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[#80-魔女の一片]

[#80-魔女の一片]


「ウェルニ⋯やめて⋯その力は⋯」

「⋯ハアハアハァハァハァハァ⋯だめ、、近づかないで⋯あなた達も殺してしまう⋯だから、もう⋯近づいて来ないで」

彼女は後ずさりする。自身の能力解放⋯これは、あの時言っていた“暴走”に該当する行動のようだ。

そしてウェルニは、空間からの退室を図る。足早に。そこに食らいつこうと、過去の記憶を掘り起こし、ウェルニとのコンタクトを試みた。

「ウェルニ、分かってる!それは超越者の血盟の力でしょ!」

「え、、?」

ウェルニは止まる。そして、背を向けていたウェルニは2人の方へ振り返った。

「どうして⋯なんで知ってるの?」

「あなたは、記憶を失っている。七唇律については覚えているわね?」

「うん、、覚えてるよ」

「儀式に関しては?」

「うん、さっきまでやってたやつね。覚えてるよ」

非常に難解かつ、ややこしい記憶の切除を行ったようだ。ヒュリルディスペンサーの事は覚えているが、記憶が消去された事は身に覚えが無い。私達の記憶は直前の知らせがあったように覚えいない。うん⋯とても不愉快な気分になる記憶の継続だ。


「ヒュリルディスペンサーで、ウェルニは儀式を受けた」

「うん、覚えてるよ」

「その時、献上した部位については⋯?」

「あ、、、そういえば⋯確かに⋯どこも⋯失ってない⋯。みんな、目とか腕とか指とか失っているのに⋯私、何も、、全部ある」

目、腕、その2つの項目を献上品に指定したのは私達。そんな人間が目の前にいるのに、彼女はまったくそれについて触れない。これも、理解し難い。


「ウェルニ?今⋯目、腕って言ったよね?」

「うん、行ったけど、なにぃ?」

急接近。もうこれ以上、私の気分が害するような事を言うな⋯とでも言ってくるような面持ちだ。

「私とナリギュ⋯私はベルヴィー、こっちはナリギュ」

「⋯⋯⋯⋯」

ジト目。

「⋯⋯私とナリギュの身体、よく見てよ」

『よく見てよ』⋯なんて言う前に気づかれるはずだ。なのに、彼女は一向にその方へ関心を示さない。

「??なに?なんなの?身体見てるわよ。しんらない女の子の身体をね。ジロジロと見てるわよ」

「え、、、、本当に気づかないの?異常な所があるじゃない!」

「は?もうさ、あんたヤッてんじゃない?なんなの?私に見えてないものがあるとでも言うの?」

「正しくそうよ。あなたには見えてないものがある」

「???」

私の問い掛け、ついに彼女はポカンと無言になり硬直した。どうやら⋯まさかとは思うが⋯本当に見えてないようだ。今、あなたと喋ってる“しんらない女の子”の左腕が無いことを。

何故?本当に、、なぜ?彼女の身にいったい何が起きているの?『記憶』だけを献上にしたんじゃないの?

これじゃあ⋯『記憶』以外にも、何かレピドゥスは暴喰した事になる。そう考えるのが普通だ。


「私の⋯左腕は無い」

「???は?」

「隣にいるナリギュの右目も無い」

「は?、、、あ、献上したの?」

「それについては覚えているのね」

「ええ。まぁ、、そうね。私はどうやら何も献上してないから、儀式を受けれなかったのね。でも、私としてはそれで良かったかな。身体から一つパーツが無くなるなんて、絶対にいやだもん。あんた達、良く差し出したね。左腕!?右目!?すっごいじゃん。、、、、、て、、、本気で言うとでも思った???」

「いや、本当に私の左腕は無いのよ」

「あのーーーーー、しっかりとこの目で見えてるんですけどーーーー?」

レピドゥス⋯、、ノアトゥーン院長⋯、、あんたらは⋯うちの友だちに何をしたんだ⋯こんなの話に聞いてないぞ⋯。

「大丈夫??あんた。なぁんかコワァイ顔してるよ?」

「ウェルニ⋯⋯」

「???あの、、もう帰ってもいい?儀式終わったんだよね?」

「私らの事⋯」

「知らない。“覚えてない”じゃない!知らない!何度も言わせないで!」

「⋯、、、、、」

「もう、帰っていいよね?」

「朔式降誕日⋯家族と祝わないんじゃないの?」

「、、、、なぁんで知ってんの」

少しの怒り。そんな感情の揺れに私は、ほんの少しだけ嬉しくなる。ウェルニにはこういう感情もあるんだ⋯と思わされた感じ。少しの怒りは、どんどんと対象を呪うような、不機嫌さを帯び出てきた。

