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“俗世”ד異世界”双界シェアワールド往還血涙物語『リルイン・オブ・レゾンデートル』  作者: 虧沙吏歓楼
第九章 全曝し!!薔薇の暴悪ヘリオローザ/Chapter.9“Sacrifice”
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[#82-管理者メルヴィルモービシュが紡ぐ交差世界]

第九章 開始。

[#82-管理者メルヴィルモービシュが紡ぐ交差世界]



律歴5604年1月20日──。


⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯僕⋯生きてる⋯?

大丈夫⋯生きてる⋯まだ、、、生きてる⋯もう、、死ぬかもしれないって⋯何度も思ったけど⋯まだ、、そうもいかないみたいだ⋯これが、良かった⋯なのか、良くなかった⋯なのか、、それは今の僕から察するに⋯後者になってしまうのかもしれない⋯。

どこなんだ⋯⋯あの光輪から、、光輪によって自由を奪われた僕は⋯何処に行き着いたんだ⋯。これは正規のルートなのか⋯僕はてっきり、真正面から殺されるんだと思っていた。『陰府』にでも連れて行かれるんじゃないかって思っていた。

だけど蓋を開けてみれば、僕は生きてる。それに⋯知らない湿地帯⋯緑と川の音が聞こえる自然豊かな場所。

ここが日本だとはとても思えない。

どこ、、、、どこなの?⋯⋯⋯僕以外にも⋯⋯、、、誰か⋯居ないの?僕だけ⋯?誰か⋯

大きな声は上げれば、誰か⋯振り向いてくれるのか。ここが得体の知れる場所なら迷わずその行動を取りたい⋯。未知の世界だ⋯。有耶無耶に行動を選択するのは適切なものとは言えない。

姉さん⋯アスタリス⋯どこ行った⋯?

いや、正確には⋯アスタリスだ。

アスタリスは僕と一緒に光輪に取り込まれた。一緒のタイミングと一緒に世界に取り込まれた⋯はずだ。

だから、アスタリスは僕と一緒のはずだ。

なのに⋯いない。

近くにいるのかも⋯と思い、昨日は歩き回った。歩き回ったけど⋯あまりにも果ての無い世界過ぎて、気力が失われていった。

認めたくないが、諦めてしまった。

アスタリス⋯どこに行ったんだ⋯。姉さんは⋯どうなったんだろうか⋯、、、僕たちが先に取り込まれた⋯、、姉さんも、、白鯨に負けた⋯そう考えてしまう⋯。

あれを回避出来る程の体力が姉さんに残されていた⋯とはとてもじゃないが思えない。悔しいが、白鯨・シルヴィルモービシュと呼ばれる存在は強大な力を持った『異形の存在』に該当するものだった。

あれは長時間相手にするものじゃない。ただの化け物だ。セブンスでさえも勝てなかった。勝ててたら、あの状況をその後どう攻略出来ていたんだろうか。

ニーベルンゲン形而枢機卿船団。そう言ってたな。

奴らとシルヴィルモービシュの関係性は根深いものだと予想が出来る。


姉さん⋯アスタリス⋯会いたい⋯会いたいよ、、、僕だけじゃ⋯現状をどうにも出来ない⋯、、、こういう時、2人ならどうするんだろうか⋯。

僕も落ちたものだ。

3人一緒にいる時は、こんなポジションを担う役割のキャラクターじゃなかった。

もっと冷静に物事を見て、的確な対処を図る。

それが僕であり、特色だった。

今の僕を姉さんに見せたくない。こんな醜態を晒したくない。


いつも隣に姉さんがいる。

そうだ⋯いつも隣に姉さんがいる。

『いつも隣に姉さんがいる』

これをずっと脳内で唱えていると、次第に横にいるような気になってきた。

なんだろう⋯この、、不思議な気持ち⋯。

姉さんが本当にいるような感覚になってきた。

麻薬みたいだ⋯幻覚なのは分かってる。だって・姉さんはこんなに優しくない。優しいけど⋯ここまで優しくはない。

これは⋯僕が思う姉さんの創造体。

こうあってほしい⋯こうなってほしいという強い願いが思念体となって形作られた偶像にして創造体。


僕⋯悪いことしてるな⋯また絶対に姐さんと再会する。

そんな時に、この創造体が自分の心と脳に溶け込んでいると、現実で再会した姉さんと比較してしまうかもしれない⋯。それは避けなければならない。

現実が本当の姉さんだ⋯。

自分で勝手な都合と判断で作った創造体は一切、この世に存在しない。僕だけの姉さんだ。

そうだ、、アスタリスにだってアスタリスなりに姉さんがいるに違いない。

だから僕は悪いことしてないよ。人が好む相手には、強い気持ちが溢れ出す。それを具現化して何が悪って言うんだ。

そうだ⋯そうだよね姉さん?


『どうしたの?サンファイア』

姉さん⋯僕だよ⋯僕⋯姉さんもこの世界にいるの?

『私は⋯サンファイアのいる世界にはいない』

そんな⋯じゃあ、、僕はどうしたらいいんだ⋯、、

『サンファイア、大丈夫。こっちを向いて?』

うん⋯⋯どうしたらいいの?

『大丈夫。あなたが探さなくても、私が見つける。絶対にね。あなたとアスタリスを失うような事は絶対にしない。何があっても必ずあなた達を見つけ出すから。2人の命を奪うような事があったら⋯私は、、それを実行した者を殺す』

姉さん⋯そんなに思ってくれてるの?

『当たり前でしょ?だから、、、あなたは待ってて。待ってるだけでいいの。私があなたの所に行くのは⋯あともう少しよ』

もう少し⋯?僕の世界に居ないんだよね?何故⋯“もう少し”ってわかるの?

『あなたの居場所なんて、私には筒抜けなのよ。どこにいようとも必ず迎えに行く。そこに距離とか道程なんて関係無いんだから。私が行くか行かないか、向かうか向かわないか。ただそれだけの話』

姉さんは優しいね。こんな状態になった僕に寄り添ってくれるなんて⋯

『何言ってるの?あなたがどんだけ落ちていても私はあなたの味方よ。なんなら落ちている時の方が味方したいよ。普通そういうもんでしょ?私はあなたの“お姉さん”なんだから』

ありがとう⋯姉さん、、、姉さんの声が聞けてよかった。

『うん、また呼んで。いつでもあなたの傍にいるから』


これが⋯本物の姉さんでは無い事は重々承知。それを判った上でも、僕は満足の気分だ。

ただ⋯ごめん姉さん⋯⋯のニセモノ。これだけは守れない事がある。

僕も姉さんを捜す。

行く宛てなんかない。なんならここがどこなのかも分からない。だけど⋯僕はこの世界に姉さんがいる⋯そう決断した。

なんにも証左なんて無いよ。無いけど⋯、、何もせずにただただ徘徊するのは違うと思う。今まで、僕は“徘徊”をしているつもりは無かった。だが客観的に見てみると、この世界に来てからの僕は明らかに気力や根性を激減させた状態にあった。これは良くない⋯とても良くない事だ。

姉さんがいなくなった⋯僕の世界に姉さんが消えた⋯という事象があからさまに悪影響となり、心を蝕んでいる。


もう、無い。そんな事は絶対に無い。

誓おう。そして願おう。

姉さんはこの世界にいる。

どこかで僕とアスタリスを捜している。

姉さんの性格上、やっぱり『捜索』の手段を取るとなると⋯大勢で賑わう箇所を一番最初に捜すんじゃ無いだろうか。

僕と同じ世界に放り出された⋯と仮説を立てる。

当世界に大規模な都市がある⋯この仮説も同時に立てた。

両方の仮説が立証される世界ならば⋯まず僕がすべき事は、後者の仮説が立証されるに値する都市が探さねばなるまい。


⋯⋯⋯⋯⋯⋯そんなとこ、あるのか。何も見えないんだ。そんな機械的で人口密度の高いところが。

こっちは自然豊かな場所だ。世界の広さも知らない上に、適当な行動だって危険な可能性がある。

慎重に進もう⋯どうせここにいたって、果たされるものは無い。

服装⋯うん⋯これでいいか⋯、、顕現ラタトクスのルケニアエネルギーを装具に変用。寒いし⋯毛皮のコートでも作ろうと思い、少々厚着の服を着装した。

白のファーコートか⋯。目立たないかなぁ⋯。まぁ⋯今はこれでもいい。年齢は⋯13歳とかに設定しよう。

大人と子供の狭間。『渚』みたいな存在に位置づけよう。

よし⋯慎重に⋯動こう。少しでも音を確認したら、身を隠して⋯その音の正体を探るんだ。最悪な場合を予期し、戦闘準備しておく。

白鯨とニーベルンゲン形而枢機卿船団の関係性を確認できた以上、この人たちの生活する世界かもしれない。

僕らを再び、襲ってくるかも。油断は出来ない。


少し歩いた。


湿地帯⋯この先を進むにはここを通らなければならない。

凄い⋯開けてるな⋯。これじゃあ、自分の身体を晒しているようなものだ。遠回りして森林を迂回するルートもあるが⋯、、、さすがに⋯大丈夫かな。時間も掛けたくないし⋯そうだな⋯行こう。真っ直ぐ、この道を行こう。




「なんだあの男⋯どう見ても虚飾じゃないか⋯。なのに、そんな事を気にもしないかのように、ウロウロと歩いている。やばい⋯凄い気になる⋯キニナルなぁ⋯どうしよう⋯声掛けてみようかな⋯⋯私たちと⋯同じ⋯アトリビュート⋯だもんね?そうだよね⋯、、、じゃなかったら⋯まさか⋯セカンド?奴隷捕獲者“アルセスキーパー”の難を逃れたか⋯。そうだったら、ここで声を掛けようか、掛けまいか⋯なんて自問自答しているのは馬鹿だ。仲間は助ける。その為にブラーフィ大陸へ来たんだ」

男⋯あーいや、昨夜のクソクズどもと同類にしてしまう。“少年”と呼ぼう。少年が湿地帯を一人で歩く所を私は尾行。ここで声を掛けても良かったのだが、もうちょい様子を見たい。

ん?声⋯出してるか?

