[#84-天使気取りのモノホンエンジェル]
[#84-天使気取りのモノホンエンジェル]
「フラウドレスぅ、アタシの翼の他にもっともっと能力があるんだけどさぁ、それ、、、みたい?」
「ヘリオローザ、悪いけど⋯あなた⋯もう戻ってくれない?」
「え??なんでよフラウドレス!せっかく面と向かってアタシを目撃出来たって言うのにぃ!どうしてどうして!?」
子供のようにじゃれてくるヘリオローザ。私よりも弱冠お姉さん感のある年齢層を感じていたので、子供感を出されてしまうと、少し⋯ほんの少しだが⋯引いてしまう。
「いや、あのね⋯今からガウフォン大聖堂の⋯ね?アレですよね⋯」
教母様に助けを求める。というか、これから何を行うのか⋯具体的な流れを忘れてしまったのだ。ヘリオローザが具現化された⋯という思ってもいなかった事態を目の当たりにした事で、教母様との会話を置き去り状態にしてしまっていた。
「修道士と教信者の元へ行くの。ヘリオローザも来るのなら、私は問題無いのだけれど⋯」
「じゃあ行っきまー⋯」
「ダメ!」
フラウドレスがヘリオローザを静止させる。
「えぇ⋯」
「だってあなた、このテンションのまま行く気?」
「うーん⋯まぁ、、これがアタシ?⋯だから⋯まぁ当然だけどーー」
何食わぬ表情で『当たり前でしょ』感を出しまくる。
「こんな感じの女がタラタラと歩いていたら、ビックリしちゃうでしょ!」
「だァレがぁ?」
「シスターズの子達よ!」
「そんなフラウドレス〜、大丈夫だってー。アタシもそういうコンプライアンス的な部分はしっかりしてるからさぁ。その場その場に合わせたTPOがアタシには備わってるからぁ!大丈夫!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
フラウドレスのジト目。
「なんその顔⋯だいじょうぶだから!だからさ⋯お願い!アタシ、まだこのままがいいの⋯⋯」
「はぁ⋯⋯」
大きく溜息をつく。『え、そんなに⋯悩むこと?』と言いたそうな首の傾げを見せてくるヘリオローザ。
「分かったよ⋯ただし、余計な事は言わないように」
「はぁーい!!アタシの事、“ヘリオローザだー!”って言ってもイイ感じ??」
────────
「ダメに決まってるでしょうがー!!!」
────────
「それに関しては私からもNGでお願い」
「なんでよ⋯教母様自慢したくないの??“ヘリオローザ”がいるんだよーー、、、」
「あなた⋯テクフル諸侯に捕まるわよ?」
「うーーーーー、、それは⋯イヤ!」
「そうでしょ?律歴4619年に原世界に戻ったと言われているヘリオローザが突如、律歴5604年の戮世界に再出した⋯なんてこんな事実が出回ったら⋯あなたを待ち受けているのは、数々の人体実験に違いないわ」
「それは絶対嫌だ!」
「あら、ヤケに弱気な発言じゃない。さっきまでの威勢はどうしたの?」
先程までのヘリオローザだったら、そんぐらいの拘束⋯ぶち破ってやるわ!⋯ぐらいのストロングさを見せつけてもいいと思う。だが“テクフル諸侯に捕まる”⋯、この文言を聞いた途端、顔面が⋯“マジ”になった。ここで私は、テクフル諸侯とヘリオローザの確執を感じ取った。
「じゃあ、あなたは⋯『ヴェフエル』。少なくとも、この大聖堂内では、この名前を冠しなさい」
「分かった!ヴェフエルね。カッコいい!カッコいいよね!フラウドレス!」
「うん、そうね。カッコいい。磨きがかかった。可愛いし、カッコいいし、このまま私の知らない所までいってしまいそうな勢いぃ⋯」
「フラウドレス⋯バカにしてる感じがプンプン伝わって来るんですけど⋯⋯」
「ンフフ⋯」
「笑うな!フラウドレス!」
「たまにはあんたも私の気持ちを知った方がいいかな⋯って思ってね」
「ちぇー、フラウドレスのくせに⋯⋯」
◈
「長い時間話してしまった。代わりの教母を呼んでおいて正解だったよ」
「え?代わり?教母様が⋯教母様⋯」
フラウドレスの発言が止まる。
「あのさ、、教母様って⋯名前、あるの??」
「あるわ。あるけど⋯シスターズと教信者は知らなくてもいい情報として通っている。だからシスターズ、教信者は知ろうとしない。こちらからも言うつもりも無い。教えるつもりもさらさらない」
「アタシは知りたいんですけどーー」
「悪いがヘリオローザの願いを叶える事は出来ない」
「ヘリオローザ、教母様に従お?」
「⋯はぁ⋯わぁったよ」
「それじゃあ、もう授業は始めてると思うから、そこに行くわ。私じゃない他の教母が担当になってくれたから」
「担当に⋯なってくれた?」
ヘリオローザが歪な文言に引っかかる。確かに、“担当になってくれた”という文言には、2度聞いてしまう効力がある。
「言い方がおかしかったかもしれないけど、この言葉通りの意味よ。私が授業に行かなかったから、代わりに別の教母が担当になったの。まぁ特にそんな注目する事では無いわ」
「あー⋯そうですか⋯」
◈
階段を上っていたのに、ヘリオローザ登場のせいで、30分以上もの時間を費やしてしまった。
10時18分──。
階段を上がると、そこには廊下が長く奥へ続いており、廊下の右側には複数の扉があった。左側は⋯
「キレえー!見てみてフラウドレス!」
「言われなくても見てるよ。すごいね⋯」
帝都ガウフォンの街並みを一望出来る窓。この窓も、廊下同様奥へと続いている。扉も、等間隔ではあるが、廊下の終わり果てまで備わっていた。
廊下、窓、扉。
3つの終わりの果ては、階段を上がり切った場所から目視出来ているのに、何故だか物凄く遠いように感じる。100m⋯300m⋯500⋯700⋯1km⋯。
言い過ぎだとは思っている。思いすぎだとも思っている。だが、どうにも視覚への障害を発生させる“魔力的”なものを感じずにはいられなくなる。この事をヘリオローザに伝えてみる。
「ヘリオローザ⋯なんか、、ここおかしくない?」
「フラウドレスも感じてる?アタシも⋯なんか⋯凄く長く感じるんだよね⋯」
どうやらこれは私だけが感じるものでは無いようだ。それが判明しただけでも安堵出来る。
“私だけじゃない”。これが何よりも安心する材料だ。
「2人は戮世界に慣れていないのよ。“魔障病”ね。戮世界に長いこといれば、魔障病は身体に馴染んでいくものよ」
「教母様、アタシは戮世界に何百年もいたんですけどー」
「でも、それは千年前の話でしょ?それじゃあヘリオローザの体内に魔障病を克服する力はもう備わってない」
「あーあ、、せっかく魔障病を克服出来ていたのにー」
「ヘリオローザさ、さっき私の言葉を受けても⋯魔障病って分かってないような受け答えしてたよね?⋯それって⋯」
「アタシ⋯千年前に戮世界にいた時、魔障病克服してなかったと思う。てか、魔障病なんて言葉あったのかなあ⋯。千年前の戮世界と現在の戮世界⋯結構違いが現れているのかもしれないね」
「そう、、なんだ⋯」
廊下を進む3人。次々と横目に映る扉を流し、一番奥まで歩いた。一番奥は行き止まりで、右側に扉があるのみの空間。当然、それに付随する形で帝都ガウフォンの景色が広がる。しかし直線を歩いただけなので、さほど景色の変化は感じられない。
「ここが本日の授業を行っている場所」
「ヘリオローザ⋯⋯」
「うん??」
このウキウキな様相⋯。本当に大丈夫なのかな⋯。
「フラウドレス、言わなくても顔面に浮き彫りになってますぅ!『本当に大丈夫かな、、』、、大丈夫ですぅ!いちいち心配するくらいなら、これから眼前に映される子達への自己紹介を考えたらどう?あ!そういえば、教母様!アタシはどうするんですか?フラウドレスは大司祭って役割があるけど⋯」
「うん、ヘリオローザは大司祭じゃなくて、別の聖職を担当してもらう事になるわ」
「ホントに!?やったあ!んでぇー、その聖職っていうのは、、」
「後で話す」
◈
ガウフォン大聖堂 教導室──。
そう言い、教母様は扉を開けた。そこには大勢⋯と言える程の人数では無いが、27人の少年少女がいた。年齢層は⋯12歳程だろうか。今の私が黒薔薇ルケニアの能力によって13歳を形作っているから、年齢的にはだいぶ近い感じになる。シスターズ、教信者とこの年齢的な距離感で大丈夫なんだろうか⋯。
少年少女は赤黒と青緑の修道服を着装している。『修道士』と『教信者』を見た目で分かりやすく捉えさせようとしている⋯と見たが、現段階ではどちらが、どちらなのか⋯私には判別が不可能だ。
私達が扉から現れると、少年少女の目線は一気にこちらへ向けられた。こういうの⋯ちょっと苦手だ。急にスポットライトが当てられた感があって、ちょっと、、、うん、身が引き締まる思いになる。一方、私の身体から解放感を求めて具現化された(歴代ラキュエイヌのパラサイトちゃん”は⋯⋯、、
────────────
『ふんふんふんふーんフンフンフンフンフーン♪』
────────────
めちゃくちゃこの雰囲気を楽しんでいる。パフォーマンスなのか⋯と少し疑ったりもしたが、あの様子だと“快感”を覚えているようだ。すごく⋯すごく⋯子供達からの強烈な視線を楽しんでいる。
─────
『もっと⋯!もっと向けて!沢山アタシに向けて!そう!そうよ!そんなんじゃ足りない!フラウドレスは⋯⋯もう⋯フラウドレスはこの状況をまったく楽しめてない!良かったぁ、アタシがフラウドレスと分裂状態にあって。フラウドレスが宿した感情は体内にいる時、“サイクル”としてすっごいアタシの思考を邪魔するから⋯。きっと今、フラウドレスの体内は⋯“ぐっちゃぐちゃ”だよ!良かったぁ、もうあんなサイクルに巻き込まれるのはゴメンだからね』
─────
「ここに居て」
教母様がフラウドレス、ヘリオローザを停止させる。教母様は、少年少女の前で授業を行っていた教母の元へ行く。
「ご苦労様」
「もう、大丈夫ですか?」