「あんた、私のストーカー?」

「違うよ。ストーカーじゃない。友だち」

「あんたがそう思っても、私はそう思わないから。私、ずっと一人で友だち欲しかったけど、あんたみたいなストーカーと友だちにはなりたくないから!」

「はぁ⋯じゃあもうそれでいいよ。私は諦めないから」

「あっそ。好きにしたら。家族に迷惑かけたりしたら、殺すよ?」

「うん、分かった。迷惑は絶対に掛けない」

「はぁ⋯転もう疲れた⋯⋯。そうよ⋯、、、あんたの言う通り、朔式神族の降誕日は、祝わない⋯。私は祝いたかったけど、お姉ちゃんがそれを許してくれなかった。お姉ちゃんは七唇律に反対してるから」

「ミュラエさん⋯」

「あんた、、、もういいわストーカーさん。あんたが私のどこまで知ってるか⋯それを当てるゲームでもしましょーか??」

「ううん、そういうのは大丈夫だよ。無理しないで」

「別に無理してねぇーし」

「ウェルニってそういう一面もあるんだね」

「私はあんたの別の面を知りたいよ。ストーカー気質の犯罪者紛いの女の子の普段の生活がどうなっているのか、どうやってご飯食べてるのかなぁとか、性欲とかどんな感じに放出してるんだろうなぁとか、スっっっごい気になるもんねえええええ、、、、ねええええええ」

「ウェルニ、あんたの方がヤッてるんじゃない?」

「サイコ具合では私は負けないよ?」

「ウェルニって、そんな面白い女の子だったんだね」

「だからさぁ!⋯⋯はぁ、、、もう、怒るのも疲れるわ。マジでだるっ」

「ミュラエさん、良い人だよね」

「やめて!ストーカーさん!お姉ちゃんの事言わないで。殺すよ?」

「ミュラエさんに助けてもらったことがあるんだ」

「はぁ?」

「これも覚えて⋯」

そうか、、、家族と七唇律以外の記憶は全て抹消されてるんだ。海水浴場での出来事を覚えてるはずない。

「なんでもない⋯」

「、、、じゃあ、、、じゃあねお二人さん」


ウェルニが部屋から立ち去る。



「ウェルニの記憶、戻ると思ってんの?」

「ナリギュ⋯あなたは戻って欲しく無いんでしょうね。その感じから察するに」

「別に戻らなくてもいいんじゃない?とは思ってる」

「ナリギュがそんな事を言うのは話が違うからね」

「⋯⋯そう思っちゃってるんだから、仕方ないでしょ」

「そう⋯ならナリギュは近くで見てて。私は諦めないから」

「記憶を取り戻す気?」

「この話の流れからして、それ以外に何があるの」

「もしそれが実現したとするなら、朔式神族からの対価は支払われていない⋯っていうことになるよ」

「⋯⋯彼女は生きてる。それが全てよ」

「瀕死状態とは言え、ほぼ絶命に等しい状態だった。あのまま放置しているとウェルニは死んでたわ。そんな状況から復活⋯あのような状態になったのは間違いなく、レピドゥスが助けてくれたの。自身の記憶を代償にしてね。記憶が蘇ったら、法則が破綻する。この儀式はなんだったのって事になるわ」