「──────────」

んぁ〜〜聞こえない。はぁああ⋯アトリビュートって本当に下位互換だな⋯。セカンドだったら身体ステータスの飛躍的向上なんて余裕だろうに。アトリビュートときたら、戦闘に特化したのなんてその場だけだし⋯常時展開出来たらいいのに⋯はぁ⋯色々とレピドゥスに鍛錬してもらわないといけないな、私も。

⋯⋯そんなことどうでもいいんだ。アイツ⋯なんなんだ⋯?アトリビュートっぽい印象を感じなくもないんだが⋯⋯⋯こんな広々とした湿地帯で、散歩でもしてるのか?

こんな所剣戟軍に見つかったら、大変な目にあうぞ⋯。それを凌いできたって言うのかもしれない⋯。もし、そうならかなりの猛者と言える。

味方にするのが適切だと思えるが、得体の知れない相手と無闇に良好な関係性を構築するのは危ない。先ずは一旦、普通の対人関係を構築してみることするか。

え、、、私、声⋯掛けようとしてる?

いや⋯あー、、うーん⋯どうしようかな⋯大丈夫かな。やべぇやつだったらどうしよう⋯妹に迷惑掛けたくないし⋯、取り敢えずはもうちょっと近づいてみるか。



少年は彷徨っているようだった。

行く宛てが無いのかな⋯。動きに不規則性があった事から、何かから逃れながらの彷徨いである事が判った。

まぁ普通に考えたら、剣戟軍だろうな。しかし安心しろ。ここに剣戟軍がやってくることは無い。

剣戟軍の軍事力は全て、帝都ガウフォンに集約されている。私らが巻き起こした騒動によって乳蜜祭2日目は相当な警戒網が敷かれている。

こんな所に兵を回すほど、暇じゃないんだ。こうしてあとから考えると、1日目に暴動を起こして良かったな⋯と思った。おかげで大陸中の剣戟軍を一気に一つのポイントに集める事が出来た。


ん⋯、、?なんだ⋯⋯?何言ってる⋯⋯?



「姉さん⋯⋯何処に⋯姉さん⋯⋯姉さん⋯⋯⋯どこ、、、今から行くよ⋯」


『姉さん』⋯あの子にお姉さんがいるのか⋯、その行動の果てはお姉さんを見つける事か⋯。

なんだ⋯ただの迷子か。それだったら話

アトリビュートである可能性は非常に高い。ここは⋯⋯うん、、よし、賭けてみるか。

今まで彼に向けていた警戒心を吹っ切る⋯では無いが、緩和させた状態で彼に話を掛けてみることにした。

アトリビュートらしきオーラを感じたからだ。過去、裏切り行為に及んだアトリビュートと対峙した際、私は彼を殺してしまった。彼はまだ何か言いたそうな雰囲気を出していたのに、私は殺してしまったんだ。

彼の名はクレニアノン。

彼の顔をよく覚えている。

もうちょっと時間を置いて、面と向かってディスカッションをすれば分かり合えたんじゃないか⋯今ではそう思う。

当時は両親が殺された状況下で、自分も気分がおかしかった。妹はもっとおかしかった。とにかく私ら以外の人間を自動排除する執念があった。


今、冷静になってみて後悔してるんだ。

だから、少なくともアトリビュートには手を加えない。取り敢えず⋯はね。ある程度の話をして、彼の人となりを把握した上で、彼の処遇を判断することにしよう。



「あなた⋯?」

「⋯⋯!」

肩をビクッとさせ、歩行が停止する。

「あなた⋯ここで、何をしてるの?」

「⋯⋯」

こちらの問い掛けに答えようとしない。

「ねえ⋯あなた、、、アトリビュートだよね?」

「⋯⋯はい⋯」

「はぁ⋯良かった。大丈夫?私達もアトリビュートよ。仲間よ。だから⋯安心して、近くに家がある。そこに行こう」

「⋯良いんですか?」

「ええ、同じアトリビュートなんだもん。助け合わなきゃ」

「ありがとう⋯」

ようやく少年がこちらに顔を見せた。

「あなた、どこから来たの?」

「、、わかりません⋯あんまり、覚えてないんです」

「もしかして⋯剣戟軍に何かされた?」

「剣戟軍⋯、、、」

頭を傾げ、ポカーンとした表情を見せる。

「きっとそうね⋯あなた、、記憶が失われる程の経験をしたんだわ⋯。ちょっとこっち来て。私が見てあげるよ」

「⋯あの、お姉さんは⋯なんなんですか?」

「『なんなんですか』?、、アトリビュートよ。名前は、ミュラエ・セラヌーン。君は?」

「⋯サンファイア・ベルロータ」

「サンファイア?いい名前だね。炎を主軸とした遺伝子能力が使えたりするのかな?」

「遺伝子⋯能力⋯⋯」

「あなた⋯アトリビュートなのよね?、、、」

「⋯⋯⋯」

困惑した表情を見せるサンファイア。

「、、、取り敢えず⋯行こうか?サンファイア。こんなところで一人で居ても、なんにも起きないよ」

「人を⋯捜してるんです」

やっぱりか⋯

「人?誰を捜してたの?」

「僕の姉です」

「へぇーそうなんだ。奇しくも、私、姉なんだよね」

「え、、、」

「妹がいるの」

「そうなんですね」

「だから、姉の気持ち痛いほど判るよ。きっと今、あなたを無我夢中で捜してるはずよ。だから⋯こっちからも出来る限りの事はしようか」

「え、、一緒に助けてくれるんですか?」

「もちろん!当然でしょ?」

「ありがとうございます」

いい子ね。段々と笑顔が浮き彫りになっていった。話していて不快感のある子では無かった。話す前から分かっていた事ではあるが、年齢は私よりも2年くらい下かな。全然かっこいい。オラオラ系じゃないだけ、個人的には好感触。こういう落ち着いた清楚な男の子の感じ、嫌いじゃない。


「ここで、はぐれたの?」

「⋯⋯あ、はい⋯」

嘘だ。早速彼は嘘をついた。そして直ぐに私は気づけた。

「どこら辺?地名か、場所が分かれば、そこに向かおうかなって試みてみるけど」

カマをかけてみる。要は、地名を言わせるんだ。そうすれば、サンファイアの事情に近づけると踏んだ。遠回しに色々質問をして、このように“安心出来ない点”が蓄積した時、サンファイアを排除しようと思う。

「⋯⋯北の方で⋯」

「北?北は⋯あれ⋯何がある所だっけ⋯」

「港湾都市がありましたよね」

「あーそうだったそうだった。港湾都市ら辺で、はぐれたの?」

にわかには信じがたい話だ。港湾都市でアトリビュートが迷子になって、ここまでやってきた⋯というのか?信じられないな⋯この子の発言には歪な部分が複数存在している。とてもじゃないが、まともに話せる相手では無い。それだけは判った。というか、これが判っただけで充分かもしれない。


「ごめんね、今から北に向かうことは出来ないんだ」

「そう⋯⋯ですか」

「ごめんね、本当に。お役に立てなくて⋯」

「大丈夫です」

うーん⋯このまま⋯彼と別れていいのかな⋯アトリビュートであることには変わりないし⋯なんならこの子を一人にするのは後々危険なシチュエーションが待ち受けているかもしれない。

大陸政府の洗脳によって、アトリビュートが人間の手に落ちたりするケースをロストアーカイブから入手したことがある。それを踏まえた上で、彼を一人にするのは⋯適切な判断とは言えない。アトリビュートはアトリビュートで固まった方が良い。

変に、寄生する異物的文化を取り込まないからだ。

しかしそうなると、彼の姉さん捜索活動を停止せざるを得なくなってくる。私らはもう間もなく、帝都ガウフォンに向かわなければならない。当然、サンファイアも連れていくことになる。

彼が姉の事を最重要優先事項に指定しているなら、こちらの予定に合わせてくれるとは思えない。押せば、何とかこちらに⋯意識を少しでも向けてくれれば、誘導する事は出来ないだろうか⋯やってみよう。


「ちょっと待って。あのね⋯お姉さんを捜すの⋯私達も後で絶対に手伝う。絶対に手伝うから、少しだけこっちに付き合ってくれない?」

「付き合う⋯僕が何かするんですか?」

「うん⋯」

これは嘘。彼は特に何もしてくれなくていい。彼の能力はどれ程のものか、現状では把握出来ないが、今はこっちに付いてきてくれればいい。ただそれだけ。だが本当の所を話すと話がゴチャゴチャする⋯と判断し、今はこのように誤魔化す事にした。

「来てほしいの。あなたもこっちに」

「大事な事ですか?」

「そうね⋯凄く大事。ほら、今日は帝都ガウフォンで乳蜜祭じゃない?アトリビュートとして、乳蜜祭は止めなければいけない。そう思うでしょ?」

「⋯はい。そうですね」

またこの顔だ。この子⋯⋯本当に意味わかってるのかな。なんか流れ作業的な空気を感じるんだけど。まだ真正面から責め立てるのはやめておく。もっと個人からボロが出てから、問い詰める事にしよう。という事で、彼は乳蜜祭についてアトリビュートがすべき事を知らない⋯というテイで乳蜜祭をぶっ壊す算段を話した。自然な流れでね。


「乳蜜祭は大陸の神“グランドベリート”に生贄を捧げる為に大陸政府と七唇律聖教がプロデュースする盛大なお祭りだ。露店や出し物、商人だったりとかで賑わうのが毎回の恒例なんだけど、最初に言った生贄を捧げる儀式が乳蜜祭のメイン。原世界からのシェアワールド現象によって、汚染物質が蔓延している箇所が近年多発している。グランドベリートに生贄を捧げる事で、汚染物質の除去と消滅が可能。しかしこの効力も最近は低くなっており、より多くの人間と高い性質を持つ人間を生贄として捧げる必要性があった。その対象として選定されたのが⋯超越者の血盟『アトリビュート』。アトリビュートは剣戟軍によって捕獲・回収され、捕虜・奴隷として公国諸侯貴族に管理。乳蜜祭で帝都ガウフォンに集められるんだ。私はそれが許せない。私達アトリビュートは囚われの身となった仲間を解放する⋯それが、こうして生きる私達の使命よ。そう思うでしょ?」

「⋯、、、、うん、思うよ」

「、、どう?⋯⋯協力してもらえないかな⋯?奴隷解放は多くの人数が必要とされる。きっと今日、帝都ガウフォンには多くのアトリビュートが現れる。私以外にもこの使命を携える者がいるからね。アトリビュートの襲撃に備え、帝都ガウフォンの警戒レベルは最高に設定されているだろう。もしかすると、七唇律聖教の攻撃部隊が配備されているかもしれない。かなりの戦局が予想されるんだ⋯それでもいい?」

