を見た。
「判った。ツェッツイを信じよう」
珍しくお兄様はツェツィーリア様の申し出に頷いたのだ。
お兄様が普段ならばここで無理矢理、魔術師を連れ帰るまで粘るのだ。しかし、お兄様はやはりツェツィーリア様には甘いらしい。
私は心の底で少しむっとした。
2人の間の雰囲気が何故か生暖かかった。私以外の女に甘くなるお兄様を見ていられなかったので、私は視線をそらせたのだ。
「では、ユリア、帰ろうか」
「まあ、アルトマイアー様、もう帰られるのですか? 食事でもいかがかと思いましたのに」
「そうしたいのはやまやまだが、弟たちとまだ、今回の件の対処が残っているのだ。私達だけが先に食事をする訳にはいかない」
お兄様は珍しく正論を話してくれた。
「そうですか? それは残念です」
ツェツィーリア様は残念がっていた。
お兄様だけでも食べればいいのに!
家の料理は私が食べてあげるから!
私はそう言おうとしたけれど、
「では、ツェッツイ、また学園で」
お兄様はそう言うと隣に座っていた私をいきなり抱き上げてくれたのだ。
「えっ、お兄様、何するのよ!」
私は唖然とした。
自分が好きな女の子の前で妹とはいえ私を抱き上げるなんてどういうつもりなの?
皆、唖然として私とお兄様を見てくれていた。
「さっさと帰るぞ」
「お兄様、下ろして」
私の言うことは無視して、お兄様は皆に目礼をするとあっさりと応接を出てくれたのだ。
出ていく私をツェツィーリア様が怒りの籠もった視線で睨んでいたことを私は知らなかった。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
ツェツィーリアに甘いお兄様。
でも、その後ユリアを抱き上げて退場しました。
この件はこの後どうなる?
続きは明朝です。