「私達とウェルニの絆が強かった⋯それで十分でしょ」

「えらくロマンチストなのね、ベルヴィーって」

「私は、瀕死前のウェルニに戻ってほしいだけ。私は諦めないから」

「じゃあその叶いそうにない夢を叶えるために、ベルヴィーはどうするの。どこから攻めるつもり?採算はあるの?」

「、、、、、、」

何も決めてない。ナリギュからの問いに返答出来なかった。その様子を見たナリギュに、私は歯ぎしりをした。

「ノープランね。行き当たりばったりもいいところよ」

「ナリギュの言う通りよ⋯なんにも案なんて無い。無いけど⋯⋯やるしかない⋯ウェルニを失いたくない」

「一つ、言えるんだけど⋯」

「なに、ナリギュ」

これ以上の戯言は聞きたくなかった。だが、ナリギュの表情を見ていると、正常性を保っていた頃のナリギュが映し出された。私は彼女を信用し、台詞の続きに耳を傾ける。


「ウェルニが献上した部位が、『記憶』の他にも、あったとしたら⋯?」

「『記憶』以外にも⋯ウェルニが差し出した部位⋯」

「外見上、身体に変更点は無かった。靴で隠された足部⋯足指の可能性も考えられたけど、変化は見られなかった」

「分かるの?」

「うん、判る。説明は出来ないけど」

「じゃあ、役に立ってもらうわよ」


こうしてこの日から新たな日々が始まった。この日以降、ウェルニは普段通りアリギエーリ修道院に足を運んでいた。

『どうしたの?』

と嫌な質問にも聞こえるがそう一応問い掛けてみると⋯

『私がここに入教しているからよ』と言ってきた。

当然の返答で良かった。安心した。


『あんたこそなんでここにいんのよ』

この問い掛けが来るのも予想の範疇。

記憶が戻ることなどあるのか⋯ナリギュの事を信じて待ってみる。どのような策があるのか、全く分からない。

でも、ナリギュが言ったので信じてみよう。

ナリギュも友だちだから。



1ヶ月2ヶ月3ヶ月──。


ウェルニの記憶は戻らないながらも、新たな友情として3人の絆は形になった。

目覚めた後の攻撃的なウェルニはもういない。

しかしながら、私の知っているウェルニに戻った訳では無い。新たなウェルニ像が形成される運びとなった。攻撃性が消えただけでも十分な儲けだと思っている。

これで⋯いいのかな。これ以上、望んでも無意味な時間を費やすだけ。それだったら今、私の前にいる“新しいウェルニ”と色々な思い出を作っていった方がいい。時間は有限だ。限られた時間で、たくさんの有意義な時間を共有したい。

これは、前のウェルニと交わした会話の中に含まれていた言葉だ。ウェルニ、記憶が消えても、人間性が変わっても根幹の部分は変わってないように思える。

あくまでもこれは、私の妄想だ。

こうあってほしい⋯というただの私の妄想。

やっぱり私は前のウェルニが好きなの。

ウェルニはあのウェルニしかいない。

だけど、今はこの新しいウェルニと向き合わなければならない。


『ねえ!元私のストーカーさん!』


悪くは無い響きだが、心に引っ掛かる言葉ではある。

無垢な笑顔で近づいてきて、私とのラリーの最初は必ずと言っていいほど、上記の台詞が発せられる。

普通に言ってほしい。私の名前を。

いっつも私のことを薄ら笑ってるんだ。

それに抵抗したりすると、また攻撃性を帯びたモードに移行。対等に接する事が出来ていない。


無情に時が過ぎていく。

元通りの関係性になる事は無かった。

当然、学校でもウェルニ側から話し掛ける事は無い。


『うエッ!?おんなじ学校なの!?ヤバっ!偶然!?キンモ!!ほんとにストーカーなの?!』


はぁ⋯もう疲れる。あのリアクションは、、、けっこう、効いたなぁ⋯。人が変わったように驚いてた。あそこまで驚愕の向こう側を見たことは無い。あと、弱冠ながら、本当に嫌そうな顔をしていた。だがそれが起点となって、会話に持ち込めるんじゃないかと⋯思っていた。

しかし、彼女は直ぐに行ってしまった。

どうやら、別の友だちが出来たようだ。

それもそうだ。

彼女はとても人当たりが良い。

だから、私達は友だちになれた。後から⋯“自分は超越者の血盟で⋯”とか色々を聞いてはいたが、やっぱりウェルニはコミュ力が高い。

家族としか対人関係を構築した事ない⋯なんて、あまり信じられない。それにしては記憶を失っても尚、コミュ力を維持しているし、なんなら進化しているとも言える。


進化の面を感じるのは、私への“ストーカー発言”。

これが私とウェルニの唯一のコミュニケーション。


ナリギュはもう諦めていた。私と一緒に居てはくれるけど、ウェルニの話題に切り替わった瞬間に、その場から立ち去ってしまう。

『ごめん、ちょっと忘れ物しちゃった』

そんなような事を何度も聞いた。

私は空気を察して、ウェルニの話題を振るのをやめた。

これにより、ナリギュは私から立ち去る事は無くなった。


この距離感が良いのかな。

ウェルニはウェルニで新たな友人を作り、それぞれの道を歩いた。

私が固執しすぎなんだ。

ウェルニがいなくても、別に人生が終わるわけじゃない。

私は私の人生がある。


ああー、あそこにウェルニがいる。

そこに私がいない。

どうも、違和感がある。

普通だったらあの輪に私もいるはずなのに。


今日もまた、修道院で会おう。



律歴5602年12月 l 日──。

午後4時32分──。


「家、着いた。どうしてこんな朧気なんだろう」

家のドアを開ける。

「お姉ちゃーん?ただいまー」

「、、、、え?」

「何その表情⋯どしたのお姉ちゃん?」

すっごい顔してる。殺人鬼でも見たんか⋯ああ、これは言い過ぎか⋯。足の小指ぶつけた⋯ああ、これも違うか⋯要は“だいぶとビックリ”していた。この時間に帰ってきちゃ行けなかったんかな?

「え、、今日って⋯⋯」

「うん?なになに?どしたー?」

「友達と夜まで夜まで⋯⋯とか、言ってたから」

「ああ⋯⋯」

そういえば、そうだった。なんで忘れてたんだろう⋯。そうだった、そうだった。ああ、そうだった。お姉ちゃんに断られてたんだ。そんで⋯⋯あれ、、、私ぃ⋯誰と一緒に朔式降誕日過ごすんだったっけ⋯?