「⋯⋯⋯うん、判った。協力するよ」

「ありがとう⋯これが終わったら必ず、お姉さんを見つけよう」

「うん⋯」

「じゃあ、私達の家に行こう」



午前9時45分──。

ブラーフィ大陸北方地域ブルーノンティ 港湾都市ディーゼリンググランドノット周辺 湿地帯エリア


二人で帰路につく。


「サンファイア⋯そう普通に呼んでもいいかな?」

「いいですよ。⋯⋯あの僕は⋯」

「あ、もちろん、ウェルニって呼んでいいよ?」

「多分、僕、下ですよね?いいんですか?呼び捨てで」

「うん、全然いいよ。そこまで年齢変わんないと思うし」

「そうですか⋯分かりました」

「サンファイアの反応から察するに、詰問されるの辛い⋯と思うタイプでしょ?」

「⋯⋯そうですね。あまり好むものではありません」

「そうだよね。だから、私、あなたのステータスを詰めないようにするよ。本当は結構気になってるんだけど⋯それはサンファイアの判断に任せるよ。自分で言ってもいいなって思えるようになったら私に言って?」

「⋯はい⋯分かりました。優しいんですね、ウェルニって」

「そう?まぁでも妹がいるからかなぁ⋯それが私の優しさの源かもしれない。あとサンファイア?私と話してる時に敬語はやめて。さん呼びを止めさせてるのに、敬語っておかしいでしょうよ」

「⋯⋯敬語⋯も、、、ですか⋯分かりました」

「ここに関しては“厳しく”ビシバシといくわよ!これに関しては⋯私⋯キツキツにさせてもらうからね」

ミュラエがサンファイアとの距離を一気に詰める。『詰問はしない』という約束はどこへやら⋯。物理的に最接近するミュラエへ、サンファイアは仰け反るでも無く、少々遠ざかる訳でもなく⋯なんと⋯⋯距離を詰めた瞬間に、サンファイアの方からも詰めてきた。


「え⋯!!」

私の方から彼に攻めた⋯そうよ、私から攻めたの⋯なのに⋯何この感覚⋯⋯ええ⋯⋯アッチの方からも攻めてくるなんて事ある⋯、、もう少しでキスしそうだったんだけど⋯⋯え、、、なになになになになになにこの子⋯めちゃくちゃに大胆じゃん⋯、、、やばい⋯普通に濡れちゃう⋯結構私、好きなんだ⋯こーいう男の人。


「さ、サンファイア!」

「ん?ミュラエの方から攻めて来たのに⋯なんで逃げるんだ?」

「あ、いや点ごめん⋯そんな⋯えっと⋯そっちから来てくれるとは思って無かったから⋯油断してた⋯」

いや⋯私、、正直に言い過ぎでしょ⋯もっとオブラートに包んだりとか、嘘で誤魔化せばいいのに⋯なんでどストレートに現在の心の揺れ動きを事細かにお伝えしてんのよ⋯。

「可愛いね、ミュラエは」

「えっ!?⋯⋯ちょっとやめてよ⋯私、そんなの言われ慣れて無いから、、反応に困る⋯」

「僕もだ」

「え?」

「僕も⋯こういうこと、言ったこと無い。それに⋯言う相手がいなかった」

「仲間とかいないの?」

「仲間?」

「そう、仲間よ。アトリビュート同士だったら結束を組むのが普通でしょ?あなたが

産まれた場所にはそういったコミュニティがあったはずよ。⋯⋯独り⋯だったの?」

「⋯⋯うん、、僕は⋯産まれた時からずっと独りでした。そんな時に姉さんと僕と同じ年齢の男が現れたんです。僕は2人に救われました」

「あ⋯姉さんっていうのは⋯“肉親関係”では無いのね?」

「⋯そうだよ。紛らわしくてごめんね。僕が勝手にそう言ってるだけだ。姉さんから『姉さんって呼んで?』とか言われてない。僕が⋯『姉さん』って言いたいだけ。本当に色んな事を教えてくれた⋯。人生の教科書的な存在なんだ」

「そんなお姉さん、最高だね」

「うん、完璧な唯一無二の姉さんだよ」

「私も姉ではあるんだけど、姉としてやれてるかって問われたら⋯答えに困っちゃうかもしれない⋯」

「そうなの?」

「うん⋯妹のせいにする訳じゃ無いんだけど⋯ちょっと変わった妹なんだよね。あとは単純に、私の技術が無いんだ⋯自分より下の子を育てる⋯って言うかね⋯そういうのが向いてないんだと思う」

「ミュラエの感じを見るにそうは思えないけどね」

「え、そう?」

「うん、そう思うよ」

するとサンファイアが再び、ミュラエに迫る。身を近づける。もう少しで、ミュラエの右腕とサンファイアの左腕が密着しそうになる程の距離感だ。

「サンファイアって⋯距離の詰め方⋯上手いよね」

「そうかな⋯あんま気にしたことないんだけど」

「多分、お姉さんとの自然なコミュニケーションで育まれた事だろうね」

「うーん⋯そうなのかな⋯姉さんとこうやって距離を縮めたことが無いから⋯よく分かんない」

「お姉さんにはさ⋯その、、、“恋愛感情”とか湧いたことある?」

肉親関係に値する存在じゃなければ、恋愛感情を抱く事も不思議じゃない。⋯ってなんでこんなプライベートな事、聞いたんだろう⋯私⋯彼のことをもっと知りたいって思ってるんだ⋯。それに⋯お姉さんとの繋がりまで深堀りしようとしている⋯良くないよ⋯そんなこと分かってる⋯なんだけど⋯でも、、聞いてみたい。


「無いよ。それは無い。もう⋯長いこと一緒にいるから、そんな感情を持つような相手じゃ無いんだ。恋愛関係以上の⋯“本当の姉”みたいな⋯人なんだ。僕の憧れでもある」

「姉さんが⋯“憧れ”⋯か⋯。なんかロマンチックだね」

「ロマンチック?」

「うん、ロマンチックだと思う。自分を今まで育ててくれた人が一番好きなんでしょ?だけどそれは決して恋愛感情にはならない。それ以上の存在⋯。うん、憧れる⋯私もそういうの凄い憧れる!」

素直にそう思った。

「ありがとう、ミュラエにも姉さんを紹介するよ。“僕の友達”だったら、絶対姉さんも喜んでくれるからさ」

「ほんとに?ありがとう!お姉さん、年齢はどのくらい差がある?」

「年齢は、、1歳差だよ」

「じゃあ世代間ギャップとかは無さそうだね。話が合いそう。名前って教えてくれたりする?」

「⋯⋯⋯⋯」

ここでサンファイアの口が停止した。これまでの会話を遡っても、一時的に停止した場面は無かった。思考への時間を極端に減らし、ミュラエからの問いに真実を話していたと推測出来る。だが⋯現在のサンファイアには“虚偽”を混じらせようとする、“皮のコーティング”が成されているようだった。

“姉さん”に該当する女の情報はまだ開示したくないのか⋯。

開示するには、一定量の関係値を築かないといけないのか⋯。

サンファイアにとって“姉さん”という存在が、そこまで大事な人⋯、、サンファイアの動きを見ると、そう捉えてもまったくおかしくは無い。


「名前は⋯もうちょっと待って⋯。ごめん」


名前を教えてくれる事は無かった。だが普通に考えて見れば、私とサンファイアの関係性はまだまだ浅い。幾ら同族とは言っても、関係性の浅い人に自分の大事な人の情報をとやかく説明はしない。

普通は⋯そうだよね⋯。私が、、先走ってしまったんだ。

うん、そうだ⋯サンファイアにとってそれほど大切な人なんだ。


「うん⋯そ、そうだよね。ごめんごめん!私、調子に乗り過ぎちゃった。身内の人の事なんて、ベラベラと話すべきじゃないよ!サンファイアが正解、私が間違ってる。ごめんね⋯変な質問しちゃって」

「ごめん⋯大切な人なんだ⋯」

「うん⋯良いね⋯大切な人がいるって。私も⋯そんなような人⋯いる」

「妹さん?」

「もちろん、それもそうなんだけどね⋯。妹とは別次元の感じなんだ」

「別次元⋯あんまり会えない⋯とか?」

「あんまりどころじゃないね。一生会えない」

「一生⋯、、、」

─────────

「私が殺したんだ」

─────────


「殺した⋯⋯」

「うん⋯多分、サンファイアの頭の中⋯今、パニクってるよね。“大切な人”を殺したの⋯て。私の“大切な人”の概念がサンファイアのものとはかなりねじ曲がってるものなんだ。私が彼を⋯“大切な人”と捉え出したのは、彼を殺してから9日後とかなんだ。『本当に⋯殺して良かったのかな』って思い始めてきたんだ。彼は⋯私達の両親を殺したの」

「そんな人⋯が、、“大切な人”なの⋯、、、」

サンファイアが虚ろになりながら言う。

「そうだよね⋯本当におかしいよね。彼の名前は、クレニアノン。彼はアトリビュートなんだけど、剣戟軍に手を貸していたの。彼は彼なりの思想があった。私らアトリビュートを裏切り、更には⋯剣戟軍までをも裏切る構図を作った。⋯⋯⋯クレニアノンのシナリオを創作する上で、一旦剣戟軍に力を貸さなければならなかったんだって。剣戟軍はクレニアノンによって全滅。私らはクレニアノンによって拘束されていたけど、虐殺が終わった後に解放された。『すまない』⋯そう謝罪があった。だけど私は彼を許せなかった。当然の判断だと思っていた。クレニアノンは私の不意打ちに反応できず、死亡。その時間、その日は⋯この判断が正しいものだと思っていた。両親を殺した存在だ。この報いは誰もが心に芽生える“劇場型悪意”。そのはずだった⋯なのに⋯それからというものの、彼の姿を幻視するようになっていくんだ。もっと彼の考えに向き合って置けば良かったんじゃないかって⋯。いやいや⋯そんな馬鹿な⋯両親を殺した蛮行に及んだ者に、一度はアトリビュートを裏切った者に⋯赦しなんて与えない。ずっと⋯ずっと⋯そう思ったんだ。だけど⋯内側から成長する“善意”が、私を侵食する⋯。今でもたまにあるよ。『クレニアノンの幻視』。だから⋯私は向き合ってる。クレニアノンとね。向き合っていくうちに⋯自然と私の中に“いなくてはいけない存在”になっていったの。だから⋯大切な人⋯なのかも」