「ええ、気になさらずに⋯。さ、乳蜜祭の支度に向かいなさい」
「はい」
少年少女の前で授業を実施していた教母が立ち去る。その際、フラウドレスとヘリオローザに一瞬、視線を向けた。視線を向けただけで、それ以上のコミュニケーションを取ってくる事は無かった。
「なにあいつ、変な感じ」
コイツはバカか⋯思いっきし皆に聞こえるように悪口を吐きやがった⋯。なんて事をしてくれたんだ⋯⋯⋯⋯あれ。
「フン、フラウドレス、この声⋯あなただけに伝わってるヤツよ」
はぁ⋯なんだ⋯良かった⋯⋯、、、、いや⋯⋯
「そんなことしないで。集中してよ!」
「ハイハイ、つまんない女だねぇー」
少年少女の前に立つ教母様。教母様の合図で、起立し、一礼を行った。私はそれにならい、少年少女の動き通り、行動を演じた。ヘリオローザは一礼を行っていない。堂々たる直立で、俯瞰。まるで、自分が階上にいるかのような雰囲気で直立していたので“俯瞰”という言葉で表現をした。
一礼を終えた少年少女は自身の席に着く。無駄なお喋りや、動作は一切無い。機械的な行動だった。スイッチを押されたかのように、キビキビとした動き。この挨拶だけでも、日々受講しているカリキュラムの内容を想像出来る。中々に厳しい対応が成されている⋯と思ってしまうな⋯。そうじゃなきゃ思春期を迎えようとしている子供達が、ここまで大人の言う事を聞くものだろうか。いやまぁ⋯これは私の経験不足なのかもしれない⋯。世の中っていうのは、これが通常。
私だけの理想郷は、皆が等しく⋯心の飢えを満たす事の出来る世界。
どうやらそんなもの、ここには無いらしい。
「修道士、教信者のみんな、おはようございます。今日は待ちに待った乳蜜祭2日目。みんなの力で乳蜜祭は成り立つものです。自分達に一任された仕事をキチンと成果物として大陸政府、テクフル諸侯、七唇律聖教にお送りする事。分かりましたか?」
───
「はい」
───
27名全員から返事。言うまでもなくその声量は大きい。
「では、ここで急なんですが⋯みんなを指導してくれる新しい大司祭を紹介したいと思います」
え、、“指導”って、、なに⋯私⋯そんなの約束した覚え無いんですけど⋯
「じゃあ、こちらに」
教母様がフラウドレスの方を向き、こちらへ来るよう促す。それと共に少年少女らの視線もフラウドレスに向けられる。みんなの視線を見るに⋯そこまで敵対視しているようには見られなかった。だが歓迎ムード⋯という訳でも無い。
「あの⋯⋯“バタイユ”って言います。短い時間ですが、みんなと多くの時間を過ごせるよう、気にかけるつもりですので⋯よろしくお願いします⋯」
〈フラウドレス⋯緊張してのかな⋯、、、あの感じだと緊張してるんだなぁ⋯んふふふんぐぐぐぐ⋯笑っちゃう笑っちゃう⋯あの火照った顔⋯!可愛い顔してるなぁ⋯ホントに⋯!今までのラキュエイヌで一番可愛いかもなぁ⋯あ、でもさっき話してて思い出した⋯“カルミリア”。彼女もけっこう可愛かったけどな。コスプレ部に入ってたの憶えてる!⋯あ、なんかコスプレ部の事思い出したら、自然に色んなこと思い出してきた⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯アルシオン⋯?、、、ハピネメル⋯、、、ハピネメル⋯アルシオン⋯、、〉
自分としてもここまで緊張するとは思わなかった⋯。まぁでも、私からの挨拶⋯自己紹介が終わった時に、拍手があったのは唯一の救いだ。あれの有無でだいぶ少年少女らの受け入れ態勢が見て取れる。義務的な拍手⋯だとは思えなかった。自然にみんなが連鎖性を感じずに、能動的な拍手を実行してくれた。
『誰かが拍手をしたから⋯』という曖昧な拍手ではなく、自らの意思決定によって生まれた拍手だった。それが分かっただけでも、十分嬉しかったのだ。そして⋯この子達は⋯普通に良い子、だということを知る。
「バタイユ先生は“大司祭”としてみんなの七唇律勉学をフォローアップしてくださいます。分からない事があったら、なんなりとバタイユ先生に聞く事。みんな、分かった?」
───
「はい」
───
27名全員の返事。
「はい、ありがとうバタイユ」
教母様⋯後で色々と聞きたいことがあります⋯。一切聞いていない、“指導”の流れ。勝手なことを言いやがって⋯もしこれを鵜呑みにしたこの子達が、私の元に、その⋯“説明”やらなにやらを求めてきたらどうするって言うんだ⋯。はぁ、、、ムチャぶりにも程がある⋯。まぁ、初対面の人間に対し、接近してくる子供なんて居ないか。うん、居ないだろう⋯そう、、、無理やり思った。
そうじゃなきゃ⋯自分が前に進めないような気がしたから。面倒な事に巻き込まれなければいいんだけど⋯。
「では次に⋯こちらへ」
教母様が次に、ヘリオローザへ視線を向ける。私の時と同様、ヘリオローザにも全員の視線が向く。傍観者としてこの状況を見ると、不可思議な光景だな⋯と思った。ヘリオローザに⋯子供達全員が視線を向けているんだ。当人となった時の私は、この状態を見ていなかった。最初、教母様に呼ばれた直後の⋯この一瞬しか少年少女らのリアクションは確認していなかったから。
だから、ヘリオローザに向けられている視線が、私の時にも向けられていた⋯と思うと、身震いがしてきた。人間の視線というものは如何に戦慄を覚えさせるものか。
─────
一番の凶器かもしれないな⋯人の視線は。
─────
「はい、みんなおはようございます。私は“ヴェフエル”って言います!みんなとは少し年の差を感じますが⋯みんなの対応に合わせて、マイナーチェンジしていきたいと思ってます!是非、みんなの流行を教えてください!みんなと1秒でも早く、仲良くなりたいと思ってるよ!よろしくね!」
え、、、、なにこれ、、、自己紹介のお手本のような文章だった⋯。簡潔に纏められ、その短い文章の中から、相互関係に触れたり、自身のマイナス部分をプラスに変える“努力”の宣言をしたり⋯物凄く良かった⋯。それに一切の緊張の色が見えない。ヘリオローザ⋯普通に感動しちゃった⋯。あと、、あの弾けるような笑顔⋯アレには異性は勿論、同性だって撃ち抜かれるレベルの殺傷能力がある⋯。びっくり⋯いや、、、普通にビックリだ、、、そして⋯私が、、、恥ずかしい⋯。
私がヘリオローザの自己紹介に感動する中、子供達に虚無が訪れる。私の時にはあった、“拍手”が無かったのだ。そんなはずは無い。私に拍手があって、ヘリオローザには拍手が無い⋯。こんなのおかしすぎる⋯。2人の自己紹介には明確な差があった。もちろん、私の方が圧倒的に低レベル。天と地の差⋯とはよく言ったものだ。
私の時の拍手より10倍もの拍手をヘリオローザに行うのが、普通だと思えるものだったのに⋯子供達からの拍手はない。無い⋯どころか、黙り散らかしてる。
いやでも⋯よく子供達の表情を見ると、なんだか深刻な顔をしている子がいる。そんな眉間に皺を寄せる程の話はしてないんだけど⋯。こんな異常空間なのに、子供達からの負のエネルギーを感じ取っていない様子のヘリオローザ。
いや⋯この状況に少なからずは反応を示すもんだと思うよ。だって⋯⋯何度も言うけど、“私の時には拍手があって、あなたの時に拍手が無い”なんておかしいじゃない。どんだけの酷いスピーチを行ったのなら、筋が通るけど⋯私よりも絶対に良識のあるものだったし⋯。
そんな時、一人の男の子が口を開く。
「ヴェフエルって⋯本当に⋯あのヴェフエルですか?」
「え?」
何を言われたのか⋯良く理解は出来なかったが、取り敢えず、今のアタシは“ヴェフエル”と名乗る必要性があるので、彼の問い掛けに頷いた。
「ええ、そうよ。アタシはヴェフエルって言います。よろしくね」
「⋯⋯⋯!」
すると次の瞬間、着席していた少年少女らが一斉に起立。そしてなんと⋯ヘリオローザに対して、跪いたのだ。
「え、、、どうしたの?、、みんな??え、、ちょちょっと⋯教母様⋯」
突然の異常空間形成に、ヘリオローザも困惑。教母様への助けを願うが、教母様の顔色は一切変わらない。
「え、、、、えぇぇぇ⋯何この状況、、、」
「ヘリオローザ⋯あなた⋯何かしたの?」
「し、してないよ!アタシは普通に、自己紹介をしただけ!」
「うん、、そうだよね⋯そうとしか思えないんだけど、じゃあみんなのこの反応は⋯何?」
「知るわけないでしょ⋯⋯ちょっとどうしたのよみんな!」
ヘリオローザが一人の女の子⋯ヘリオローザに一番近い、女の子を選び、声を掛けた。
「あのさ⋯⋯君、、大丈夫??」
優しく語り掛ける。
─────────────────
「やめてください。私なんかにそのような優しい対応は権天使様の一生の汚点となります故」
─────────────────
「え、、けんて、、な、なに?」
一人の女の子に近づき、膝を折り問い掛けたヘリオローザ。そんなヘリオローザの行動を拒絶したのだ。そんな女の子の言い方もまた不気味で、違和感しかない。
「権天使様って⋯、、アタシが?」
「そう、では⋯無いのですか?ヴェフエル様」
女の子に続いて男の子が口を開く。男の子の開口によって、次々と口を開き始める子供達。全員が放つ言葉といったら⋯
「権天使⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「権天使⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「権天使⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「権天使⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「権天使⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「権天使⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「権天使⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「権天使⋯⋯⋯⋯⋯⋯」etc⋯。