「私⋯断ったよね?」

「うん、断ってたね。で、でも!もう平気平気!友だちとの件は断ってきたから」

「え?あ、そうなの?大丈夫なの?」

「うん!友だちよりもお姉ちゃんとパパとママで、朔式神族の降誕日を祝いたいから!」

「ウェルニ、だから言ったよね?朔式神族を祝うなんて、絶対に⋯」

「ごめんごめん!無神経だった!ごめんなさい」

⋯⋯なんか、、私⋯⋯⋯色んなピースが抜けて落ちてる気がする。

『このピース』『あのピース』『そのピース』⋯。

どのピースも絶対に必要なのに、抜けてる。気持ち悪いな⋯。私の意思で捨てれるようなものじゃない。なんだろう⋯⋯そうだよね。私達、アトリビュートが朔式神族の降誕を祝すなんて有り得ないよね。なんで私、こんなことお姉ちゃんに言ってたんだろう。


「ウェルニ、、?大丈夫?」

「⋯⋯⋯あー!!うん!ううん、大丈夫だよ」

「そう?なんか色々と考え事してたように見えたけど」

「ううん、だいじょぶだいじょぶ」

「⋯ウェルニ。言って?」

「え」

「言いなさい。お姉ちゃんに隠し事は禁止よ。ただでさえ私達は危険な立場なの」

「うううう」

「なんそれ」

「お姉ちゃん⋯⋯酷いよ」

「なにがぁ」

「イジワルしないでよ⋯どうせ抵抗したら怒るんでしょ」

「ええそうね。あなたがそんなネコみたいな態度取るんだったら、トコトンいじめてあげる」

「やめてよー。お姉ちゃん⋯」

お姉ちゃんに顔を近づける。無邪気で愛おしい存在である妹の攻撃を食らって、現状を打ち砕く!⋯⋯はぁ、私、、、お姉ちゃん舐めてる。私が一番お姉ちゃんの恐ろしさを知ってるのに。マジで殺されるかも⋯。そんな気持ちを帯同させながら言う『お姉ちゃん⋯』。


「そんな可愛い顔してもだーめ」

ウェルニの顔を突っつくミュラエ。「イテテ」とここでも甘えた気でいるウェルニに喝を入れる。


「言いなさい。じゃなきゃパパママに言いつけるよ」

「⋯⋯わあっった。私、七唇律聖教に入ってるの。だから朔式神族の降誕を祝いたくなったの!これでいい?」


沈黙。


「ウェルニ⋯なんてことを⋯そんなの⋯、、ぜんぜん面白くない⋯。もっとマシな冗談をつきなさい」

「ほんとだよ。だから今朝、お姉ちゃんに言ったの。『朔式神族の降誕を祝いたい』って」

「バカ言わないで⋯あなた⋯七唇律聖教に関係する事が、どれだけ私達にとって危険なことか分かっているでしょ!?」

「大丈夫だよ。ほら、この通り、一切の傷なし!」

ウェルニの頬をはたくミュラエ。


「痛ったい⋯お姉ちゃん⋯何すんのよ⋯私そこまでのこと──」

「言ってるに決まってるじゃない!ウェルニ⋯あなた⋯いつから七唇律聖教にはいるの」

「9月13日から」

「そんな⋯⋯に前からいるの⋯」

「ね?でも、ほら、なぁんともないでしょ?」

「何かがあってからじゃ遅いのよ!」

ウェルニの身体を押さえつけ、壁にぶち当てる。その衝撃によって生まれた風圧が、部屋中の小物類に浮遊能力を与える。

「お姉ちゃん⋯」

ミュラエは泣いていた。

「何かが⋯⋯あってからじゃ⋯おそいのよ、、、あなた⋯殺されていたかもしれないのよ、、、ウェルニが死んだら⋯私⋯どうしたらいいか、、わかんない⋯唯一の妹なの⋯ウェルニ⋯⋯そんな勝手な行動取らないで」