「⋯⋯」

深い頷きと小刻み頷きで、ミュラエの長い長い台詞を聞いていたサンファイア。

「ごめんね!ちょっと長かったね⋯もっとコンパクトに纏めれればいいんだけど⋯こんなこと⋯話すの初めてだから⋯」

「え⋯そんなトップシークレットな事を⋯」

「あーいやいや!別にそんなもんじゃないよ?まぁ妹には話したけど⋯妹はポカーンって感じだったし⋯こんな話、進んで自分から離さないもん」

「僕で⋯いいの?」

「え?」

「僕に⋯そんな大事なこと⋯話しちゃってさ⋯だって⋯そんな深い仲じゃ無いし⋯なんならさっき私は、ミュラエの願いを受けなかった。そんななのに⋯」

「アッハハハハッ⋯そんな深く考えなくて大丈夫よ!なんか深く考え過ぎだよ?サンファイア」

笑顔でサンファイアの身体に近づくミュラエ。サンファイアはそんなミュラエを避ける訳でもなく受け入れた。

ミュラエはサンファイアに受け入れてもらえた⋯と思い、安心する。身体の密着まであともう少し。ミュラエがサンファイアを意識し始める瞬間であった。


「そうなんだね⋯分かった⋯」

「うん。行こ?まだまだ話したいことあるから、歩きながらさ。話しながら歩いたら、時間なんてあっという間よ」

「うん⋯ありがとうミュラエ」

「私こそ、ありがと!サンファイアみたいな人と会うの久々だなぁ⋯」



私とサンファイア。

2人によるちょっと長くてだいぶ短い特別な歩行記が始まった。

なんでだろう⋯ウェルニが待っている家まではそこまで遠くないのに、遠く感じる。

それは私が別のルートを選択しているからだ。

自分の心に問いている。

『早く着こうよ』

『もうちょっと彼と話していたい』

そんな2つの意識が芽生えた事によって、私の心はカオスとなる。勝敗は『もうちょっと彼と話していたい』。


「ええっと⋯こっち!」

「うん」

「次は⋯こっち」

「うん」

「あーごめん⋯間違えちゃった」

「あ、大丈夫?」

「なぁんてね!大丈夫大丈夫!こっちだよ!」

少しでも彼と長く一緒にいたい。彼と一緒にいる時間がこんなにも楽しいんなんて⋯信じられない⋯。なんでだ?どうしてだろう⋯全然なんだよ?全然、関係性も無い男なのに⋯不思議な気持ちに包まれる。

『好き』⋯。その言葉が一番に適していると思う。なるべく彼にはこういった感情に陥った存在として、受け取ってほしくないから、“なるべくは!”⋯⋯なるべくは!⋯、、抑えてるつもりなんだけど⋯

──────────

「あ⋯!!」

「大丈夫?」

「う、、うん⋯だい、、じょおぶ⋯⋯ありが、とう⋯」

「ナビして?」

──────────


小さい小さい枝や石っころに躓くなんて、アトリビュート失格でしょ⋯そんなもんに足を掬われてしまうなんて、情けない⋯なんだけど⋯⋯あんなシチュエーションに持っていったいけたから⋯ちょっとは感謝してあげる点感謝しなさいよね⋯!石っころ!あと⋯枝!!あんたらのおかげで、だいぶ密着出来た。こうして回想し、頭の中で文字起こしをすると⋯とてつもなく変態性を帯びた構図に作り上げられる。あともう数段階先に行けば、官能小説にも成り得るものだ。

そこは目指してねぇーよ!

流石に⋯流石に⋯⋯!!そこは目指してなんか無いよ⋯!!ああーーああー!!!やばいよ⋯そんなの⋯だめだめダメだめだめ!!サンファイアの事考えて無さすぎ!

──────

「ミュラエ?」

──────

「はい!!?」

「え、、」

ミュラエのあまりにも大きな声での反応に、驚いてしまうサンファイア。

「凄い⋯汗出てるけど⋯大丈夫?もしかして迷った?」

「え、ううううん!大丈夫だよ!だいじょぶだいじゃぶ⋯あーだいじょぶ!」

「そう?⋯⋯じゃあ、行こうか」

サンファイアに私の心の葛藤が見えていた⋯。外部に漏れていたの⋯。いや⋯そんなはずは無い⋯いくらなんでも私がそんなヘマを起こすはずがない⋯。単に私の警戒がユルユルになっていただけ?

まさか⋯サンファイア⋯私の心の中を読んだ⋯?



姉さん⋯ごめん⋯捜索、もしかしたら後回しになってしまうかもしれない。今、僕はようやく人に出会えた。この人との会話で自分が置かれた現状を分析し把握する。

この世界は明らかにおかしい。

彼女は僕のことを『アトリビュート』と称した。

なんだ⋯アトリビュートって⋯僕は『セブンス』じゃないのか⋯?この人が僕の所に近づいて来たのは、僕を同族と思ったから⋯では無いだろうか。

と、なると彼女も助けを求めている事になる。

『アトリビュート』と『セブンス』

2つの立場に少しの関連性を感じてきた。抽象的な表現になってしまうが、似ているんだ。

ミュラエ。彼女の名前はミュラエという。僕に好意を抱いていることが見え見えだ。僕は彼女をそう捉えていないのだが、次第に彼女に惹かれつつあるのかもしれない。

自分だって⋯こんなの抱く必要性の無いものだ。姉さんを捜索するのに不必要な感情なので、心に留めておく感情じゃない。

なのに⋯彼女にコミュニケーション能力によって、僕の心は溶け込んでいく。こんなの初めてだった。

姉さんだって女子だ。性別的には恋愛対象として認識してもおかしくない部類に該当する。

姉さんには一切の恋愛感情を帯びた事なんて無いのに、こんな今さっき会ったような人に恋愛感情を覚えてしまった⋯。

この違いは⋯なに?

姉さんとミュラエは何が違うの?

どうしてここまで、違いが表れるの?

ミュラエ・セラヌーン⋯。君はいったい何者なんだ?

この人と一緒にいれば、この⋯怪奇な世界の素性を知れる⋯インプット出来る⋯そしてこのインプットした情報を用いて姉さんを捜し出す⋯。

そんな目的でミュラエについて行くことにしたのに⋯段々と“彼女とまだいたい⋯一緒にいたい”にチェンジしていったんだ。

その分岐点⋯分かれ道も分からない。いったい僕がいつ彼女を本格的に意識し始めたのか⋯遡行するポイントも判らない程、彼女をいつの間にか、フォーカスの中心にしていた。

怖いよ⋯自分が怖くなる。

僕は彼女みたいな存在を求めていたんだ。

姉さんがそれに該当する存在じゃなかったのは、近すぎたから。いつも一緒にいたから、麻痺していたんだ。その表現は合っているかは判らない。もっと言葉を知っていれば姉さんへの表現に多角的な対処が可能だ。

僕は⋯13歳の皮を被った0歳児。

生活に支障がないレベルの社会性と知恵と知能を、命が授けられた時点で取得している。

なので、まだ知れていない言葉が沢山存在する。こうして同じような言葉表現が連続的に発生するのは、まだボキャブラリーの幅が狭いから。もっと多くの出来事を経験する事が出来れば、きっともっと多くの表現が可能となり、自身のステータスも飛躍的に向上する事だろう。

しかし僕らはマーチチャイルドでの施設生活の日々。中々に真新しいことが起きずに、ズンズンと時間のみが刻まれていく。

そんな中で姉さんとアスタリスの存在は異物的なものだった⋯。

⋯、、あ、違うか⋯“異物的”というのは良品な表現に値しない。だけど使い所によっては、適した表現となる。

この場合は⋯⋯、、合っているかな⋯。姉さんとアスタリスを“異物的”⋯と。


『あまりない』『珍しい』『他とは違う』『特別』


この表現に該当するカテゴライズだと思えればいいんだ。そうだ、結局この声なんて自分にしか聞こえていない。反響なんて無いんだ。

まぁ大丈夫。

ミュラエには何も聞こえてない。

これは僕だけの空間に木霊する、厄介な障害だ。



「ここよ」

「コテージみたいだね」

「ね!そうでしょ?外観、内装、共に完璧なの!」

「ウェルニと⋯トシレイド、アッパーディスが⋯」

「ああ!ごめんごめん言い忘れてた。トシレイドとアッパーディスはもう既に乳蜜祭に行ってるんだ。先遣隊として先に出向いてる。他のアトリビュートも集まるだろうから、現地の情報とかを知っておくためなんだとさ」

「⋯で、どうして2人はここに?」

「はぁ⋯それね⋯もうほんとに⋯ウェルニったら⋯⋯⋯まぁもうそれは、、単純よ」

「単純?」

「寝坊」

「え、寝坊?」

「そうよ⋯こぉんなだいじな日に寝まくってんのよ⋯。でもまぁしょうがないんだけどね。このコテージ、人間から強奪したものだから」

「⋯え、、、」

「⋯うん?なに?」

「強奪⋯?」

「うん、そうよ。何か変?」

「いや⋯ううん⋯生きる上でそういうの大事だよね」

「このコテージ、昨夜奪ったんだけど、ここに済んでた男集団らがまぁ下衆で外道で最悪な連中だったの。たくさんの子供が死んでた。死臭が酷くてね⋯それを片付けるためにウェルニの『暴喰の魔女』を発動させた。言ったでしょ?さっき言ったウェルニの魔女の力。ウェルニが『暴喰』を発動させて、全てを片付けた。死体に成り果てた者は違う別系統の暴喰を発動させて、弔ったわ」

「コテージに住んでたその集団というのは⋯」

「港湾都市で勤務しているという情報はコテージの中にあった。作業着とか入港ライセンスとか⋯。そんな普通の仕事してる奴らが、こんな凄惨な事件を起こしているんだ。戮世界テクフルは狂ってるよ。狂ってる住人しか生き残れないんだね。私達と同じだよ」

「⋯戮世界テクフル⋯、、、」

「ん?何改まって⋯」

「いや⋯戮世界テクフル⋯、、」

「うん?どうしたの?何か引っかかることあった?」

サンファイアが『戮世界テクフル』⋯に引っかかっている。この世界の名前を言っただけなのに、ここまで表情が静止するものなのか⋯?初めて聞く訳無いだろうし⋯だからといって故意に放ち続ける言葉でも無い。ただ当世界に生きていて聞かない人なんていない。

ここまでの反応を示すとなると⋯⋯様子がおかしいことに気づく。

サンファイア⋯⋯あなた、、、ドリームウォーカー?