もう書き記せない程の、多量の言葉が飛び交い、精査が不可能になる。そんな一遍に集中した言葉の暴投に対して、ヘリオローザが警告を放つ。
「やぁーーい!うるさーーい!!!」
その言葉が放たれた瞬間、再び子供達は跪く。頭を下方に向け、皇后陛下への挨拶かの如く、自分達の行動に誤りがあった事を謝罪する。
「申し訳ありません。御使い達の無礼を⋯お許しください⋯」
「あーまぁ、分かればいいのよ、分かればね」
「教母様⋯これは⋯どういうことですか?」
フラウドレスはヘリオローザに名付けた第2の名前である“ヴェフエル”に原因がある事を悟る。だがそんな疑問を跳ね除け、教母様は次の言葉を放った。
「ガウフォン大聖堂にヴェフエルが降臨しました」
その発言を受けて、少年少女らは大きな拍手を行う。一応、前述したので比較対象として先程の私の自己紹介を終えた後の拍手が『1』だとすると、今回の“ヴェフエル降臨”という謎のアナウンスには10倍の大拍手が巻き起こった。
◈
「ヴェフエル⋯⋯」
「では、これより乳蜜祭2日目に向けて最終調整⋯白鯨の実技試験を行うことにする。それでは、各自それぞれのメンテナンスと白鯨とのマッチアップに務めるのだ。三分後に試験は開始する」
───
「はい」
───
少年少女らが散らばる。教導室に入った時は、多少なりとも“広い空間だなぁ”との感想が出てきたが、時間を置くとこうも視覚的に慣れていくものなんだな⋯。もうちょっと広かった⋯と、まるで、この自己紹介の時間中に空間が狭まった⋯かのような疑念が浮かび上がる。そんな訳ないのに⋯。
少年少女らが散らばり、教母様も所定位置についたような佇まいとなる。私は教母様に“ヴェフエル”という名前について探る。少年少女らの有り得ないヘリオローザへの対応を、見逃すはずが無かった。しかし、当の本人は⋯
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
教母様の口から出ていた、“白鯨”に敏感に反応し、自分に与えられた“ヴェフエル”という名前⋯少年少女らの異常な反応⋯この2つにまったくの“はてなマーク無し”状態であったのだ。信じられない。そこまでして白鯨との邂逅が楽しみなのか⋯自分に向けられた子供達の反応⋯アレに先ずは疑問とか、おかしいなぁとか、心の中で出てくる筈じゃん⋯。
私が間違ってるの?ヘリオローザのあのなんて事ない、『白鯨待機』のスタイルが正常なの?
「教母様⋯ヘリオローザにつけた、“ヴェフエル”という名前⋯どういう意味ですか?」
率直な問い掛け。これ以上でもこれ以下でも無い。真っ直ぐな回答がほしかったから、なんも色染めさせるつもりも無い。自分の中で最初に浮かんだ疑問ポイントを教母様にぶつけた。
「⋯ヴェフエルっていうのは、プリンシパリティを先天使に持つ、権天使よ。ヘリオローザにはそんな権天使の名前を“第2の名前”として提供した」
、、、、よく分からないけど、天使の名前が出てきた以上、それは易々と付けていい名前では無いことだけは察した。
「そんな大事な名前を、簡単に付けていいものなんですか?ましてや、戮世界の住人じゃないんですよ?」
「だからよ。だから権天使の名前をヘリオローザに付けても、なんら問題は無い。“ヘリオローザ”として行動するのはあまりにも危険。だけどヘリオローザに、低値な名前を付けられない。本来であればもっと上位三隊の位を付けてもいいのか⋯と思ったけど、やめておいたの」
「その⋯権天使がどれくらいの位置に相当する天使なのか、よく分からないですけど、ウチのヘリオローザにそんな大層な天使の名前なんて名付けるのやめてもらえないでしょうか」
「それは出来兼ねる相談ね。ヘリオローザの名前を隠すつもりではあるけれど、どうしようもない名前なんて絶対につけちゃダメなの。価値のある人間にはそれなりの由緒ある名前を付けなくては⋯」
「権天使⋯子供達のこの反応は分かっていたんですか?」
「当然でしょ?七唇律聖教にとって“天使”は必須中の必須であり、基礎中の基礎。熾天使、智天使、座天使、主天使、能天使、力天使、権天使、大天使、天使。九大天使の位階を教わるのはシスターズ、教信者への初出カリキュラムね」
「下から三番目⋯フン、ウチのヘリオローザを舐めてるんですか?」
「ごめんなさい。だから言ったでしょ?“もっと上位三隊の天使にすれば良かった⋯って。でももうこれを訂正する事は出来ない」
「シスターズ、教信者に伝えてしまったから?」
「子供向けの言い方だとそうなるわね。教母的立場で言うなら⋯『使ってしまったから』⋯よ」
「⋯⋯⋯」
そう言い残し、タイムリミットである3分が経過した。もっと聞きたい事があったが、この関係性は簡単に壊れるものでは無さそうだ。何度だって時間はある。無ければ、自分の手で作る。
『権天使・プリンシパリティ』。ヴェフエルという天使が権天使に相当するのはある程度理解した。“ヴェフエル”という名前に、過剰な反応を見せた子供達⋯。
⋯そうか、直接聞けばいいのか⋯。教母様に聞くとまたややこしくて遠回しな表現をして来そうだ。今はそんな“ヒント紛い”なものを求めてるんじゃない。真っ直線な答えが欲しいんだ。子供達だったら素直に言及してくれそうだ。
私はほんの少し、気が楽になる。
教母様の掛け声で、四方に散らばっていた子供達が一気に集合。しっかりと統制が取れている事を思い知った。
◈
「今から“警備艇試験”を開始する。名前を呼ばれたシスターズ及び、教信者は時を置かず、駆け足で前へ。ボニュフェスト」
「はい」
ヘリオローザへの接触をいち早く行っていた女の子だ。“ボニュフェスト”が教母様から名前を呼ばれると前置きに従い、駆け足で前へと急いだ。
「では、見せてもらおうか⋯」
子供達が再び四方に散らばる。空間全体を使用し、等間隔になるよう27人が所定位置を作った。サークル状となった子供達の中心にボニュフェストが居るという状態。教母様は、サークル状を形成した子供達と同様。私とヘリオローザはどうしていいのか、分からないので取り敢えずはみんなの行動と一緒の動きを心掛けた。
ヘリオローザの動向が明らかにおかしい。今から白鯨が出現する⋯このなんとも言えない復讐心がヘリオローザを熱くさせる。
私達が羽田空港で戦ったのは“シルヴィルモービシュ”と言って、今から出現する白鯨とはまた別モノ。そんな説明が詳細に語られていたのに、“白鯨は白鯨だろ?”と言わんばかりの威勢で、中心に位置するボニュフェストへ睨みを利かせている。先程、自身を信仰するような居様を取っていた人間へ向ける態度とはとてもじゃないが思えない。
これがヘリオローザなのだ。自分が敷いたレールしか最終的には信じない。
ボニュフェストから高エネルギー加速帯が発生。後背、腹部、胸⋯この3つの身体部位からオーラエネルギーが放出されていく。刹那、一筋の光がボニュフェストから放たれた。その光が放たれると辺り全体が閃光に包まれ、肉眼では目視が不可能な世界が一瞬にして作られていった。しかしそんな光明な世界は直ぐに収束⋯その光が晴れていった先に見えたのは⋯
─────mind space communication────
「白鯨⋯⋯、、、」
「フラウドレス⋯だいぶ違くない?」
「うん⋯事前に言ってはいたけど⋯サイズも全然小さいし⋯別モノ過ぎる、、、」
「アタシ、あの白鯨には興味なぁーーい」
─────────────────────────
ヘリオローザから白鯨への興味が薄れたサインを確認出来て少しホッとした自分がいる。にしても⋯あれが白鯨⋯なのか⋯あんなの⋯昔のアーティストが絵画にしている天使のフォーマットじゃないか。言うなれば⋯“キューピット”。可愛い可愛い小さい小さい胎児姿の子が、一つの弓矢を持っている姿を想像してほしい。その胎児姿が天使として語り継がれているのは神話を表現する絵画にて用いられているは表現形式。その背中には、これまた小さい小さい白い翼が生えている。
まさにそれだった。ボニュフェストが出現させた白鯨は胎児程⋯とはいかないが、全長なんて1m40cm。昨日戦闘を行った白鯨とは比較対象にするのもアホになるぐらいの、小規模なものだった。
〈え、、、これが、、白鯨⋯?〉
〈ヘリオローザ⋯変なこと考えないでよね〉
〈なぁニィ?“バタイユちゃん”〉
〈弱そうだからって、変な攻撃とかやめてってことよ、〉
〈そんなんする訳ないジャーン。てか、こんなちっこい白鯨に興味なんて無あい〉
◈
「ボニュフェストの白鯨⋯位階『子爵天使』を確認しました。これより“警備艇試験”を開始します」
教母様の発言によって、その“警備艇試験”というものが始まった。しかし発言直後に何かが始まる⋯という訳では無かった。現実時間では10秒ほどは経過したであろうか⋯自分的には一分ぐらいは経過したのでは無いだろうか⋯と思ってしまう程に、静寂な空気が流れる。現実的時間の流れ⋯10秒が経過した時、教母様の身体から複数の軌道線が発現される。その軌道線は放物線を描くように、教導室を周回。“複数”と表現したが時間が経つにつれ、軌道線の本数は限定されていく。
いや、限定と言っていいものなのか⋯“集束”という表現が正しいのかもしれない。そんな集束軌道が教導室の周回を停止。急にピタッと止まった様子は“歪”⋯と表現する以外に無い光景。映像に対し、一時停止ボタンを押し込んだようなものだった。