「お姉ちゃん⋯⋯」

ウェルニはようやく、事の重大さを思い知った。

ミュラエとウェルニ。

ミュラエの外部からでも確認できる力を駆使した警告と、内部への伝達。アトリビュートであり、肉親関係にある2人だからこそ成し得る特別な伝達方法。

ウェルニは内外、両方から姉の警告を受け、そこで自分の身勝手な行動を悔い改めた。


「お姉ちゃん⋯ごめんなさい⋯私、そこまでのことだと思ってなくて⋯」

「『そこまでのこと』って⋯私とパパママはいっつも口酸っぱく言ってるつもりなんだけど?」

「へへ⋯⋯」

笑って誤魔化そうとするが、今の姉にそんなものは効かなかった。しかしながら、憤激の顔面にほころびが生じてきた。

「はぁ⋯⋯もお、、あなたはいっつもそう。自分勝手でいっつも私を振り回す。ウェルニの初めての友だちを紹介された時を思い出すよ」

「初めて?ああ、つい最近のことだね」

「え?何言ってるの?去年のことじゃない」

「え?去年??私、去年は友だちなんて出来てないよ」

「は?ウェルニ、頭ほんと大丈夫?友だち何人も私に紹介したじゃない。それに私のクラスルームに入ってきてまで紹介してたんだから。そんな事、私が忘れるわけないでしょ?」

「え、、、、ちょっとまって⋯⋯⋯どゆこと?去年?」

「ええ、去年よ。4月とかにはもう、友だち出来てたよ。名前がぁ⋯そういえば最近会ってないなぁ⋯⋯ええっと⋯良く覚えてるのが⋯⋯そう、正しくクラスルームに入ってきた最初の友だち、ベルヴィー、ナリギュ⋯かな。あと、男の子が3人とか居たかな」


──────────

「お姉ちゃん⋯その2人⋯⋯知り合いなの、、、」

──────────


「はぁ、、何回言ったらいいのよ。これはあなたの友だちでしょ?私の知り合いなんかじゃないよ」

気が動転しそう⋯頭がおかしくなりそう⋯時空が歪む⋯どういうこと⋯?私は今⋯どんな世界線にいるの⋯。⋯⋯⋯え、、、ほんとに、、なんなの⋯⋯全然意味がわかんない⋯神様からの試練?七唇律聖教に入り浸るってこういうことなの?

「ベルヴィー、ナリギュ⋯いや⋯、、、私、知ってる⋯」

「知ってる⋯??何その言葉。知ってるもなにも、あなたの友だちでしょうよ」

「違うよ。私の友だちは他にいる」

「ウェルニ、それはあんまり良くないんじゃない?最近遊ばないからって友だちの名前忘れるとかはさぁ⋯」

「違うよお姉ちゃん!私⋯ほんとに知らないの!それでね・ベルヴィーっていう女がやたらと私に近づいてくるの。それに飽き足らず、私にも執拗に付いてくるし、しあもね!七唇律聖教の入教エントランスも同じ修道院だったの!こんなのおかしくない!?」

「うーん⋯先ず色々と確認したい事があるけど、まぁいいわ。あなたの疑問から片付けていくことにしよう。“ストーカー”をしているってこと?ベルヴィーが」

「そうよ!ベルヴィーっていう女は、私のストーカーをしているの!」

「ストーカー⋯?友だちをストーキングなんてする?」

「だから!友だちじゃないんだって!!友だちが付いてきてたら普通に言うよ!『どうしたのー?』って。でも相手は友だちじゃないだよ」

「それにウェルニは恐怖してるの?」

「いや。怖いと思ってはない」

「どうして?」

「、、、、、、どうしてだろう」


「ほら、もう答え出てるじゃん。友達だからでしょ?友達だからストーカーされても怖いと感じないのよ」

「、、、、え。何それ⋯⋯⋯⋯どういうこと⋯⋯」

「ウェルニは自分で、七唇律聖教を見つけたの?」

「、、、違う⋯。私は⋯⋯そうだ⋯誰かと、、、一緒に、、アリギエーリ修道院に行った気がする⋯」

「それがその子とか、有り得る?」

「、、、、なんでお姉ちゃんはそう思うの?」

「あなたの言ってることが断片的なのよ。『あーなのよ』『こーなのよ』って、言ってるけど、全部が全部、イマイチ信じられない感情に乗せてる感じがして、凄い聞き心地が悪い。聞いててとっても不快なトーンなのよね」

「、、、え」

「うん、けっこうキツイ言葉で言って、申し訳無いけど⋯ウェルニ、どっかから記憶無くしてたりしない?」

「きおく⋯⋯?」

「ってえ、当人に言っても、分からないか。記憶⋯記憶ね⋯⋯今日は何日か、言ってみて」

記憶に障害があるか、確かめる方法だ。認知症や自我の確認をする際に用いる手法を妹にするとは思ってもいなかったが、試してみた。


「12月1日」

「⋯⋯何年の?」

「律歴5602年」

目を真っ直ぐミュラエの方に向ける。

ミュラエは、彼女の身に良くは無い出来事が絡んだと悟った。

────────────────

「ウェルニ、今日は律歴5603年4月1日だよ」

────────────────


視界がブラックアウトした。お姉ちゃんの声が急に聞こえなくなった。しかしそれは直ぐに復旧し、通常の視界に戻った。だが再び、それに襲われる。そしてまた復旧する。逡巡されるブラックアウトに私は酷く悩まされた。

お姉ちゃん⋯⋯⋯の言ってる日付を聞いて、どうしてここまでの事が起きるの?なんで⋯?