──────────────

「⋯ごめんね、、気持ち悪いこと思い出しちゃって⋯」

ゴホゴホ⋯と咳をするミュラエ。サンファイアへの違和感を誤魔化すためのモーションではあったが、実際、本当に咳をしたくなったタイミングだったので、良い切り替えとして果たす事が出来た。やはり昨夜の出来事はあまりにもな惨劇だった。『獣人』を見た気がした。ウェルニの暴喰の魔女が無ければ、血だらけと死体で埋め尽くされたコテージで一夜を過ごすところだった。⋯危ない、また思い出すとこだった⋯やめよう⋯もうやめよう⋯。


「こっちこそごめん⋯変に思い出させてしまった」

ミュラエ達⋯何者なんだ⋯どうして人を殺す⋯?この世界は虐殺に満ちた世界だとでも言うのか⋯彼女のあの反応から察するに、アトリビュートという存在が人間に手を下すのは、至極当然なもの⋯らしい。適応しよう。今はアトリビュートとして生きるんだ。そしてミュラエから情報を引き出す。『戮世界テクフル』。この世界は⋯得体の知れない場所だ⋯。もっと有益な情報を引き出せねば⋯。

──────────────


「ミュラエ」「サンファイア」


「あ⋯」「あ⋯」


「先いいよ」「先どうぞ」


「じゃあ⋯私から⋯、、入ろ?」

「それじゃあ⋯お言葉に甘えて⋯」

「そんなかしこまらなくていいよ。ラフな感じで入って。⋯んでぇ⋯サンファイアからは?」

「⋯あー、、ウェルニがいるんだよね?ウェルニ、普通に驚くと思うんだよね。急に知らない男が入るから。それは⋯どうしようとしてる気?」

「それだったら大丈夫。安心して。私が“大丈夫”って判断したやつはウェルニも大丈夫だから」

「すごいね⋯さすが姉妹だ」

「ウェルニと会えば分かると思うわ。とても良い子だから」



午前10時36分──。

『アトリビュート:チームセラヌーン』隠れ家、到着。


「ウェルニー、ただいま。起きてるー?」

「お姉ちゃん⋯こいつ誰?」

「⋯!!ウェルニ!待って!」

「⋯⋯ンンン!!」

家の玄関扉を開け、ミュラエはウェルニの起床を確認した。その直後、ウェルニの声が聞こえたのだが明らかに邪悪なオーラを纏った声質だった。更には玄関扉を開けた所から声は聞こえてくるものの、その声が聞こえる先が⋯家の方向⋯つまりはリビングや寝室等では無かった。私は嫌な予感を察し、サンファイアの方へ一気に振り向いた⋯。

「誰⋯この人⋯⋯お姉ちゃんに何したの⋯、、」

ウェルニの後背から『暴喰の魔女』が出現。複数のウィップがサンファイアの四肢を拘束し、身動きを封じた。

「⋯⋯」

サンファイアはウェルニの行為に対し、一切の抵抗を示さなかった。まるでこのような行動がある事を予測しているかのような落ち着きよう。

「ウェルニ⋯ちょっと待って⋯、、お願い⋯」

冷静になろう⋯と妹に投げる言葉とは思えないものを掛けた。ウェルニの力は弱冠弱まったものの、決して彼の行動を許す気など無かった。

「お姉ちゃん⋯何されたの⋯」

「なんにもされてないよ!ほら!見て?」

サンファイアからの攻撃を一切受けていない⋯と激しくアピールする。

「⋯⋯なに?こいつ。だれ?」

サンファイアの口を緩めた。どうやら、四肢のみならず可視化されない状態でもう一つの封印攻撃を行っていたようだ。いや、もしかしたらまだ封じている箇所があるのかもしれない。サンファイアがノーリアクションを貫くことで外部からは判別不可能なのだ。


「ウェルニ、この人は⋯アトリビュートよ」

「⋯え?アトリビュート?、、、」

「⋯⋯」

サンファイアは未だに言葉を発さない。ウェルニを変に刺激させない為か⋯または、何か他に狙っている事があるのか⋯。

「お姉ちゃん⋯何言ってるの?コイツはアトリビュートなんかじゃないよ」

「え⋯⋯?」

「⋯⋯⋯」

「お姉ちゃんがどうやってこの男をアトリビュートだと識別したのか知らないけど、私はそう思えない。⋯っていうか、私の方がシグナルは敏感。お姉ちゃんのよりも圧倒的にね。だから⋯こいつを殺す」

「ウェルニ!!⋯やめて」

「どうして?お姉ちゃんは⋯この男に何を抱いているの?外敵は全て殺す⋯それが私達じゃないの?」

「この人は違う⋯彼は外敵なんかじゃない。だからレピドゥスを引っ込めて」

「⋯はぁ、、、」

大きく溜息をつくウェルニ。

「お姉ちゃん⋯それは無理な相談だよ。私はもうとっくに、暴喰の魔女に力を注いでいない。これは⋯レピドゥス自身の判断だよ」

「⋯そんな⋯レピドゥス!お願い話を聞いて!」

「レピドゥスはこいつを処刑対象として認識している。私達、セラヌーン姉妹の敵よ。お姉ちゃん、何考えてるの?自分達の命より優先すべき事柄なんてある?」

「だから⋯ウェルニ、待ってって言ってるでしょ?」

強い口調でウェルニを諭す。

「お姉ちゃん⋯」

「私より⋯暴喰の魔女を信じるの⋯?もしそうなら⋯⋯」

ここで私は突き放すような言葉を放ちたかった⋯。

『暴喰の魔女の方が優先順位が上になるなら、もう関係性は終わり』

『暴喰の魔女を信じ切るなら、もう私の前には現れないで』


⋯いや、こんなこと、言える訳ないじゃん⋯どうしてこんな考えが生まれるんだ⋯。


「ウェルニ、私が『大丈夫』って言ってるの。だから⋯大丈夫。彼は悪い人じゃない」

「じゃあ誰?何者?ねぇ、、、あんた誰?」

「⋯⋯もう喋っていい?」

「別に拒絶反応を見せてなんかいないわよ」

ウェルニは鋭い眼光を研ぎ澄まし、サンファイアの方へ視線を向ける。

「だけど、僕が無闇に何かを言ったら、君の逆鱗に触れる事になる。僕はウェルニの気分を出来る限り害さない為に、発言をやめていたんだ。そうでしょ?僕が変に口出ししたらウェルニは僕の腕を引きちぎってただろ?」

「へぇ〜、、良いじゃん。意気込みは認めてあげる。ただ⋯気安く名前呼ばないで、キモイから」

「分かった。気をつけるよ」

「⋯ンでぇ、なんなのこれ、、、」

「ウェルニ、サンファイアが⋯アトリビュートじゃないって⋯どういうこと?」

「言った通りよ。この男からはSSC遺伝子を検知しない。レピドゥスからも伝達が今来たけど、“彼からの同血反応を感じない”って言ってるよ。お前⋯お姉ちゃんに嘘つきやがったな?」

「⋯⋯サンファイア⋯そうなの?アトリビュートじゃあ⋯ないの?だとしたら⋯誰?」

「私も思う。アトリビュートじゃないんだけど、普通の人間では無いことだけは判る。暴喰の魔女の力を与えられてもあそこまで、冷静さを保持出来るのは異能者のみ。常人では有り得ないことだよ。⋯もしや天根集合知か?ヒュリルディスペンサーを受けたのか?それしか説明しようが無いんだけど⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「今、何かを躊躇ってるよね?」

ミュラエにはそのようには見えなかったサンファイアの無言。ウェルニの指摘によって、サンファイアの口に緩みが生じる。

「はい⋯そうです。君の言う通りだよ。ミュラエ、ごめんなさい。実は隠している事がある」

「え、、、サンファイア⋯何を⋯」

「やっぱり⋯お姉ちゃん⋯こんなやつ殺そう。絶対剣戟軍のスパイだよ。剣戟軍じゃ無ければ、大陸政府の手先か小鳥⋯天根集合知の失敗作って可能性もある⋯」

「⋯⋯残念だけど、君の頭の中にある案には全てが該当しないと思う」

「調子に乗るな。何を上から目線でものを言える立場だとおもってんの?」

暴喰の魔女が再び力を加える。

「ぐ⋯ん⋯、、んんぐぐ⋯」

先程の拘束では声を発していなかったサンファイアが遂に声を漏らした。相当な激痛だと推測される。

「ンハハアハハハ⋯笑っちゃうよ。さっきあんなに我慢してたのに⋯もう無理だねアハハアハハ!!おい!お前はなんなんだ!吐け!言え!」

「ウェルニ!!」

「⋯はぁ⋯、、レピドゥス、止めて」

四肢への攻撃が終わる。サンファイアの悶える声は最小限に抑えられたが、表情から察するに相当な攻撃が行われていた事が判る。

「⋯⋯ハァハァ⋯、、、」

サンファイアの息が激しい。

「お姉ちゃん、肩持つ気?」

「今、彼は虚偽についての謝罪と真実を伝えようとしてくれてたんだ。私達はそれを迎える義務があるんじゃないのか?」

「義務?そんな固い言葉使わないでよ。こんな嘘つきのやつにお姉ちゃんは騙されてたんだよ?私はお姉ちゃんが無事でいてくれて本当に良かったと思ってるのお姉ちゃんに少しでも危険があったら⋯わたしは⋯、、どうにかなってしまいそうになる⋯だから、嘘をついてまでお姉ちゃんに接近したこの男が許せない。なんなの⋯言いなよ。理由によって、お前のことほんとに殺すから」

「⋯⋯⋯分かった。話すよ。」

「サンファイア⋯」

サンファイアがこれから話す真実。その内容によってはウェルニが裁きを下す。もちろんウェルニにそんな事はさせまいと、止めに行くつもりだ。頼むから⋯ウェルニの気に触れるような真実は離さないでくれ⋯。私は切に願った。