複数本空間を周回していた軌道線は、4本にまで限定され、集束軌道が教母様を守護するように静止した。
いったい何が始まるのか⋯私とヘリオローザ以外の面々はこの光景に全くの異常性を覚えていない事は、顔面を拝見しただけで十分に分かり得るものだった。この際、ヘリオローザとのマインドスペースにて実施されているコミュニケーションのやり取りが活発した事は、当然のリアクションだと思ってもらいたい。
〈ヘリオローザ⋯これ、、、、何か判る?、、、〉
〈知らない、、、、知らないよ⋯⋯何が始まるのかなんて⋯⋯⋯分かってたら、フラウドレスにとっくに言ってるよ⋯⋯〉
活発になっていくメッセージ⋯だったが、遡ってみれば、同じような文言の内容が繰り返し行われていたので、ここでは殆どのテキストチャットを省略する。
├───────
「聖痕を受けろ」
├───────
集束軌道が特定の兵器へと姿を変えていく。
歯車式弩、滑車式弩、長弓、斧槍。
4つの集束軌道が上記それぞれの武器に変形し、形を成していく。
「さぁ⋯」
溜め込んでいた息を吐き出したかったのか⋯、かなり大きめの嘆息をした教母様。そんな教母様の溜息の直後、姿かたちを特定の武器に変形させた謎の“具現兵器”が行動を開始。そのターゲットは、サークル状の中心に位置するボニュフェストに向けてのものだった。4つの具現兵器はそれぞれの特性を活かした攻撃を発動⋯。弩系統の2つは、そのクロスボウ的観点を活かしたバネの引力が、集束軌道のエネルギーにプラスアルファされ、とてつもない攻撃力を放っている。長弓はその名の通りの内容。斧槍もその言葉通りの具現兵器。
4つの具現兵器は教母様の所定位置から攻撃を実行。つまりは“遠距離攻撃”との解釈になるだろう。この中で唯一近接攻撃として知られているのが斧槍であろう。だが
集束軌道が形成した具現兵器には近接攻撃以外の面を誇っているようだ。斧槍からはその尖角部分から、超粒子エネルギー量をぶち込んでいる。“近接武器”の弱点を克服している特異な兵器と言えよう。
そんな4つの具現兵器が放つ攻撃は、“光線砲撃”。赤色を纏ったエネルギー物質。4つそれぞれの特性⋯それは攻撃を行うまでのシークエンス作業だ。いざ、攻撃が放たれると、目指できる攻撃情報というのはとても酷似していた。
『シリーズ一式』と呼称する事も可能だろう。
こんなにもの情報リソースを実行しているが、ヘリオローザとフラウドレスは何が起きているのか、まったく理解できていない状況だ。急に教母様が“異形の生命体”を発現し、形態変化を遂げ、4つの兵器がボニュフェストの白鯨に一斉攻撃を決行⋯。
フラウドレスは具現兵器攻撃直後に、『何よ⋯これ⋯』と言った。ヘリオローザは無言でこの模様を見続ける。
フラウドレスはセブンスによる“ルケニア顕現”と似たようなシステムだと感じたが、こちらは生命種の力を借りて能力を極限にまで引き伸ばす⋯あっちは兵器を創造するイマジナリーの力⋯。この明確な違いを自己処理完結する事で、少なからず大きな疑問点は解消出来た。
具現兵器による一斉光線砲撃が教母様の所定位置から放たれ、ボニュフェスト近辺に着弾。だが土煙といった着弾を催させる演出は一切無い。着弾による閃光も無ければ、音も無かった。
本当に、光線砲撃があったのか⋯と思ってしまうもの。しかし⋯着弾が現実視されるに値する出来事がボニュフェスト近辺には既に発生していた。
ボニュフェストが発現した白鯨に“赤色の傷跡”が刻み込まれていた。普通に考えると、今受けた光線砲撃によるものだと推測出来る。だが、直視した光線砲撃の内容から察するに、“刻み込む”ような攻撃では無かった⋯と思われる。“刻む”というのは、主に引っ掻き⋯だったり、近接的な攻撃を受けた際に生じる負荷ダメージの可視化状態を指すもの。光線砲撃は“引っ掻き”やそれ以外の近接攻撃に該当するものとは思えない。じゃあ、この“刻まれたような損傷箇所”はいったいなんなのか⋯一斉光線砲撃の際に、何かが行われた⋯とみて間違いない概要だと推測。
だが⋯一瞬の時間だそれは⋯。煙も立っていない状態なので、フラウドレス、ヘリオローザ、少年少女らはこの様子を見届ける事が簡単な状況。ボニュフェストと白鯨に何が起きたか⋯なんて、直ぐに判明する事だ。
なのに、こんなにものレポートを書ける事の出来る当該事案。有り得ない⋯とは思っているものの、こう判断しなければ先に進めない。
───────────
あの引っ掻かれたような赤色の傷跡は、光線砲撃によるものだ。
───────────
そう、、、判断した。
「ボニュフェストの白鯨に⋯“聖痕”が刻まれた。ボニュフェスト、現今の自信をどう解釈している?」
「はい⋯問題ありません⋯やれます⋯まだまだ⋯ここまでの力で終わるような簡単なモノではありません⋯⋯もっと⋯もっとお願いします⋯」
「よかろう⋯。それでは⋯」
教母様の発言直後、再び発動する具現兵器の光線砲撃。先程のものとは一線を画す程のエネルギー量が確認され、フラウドレスは怯む。
〈あれ、、、さっきのよりも、、全然に強い⋯⋯〉
〈うーん⋯、、、〉
〈あんなの食らったら⋯一溜りじゃないんじゃ、、、〉
〈いや、フラウドレス⋯その心配は要らないよ〉
〈え?、、どうして分かるの?〉
〈うーーーん、よく分かんない。分かんないけどぉ⋯なんか分かる〉
〈え?、、、ヘリオローザ、、、、、どうしたの?〉
〈アタシの心配するよりも自分の身体を守った方がいいよ、フラウドレス。まぁあなたの身体はアタシが護るのが当然か。最終防衛ライン。“最終”だけど、直ぐに前線に立つ!〉
4つの具現兵器による光線砲撃が再び放たれ、ボニュフェスト近辺に着弾。これも先程と同様の展開。一切の煙も音も⋯着弾時に発生するであろう産物は確認されなかった。通常空気が流れるだけの着弾だ。
先程の負荷ダメージとして受けていた“聖痕”の傷跡が深くなっていた。出血が確認される聖痕の箇所もあった。
私はこの“警備艇試験”というものを止めた方が良い⋯と思った。だがこれは戮世界にとって普通のイベントなんだ⋯と悟った。それはみんなの反応を見れば容易に理解できるものだ。一人の仲間が一方的な攻撃を受けているのに、その様に対し、無視する訳では無いが、“見届ける姿勢”を貫いている。
私がここで正義ぶってボニュフェストへの攻撃を止めるよう、促したら⋯子供達はどんな反応を見せるのだろうか。一気に私の素性を怪しむのだろうか⋯。“大司祭”という肩書きでは有り得ない行動だった場合、自身の立場が危うい状態になってしまう。それは避けなればならない。しかし⋯⋯このままではボニュフェストの身体が⋯
「聖痕が深い部分を侵している。ボニュフェスト、これまでだな」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯申し訳ありません、、、」
そう言い、ボニュフェストから白鯨の姿が消失。粒子状となった白鯨がボニュフェストの腹部へと戻っていく。
「では、次の者は⋯」
◈
36分間に渡って行われた警備艇試験。ボニュフェストを皮切りに、残り26名の子供達が具現兵器の光線砲撃を受け続けた。36分間で26名を相手にする⋯。単純計算ではハイスピードで警備艇試験が一人一人に実行された⋯思わされるものだ。⋯だが、中身はそうじゃない⋯。
警備艇試験を端折られた子供がいる。
┌─────────────────┐
ブーゲート
バイアプス
アーカスクスト
ナチェット
ハラバラス
ビーレンビルト
ガーダイン
ヒイレン
トフェリー
ナイテュス
アベルトーネ
└─────────────────┘
計11名の子供が、警備艇試験を行わな無かった者たち。これに猛反発した、アベルトーネ。
「待ってください。やれます⋯“御使い”は⋯御使いの白鯨は必ずや⋯希望以上のものを提供してみせます。なので⋯」
「アベルトーネの白鯨に時間を割いてまで付き合う必要性は無いと言える。もう、口を開くな」
「教母様⋯⋯」
アベルトーネのみが置かれた現状を憂いていた。他の子供達にはそのような反応は無く、アベルトーネの反応がよく目立つ形となっている。アベルトーネを筆頭に警備艇試験をスルーされた11名の子供達と、警備艇試験を実行出来たボニュフェストを含む16名の子供達。
この2つのグループにはどんな差が生じていたのか。それが分かっていれば、アベルトーネの慟哭をもっと感情的なまでに理解できていただろう。しかしながら、現在の私にはアベルトーネ達が、“教母様から見放された”と思ってしまう他ない。
哀しい表情で教母様を捉えているアベルトーネ。そんな視線を直ぐに跳ね除ける教母様。
「それでは⋯ここで2つの班が構成されました。警備艇試験を受けた者と受けられなかった者。この2つの班が分かれて、ここから乳蜜祭への最終準備に移ることになります」
教導室の扉が開く。
「ここから先程、私がここに来るまでみんなの世話をしていた教母も同行致します」
「改めて、よろしくお願いしますね」
もう一人の教母が挨拶をする。教母様と同年代のような様相。ヘアスタイルも同じでロングヘアに黒髪。顔の作りが違うので、見分けはつくのだが、着装している修道服の色が同一色という事もあり、判別にはほんの少しの時間を要する。ほんの少し⋯だけ。
「私が主導する班は、警備艇試験を受けた者たち」
「私が主導する班は、警備艇試験を受けられなかった者たち」
一緒にいた教母様が“受けた者チーム”。
知らない教母が“受けられなかった者チーム”。
「あの⋯教母⋯様⋯」
“教母”と言ったら、両者が振り向いた。私は顔馴染みのある教母様の方に視線を送る。
「大司祭バタイユと権天使ヴェフエルは、ここから別行動を取ってもらいます。権天使ヴェフエルは私の班。大司祭バタイユはあちらの班へ」
「え、、、、」