12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日12月1日と4月1日


んふ、

お姉ちゃんは嘘だ。

そんな面白くもない嘘をついて、わたしを惑わしね。

大丈夫だいじゅぶ。

私、あってるもんむ。

おかしいじゃんあ。

だづて、きょうだよ。

きょウ。

さつきまていたんたもん。

きおてええるよ、えあい?

あだから、さっきいた通りなんだけど。



「ウェルニ⋯?ウェルニ?ウェルニ!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


ウェルニが落ちてる。目を見開いている中での“応答無し”は心が耐えられなくなりそうだ。

『ウェルニ!』と何度も叫んだ。

彼女からの応答は無い。

何度も何度も叫んだが依然として彼女は、一切目を閉じること無く、途方の彼方を見つめる。


80秒が経過した時、ウェルニが目を覚ました。

「ウェルニ!」

「どうしたの?お姉ちゃん」

どうして⋯何故そんな顔をする⋯。何故⋯何事も無かったかのような顔が出来る⋯。まるでさっきまで普通に私と対話を行っていたみたいじゃないか。

「ウェルニ⋯」

ここは『大丈夫なのね⋯?』と問い掛けるのが普通だと思った。ここで私は過去の記憶を遡った。


〈私、よくウェルニに『大丈夫?』って言ってるよな〉


何かあれば直ぐに彼女に向けられる言葉だの一つ。それがこの『大丈夫?』の一言。

ウェルニが目覚めたこの瞬間こそ、この言葉が適している言葉だと判っている。だが、何故か今回は言えなかった。そう思えなかった訳じゃない。もちろん、ウェルニが目覚めてくれてよかった。

そうなんだけど⋯私の『大丈夫?』がトリガーになっているんじゃないか⋯と感じてしまう域にまで思考が到達していたのだ。

どういうことか⋯分からないだろう。

私が判ればそれでいい。

私とウェルニの関係性だけで成り立つものだ。

それ以外が知るべきものじゃない。


アトリビュートには、《逃避夢》という予知能力が存在する。言わば、正夢的なものだ。正夢⋯とわざわざ呼称しない事から、逃避夢が特別なものである事は説明不要だろう。

かつて、虐殺王が統治した時代よりも前の時代から逃避夢の存在はあった。

虐殺王もその逃避夢によって、未来を予知し、アルシオン王朝が築かれた制服時代を駆け抜けたという。

それもあり、現代まで血盟の我々は超越者の見る、予知的なものを信じている。

それを《逃避夢》というかは、アトリビュートそれぞれ。

私はそれに酷似した内容のものを見た時、《逃避夢》だと思っている。


私の『大丈夫?』が彼女へ齎すマイナスイベントに繋がりがあるとするなら、今見た逃避夢は正しいものと言える。

よって、私は軽々しくその言葉を吐けなくなった。

この一言が、妹を苦しめる凶兆として動作しているなら、一刻も早く、脳内から切除するべきだ。

私が見た《逃避夢》にそれほどの効力があるなら⋯。


「お姉ちゃん⋯、、、、、、祝ない」



ラティナパルルガ大陸 北東地域グリーズノートスケール ベンベットタウン──。

律歴5603年4月2日──。

午前7時40分──。


「ウェルニー?」

「、、、、、うぅ」

「起きて。ほーら、起きなさい!ねぇえ!」

布団に包まるウェルニを強引に解放。それでも一向にベッドから起きない彼女を、一気に起こす。

そう、彼女の意志とは反して。

「お姉ちゃん⋯⋯もう、、すこひ、、ねさへて⋯」

「もお!何言ってるの!今日は家族みんなで何をする日ぃ?!」

「んん⋯ンン⋯⋯きょーーわぁ、、エヘぇーー⋯…んん⋯、、ん、、?、、、ん???、、、、あ⋯!!」

今までの睡魔はどこへやら⋯。自身の身体を襲っていた睡魔をぶっ殺し、完全に目覚めたウェルニ。くるまっていた布団も一瞬で片付けられ、ベッドの横にいた私に一切の目もくれずに、ウェルニは部屋を後にした。