「⋯どこから話すべきか⋯僕にも判らない。ただ、これだけはハッキリと言えるんだけど⋯僕は違うんだ」

「“違う”って、、何が?」

「ミュラエ、僕は多分⋯この世界の人間じゃないんだ。君達が言っている内容、ほぼ全部僕にはりかいできない。“アトリビュート”⋯全然判らないし、乳蜜祭とかも知らない⋯」

「サンファイア⋯どういう事なの⋯もっと詳しく教えて⋯」

「ミュラエには嘘をついてしまっていた⋯君の言葉に流されるように次々と嘘をついてしまっていた⋯」

「アトリビュートじゃないの⋯?」

「違う⋯多分、、違う⋯」

「多分って何?」

「ごめん⋯僕にも判らないんだ⋯」

──────────

「お前⋯戮世界の住人じゃないだろ?」

──────────


「君の言う通りだと思う。僕は⋯この世界の人間じゃない

何か判らない謎の“光輪”に取り込まれて⋯僕はこの世界に飛ばされた⋯」

「え、、」「⋯⋯」

「サンファイア⋯今⋯、、“光輪”って言った?」

「ああ、、そうだよ⋯光輪に取り込まれて⋯」

「その時、、、サンファイアの目の前には⋯何がいた?」

「正直に話せ!!」

ミュラエの追求を掻き消すように、ウェルニがサンファイアの両腕を掴みかかり、急接近する。その様子は今までサンファイアに向けていた殺意的な衝動は一切感じられないものだった。


「⋯、、、“白鯨”⋯」

「⋯!!!」

「お前⋯⋯⋯まさか、、、、“原世界”からやって来たのか、、、」

「原世界⋯?それはいったいなんなんだ?」

また一つ理解出来ない言葉が出てきた。それと共にサンファイアの記憶に嫌でも深く刻み込まれた白鯨からの攻撃を追憶する。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ、、、はぁ、、はぁ、、」

「大丈夫?サンファイア?」

ミュラエが優しく背中をさする。サンファイアは直立が不可能になるぐらい呼吸困難になっていた。

「何⋯、、、あなた⋯、、何があったのよ⋯」

「⋯、、判らない⋯突然、、、僕らの前に⋯9人の白装束の男女集団が現れて⋯僕らを襲いに来たんだ⋯」

「⋯ちょっと⋯お前⋯⋯、、⋯そいつら⋯⋯」

「⋯⋯サンファイア⋯あなた⋯⋯よく、生きてこれたね⋯」

「なんで?どうして?、、なぜそうなるの?」

「あなたが邂逅したのは⋯“ニーベルンゲン形而枢機卿船団”と“白鯨・メルヴィルモービシュ”。原世界のパトロールと世界戦争の視察・阻止の為に、こちらの世界から送られた、使いだよ」

「え⋯⋯」

「そうか⋯サンファイア⋯つまりは原世界の住人はこちら側の事情なんて知らないんだ」

「こちら側⋯ミュラエ⋯僕は⋯⋯なんなんだ?君達の会話から読み解くと⋯僕は⋯この世界にいちゃいけない存在のように感じ取れるんだが⋯」

「そうよ。あなたはこの世界にいちゃいけないのよ。ここは“戮世界テクフル”。あなたがいたのは原世界。多次元宇宙にてこの2つの軸となる世界は平行に作用している。兄弟世界⋯そうも呼ばれてる。お前はメルヴィルモービシュの光輪によって戮世界に誘われたんだ」

「メルヴィルモービシュ⋯白鯨か?」

「うん、サンファイア⋯あなた⋯本当に⋯生きてるのが幸運だと思った方がいいわ」

「⋯⋯白装束の奴らか?」

「奴ら⋯⋯その言い草だと⋯お前⋯殺り合ったな?」

「⋯⋯⋯」

「うそ、、、サンファイア⋯ニーベルンゲンっと喧嘩したの?」

「⋯ああ⋯⋯僕と姉さんともう一人で争った。戦局は僕らが優勢だった。だけど、白鯨が出現した時から⋯展開が大きく変わっていった。光輪と“聖擊”と呼ばれていた柱状の物質が、僕達を襲った。執拗なまでに僕達を追い込んでいったんだ」

「それは⋯⋯」

ミュラエの発言に被さるような形でウェルニが発言する。

「ニーベルンゲン形而枢機卿船団は、原世界の世界戦争を阻止する為に送られた奴らだ。原世界の世界戦争は戮世界テクフルに大きな悪影響を及ぼす。汚染物質の蔓延だ。日に日にその悪性ウイルスは濃度を増していき、対処が必要とされた。そこで大陸政府と七唇律聖教が、原世界に直接乗り込む計画を決行したんだ。その第1フェーズとして、お前が邂逅した“ニーベルンゲン形而枢機卿船団”が現れた。恐らくニーベルンゲンの連中は、お前とその仲間達が世界戦争の引き金となっている⋯と勝手に認識した。まぁ実際そうなんだろうけど」

「ウェルニ!」

「⋯だってそうだろ?コイツは⋯戮世界テクフルに汚染物質を引き起こしている原世界の住人の一人だ。たった一人だからって、個々の力が時を刻む度に被害を増大させる。ニーベルンゲンがお前達を襲ったのも納得がいくよ。ただ、メルヴィルモービシュが出現したのは災難だったな」

「でも⋯どうしてメルヴィルモービシュの光輪が戮世界テクフルなの?多次元宇宙の藻屑と化すはずなのよ」

「え⋯⋯⋯ここが⋯本来のルートじゃないって言うの?」

「フン、そのまま死んどけば良かったのに⋯」

「やめてウェルニ。サンファイア、これは奇跡よ。メルヴィルモービシュの光輪に取り込まれると、普通は多次元宇宙っていう“マルチバースフィールド”に連れていかれるの。それで⋯その先は⋯判らない⋯誰にも、知る由もない⋯悪夢が待っている」

「知る由もない⋯なのに、お姉ちゃんは“悪夢”って決めつけてるじゃん」

「そんなの⋯悪夢に決まってるでしょ?メルヴィルモービシュは戮世界と原世界の門番なの。“警備艇”とも言えるし、“管理人”としての役割も担っている。メルヴィルモービシュが、どうしてニーベルンゲンのパトロールに介入したのか⋯」

「んなもん決まってんでしょ。ニーベルンゲンの奴らが⋯こいつらに怯んでたんでしょうよ」

「まさか⋯⋯サンファイア?ニーベルンゲン形而枢機卿船団を殺した?」

「ああ⋯一人⋯殺したと思う⋯姉さんが」

「⋯⋯!」

「お姉ちゃん⋯コイツ⋯⋯」

ウェルニがサンファイアに暴喰の魔女の攻撃兵器を構えた。先程、四肢を拘束したものとはまた違う、自動小銃のような外見をした遠距離兵器だ。

「ウェルニ!いいから⋯⋯それを下ろして」

「⋯⋯」

「はやく⋯」

「⋯、、、、、、、、、、、んあァ!!!」

ウェルニは力を奪われたように遠距離兵器を下ろした。下ろした途端、その兵器は肉眼で確認する事が不可能となる。粒子が飛散し、ウェルニの元へ帰還した。

「サンファイア⋯⋯お姉さんは、さっきから言ってた⋯そのお姉さんと同一人物?」

「そうだ⋯。僕の姉さんだよ」

「名前は?」

ウェルニが問い掛ける。しかし、サンファイアからの応答は無い。

「ウェルニ⋯、サンファイアはお姉さんの名前を言いたくないみたいなんだ」

「はぁ?何、こんな事態になってまで、プライバシーに配慮してるっていうの??ハハハッハハ!笑わせるわ。そんな状態だと思ってんの??マジで?あんたきもいね。相当やばいわ。あんたが今、どんな立場に置かれてんのか⋯私が、きっちりと力で調教してあげるよ」

暴喰の魔女が発現される。レピドゥスの思念体変異型が出現。獣人種との確認が出来る。

「ウェルニ!」

「⋯⋯この期に及んで、姉さんの名前が言えない??⋯⋯とんだ茶番だよこんなもん!名前⋯いいなよ。その姉の名前を言えっつってんだよ!!」

暴喰の魔女がサンファイアの眼前まで迫る。大口を開き、口腔内に備わる鋭い牙と唾液が十分過ぎるほど、恐怖感を与える。口腔内に産出された多量の唾液が外部に漏れかけた瞬間、その唾液は唾液ではない別の液体へと変化。外気を受けることで、ウプサラ量子が改正を起こす。そんな外気との合体を起こした“粘液”がサンファイアに滴り落ちる。

「ウェルニ、サンファイアには事象があるの!そりゃあ私達はサンファイアから見たら他人だし、私だって今さっき知り合ったばっかりなんだから、そんな直ぐに言えるわけ無いでしょ?」

「お姉ちゃん、サンファイアの肩を持つ気なの?」

「そうじゃなくて⋯」

「早く言いな。これ以上暴喰の魔女を怒らせない方がいい。どうやら私より、レピドゥスの方が現状に怒りを帯びてるようだ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯分かった⋯言おう⋯言うよ」

暴喰の魔女の攻撃表示が停止。

「ちっ、、早く言えよ」

「⋯⋯フラウドレス」

「それがサンファイアのお姉さんの名前ね、ありがとう。教えてくれて」

「下は?」

「⋯」

安堵していたサンファイアが固まる。

「下の名前はなんなのさ。そこまで言えたんだから、全部言うのが筋なんじゃないの?別にいいじゃない、あなたは原世界の住人なんだから。なんでそこまで頑なに言いたくないような雰囲気出してんのよ」