思わず私は、不安視している⋯と判断されるようなリアクションを起こしてしまった。
「アタシは⋯教母様と一緒ン!」
なんだか、凄く嬉しそうな表情を見せるヴェフエル改め、ヘリオローザ。どうやら気持ちは私と同じのようだ。
────────────────
⋯⋯知らん人と一緒になりたくない⋯。
────────────────
こんなガキ過ぎる理由で、私は『え、、、』なんて、不安視する表現を表に出してしまった⋯情けない⋯こういうのは我慢しなくちゃいけないのに⋯そう自省しているとヘリオローザがマインドスペースにて私への交信を実施。
「ごめんね!なんでだか分かんないけど、アタシが教母様と同じになっちゃった!」
「はぁ⋯⋯もう、、勘弁してよ⋯⋯」
「あの人のさ、どんな人なんかなぁって思って“調べ上げて”みたんだけどね、、、別にそんな変な女じゃ無いよ。だからってね、とっつきがいのある特殊エッセンスが盛り込まれてる女でも無い。まぁ、普通の女ね。普通の」
「あー、、そうなの⋯てゆうかあんた、他人のステータスを即座に把握出来る能力なんてあるの?」
「ああうん、まあ、うん、まあね、うん、うん、、、なに?」
「え、いやまぁ⋯知らなかったなぁ、、ってちょっと思っただけ⋯それも、戮世界にいた時に習得した能力なの?」
「いいや、これは私の元々の力よ」
「あ、そう⋯」
「じゃ!フラウドレスちゃん頑張ってね〜ん!人見知りしないで!何かあったら直ぐにアタシに助けを求めること!オッケね?」
◈
午前11時──。
ヴェフエルが入属した班。
ガウフォン大聖堂から離れて、アタシ達は帝都ガウフォンの中心街にやって来た。ここは昨日、アタシ⋯まぁ正確にはフラウドレスか⋯。フラウドレスが商人とか、吟遊詩人とかとコミュニケーションを取った場所。昨日は凄い賑わってたなぁ⋯⋯引くぐらい賑わってたわ⋯。アタシはあーいうのとは距離を置きたいタイプなんだよね。けど、周りが参加してるなら、なるべくは参加してたいタイプ。要は、周りが経験するものはアタシも経験しときたい!って感じなんだよね。そういう時⋯『経験したいな!』って思ったら、母体の制御を本人からアタシに切り替える。これが功を奏する時と、『あーあ⋯切り替わるんじゃなかったあ、、』ってなる場面がある。多くは前者だけどね。なんすけど⋯そう、、、だね、、アタシのワガママで色んな迷惑を掛けちゃったラキュエイヌもまぁ、、まぁ、、、、、、、、はぁ、、、、
───────iitakunaaaaai
けっこういる。。。。。
───────naaaandeittan
、、、で!でも!ね!フラウドレスには、もう独りよがりにならない!って決めたもん!そう!決めた!だってフラウドレスの身体は今までのラキュエイヌとは一線を画すものなんだから。生命種の能力を自身の身体に書き加える、セブンスなんて能力凄すぎるもん⋯何よコレ⋯はぁ?馬鹿じゃないの?ノウア・ブルームより強い⋯可能性⋯うーん、でも、まだアタシが知らないノウア・ブルームも沢山あるだろうし⋯アタシが持ってるノウア・ブルームとセブンスがあれば、もう無敵だからね。
アルシオン殺したい。これだったらアルシオンを殺せる。アルシオンの子孫⋯アトリビュート⋯とかだったよね。フラウドレス⋯⋯⋯⋯⋯⋯だめだ⋯一瞬考えちゃった⋯。────────┐───
許可もらう前から、殺めようかを。
────────┘───
◈
自分とフラウドレス⋯そして過去のラキュエイヌを回想させていると、歩行はどんどんと進んでいき、中心街から少し離れた“城塞”へとやって来た。先程までの溢れる人、連続的に続く建築物からは大きく変わった世界観が構築されていた。城塞の周辺には庭園が広がっており、とても⋯雄大だぁ。こんな所に一生を過ごせれたらなぁと思うと、アタシが今、頭ん中で思い描いている悪性の正義なんて、ちっぽけな感情として消えていくんだろう⋯。
アタシは現在を、よく思っている。非常に良く思っている。間違ってない⋯って、思ってるの。そんな中に、他の⋯ぜんぜん異なった違う方向性を問われる存在に成り果てたら⋯今のアタシはどうなるんだろうね。
「それでは今から、七唇律聖教が捕虜としている“超越者の血統”を中心街へ繫縛していく」
教母様が、そう言った。あれか⋯昨日の奴隷行進はコレだったのか⋯。はぁ、、、アタシは今から、奴隷の行進を手伝う羽目になるのか⋯。、、、嫌じゃ無いんだけど⋯気持ち悪くなるのは⋯当たり前の感情⋯だよね?
「デメテル、アービル、メスト、グレイシャス、アラクネ、ルバトス、ヘイモス、エノレル、ネネイル、レカデル、ルフェル、サキネル、アイパス、ギュエル、ラサイン、アリッサ。以上のシスターズ、教信者が警備艇試験を受けた者としてここからは行動をしてもらう。そこまで真剣に考える必要は無いが、心の止めておくのと、止めておかない⋯ことでは雲泥の差が生じるだろう。私の方からは立場上、このような発言をしておく」
なんだか回りくどい言い方をするんだよな。この人。もっとハッキリと言ってくれたらその通りに動けばいいだけなんだし、もっとラクになるのに⋯。みんなはこんな発言をすると人の前で毎回七唇律について学んでるんだよね⋯。なんでそこまでして七唇律聖教に関与したいんだか⋯。アタシがいた戮世界とは随分仕様も変わったのかな⋯。
「権天使ヴェフエル」
「はい」
急に呼ばれたけど、アタシは平静を保ったまま、反応した。
「権天使ヴェフエルには、奴隷行進の先頭に立って、彼等を先導していただきます」
「え、まじ、、」
「うん?何か問題がありますか?」
⋯このオンナ⋯『うん?出来るわよね?』みたいな顔をしてこちらを見続けている⋯。そうじゃなきゃ都合が悪いかのような空間を作りやがってきた。ちぇっ⋯権天使ヴェフエルだったらそのぐらいの事、して当然⋯って言うことなの???はぁあ??もう、なんでそんな名前付けてくれたのよ⋯。アタシ⋯奴隷の先頭に立つなんて凄い嫌なんですけど⋯それに、アルシオンの子孫なんでしょ?コイツら⋯。
「わかりました」
こう言うしか無かった。選択肢なんて無いも同然。
「それでは今から、全員が城塞に入り、本日の乳蜜祭2日目に生贄として捧げられるアトリビュートを連れ出しましょう」
◈
城塞に入ると、“中庭”と呼ぶにふさわしい場所に躍り出る。城西前に広がっていた庭に比べれば圧倒的な狭さを感じざるを得ないが、この中庭でも十分なものと言える。
アタシがいない1000年間で戮世界には貴族が生まれたのかな。まぁ1000年も留守にしてれば、世界の在り方だって変わるか。とは言っても、七唇律⋯セカンドステージチルドレンの血統⋯等、後継されている文明は少なからずあるようだ。アタシがまだ気づいてないだけで、多くのものが現存してるのかもしれないし。まだまだここは調査をする価値の場所だね。
アタシ⋯こんな事してていいのかな。
「アレが⋯」
それにしてもアタシ以外のシスターズ、教信者は一切喋らないな⋯目の前にあんな光景が映し出された⋯っていうのに⋯。
地下から奴隷が出てきた。奴隷は縦一列に並び、その横には等間隔で七唇律聖教の不特定聖職がついていた。聖職は銃剣を装備し、緊急時対応への備えを整えていた。
紫色のコートを着装している奴隷。案外、綺麗な身だしなみなんだな⋯と素直に思った。『奴隷』と聞いたからには、薄汚れた⋯またはかなり汚れた状況で、痩せ細っていて、怪我だらけで、壮絶な仕打ちを受けてきた⋯と思わせられる様相をイメージした。
しかし、地下からどんどん出てくる奴隷は全員が⋯普通。
普通⋯としか言いようがないくらい、普通。なんなら紫の統一色コートを着装しているから、ちょっぴりカッコよく見えてしまう。縦一列の人間が同じ服を着てるんだよ?別に悪くは無い情景だよ。
「権天使ヴェフエル」
「はい」
「こちらへ」
「は、はい⋯」
地下からまだ出てくる奴隷を他所に、先頭に立つよう、教母から促される。返事をした時にも、地下からの様子が気になり、何度も⋯何度も⋯移動の最中に後ろを確認。つまり、地下の出入口を見る。そんなアタシの後方へ続くように、シスターズと教信者が後を追う。
ちょっと小走りになる。なんか⋯⋯圧を感じた、、、から。左を見ると、“超越者の血盟”改め奴隷、背後には16名の子供達がズラーっと、並んで歩いている。
なんかアタシが大勢の子供達を引き連れてるRPG感があって、良きかな。アタシは好き。アタシがリーダーであって、この子達はアタシの命令に従わなきゃいけない⋯みたいな?アタシが勝手にそう思ってるだけで実際は、もっとちゃんとした理由があるんだろうけどね。
“理由”⋯うーん、、大した理由じゃないかもしれないね。ただ単に、左を見れば縦一列で歩行している奴隷がいるから、それに合わせてる。
⋯そんな理由だとは思ってるけど、そうだったら、両側で挟む形でも良くない?奴隷の人数はざっと50人以上。アタシが見た限りではそのぐらい。本当はもっといるのかもしれない。先頭に立っているから、後ろの状況が把握出来ずにいる。
『後ろ確認すりゃあいいじゃん』
⋯したさ。したけど⋯分からなかった。人が縦一列に並んでいる状態を想像してほしいんだけど、“果て”って分からないんだよね。アタシの所定位置になってみれば分かることよ。50人も縦一列に並んでる状態であると、“果て”がどこまで続いているのか分からない。
あ、そういえば⋯教母は?もっとコミュニケーションを取るべきだったな。まだあの人の素性を自分の中で判断し切れていない。別に、何かを疑ってる訳でも無いんだけど、こうやってアトリビュートを奴隷として扱っているんだから、“鬼畜”を行っている事は間違いないんだ。現にアタシの後方に並ぶ、子供達はこの様子を一切不安視していないように見える。
教母が何処にいるか⋯まさか一番後ろに行ったのか?
