過去のことを思い出した私は兄姉を巻き込まないと心に決めました
私はお母様に手を引かれて追っ手から必死に逃げていた。
でも、私はあまり速く走れない。
「駄目だわ。ユリア、私がここであいつを叩くからあなたは一人で逃げなさい!」
お母様が私に命じた。
「嫌よ! ならお母様と一緒にいる!」
私は駄々をこねた。
「ダメよ、お願いだから逃げて!」
お母様はそう叫ぶと、私を強く押してくれたのだ。
「お母様!」
「逃げて! ユリア! お願いだから!」
お母様が私を見て頼んできた。
私は躊躇した。
「さあ、早く、早く行くのです!」
お母様の瞳は涙が溢れていた。
「やっと追いついたぞ」
そこに現れた血まみれの男がにかっと笑ってくれたのだ。
悪魔だった。
そう、赤い悪魔だった。
赤い悪魔がそのままお母様に斬りかかったのだ。
お母様は私を庇ってその剣を前で受けてくれた。
その時、その悪魔がニタリと笑ってくれたのだ。
そして、鬼は剣を横殴りに振ってくれた。
「キャーーーー」
悲鳴を上げてお母様がざっくりと斬られて血が吹き出した。
「お母様!」
私はそれを見て大声で泣き叫んでいた。
「ユリア、ユリア!」
大きな声で私は揺すられた。
「お兄様!」
私ははっとした。
「お兄様!」
私は思いっきりお兄様に抱きついた。
目からは涙が大量にあふれていた。
「大丈夫だ、大丈夫だから」
お兄様は固い胸板で私を抱き締めてくれた。
暖かい!
昔からよく私を包んでくれたお兄様の腕のなかだ。
私はほっとした。
「お兄様!」
私はそれでも強くお兄様に抱きついたのだ。
思いっきり抱き締められたい気分だった。
私は今まで記憶の底に蓋をしていた事を思い出していたのだ。
お母様との思い出も、お父様との思い出も、そして、赤い悪魔がお父様とお母様を殺してくれたとこも全て思い出していた。
「お兄様、お母様が、お母様が斬られたの! 赤い悪魔に。悪魔に斬られたのよ」
「すまん、ユリア」
何故かお兄様が謝ってくれた。
「お兄様は何も悪くないわ」
私はお兄様を見上げて首を振った。
「いや、しかし、父が間に合わなかったと、もっと早くに行っていれば助けられたと言っていた」
「ううん。お父様も悪くない。私を命をかけて助けてくれたわ」
私はお兄様を見上げたのだ。
「あのままだったら私も殺されていた」
私はお父様にも感謝の言葉しか無かった。
「悪いのはあの赤い悪魔よ。それとそれを命じた皇帝よ。それとそいつらに負けた私だわ」
「無茶を言うな。ユリア。前はその時にまだ三歳にもなっていなかったじゃ無いか」
お兄様が私の瞳を見つめて諭してくれた。
「でも、その時に私に力さえあればあいつらにお父様もお母様も殺させなかったのに!」
私は歯がみした。
「それを言うなら俺がユリアに会った時は七歳だったぞ。でもその時は到底叶わなかっただろう」
「たった七歳じゃない! 七歳の子供が赤い悪魔に勝てるわけなんてないわ」
「何言っているんだ。ユリアより余程大きかったんだぞ。それでも戦ったら赤い悪魔には絶対に太刀打ちできなかったぞ」
お兄様はそう言って私を慰めてくれた。
私は許せなかった。お父様とお母様を殺した赤い悪魔とそれを命じた皇帝は絶対に許せない。
でも、公爵家の跡継ぎのお兄様の前でそんなことを言うことは出来なかった。
皇帝に逆らうってことはすなわち反逆するって事だ。
公爵家の跡取りのお兄様をそんなことに巻き込むなんて出来なかった。
「お兄様。私は強くなりたい!」
代わりに私は希望を述べた。
自分が強かったら、赤い悪魔に両親を殺されることも無かった。
私の両親を殺しておきながら、赤い悪魔と皇帝がのほほんと生きている事が許せなかった。
「そうか、ユリアも強くなりたいのか。俺も強くなりたい!」
お兄様が頷いてくれた。
「そして、強くなってユリアを泣かせた奴らを俺は叩き潰す!」
お兄様が威勢の良い言葉を吐き出してくれたんだけど……いや、待って!
私を泣かせた赤い悪魔と皇帝を叩き潰したら確実に反逆罪だから。
私をここまで育ててくれたホフマン家の人々をこれ以上やっかいごとに巻き込むのは違うと思う。
これ以上お兄様と話すとのっぴき無いならないことを約束してくれそうだった。
それだけは避けなければ……
ここは話題を変えるべきだった。
私の命の恩人のお父様とその家族をこれ以上私の事情に巻き込むのは良くないと私は思った。
「ありがとう、お兄様。そう言ってくれるだけで私はとても嬉しいわ」
私はそう言うとお兄様に抱きついたのだ。
「ユリア!」
お兄様は私をきつく抱きしめ返してくれた。
そして、背中を撫でてくれた。
泣き疲れた私はいつの間にかお兄様の胸の中ですやすや寝ていた。
「ユリア、お前を泣かせた赤い悪魔も皇帝も俺は絶対に許さない!」
だからお兄様の決意の籠もったこの言葉は聞いていなかったのだ。
ここまで読んでいただいて有難うございました。
過去を思い出したユリアと決意するお兄様でした。
帝国の力は強大で二人の力はまだまだ微々たるものでした。
続きは明日です。
お楽しみに!