「いや⋯そういう訳じゃないよ。確かに君達とは他人だ。全くの無関係だし⋯僕は⋯もう⋯君達の前に姿を現さない。そう誓うよ」

「サンファイア⋯」

「ミュラエ⋯ごめんね。でもしょうがないよ」

「なにあんたたち、、できてんの?」

「サンファイアは良い人よ。そばにいてほしいの」

「アトリビュートだと思ったから?はぁ⋯お姉ちゃん⋯いい加減にしてよ」

サンファイアに暴喰の魔女が牙を剥く。

「言いなよ。別にそんな大した情報じゃ無いんだし、名前ぐらいスパッと言いな。ニーベルンゲンを一人殺した女だろ?少しは頭ん中に入れておく必要性がある」

「⋯⋯判った⋯。フラウドレス・ラキュエイヌ⋯それが姉さんの名前だよ」



「サンファイア⋯今⋯⋯⋯」

「お前⋯⋯ラキュエイヌと知り合いなのか、、、、」

「え、、、知ってるの?」

「ええ⋯⋯フラウドレス⋯という人は知らないけど⋯“ラキュエイヌ”という姓は知ってる」

「知ってる所の話じゃない⋯⋯1000年前からの“トネリコの預言書”だよ⋯。修道院で何冊も読んだ⋯、、その中に“ラキュエイヌ”の文字が幾つもあった⋯。『戮世界から原世界へと渡り歩いた“時空を紡ぐ花弁”』」

「サンファイア⋯!ラキュエイヌと知り合いなのね!?」

「あ、ああ⋯そうだよ⋯」

「ウェルニ!」

「うん⋯⋯ねぇ、、悪かったよ⋯手、出したりしてさ。レピドゥスには私の方から色々言っておく⋯ごめんなさい⋯」

何が何だか⋯いったい⋯どこで何が起きて⋯何が彼女たちを落ち着かせたのか⋯サンファイアには一切判らない。だが⋯先程まで憤怒の色を露呈させていたウェルニから“ごめんなさい”という謝罪を引き出した……これは相当なイベントが起きたと見て良さそうだ。“ラキュエイヌ”⋯この言葉を発した瞬間、2人の表情はガラッと変わった。

なんにも判らない。姉さんの名前を言っただけだ。


「サンファイア、教えて。ラキュエイヌとは⋯どうやって知り合ったの?」

ミュラエが問い掛ける。

それに続いて、ウェルニも問い掛けようとするが、発言しようとした途端、発言を中止。ミュラエが彼女の発言を停止させたんだ。

「何、お姉ちゃん、、」

「あんたが居ると色々と面倒な事になりそうだから」

「別になんないよ。もうサンファイアの事は判った。私達の敵では無い。まぁ、、今のところはね。ラキュエイヌと知り合いなら、利用する価値がある」

「はぁ、、、“利用する価値”なんて言葉使わないで。サンファイアはサンファイアよ。利用なんて言葉、訂正しなさい」

「フン、知らねぇー」

さっきの謝罪の雰囲気はどこへやら。サンファイアに怒りを滲ませていた表情とはまた異なった別系統の怒りが、彼女の心を奮い立たせる。

「あっち行きなさい」

「なんでお姉ちゃ⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

姉から伝わる遺伝子能力に一瞬怖気付くウェルニ。

「はぁ分かりましたよ。2人で仲良しこよしすればぁ?⋯気持ちい事するんだったら、外でやってよねー。他人の愉悦する姿、大っ嫌いだから」

ウェルニが家の奥へと行った。

サンファイアとミュラエ、2人だけの空間となったコテージのリビング。


「ごめんね、サンファイア。妹⋯あんな感じなの。でも、もう大丈夫よ、暴喰の魔女が止まった以上⋯ウェルニから攻撃を仕掛けてくる事は無いから」

「全部聞こえてますよーーーーーー」

「あんな感じなの。良い子なんだけどね⋯私からも謝るわ⋯妹の無礼を許してほしい⋯ごめんなさい」

「いいよいいよ。僕がいけない事したのかは⋯ちょっとよく判らないんだけど⋯急に詰め寄ってきた自分が悪いんだ。妹さんを刺激した僕が悪いんだよ」

「“詰め寄ってきた”って⋯⋯サンファイア⋯あなた、どんだけ聖人なのよ」

「え、、?そう?」

「そうだよ、詰め寄ってなんかないじゃん!⋯ただただ私のナビゲートに従っただけなのに⋯そんな言い方⋯サンファイアって本当に優しいんだね。その顔見たら判る⋯こんな優しい人に⋯ニーベルンゲンと白鯨はなんて事をしたの?」

すると、奥の方からウェルニの姿が見えて来た。

「、、、いいわよ、、、」

「うん?どうしたの?ウェルニ」

「なまえで、、わたしのこと、、いっても、、、いいって、、いってんのよ、、ばか」

たどたどしい口調で、言葉が紡がれていく。一見すると何を言ってるのか判らない程に、断続的に放たれたウェルニの言葉。

発言が終わると、ウェルニは素早く定位置である自室に颯爽と戻っていった。

「あれは⋯」

「ンフフフ⋯きっとサンファイアの事を認めたのよ。恥ずかしがって素直に言えないのね」

─────────

「うっさい!!!」

─────────

「ほんと⋯あーいう子だから。少し大目に見てあげて?」

「名前で呼んでもいいの?」

「うん、良いみたいよ」

「そうなのか⋯判った。後でありがとうって言っておこう」

「多分、今私達の会話聞いてると思うから、言ってみれば?」

「そうなの?⋯じゃあ⋯“ありがとう、ウェルニ”」

「フン、お姉ちゃんとセックスし出したら殺すから」

ウェルニは自室から大きな声で発した。


「はぁ⋯もう、、ごめんね⋯変な事聞かせちゃって。最近あんな感じで下品な言葉も使うようになっちゃって⋯多分、暴喰の魔女が色々と教えてるんだと思うけど⋯」

「その⋯“暴喰の魔女”とか“レピドゥス”っていうのは⋯なんなんだ?」

「そうね⋯私からもそうだし、あなたからも質問は沢山あるよね⋯。暴喰の魔女っていうのは、ウェルニの中に宿されている魔女の型式。本名称がレピドゥスって言うの。色々とこの話は長くなってしまうから⋯結構端折って説明すると⋯レピドゥスは元々、違う人の元にいたんだけど、ウェルニの事を気に入ったみたいで、それ以後“一部のレピドゥスの粒子”がウェルニと帯同するようになった。暴喰の魔女はウェルニのアトリビュートとしての能力を最大限に引き上げ、戦闘能力が飛躍的に向上するきっかけとなったの。簡単に言うと⋯ウェルニはすっごく強いって事。そして、暴喰の魔女が母体から別の人間に乗り移るなんて前代未聞。恐らくはウェルニだけね。暴喰の魔女を手に入れるには、七唇律聖教のシスターズランカー“エステル”を取得しなきゃならないから」

「その⋯アトリビュートっていうのは⋯」

「アトリビュートは、、、、セカンドステージチルドレンの子孫よ」

「⋯!!」

「そうよね⋯驚くのも無理は無いわ⋯。うん⋯こんなことを原世界の住人に話す日が来るなんて思いもしなかったもの⋯。原世界で起きた、小惑星落下事件を知ってる?」

「いや⋯知らない⋯⋯」

「そうか⋯知らないんだ⋯西暦2100年8月20日。原世界の日本・富士樹海に小惑星が落下した。その小惑星には謎の超常現象を人体に引き起こす遺伝子細胞粒子が付着していた。西暦2159年、そのウイルスが蔓延した事によって、少年少女に感染し、暴走事件が発生した。“首都圏エリア少年少女暴走事件”。戮世界にはそう伝わってるわ」

「伝わってる⋯」

「言ったでしょ?原世界とこちらの戮世界は繋がってるの。シェアワールド現象によって、同期された平行線が時を刻んでいる。暦的には、戮世界は5604年。原世界は3704年。1900年の間が生まれている」

「そうだ⋯3704年の1月だった⋯」

「うん、日付も戮世界と同じ流れで進んでいる。今日は1月20日よ」

「⋯⋯⋯⋯」

「うん⋯そうだよね⋯何も⋯理解出来ないよね。私もそうだもん⋯まさか⋯原世界の人とこうやって話せるなんて⋯。私、原世界の人達から沢山の文明を教わったわ。だから⋯本気で憎む事が出来ないの⋯サンファイアは世界戦争の事情知ってるよね」

「うん⋯僕は日本の戦争兵器として使用されていた」

「え、、どういうこと?」

「僕は⋯セカンドステージチルドレンの分岐進化に相当する“セブンス”っていう人種なんだ。その証拠として⋯」

「⋯え!?」

サンファイアは全てを曝け出した。自身の本当の姿である乳幼児の身体を。

「さ、さ、サンファイア!?なんで⋯赤ちゃんの姿なの!?」

「これが僕の本当の姿だ。誕生日は5月29日だから、まだ1歳にもなってない」

「これは⋯⋯」

「可愛あああああいいいいいいー!!!」

ウェルニが突然現れ、2人の間を引き裂くように登場。その狙いはサンファイアの乳幼児形態にあった。

「え!?ウソ!?これ!あんたなの!!?サンファイアなの!?どうやって喋れてんのよ!??ねえ!ねえ!」

「ウェルニ⋯僕をちょっと下ろしてくれ⋯目眩してきて⋯どうにかなりそうだ⋯」

「あああ、ごめん⋯てか、、なんなのよあんたこれ⋯さっきのいけ好かないガキの容姿はなんだったのさ!?」

「アレは⋯“ルケニア”と呼ばれるセブンス特有の能力だ。セカンドステージチルドレンから分岐進化したのは、世界戦争がキッカケだと言われている。世界中から発射された核ミサイルの中に、“ロストライフウイルス”という無差別殺戮を引き起こすバイオハザード級の科学物質が含有されていて⋯それを吸入した者は生きるか死ぬか⋯だった。多くの者は死に絶えたんだけど、生気を残す者も極小人数だが確認出来た。それが⋯セカンドステージチルドレンだったんだ。セカンドステージチルドレンの眠れる遺伝子が、無差別殺戮バクテリアによって覚醒。その着地点がセブンスだったんだよ」

「この年齢偽称能力はなんなのよ。こんなの天根集合知ノウア・ブルームにも無いわよ」

「え⋯⋯」

「あーごめんごめん⋯ウェルニはちょっと黙ってて!」

「なぁんでぇ!いいジャーン!カワユイなぁお前は⋯よしよしよしよしさっきのお前じゃなくて、ずっとこの姿でもいいぞぉ〜。私が訓練してやろうかぁ!なぁカワユイのぉ?」

「いや⋯遠慮しとくよ⋯」

「、、てか、なんで喋れんのよあんた」

なんの前触れも無く、感情を瞬間的に変更するウェルニ。サンファイアの乳幼児形態を見て、幸福に満ち満ちた表情を浮かべていたのに、急なこの舵の切り方⋯ウェルニへの感情の読み取りは至難の業だと思ったサンファイア。

