とある侍女の独り言 お嬢様が公爵家の試練を乗り越えられたので、私も死の特訓が課せられてしまいました
「ええええ! ユリアーナ様が公爵家の試練を乗り越えられたんですか?」
私は家令のセバスチャンから聞いて唖然とした。
「そんな……」
私にはとてもショックだった。
私はニーナ・キーリング、このホフマン公爵家に代々使える子爵家の三女だ。
我が子爵家はホフマン公爵家の近くに領地がある。当然何か事があればはせ参じるし、兄2人は公爵家の騎士団に入っている騎士だ。女の私も当然護身用の訓練は受けてきた。
学園を卒業した私は兄と同じホフマン家に雇ってもらった。そして、この公爵家に養女で入られたユリアーナ様付きの侍女を仰せつかったのよ。でも、養子で女性のユリアーナ様がまさか公爵家の試練を受けられるなんて、思ってもいなかったわ。それもその試練を乗り越えられるなんて……あり得なかった。
ユリアーナ様は透けるような銀髪のとてもきれいな方だったけれど、まだ3歳。それもいきなり公爵家に連れてこられて、とてもおどおどしておられた。
ご兄姉方もいきなり現れた妹を諸手を挙げて歓迎するという雰囲気でも無かった。すわ愛人の子供かとお母様を失亡くされたところのご兄姉はお父様を敵視されたのだ。当然その敵視の視線はユリアーナ様にも向かった。
そんなユリアーナ様をお慰めして、この公爵家に迎えられるように守って仕えていかねばいけないと私は思ったのに!
でも、私が驚愕した事に、女の子に塩対応なあのアルトマイアー様が、公爵様に何か言い含められたのか、絵本を読んでやるとおっしゃったのよ。
私は目の玉が飛び出るかと、驚いたわ。貴族の令嬢達が来ても、女はつまらんと相手にもしないアルトマイアー様がよ!
「ありがとう、お兄様!」
そう頷くと、ユリアーナ様はその女嫌いのアルトマイアー様の膝の上によじ登ったのよ。
私も、ご兄姉がたも、目を見張った。
私はユリアーナ様が殴られては大変だと、命がけでアルトマイアー様をお止めしようとしたのだ。
でも、驚いたことに、アルトマイアー様は怒るどころか、喜んで本を読み出した。
私たちは信じられない者を見るように二人を見たわ。
命知らずなユリアーナ様は
「私、このご本みたいにお兄様に私の騎士様になってほしいの」
と、宣ったのよ。今度こそ怒られると、私たちは戦々恐々としてアルトマイアー様を見やると、
「判った」
なんとアルトマイアー様は優しげに返事されたのだ。
私達には信じられなかった。
「お兄様、大好き」
私達が目を剥いたことに、ユリアーナ様は次の瞬間、アルトマイアー様に抱きつかれたのよ。アルトマイアー様は驚いて目を見開かれたけど、
「そうか、そうか」
そう言って、ユリアーナ様を抱き締められたの。
私達は、世にも珍しい光景を見て、呆然としていた。あのアルトマイアー様が女に抱きつかれてそれを振り払わないなんて!
女の子を近付けたことは殆んどないアルトマイアー様がユリアーナ様と親しくなられた。
妹枠だから、リーゼロッテ様と同じだといえたが、リーゼロッテ様と比べてもお二人は親密だった。
でも、アルトマイアー様は我がホフマン公爵家の嫡男。当然武に特化していらっしゃる。可愛がっているユリアーナ様をダンジョンに連れて行くとかされかねない。
それをアルトマイアー様の護衛騎士のギルベルトからやんわりと注意してもらおうと思っていた矢先だ。
いきなりアルトマイアー様はユリアーナ様を公爵家の試練の間に連れて行かれたというのよ。
公爵様の許可も得ずに。
当然私達使用人も何も知らされていなかった。
でも、試練を乗り越えたってどういう事?
屋敷に連れて帰ってこられたユリアーナ様は傷だらけで気絶しておられた。
アルトマイアー様は鬼なのかと私達侍女達は怒り狂った。怒り狂った公爵様に3兄弟はボコボコにされていたと聞いても私はこれっぽっちも同情心は沸かなかった。
本当に!
ユリアーナ様はまだ3歳なのよ。
ダンジョンに連れて行くのもおかしいし、女なのだから公爵家の試練の間に連れて行くのはもっとおかしいはずなのに!
その試練を乗り越えられたですって!
ホフマン公爵家は男子は3歳の時に必ず通る試練。でも、下手したら死に至ると言われている試練の間に、来たところのユリアーナ様を連れて行くなんて信じられなかった。ここ100年間は女性で試練をくぐり抜けられた者はいないと聞いていたのに!
養子に過ぎないユリアーナ様が試練を乗り越えられたなど信じられなかった。それもユリアーナ様は金の竜の子供を連れて帰ってこられたのだ。その昔帝国を興された始祖が連れていたという金の竜の子供をよ!
普通は現れた魔物を倒して終わりなのに、その相手を連れて帰って来るなんて信じられなかった。
もっとも帝国の神獣の金の古代竜を追い出す訳にはいかないし、何故か古代竜はユリアーナ様にとてもなついていたの。竜の子は世界中で恐れられている古代竜の子供とは到底思えないほど、見た目は可愛かった。
餌をやるととても美味しそうに食べてくれるのよ。それにその仕草の可愛いこと。
そして、餌やりの当番は私達使用人達の取り合いになり、ユリアーナ様の専属侍女の私がやることが一番多くなった。子竜のピーちゃんは私にも可愛いもふもふのペットになっていたのだ。
まあ、それは良かったのだけど、ユリアーナ様が公爵家の試練を乗り越えたことで、100年ぶりの公爵家の令嬢騎士になられたのよ。
3歳にして騎士の称号を得られ、必然的に全てのダンジョンに潜ることが可能になったの。
ユリアーナ様はアルトマイアー様達お兄様と同じ訓練に参加されるようになったのよ。
そして、専属侍女の私も、普通の護身訓練以上の訓練を課されることになったのよ。
あり得なかった。
ユリアーナ様がお兄様方の訓練に参加し続けられるのも信じられなかったが、侍女の私が公爵家の騎士以上の訓練に参加させられるのも信じられなかった。
私は公爵家に表向きは侍女として入ったのに、ユリアーナ様について行けるように騎士以上の訓練に参加させられるなんて本当に信じられなかった。
「絶対に嫌です。こんな崖の上から落ちたら死ぬに決まっているじゃないですか?」
私は必死だった。足元には下が見えない断崖絶壁だった。落ちたら死ぬ!
「何を言っておる。ユリアーナ様も飛び降りられたのだ。その専属侍女のその方が飛び降りられなくて、どうする?」
家令のセバスチャンが言ってくれるんだけど、そんなの絶対に無理!
「ええい、さっさと行け」
私はセバスチャンに思いっきり突き落とされていたのだ!
「ギャーーーー!」
もう信じられない! 死ぬ!
私はこの時からユリアーナ様の呼ぶ死の特訓を否が応でもさせられることになってしまったのよ!
もう本当に嫌ーーーーーーーー!
ここまで読んで頂いてありがとうございました。侍女の独り言でした。