「あ、お姉ちゃん?おはよー」

「はぁ⋯おはよお⋯」

「どしたの?お姉ちゃん!?」

「いや⋯なんでもない。さっ、準備して?」

「準備?⋯てぇ、まだ時間じゃないでしょ?9時から行くんでしょ?」

「9時から行く前に、朝の散歩でもしよう」

「ええーー面倒くさあああい⋯パパとママは行くの?」

「『二人で行ってくれば?』とのこと」

「なんでよお⋯」

「まぁそれは冗談。私がウェルニと一緒に行きたいっていうだけ」

「え、なにそれ、、とうとうお姉ちゃん、私を食べたくなった?」

「うーん⋯そうかもしんないね」

「げっ!やばっ!お姉ちゃんめっちゃエロいじゃん!女も食うような欲望に満ち満ちた女になったってぇの?!」

「ハイハイ、そゆことそゆこと」

「流すなぁ!!お姉ちゃん悪いところはそういうとこ!!自分に不都合な展開になったら、すーぐ、話から離脱する」

「不都合って⋯⋯ウェルニの言葉を受けて都合の良かった情報なんて、今まであったかしら」

「お姉ちゃん!!」

「アハハハハ!さっ、顔洗って、歯磨きもして、サッパリしたら、お散歩行くよ!今日はいい景色が見れそうなんだから!」

「それ⋯⋯昼間にも見えるっしょ、、、、」

こういう時のお姉ちゃんってほんと、だんルイんだよなぁ。私の意見なんて全然通らないし、自分勝手でいろぉんな所に連れていく。


今日、4月2日まで⋯お姉ちゃんは私にそんな感じだった。


そんな、感じだった。



午前8時──。


「おはよう、パパママ。お姉ちゃんと“アレ”、見に行ってくるよ。私、ぜんぜん乗り気じゃないんだけどね」

「うん、ウェルニ、行ってらっしゃい」

「気をつけるんだぞ?9時頃には帰ってくるように」

「おっけー。直帰覚悟だから安心して」


定刻から一分が経過し、私とウェルニは家を出た。


一分⋯。このロスが命取りになる⋯それなのに⋯ウェルニって子は⋯。


「ウェルニぃ?」

「なんスか?センパイ」

「一分の遅刻。何してたの!?」

「昨日歯磨きせずに寝ちゃってさ、、ほら、、昨日は沢山お話したじゃん?それに疲れてたしさ⋯だから⋯⋯ごめんさい」

「もお、頼むよ⋯ほんとに⋯。元はと言えば、ウェルニから言ったんだからね。『見たい!』って」

「私、そんな事言ったかなぁーー、、、、!?」

「イッタダロウガァ、アン??」

これ以上の弄ぶ行為は自殺行為だと悟ったウェルニは、素早く意識を切り替える。

「はい!言いました⋯⋯すみません⋯」

「判ればイイのよ!」

口角をこれでもかと上に釣り上げるミュラエ。そんな天使のような笑顔が逆にウェルニの恐怖心を引き立てる。


「お姉ちゃん」

「なに?次舐めた口利いたら、殴るよ」

激コワ⋯⋯⋯この人ならやりかねない⋯。こんな朝っぱらからお姉ちゃんの鉄槌を食らうのはごめんだ。それに今日はビッグイベントが待っている。⋯⋯ああ!それなのに!!なんだよ!この朝行事!!ほんとダルい!私が提案したなら、私に却下の権限があるもんでしょうよ⋯なぁんでお姉ちゃんも“乗り気”になっちゃったんだよ⋯。

「なんでもないです⋯」

「⋯」

ミュラエが一時停止をした。この反応は言われなくてもウェルニには判る行動だ。

「⋯もお!そうよ!ちょっと隠し事した!」

「だよね〜。さっ、言いなさい言いなさい〜」

流れるように言葉を紡ぐミュラエに、私の真っ向からの意見が通じるのかどうか⋯。ウェルニは思い切って言ってみた。

「これ、別に⋯『私が行きたい!見てみたい!』って言ったから、私が却下したら行かなくてもいいんじゃないかなぁ⋯とか思ったり⋯思わなかったり⋯⋯しまー、、、せ、、ンか??」

「⋯うーんとね⋯確かにウェルニが行きたがってた。でも最初にこんなのがあるんだってー明日の朝にー⋯って言ったのは私だから。私に最終ジャッジの権利があるの」

もうこの人はなんでもありだ⋯。

そう、確かにお姉ちゃんが、私に言ってくれた。

私が異常に食いつき過ぎちゃったんだ。だって、滅多に見れないと言われているヤツが、“その時間その場所に行けば確実に見れる”って言われたら⋯そりゃあ見たいと思うでしょ!でもその熱血具合は今日まで続かなかったな。