もしそうなら⋯アタシがここから制御することになるの?
え、、、ちょっと待って⋯この奴隷達⋯じゃあ⋯自分達が向かう場所を把握してるってこと?生贄の捧げられる場所に、自らが向かおうとしてるって事⋯。十分過ぎる“抵抗”を行った上での判断なのだろう。自分の身体が『生贄』になるなんて望んでいるはずがない。だがこうして、奴隷は自分達の足で場所に向かおうとしている。
洗脳している人物はいない。全員が“自分の意志”で行動しているんだ。
決意⋯?覚悟⋯?信念⋯?
矜恃⋯。
そんなわけ⋯無い。
奴隷の列、権天使ヴェフエルの列。
長く続いている両者の行進。城塞を出ると、中心街に連なる建築物が立っている。そこには大勢の民衆が待ち構えていた。そんな様子にアタシは慄いてしまう。
「権天使ヴェフエル様⋯、お身体大丈夫ですか?」
「えぇ?⋯ああ⋯まぁ⋯大丈夫よ。サンキュ」
「さん、、きゅ、?」
「あ、」
アンタらの頭ん中では権天使ヴェフエルって、そんなフランクな存在じゃないって事ね。分かったわあった。
「ありがとう、感謝する」
にとって似つかわしくない⋯言い慣れてないような真面目で気品のある口調。口が全然その状態を受け入れないのだけれど、アタシは無理矢理合わせた。この子のビジョンに適合した権天使ヴェフエルを演出した。この子がビジョンに描く権天使ヴェフエルを⋯“知らないのに”。
「権天使ヴェフエル様に、そのような言葉をいただけて大変嬉しく思います」
「そんな改まった事を言うでない。安心しろ」
なんか王様にでもなった気分だ。悪い気はしなかったので、もう少しこのシチュエーションを堪能する事にしよう。違和感が完全に削がれれば⋯の話だけど。
「あのさ⋯」
「はい、なんでしょうか?」
「君の名前⋯なに?」
「ああ、それは大変失礼致しました。“御使い”はラサインと申します」
「ラサインくんね。りょうかーい」
「権天使ヴェフエル様に、“御使い”の名前を仰っていただけるなんて、光栄に極みでございます」
どうも一人称の“御使い”が気に障るな。どんな一人称なんだよ。御使い⋯て、天使を指し示す言葉だよね⋯。アタシが一人称にした方が絶対に合う言葉じゃん。、、、、まぁ使わないけど。
「ラサインくん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「はい、御使いの分際で良ければ、なんなりと仰ってください」
アタシとラサインは、前後の関係性。左隣に奴隷がいる中で、コミュニケーションを取っていく。アタシが後方に位置するラサインに話し掛ける形式だ。傍から見ると、仲良しの友達みたいに見えるだろう。アタシも案外、悪い気はしない。
「これさ、なんなの?」
「あ、、な⋯なんなの⋯と、、は」
「アタシさ、現状を良く理解出来てなくてさぁ⋯教母様の指図通りに動いてるだけなのよ」
ラサインの権天使像を破壊した。もう、無理だった。アタシの性に合わない⋯と直ぐに判断。しかし、ラサインの反応は意外なものですんなりと受け入れるような対応を取ってくれた。
「あ⋯そ、そうなんですか⋯?というか⋯権天使ヴェフエル様は、教母様に敬称なんて必要は無い⋯と思うんですが⋯」
あ、そんなに偉い存在なのか⋯権天使ヴェフエルって。
「あー、そうかそうかぁ。⋯⋯あのさ?、、アタシ⋯“下界”の感じ理解し切れてない部分が多くあるんだけどね⋯ラサインくんに説明してほしいんだけど⋯」
「御使いが⋯権天使ヴェフエル様に⋯戮世界の説明⋯ですか?」
「そう!」
「いや⋯そんなことをしなくても⋯権天使ヴェフエル様ぐらいの存在なら簡単に事態を“吸収”出来ているかと⋯思うんですけど⋯」
────────
コイツ⋯硬ぇな。
────────
「あ、あの〜ね、アタシ他の天使と違って、怠惰なのよ」
「あー⋯なるほど⋯。戮世界に興味が無いぐらい、権天使ヴェフエルとしての職務に追われている⋯という事ですか?」
「そうそう!」
なんだか良い方へ、勝手に転んでくれたので、有難くそちらの方へ転んでいただこう。
「そうでしたら⋯あ、いや、そうでなくとも御使いの口腔言語で宜しいのであれば説明など、いくらでも差し上げますよ」
「ほんと?お前え、良い奴だな〜!」
「権天使ヴェフエル様にそのような言葉を仰って頂けると思いませんでした。それにしても、権天使ヴェフエル様が、そんな言葉をお使いになられるのですね」
「あーそうなのだよ〜。堅苦しい言葉ばっかりだと、舌と唇がそれにしても慣れてしまうだろう?アタシはそれが嫌なのだよ〜。だから、ラサインくんも“自分らしさ”を大切にした方がいいぞ??」
「ありがたき御言葉。ですが、現へ何も違和感を覚えていないので、御使いはこのままで⋯」
「そうか⋯まぁ、お前がそれでいいのなら、構わんよ」
それにしても⋯こんな大っぴらな会話をしているのに、左隣の奴隷は一切気にも触れようとしない。顔色ほんの少し変えるぐらいは反応が見れるだろう⋯と期待していたのに⋯。もっと探りを入れて、奴隷とのコンタクトを図ろう。
「ラサインくん」
「はい。なんでしょうか?」
「さっきっから民衆達が、この列に興味を持つ素振りを見せているが、これはそんな珍しいものだったっけか?」
「珍しいものでは無いですけど、この奴隷のおかげで汚染物質蔓延が消失する可能性が示唆されていますから、これぐらい注目度はあって当然かと存じます」
「へぇー、なるほどね。“聖痕”って言ってたやつ」
「先程の⋯ですか?」
「警備艇試験⋯。あれ、痛くないの?」
「お気遣い感謝いたします。ですが問題ありません」
「警備艇試験を受けていないメンツがいるけど、それって何か原因があったりするん?」
けっこうポップな気持ちになって聞いてみた。
「分かりません。御使いにもどうして自分が警備艇試験を受けれたのか⋯」
「え、自分にも分かってないの?」
「はい⋯そうですね⋯聖痕に耐えられる自信があっただけです」
「じゃあそれが何よりの理由じゃないの?」
「え、、そうなんですかね⋯」
「そうよ。ラサインくんが『イける!』って強く思っていたから、警備艇試験も受けれた。教母様にはそれが通じたんじゃない?」
まっっっっったく話の流れが読めてないが、ロマンチックな展開を想定し、アタシはこのようなラサインに寄り添う形を作った。これでラサインが否定しなければ、アタシの言葉により一層の感謝を見せることだろう。
「本当ですか⋯権天使ヴェフエル様にそう言ってもらえるとは⋯先程から感謝しっぱなしで、使える言葉が限られているあまり⋯どう表現するべきか迷うのですが⋯本当に⋯、、本当に⋯あの、、、、、」
「“嬉しい”って言えばいいのよ」
「そんな⋯!権天使ヴェフエル様にそのような“取れた言葉”を使えません」
「いいのよ。位階を気にしないで。少なくともアタシにはそれぐらいの気概で接して良いから」
「ですが⋯そういう訳には⋯」
「アタシなら大丈夫だから。他の天使には気をつけてね!」
「は、はい!」
他の天使⋯とかそんなの知らんけど、まぁ⋯それらしく一応の警告はしておく。その方がリアルだから。ラサインの天使像が本物なら、アタシの天使像はイレギュラーなものとして映る。特異対象として識別される可能性が高い。“権天使ヴェフエル”を名乗る以上(不本意だが)、天使の振る舞いをある程度はしなければならないのだが⋯どうもアタシにはそれが出来ない。したくないっていう幼稚な理由とその一つだ。アタシ⋯、、ほんんんっとうに、面倒な女だよ。この調子が続くんだったらフラウドレスの中に居れば良かったわ⋯。頭使いたくない⋯勝手にフラウドレスが思考して決断してくれる感じが快適だったんだなぁ⋯。
そう、思ってしまった。
──────────────
「お願いだよ!シスターズ!教信者!」
「生贄を祝福を!生贄に呪いを!」
「アトリビュートに新生なる創世を!」
「虐殺王の末裔だ!さっさと地獄に落ちやがれ!」
「セカンドステージチルドレン!抹殺!」
「早く死んでくれ!」
「ここにいなくてもいい連中なんだ!さっさとどっかに行ってくれ!」
「そうよそうよ!早く!ここから立ち去りなさい!」
「悪いけど、アンタら生きてちゃいけないんだよ!」
「原世界は未だに戦争を引き起こす気か!お前らがそれを止めるんだ!」
「ノソノソと歩いてんじゃねぇ!なんなら俺が押してやろうか!?」
「悪魔共め!お前らが早くに志願していれば、もっと早くに止まっていたかもしれないんだ!」
──────────────────
中心街に近づくにつれ、民衆の声も上がってくる。それは応援⋯とはとてもじゃないが言えない、冷酷非道な言葉の応酬だった。しかしながら、アタシもアルシオンへの復讐心が芽生えている立場上、奴隷達へ“何も思わない”とは言い難い。それも罵声を飛ばす民衆と同類の言葉だ。
もちろん、ここでアタシが奴隷に蔑む言葉を使う事は無い。だが⋯ここまで酷い言葉を四方八方から吐き散らされていると⋯なかなかに来るものがある⋯。
苦しい⋯切ない⋯悲しい⋯怖い⋯怒り⋯憎しみ⋯儚い⋯。
ここにいる奴隷は当然の事ながら、虐殺王との関連性は“遺伝子・血統”のみ。セカンドステージチルドレンという言葉を旧時代の死語。“アトリビュート”として新生した存在だ。