「“ルケニア”だよ。セブンスは特殊な生態系進化を辿った事で、一つ⋯指定された生命種の情報を身体に書き加える事が可能なんだ。それは血統の遺伝子によっては様々なもので⋯僕はラタトクスという生き物の情報が書き込まれている」

「ラタトクスってさぁ、、神話上の生き物じゃん。そんなのも有りなの?」

「そうだよウェルニ。インストール元は、多種多様。存在する生物だったり、神話上の生物だったり、架空神話だったりも有り得る。更には植物とかもそれに該当する。ちなみに姉さんのルケニアは黒薔薇だ」

「フラウドレスのルケニア⋯それによって枢機卿を一人殺したのね⋯」

「すごいな⋯そのフラウドレスって女。なぁ、サンファイア、フラウドレスがどの枢機卿を殺したかを知りたい。何処に立っていた奴を殺した?」

「立っていた⋯」

「あー、まぁ正確には“浮いていた”か⋯どうなんだよ」

「左端⋯だったかな⋯」

「お姉ちゃん⋯」

「うん⋯そいつは“カーライル”だ。『狂撃』を称号する女だ」

「中々に噂の絶えない女だよ。多くのアトリビュートを捕獲していたらしい⋯」

「そうなのか⋯⋯」

「んでぇ、ルケニアちゃん、もっと教えなさいよ〜、ルケニアのおかげでこんな姿でも喋れたり、形態変化を遂げれるなんて凄いじゃん。ねぇ、どうなってんのよ身体は!」

乳幼児形態となったサンファイアに執拗なまでに密着を果たすウェルニ。サンファイアの内情は複雑なものだった。先程まであんなにもの殺意を向けていた相手に対し、ここまで癒しを求めてくるのか⋯。この⋯乳幼児の身体には違う意味での特殊な性質があるんだな。だが⋯この状態だと、ウェルニから求められる日々が続いてしまう。姉さん探しに支障をきたすこと間違い無しだ。もう、やめよう。


13歳の姿に戻ったサンファイア。ルケニアの粒子が鎧を装備するように上から下へ降り注ぐ。形態変化シークエンスが終了した時、ウェルニはあからさまにガッカリの表情を見せる。

「ええええええ⋯サンファイアあああ、、早いってえ⋯」

「僕的には⋯こっちの方が落ち着くんだけど⋯」

「あーあつまんないのおー」

「そういうこと言わないのウェルニ。サンファイアがこっちが良いって言ってんだから、こっちが通常フォーム⋯そういう事でしょ??」

「あ、ああ⋯そうだね」

「それでさ、たまにまた赤ちゃんの姿見せてくれたらいいじゃん。ね?」

いや⋯ミュラエ⋯僕は嫌なんだけど⋯

「そだね!じゃあ、サンファイア!頼むよ。あんたが生き永らえる要素の一つに、サンファイアの本来の姿があるってことを⋯忘れないでね」

「僕が乳幼児の姿を見せなくなったら⋯」

────

「殺す」【キリッとした小悪魔的な表情】

────

そんななの⋯そんなに気に入られちゃったのか⋯⋯はぁ、、色々と面倒な人が知り合いになったもんだ⋯。姉さん捜しの遅れに生じなければいいんだが⋯。



「でもさぁ⋯サンファイア⋯あんた、メルヴィルモービシュの光輪に取り込まれたんでしょ?中、どうだったのよ」

「あまり⋯覚えてない⋯断片的には⋯うーん⋯なんだろうな⋯言葉にしづらいんだけど⋯光と闇?プラスとマイナス?白と黒⋯表現するとしたら⋯」

「“太極図”」

「何それお姉ちゃん」

「この世の全ての事物を陰と陽の2つに分類する思想のことよ。陰と陽⋯この2つを今サンファイアが言った、“光と闇”とかに照合させる。対立した属性として成り立たせる⋯っていう意味があるのよ」

「うーん、、、意味わかんない⋯取り敢えずその、、、、たい、きょく⋯ずぅ?それみたいだったの?」

「うん間違いなく太極図を具現化したような空間だった。2つの属性が溶け合っているように感じたよ」

「あんた⋯ほんとに運が良かった⋯と思った方がいいよ。多分シルヴィルモービシュは、ニーベルンゲンの奴らに異常が発生したと判断したんだ。カーライルを殺したんだろ?」

「いや⋯そのカーライルとかいう女を姉さんが殺す前から白鯨は攻撃を仕掛けていたよ」

「すっごい嫌な音だったでしょ」

ミュラエの発言に一気にその“怪音波”を思い出す。

「あれ⋯⋯尋常じゃなく痛かったよ⋯耳から血出るんじゃないかと思った⋯。でも段々とその怪音波に慣れていったんだ」

「そうなんだろうね。今のサンファイアを見る限り、事後的に訪れる障害は無さそうだし」

「あ、、、そんなのがあるの?」

「だぁから言ってるでしょ?運が良かったって。あんた、戮世界に放り込まれただけでも有難いと思いなさいよね」

「ウェルニ、私さ⋯白鯨が⋯わざとやったんじゃないかって⋯思ってるんだけど⋯」

「はぁ?お姉ちゃんさぁ、それは無いでしょ。だっては白鯨はニーベルンゲンの代役を担おうとしてたんだよ?多分。世界戦争を終わらせようとしに、原世界に降臨したんだよ」

「え、、、世界戦争を⋯?白鯨が?」

「ええ⋯そうよ。白鯨は多次元宇宙マルチバースフィールドの管理者。“オリジナルユベル”によって兄弟世界が確固たるものとなった“マグネットパルヴァータ”以降、メルヴィルモービシュの管理・統括は劇的な変革を遂げた。戮世界と原世界、2つの世界は平等であるべき⋯という認識になったんだよ。だが原世界では世界戦争が起き、平等の均衡は破られていく⋯。メルヴィルモービシュも対処はしたようだけど、中々に原世界の情勢を変える手立てが見つからず⋯そこで、ニーベルンゲンに大陸政府とテクフル諸侯がゴーサインを出した。それが⋯1月18日、一昨日に発生した日本への列島爆撃。ニーベルンゲンは、日本への爆撃を決行した米国に裁きを下そうとしたが、何らかの異常が多次元宇宙にて発生し、日本に不時着したのだろう」

「そうか⋯それで⋯、、一人だけ⋯トンネルの中にいたのか⋯」

「サンファイア、ニーベルンゲンと何か会話した?」

「うん⋯かなり⋯した」

「誰ー?だれ?サンファイア、だれ?」

「“アルヴィトル”⋯だったかな⋯」

「なぁんだアイツか」

一気に呆れた顔を見せるウェルニ。

「え、、そんな感じなの⋯?」

「アルヴィトルは『守衛』を称号する枢機卿よ。まだカーライルの方が優秀ね」

ミュラエの落ち着きようから察するに、どうやら本当にそうみたいだ。ウェルニの口から出る言葉には、なんだか気怠い感じとか、中身の無い輪郭的描写だけで、“文体”という意味での肉付きを感じられない。それに反してミュラエは、自分と向き合ってくれる紳士的なイメージがある。

ウェルニはまだ⋯本格的に僕を信じ切れていないのかもしれない。


「アルヴィトルは殺せなかった?」

ウェルニが問い掛ける。

「そうだね、死んでないと思う⋯」

「その言い方だと、お前は戦線離脱したみたいに感じるけど」

鋭い⋯ウェルニは鋭いな⋯まるで僕に起こった出来事を知った上で質問しているようだ⋯。

「正しくそうだよ⋯僕ともう一人“アスタリス”ってのがいるんだけど⋯僕らが先に白鯨の光輪に取り込まれたんだ⋯だから⋯姉さんのその後を知らない⋯もしかしたら、今でも争ってるかもしれないし⋯」

「そりゃあねえな」

「うん⋯サンファイアとお姉さんには悪いけど⋯メルヴィルモービシュの光輪を回避し続けるなんて不可能だよ。メルヴィルモービシュは神様なんだ」

「神の力を超えるやつなんていたら、そいつが神になっちゃうからな」

「そんな⋯⋯じゃあ⋯」

「多分⋯フラウドレスは戮世界にいると思う⋯」

「ほんとに!?ほんとなのか??!」

フラウドレスにいる可能性を示唆したミュラエに迫るサンファイア。そのサンファイアに肩を勢いよく掴まれる。興奮して熱くなった手のひらを感じ、ミュラエは満更でもない表情を見せる。単純にサンファイアを恰好いい人⋯と捉えた。

「⋯⋯⋯あ、、、あ、、アア、、、、」

「ご⋯ごめん⋯ミュラエごめん⋯⋯、、」

自分勝手過ぎた行動を恥じ、謝罪をする。

「⋯⋯ううん、、大丈夫⋯大丈夫だよ⋯」

───────────

ハァァァぁぁ⋯かっこよすぎる⋯⋯サンファイア⋯⋯あんな顔⋯しないで⋯⋯手、、、すっっごい熱かった⋯彼の手型が、私の身体に彫刻された気分⋯⋯そっか⋯サンファイア⋯お姉さん⋯フラウドレスってそんなに大事な人なんだ⋯⋯これは⋯絶対に見つけなきゃ⋯サンファイアにこれ以上、哀しさに満ちた表情をさせない。させたくない。

───────────


「⋯⋯サンファイアにとって、そんぐらい大事なんだね。私らにも痛いほど判るよ。ね?ウェルニ」

「うん⋯そうだねお姉ちゃん」

先のミュラエとのコテージ帰路にて、ご両親がクレニアノンという男に殺されたのを聞いている。しかしここでサンファイアは触れる事は無かった。非関係者が殺された存在に干渉しない方が良い⋯と判断したからだ。


虧沙吏歓楼です。

今回から、著者名を変更します。

理由は⋯変えたい⋯と思ったからです。


第九章は今までのシナリオに踏み込む内容です。

戮世界と原世界がついに交わります。どこまで交わるのかはここからおいおい決めていきます。

見どころは、フラウドレス・ラキュエイヌとセラヌーン姉妹の邂逅です。

この3人、仲良く出来ますかね?どうでしょうか。


米を食べていません。

なんか食べると気持ち悪くなる身体になってしまいました。


では、ここからもよろしくお願いいたします。

誰も読んでないだろうに。

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