反省文に皇帝への世辞を原稿100枚分書かされました
「ああああ、もう最悪だ」
私は自分の机に突っ伏していた。
私の目の前には原稿用紙の束が山積みされていた。
今いるのは帝都のホフマン侯爵家の邸宅の自分の部屋だ。ニーナが王都の私の部屋のように整えてくれた。壁には前々皇帝陛下の肖像画が掛けられていた。そう言えば王都の邸宅にもあったが、何でそんなのがかけられているか私には判らなかった。私がホフマン家に入った最初から掲げられていたのだ。その前々皇帝陛下は私と同じ銀髪だった。
「少しユリア様と似ているところがありますね」
ニーナが前に言ってくれたことがあったけれど、私にはよく判らなかった。皇帝陛下が私に似ているなんてあり得るはずがないではないか。それに男に似ていると言われても嬉しくなかった。
結局、私に与えられた罰は1週間の停学だった。それと反省文100枚。
「本来は退学が良かったのに!」
私がそう言うとエックお兄様に頭を叩かれた。
「エックお兄様、痛い!」
私が文句を言うと、
「お前な、俺達が何のために帝国に来ていると思っているんだ?」
「それはその……」
そうだった。お兄様達は私を守るためにハンブルクから来てくれたのだ。
「本当よ、ユリア、あなた判っているの? 姉の私はともかくもクラウス様まであなたを守るためにこの学園に来ているのよ。少しは我慢しなさいよ」
「本当だよ。その直情発作型のすぐキレるところは兄上そっくりだよな」
「フランツ、何か言ったか?」
フランツお兄様をお兄様が睨み付けた。
「いえ、何でもありません!」
フランツお兄様は慌てて首を振った。
お兄様は不機嫌そうな顔でフランツお兄様を睨み付けていた。
「ユリア、あなたは我慢が足りないわ。帝国の第三皇子なんてノータリンなんだからほっときなさいよ」
「そうだぞ、ユリア、あの皇子は側室の子供で、我が儘三昧でここまで生きてきたんだ。皇帝が何を考えてあんな馬鹿のままにしているのか知らんが、反対派を暴くためにそのままにしているという噂もあるぞ」
「えっ、そうなの?」
「だから、お前は皇子が何をしようが無視しろ」
エックお兄様がそう言い出してくれたけれど、そういう事はもっと早くに言ってよね!
私はむっとした。
「でも、殿下はベティの婚約者なのよ」
「良いか、ユリア。ブルクハルト皇子とベティーナ・メンデルスゾーン辺境伯令嬢の婚約は政変後にメンデルスゾーン辺境伯の忠誠を試すために決まった婚約だ。ベティの父と母は政変の時の皇太子殿下に殉じている」
「えっ、それってつまりベティは両親を今の皇帝に殺されたってこと?」
「当時の皇太子殿下は病死とされたが、毒殺だった可能性が高い。死の責任を取ったか取らされて、護衛隊長のベティの父と侍女長だった母は亡くなっているんだ」
「でも、そんなのエックお兄様の資料には載っていなかったわよ」
「そんなの書けるか!」
「あの文章から読み解けよ!」
「本当にユリアは駄目ね」
三人に貶されてしまった。
そんな、フランツお兄様に判ったのに、判らなかったなんて!
「お前何を言っている。帝国語以外は俺の方が成績は上なんだぞ」
フランツお兄様に言われてしまった。考えたら、前世の記憶のある私でも数学が最近難しくなって、理解できなくなりつつある。確かに魔物博士を目指すフランツお兄様の方が学力は上かもしれない。
その一方、お兄様は黙ったままだったからきっと私と一緒で判らなかったのだ。
そうか、どうでも良いと思っているかどちらかだろう。
としたらベティは親の仇の息子と婚約させられたのか……なら、さっさと別れたいかもしれない。皇子にも思い入れも何もないだろう。皇子が緑頭と仲良くなっても心の底では気にしていないはずだった。
これ以上皇子に構う必要は無いと私は思ったのだ。
「で、謹慎期間の一週間だが、お前は王国の学園の入学式の挨拶文で、マイヤー先生や陛下に対して素晴らしい文章を書いただろう。あれを帝国の皇帝陛下に対して書け!」
「えっ」
私はぎょっとした。あれを考えたのはマイヤー先生とお姉様だ。私は全然書きたくなかったんだけど……
「そうよ。ユリア。あなたは皇帝陛下に睨まれているんだから、ここはマイヤー先生をヨイショしたのと同じ要領でおべっかを書き並べるのよ」
「俺ならプライドが邪魔して書けないが、ユリアなら出来る」
お兄様まで言い出すんだけど。
「あれだけ酷い目に合わされているマイヤー先生に対してさえあんなお世辞満載の文章書けるんだから、ユリアなら出来るよ」
最後はフランツお兄様にダメ出しされてしまった。
嫌、違うって! あれはやむにやまれぬ理由で書かされただけで、決して本心から書いたんじゃないし。
「馬鹿者! 誰が本心から書けと言った。思ってもいなくてもヨイショしとくんだよ」
「人間、どんな人でも褒められたら嬉しいものよ。ついでに学園長とマイヤー先生についても書いて置くのよ」
「そうだぞ。ユリアーナ。例え思っていなくても、たまにはフランツお兄様素敵と言ってデザートをくれても良いぞ」
フランツお兄様まで調子に乗って言いだしたんだけど、
「フランツ、お前馬鹿か! そんなのユリアが言ってきてみろ! 碌な事は無いんだぞ。後でデザート10個分くらいは余裕で分捕られるに決まっているだろう」
「そうだった。ユリアがデザートを差し出してきたらこの世の終わる日だった」
「ちょっと、私がデザートを差し出しても世界は終わらないわよ!」
私の言葉は誰にも聞いてもらえなかった。
「まあ、ユリア、その時は俺がもらってやるから」
かろうじてお兄様が頷いてくれただけだ。
うーん、お兄様は食べさせろと言われるが関の山だし……
そして、私は今こうして原稿用紙を前にうーうー唸って苦しんでいるのだ。
もうこうなったら自棄だ。自分の恥も外聞も捨てて書くしか無い!
「太陽のような皇帝陛下、私達臣民は陛下の神のように広いお心のお陰で生かされております……」
私は決死の覚悟で原稿用紙を埋めだしたのだ。
100枚かけって……挨拶文ですら10枚だったのに!
泣く泣く必死に書いたのだった……
作文の時間です。
よいしょ作文きちんと出来るのか?
それを皇帝は読むのか?
その反応は如何に?
続きをご期待下さい。