それでもやはり、虐殺王サリューラス・アルシオンを先祖に持つ事実と、原世界の世界戦争によるシェアワールド現象で同期される汚染物質を解決に導くオーパーツとして存在⋯この2つが、民衆を憤怒にさせるワケに繋げさせる。
否が応でも。
応酬が言葉の他にも、残飯、ゴミ、唾⋯等の投擲物に発展。
「うわ⋯マジで⋯」
「権天使ヴェフエル様!」
後方に位置するラサインがアタシを守ってくれた。まぁ、そんなもの必要もなく、結界を張ることで身体を守れる。ラサインも何か能力を発動しようとしかけていたが、アタシの結界展開で、実行段階を中止した。
「ありがと」
「こちらこそ⋯有難うございます」
ヘリオローザは、自分だけの結界膜だけでは無く、ラサインをも抱擁する結界を生成。ラサインの後方に並んでいる他のシスターズ、教信者はその様子に驚愕していた。
「ラサイン⋯」
「貴方⋯どうやって権天使ヴェフエル様にこのような行動を⋯」
ラサインの背後、デメテル。
デメテルの背後、ルバトス。
2人の驚愕する声が聞こえてきたヘリオローザ。
「おい!シスターズ!教信者!早く生贄を祭壇まで連れて行け!こんなヤツらが外界にずっといられちゃあ困るんだよ!」
「そうだそうだ!歩くのが遅せぇんだよ!」
「行きやがれ!」
「行きやがれ!」
「行きやがれ!」
「行きやがれ!」
「身を捧げろ!」
「身を捧げろ!」
「身を捧げろ!」
「グランドベリートへ!」
「大陸神へ!!」
─────────────
「セカンドステージチルドレンは死滅しろ!」
─────────────
「ちぇッ⋯うるせぇな」
我慢の限界点を迎えたヘリオローザ。分かっている。住宅街に連なる場所で今体内で産出されている能力を外部に解放すると⋯“えらい目”が起きる。
熾す⋯。熾す⋯⋯。熾す⋯⋯⋯。熾す⋯⋯⋯⋯。熾す⋯⋯⋯⋯⋯。熾す⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
フラウドレスと約束したんだ。まだ⋯我慢しなきゃ。
ヘリオローザは目覚めようとしていた覚醒の兆候を抑制。その兆候し切ったエネルギーを結界幕の拡大に注いだ。それによってヘリオローザとラサインのみを抱擁していた結界幕が、弾頭型に拡大。つまり、縦二列に並んだ奴隷、シスターズ&教信者を包み込んだ。これによって外部から投擲されて来た異物の直撃を防いだ。
「権天使ヴェフエル様!何もここまでしなくても!」
ラサインが声を上げる。ラサインに続く形で、後方の子供達も同じような事を吐いている。この状況には今まで沈黙を貫いていた奴隷達もが驚いた様子になっている。しかし何かを吐くような素振りは見せていない。決して開口はせず、眼差しのみをこちらに向ける形だ。
「まぁ別に良くね?アタシ、唾なんか吐かれたら嫌だし」
「結界は権天使ヴェフエル様のみで大丈夫ですから。ご無理なさらずに⋯」
「無理なんてしてないから。アタシはアタシが発生させたかったからしてるだけ。文句言わない、クレーム受け付けない、愚痴も無し、デトックスはアタシの前でやらない⋯。以上、行くよ?」
「は⋯はい!」
なんてカッコいい天使様なんだろう⋯。ラサインは憧れの眼差しを向ける。ラサインの後方に位置する、デメテルルバトスも同じ感情を抱いていた。
「権天使ヴェフエル様⋯」
「なんてお優しき方なのだ⋯有り得ない⋯」
弾頭型に後ろへと伸びている結界。
蝶の蛹、核ミサイル。どちらとも表現するに値している。
ヘリオローザの人格的に思考するのならば⋯後者が一番適した表現と言えよう。母体・フラウドレスとして思考してみると⋯⋯これは、、、、両者該当する表現と言える。
民衆から放たれてきた投擲物。その全てが結界で防御されていく。
「シスターズ、教信者が奴隷を守護するなど!そんなことあっていいのか!」
「それでも朔式神族から血を与えられた者だっていうの!?」
「信じられねぇ⋯おい!みんな!こいつらは悪魔の末裔を守護する奴らだ!」
「そんな⋯私は信じていたのに⋯七唇律聖教を信じていたのに⋯裏切り者!」
「許せない!結局お前らは自分達のことしか考えていない!」
アタシが展開した結界によって今まで以上の罵詈雑言が飛び交うという予想外の事態を生んでしまった。結果守られる事で、逆に自分達の攻撃性に拍車が掛かってしまっている。こうなるとは⋯思いもよらなかったな。
普通、ここで諦めるものだと思ったが⋯さすが戮世界の住人。信念を曲げないタイプは昔っからのオプションってワケだ。
大っ嫌い。
◈
民衆からの攻撃が止まること無く、そのまま行進を続ける。
中心街にやってきた。ここは昨日フラウドレスが色々と振り回された場所だ。そこに“ヘリオローザ”としてやって来た。特段不思議な感情に包まれる事は無い。フラウドレスの視点映像を通して、情景は確認していたからだ。
奴隷の行進が止まる。奴隷の行進が止まった事を横目で確認した事で、アタシも歩行を停止させた。しかし⋯
「権天使ヴェフエル様」
「なんだ?」
「権天使ヴェフエル様は、まだ止まらなくていいんですよ」
ラサインがそう言う。
「え⋯?でも⋯」
奴隷が止まったのは、大きな建築物の扉の前。奴隷が“洗脳”されたように勝手に動いてくれるのでアタシはそれに付き従っていた。気づくとこんな場所の真ん前。ラサインがここまで何のナビゲーションも行っていなかったので、ここで合っているのだろう。ラサインとは行進の際、色んな事を話していた。踏み込んだ話も仕掛けたのだが、「それは御使いにはそぐわないです」「それは御使いにはそぐわないです」「それは御使いにはそぐわないです」「御使いには⋯」「御使いには⋯」「御使いには⋯」
この一点張りだった。緊張して発汗もしてたし⋯そんなにアタシって畏れる存在?
ラサインがヘリオローザに歩行再開を促していると、後方から教母が近づくのを確認する。
「教母さん、ここから先、入ってもいいの?」
「ええ、シスターズ、教信者の先頭に位置する人間が一番最初に扉へ触れるのがルールなんです」
「へえ〜」
言い方から察するに、天使が知っていなくてもいい内容のようだ。チラッと、ラサインの顔を見ると⋯眉間に皺を寄せた固い表情をこちらに向けている。その顔面⋯⋯『天使は知っていて当たり前だと思いますけど⋯』と言わんばかりの顔だな。
教母の言い方とシスターズ・ラサインの表情で、状況に乖離性が生じているが、立場的には教母の方が上だろう。特に気にすること無く、進む事にする。
扉を開ける。そこには多くのドレスとシーツを着こなした貴族らしき者達が居た。空気からしてアタシらの到着を今か今かと待っていたようだ。
「これはこれは、お待ちしておりました。ようこそ“カナン”へ」
中心に位置していた男が、一歩前へ出る。そしてこの城の名前と思わしき言葉を発した。“カナン”⋯。
「どうも」
「あなたは⋯⋯?」
「失礼」
教母がアタシと男の間に割って入る。
「この方は権天使ヴェフエルです」
「なんと⋯!?」
男の驚愕と共に、カナンでアタシらを待ち構えていた者らが一斉に驚く。
「教母、何故ここに権天使ヴェフエルがいるのだ」
「敬称を⋯付けた方がよろしいかと⋯?」
教母が男に言う。
「あ、ああ⋯⋯申し訳ありません。権天使ヴェフエル様」
「いいえ、問題ありません」
アタシはさすがの空気感を察し、先程までのキャラを一旦は捨て、“権天使ヴェフエル”としての人物像を演出した。
「お時間押してしまい申し訳ありません。当該事態に関する謝罪は後程、しっかりとした形で行わせて頂きます」
「いえいえ!とんでもないです。権天使ヴェフエル様にそのような雑務を差し上げる訳にはいきませんので!」
「そうですか?でしたら⋯いいのですが⋯、、失礼、あなたのお名前は?」
「申し遅れました。私は“ロウィース・エレティアナ”侯爵。ここ⋯カナンに集いし、私を始めとする審問官が大陸政府小評議会議員。テクフル諸侯と七唇律聖教で構成された“大陸政府”の一部となります」
「一部⋯全員は居ないのかい?」
「はい⋯そうですね⋯、、全員は殆ど集まる事は⋯無いのですよ⋯」
さっきまでとはヤケに様子が変わった。アタシの存在にどうも戦慄を覚えている様子だ。もうちょっと押せば、色々と引き出してくれるかもしれないな⋯。権天使ヴェフエルの価値をもっと演出しよう。
◈
「奴隷を連れてきた。何処に連行すればいいんだ?」
「はい〜、そうですね⋯取り敢えずは⋯、こちらの方へ全員を流していただけるとありがたいです」
「分かりました。ラサイン」
「仰せのままに⋯」
ラサインが扉を全開にし、奴隷をカナン内へ。100人近くを収容出来る空間など、現時点でいる場所には見当たらないのだが⋯
「ロウィースくん、この奴隷達は⋯何処に連れて行けばいいの?100人近くは列を成しているんだけど」
「問題ありませんよ。おい」
ロウィースが一人の女を呼んだ。
「自己紹介を」
「権天使ヴェフエル様、お目にかかり光栄でございます。私は“ゼスポナ・エレティアナ”。七唇律聖教シスターズランカー・ラマーレル。宜しくお願いします」
「宜しくゼスポナちゃん」
「なんと嬉しき愛称まで⋯」
アタシ、そんなに偉い存在なの⋯。跪くような感じなのね⋯。まぁ普通に考えて天使を冠するんだから、これぐらいの事⋯ふつう⋯?なの??
「んでぇー、ゼスポナちゃん、大量の奴隷を収容する場所なんて何処にあんの?」
「こうするんです」
ゼスポナの身体から発現されるエネルギー。それがカイコガを模様した具現体を形成。
「ほほぅ⋯やっぱりそうか⋯天根集合知だよね」
「そうです。私が朔式神族から得た天根集合知は、囲蛹形態対応蚕繭亜空間。蛾素エネルギーを中心とした天根集合知で、蚕繭を利用した亜空間を生成し、その中に取り込む事が出来る⋯という能力です」
「なるほど。つまりその蚕繭亜空間の中に奴隷を一時的に保存するっていうわけ?」
「理解が早くて助かります」
いや、言われた通りに理解すれば誰でもこの早さで理解出来んだろ。
「じゃあその力、見せてもらおうかしら」
「御意に⋯」
返事。その直後に蚕繭亜空間が拡大。その中に次々と奴隷らが入っていく。
「まるで奴隷達が吸い込まれていくように進んでいくな」
「権天使ヴェフエル様、これも大陸政府小評議会議員の天根集合知によるものですよ」
「フン、もうなんでもかんでも天根集合知に任せるんだな。んで?この掃除機みたいに奴隷を動かしているのはどこのどいつだい?」
「こちらにいます」
「お初にお目にかかります。俺はティリウス・ケルティノーズ。天根集合知、人的強制性洗脳技術を授けられた者です」
「それってさ、傀儡操舵手と能力似てない?」
アタシはマインドコントロールに酷似した天根集合知を知っている。それについて問い詰めてみた。
「権天使ヴェフエル様、そこまで知って頂いてる事を光栄に思います。“傀儡操舵手”とは系統が違うのですよ。傀儡操舵手は相手が気絶状態でも発動可能なもの。マインドコントロールは、生命反応が確認されてい無ければ、発動不可能なんです」
「え、、ただの劣化版ってコト?」
「はい、そうなります」
え、、そんな高らかに言われてもこっちの反応に困るんですけど。こういうのってさ⋯『アッチよりコッチの方が性能がいいんですよ〜』ってなるパターンなんじゃないの?傀儡操舵手の方が能力上なの?何それ⋯。時間の無駄した。キレ散らかしてやろうかな。
「え?そんなものをアタシにプレゼンしていたの?」
「権天使ヴェフエル様に嘘をつく必要性がありませんので、正直にお伝えしたまでです。これで殺されるのなら、本望でございます」
「ほほぅ⋯大した心構えね」
一触即発⋯ほぼアタシ側の攻撃性を帯びた状況。そんな危険信号発令のやり取りにロウィースが割って入る。
「権天使ヴェフエル様!申し訳ございません!ティリウスにはキチンと礼儀と敬意を叩き込んでおきます」
「まぁ、嘘をつかずに真を伝えるのは好感が持てる。ただし、そんな劣悪な代物をアタシに教えるで無い。次貧弱な概要を伝えるような事をしたら⋯」
「わかりました⋯必ずや⋯権天使ヴェフエル様に気に障るようなことはしません⋯さぁ!ほら、あっちに行け!」
「⋯⋯⋯⋯」
ティリウスがロウィースの急かそうとする退去に苛立っているのか、何も発すること無く、無言のままこの場から立ち去る。ここはエントランス。ティリウスは右脇に見える階段で階上。
「権天使ヴェフエル様、大変失礼致しました」
「いいえ、なんら問題ありませんよ。なんら。ええ、なんら」
“強調”はしなくとも必要の無い、“同じ言葉の2連チャン”にロウィースの顔が引き攣る。どう考えてもティリウスの態度に気が触れた⋯と勘繰ってしまうシチュエーションを作った。まぁ実際ちょっとティリウスの言い方や口調にはムカついていたから、今回に関してはあながち⋯リアリティのあるボイスになった⋯と言える。あくまでも⋯アタシは演出しただけ。そこに実際の“怒り”が見え隠れするようなエッセンスとして使用された。
結果的にはロウィースを脅す形となってしまったが、“警告”として捉えさせておこう⋯そう思った。
と、まぁこんなヘリオローザちゃんのお怒りモードが炸裂したりしなかったりする場面の中で、次々と蚕繭亜空間に取り込まれていく奴隷。
「ラサインちゃん」
「ちゃん⋯!?はい、ラサインです」
「あのさぁ、飽きた」
「え⋯しかし⋯」
「権天使ヴェフエル様」
「あん?」
「デメテルと申します。御使いからの言葉、差し支えなければ、お伝えしたい事があるのですが、ご対応いかがでしょうか?」
「⋯、、、どぞ」
なぁんか固い男がやって来たなぁ。あとコイツも一人称が“御使い”だよ。アタシが使うべき一人称だろ?それは。いや、アタシもそんな一人称使わんけどさ。
「権天使ヴェフエル様はあまりにも下界の状況に無知である⋯と取れるのですが⋯、下界に興味の薄い天使様がどうしてこのような所に降りて来たというのですか?」
とんでもねぇぶち込みストレート質問が来やがった。こんなの逃げも隠れも出来ない正解のみしか話せないテーマじゃねえか⋯いやぁ⋯だからこういう生真面目な男はごめん⋯なんだよ⋯。ええっと⋯そんなん言われても⋯ただアタシはこの名前をつけられただけだし⋯と正直に言ったら、もっと面倒な事が発生してしまう⋯。あー、
どうしよ。どうしよ、どうしよどうしよどうしよどうしよどうしよ⋯
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〈なんか乱れてない?大丈夫なの?〉
〈我が母体!フラウドレス様!こういう時に来てくれるなんてアンタが本当の天使様だよ!〉
〈はぁ?何言ってんのバグってんの?ヘリオローザの生命波長が大きく乱れてた。ここまで乱れるのは初めて。一日前にあなたを意識したぐらいだけど⋯。んでぇ、何かあったの?〉
〈アタシの⋯“権天使ヴェフエル”の降誕理由を問い詰められた!〉
〈誰に?〉
〈子供だよ!あの教導室にいた。デメテルって男の子〉
〈うーん⋯言ってみたら?〉
〈え?何を⋯?〉
〈自分が、ヘリオローザだ⋯って言うことを〉
〈は?フラウドレス、どうしたのよ⋯〉
〈別に?私は私のまんまだけど?一回でもね知っておきたいのよ、ヘリオローザの価値が戮世界にとってどれぐらいのものなのかを〉
〈いや、その万が一の時があるから、ヘリオローザの名前を隠すために“権天使ヴェフエル”って名付けられたんじゃないの?〉
〈そんな普通に生きてて楽しい?もっとダイナミックに生きてみたらいいじゃん。自分の存在をもっとアピールすればいいんだよ。自分はここにいるぞ!って高らかに宣言してみなよ。きっと今までヘリオローザが体験出来なかった場所に着地出来ると思うよ?〉
〈フラウドレス?⋯⋯⋯あなた⋯フラウドレスなの?〉
〈フラウドレスだよ?フラウドレス・ラキュエイヌ〉
〈⋯⋯⋯昨日、カナンの外⋯中心街エリアでサインを貰ったよね?そこでフラウドレスは戮世界の日付を知って驚いた。誰から貰ったっけ?〉
〈⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯〉
黙る。
〈、、、、、、だれ?〉
〈⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ラキュエイヌだよ〉
〈ドリームウォーカーか⋯何しに来たんだ?〉
〈ヘリオローザに特異点の修正箇所を確認した。このままの正規ルートだと、通常路線を運行することになる。それではあまりにもな約束展開が過ぎてしまい、一向に進む気配が見れない。シナリオの軌道修正を提案する〉
〈アタシのシナリオ修正にもやっかみを入れてくるのか?ドリームウォーカー⋯いや⋯、、、“盈虚ユメクイ”〉
〈ここでヘリオローザには、自身の正体を大陸政府、シスターズ、教信者に露呈する事で、新たな特異点兆候が発生する。この流れによって“マグネットパルヴァータ級”のシェアワールド現象が起きる〉
〈なに⋯?コズミックブラッドに相当するほどのものなのか?しかし⋯フラウドレスとの約束が⋯〉
〈原世界の戦争が停止するのだ〉
〈⋯本当なのか?〉
〈⋯⋯ヘリオローザという変異体が熾すイベントにはパラノーマルなシェアワールド現象が度々起こっている。現在、原世界ではヘリオローザの行動によって、喜ばしいものとそうでないものがある〉
〈ダメじゃん〉
〈何も起きないよりはマシであろう〉
〈ヘリオローザ⋯言ったら⋯大きく変わる?〉
〈こちら側としても非常に楽な展開だと言えるな〉
〈⋯⋯⋯⋯⋯⋯わかった〉
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今日からだいぶ、時間空きます。