一回寝ちゃうとぜんぶリセットされちゃう。

これが私、ウェルニ・セラヌーン。昨日の事なんて今日に切り替わったら、ぜんっぜん考えたくなくなる。


「お姉ちゃんはズルい!」

「お姉ちゃんなんて、ズルいくらいが丁度イイのよ」

「なにそれ。どこでそんな事覚えたのよ」

「覚えたんじゃない。私が編み出したの」

「じゃあお姉ちゃんの脳はパッカーンしてるね」

「ウェルニも成長したら理解出来るわ」

「たった一年の差だよ?」

「その一年が凄い重要なの」

「アレを言えばこう、アレを言えばこう⋯お姉ちゃんの悪いところてんこ盛りだね」

「なんとでも言うがいい」

わっはっはっはー⋯と作り笑いで誤魔化すウェルニ。

、「フン、こんなオンナにはなりたくないねぇ!」

「ウェルニ、私への不平不満を吐露するのはいいけど、そんな所に体力使わないでね。もうちょっと掛かるから」

「えぇーー、もおー!いつまでかかんの!!?」

「海。だからぁ⋯」

「エエ!そんなとこまで行くの!?」

「『そんなとこ』って⋯もう眼と鼻の先じゃない」

「はぁ、、、ダンる!」

「さっ、グチグチ言ってないで歩いて」



午前8時半。

当該時刻、ベンベットタウンから少し離れた海岸にて、原色彗星が観測出来る⋯という話を聞き付け、私はウェルニを昨夜誘った。ウェルニは『いいね!行こ行こ!』と言っていたのだが、今日になってみるとこんな感じだ。

それもそうだな。

今日は家族みんなでユレイノルド大陸に遠出する約束をしていた。


『9時25分頃には出るからねー』


パパとママは原色彗星を見に来ない。2人はそういうのに興味は無いようだ。それに原色彗星は七唇律との関係性もある。2人は七唇律には過敏なんだ。

2人からしてみれば、私とウェルニが七唇律に興味を持ってしまったんじゃないか⋯もしかしたらそう思っている可能性は少なからずあった。


原色彗星は偶然見れるもので、こちらから見に行くものでは無い。


普通だったら七唇律に関わる現象とは少しでも離れて生活をしてほしいと思っているだろう。だけどパパとママは止めなかった。私達に自由を与えているんだろう。

私はそう考えた。

ウェルニがどう捉えているかは知らない。

話すこともないだろうな。


「お姉ちゃん」

「うん?もうそろそろ着くよ」

「あのさぁ⋯⋯別にベンベットタウンからでも見えるんじゃないの?なあんでこんな、海沿いまで行かなきゃならないのよ」

「ここが一番に最適な場所なの」

「ええ?⋯何それ⋯⋯なんならさ⋯家からでも見えるじゃん。空でしょ?空なんだよね?原色彗星見に行くんだよね?」

「そうよ。空から飛来してくる、原色彗星を私たちはこれから見に行くの」

「じゃあさ⋯別に家からでもいいんじゃないの?まぁ、パパとママがなんて言うか分かんないけどぁ⋯」

「まぁ家では確実に無理だろうね。もう直ぐベランダに行くのは禁止されるだろうし、部屋にバリケード作られちゃうよ」

「うん⋯じゃあ、街から眺めればいいんでしょうよ。、、、、空だよね?」

「あのね、ウェルニはあんまり知らないのかな?原色彗星っていうのは、地点地点でしか肉眼で捕捉出来ないのよ」

「え、、、そうなの?」

「そうよ。ベンベットタウンで今日この時間に飛来すると噂されている原色彗星を待っていても、ベンベットタウンで観測は不可能なの。どれだけラティナパルルガ大陸の天空上にて原色彗星が飛来する⋯と言われてても、ベンベットタウンが観測範囲に指定されていなければ、絶対に見えないの」

「ええ?何それ⋯範囲があるの?」

「そうよデッドライン。ここからここまでが本日観測される予定の原色彗星です⋯とかがあって、そこにベンベットタウンが範囲内に指定されて無ければ絶対に無理なの」

「どれだけ近くても?『あと!もう少しで!あと数mmでベンベットタウン!』っていう時も?」

「絶対に無理ね。少しでもその範囲対象の縁に重なっていれば⋯うーん⋯って感じだけど、確実的に原色彗星観測を狙うのであれば、しっかりと観測範囲内にいたいよね」

「そんな情報どこで知るのよ、お姉ちゃん」

「色々と調べたりしてるのよ。あなたが七唇律聖教の修道士シスターズになった⋯とか言うから、もう私も心配してるんだよ?」

「別に心配してくれなくて大丈夫よ。だったらさ!お姉ちゃんも!」

「結構です。何回言えばいいのよ」

「はぁあ、そんなに原色彗星に興味持ったんなら、七唇律聖教に入ればいいのにさ」

「というか、原色彗星の観測範囲対象の件なんて、原色彗星を学ぶ上で基礎中の基礎だと思うんだけれど、彗星についての学術は備えなくていいもんなの?」

「まぁね、他にも色んな事をしなきゃいけないから。まず説法だよね。それから『神曲の暗澹』も組み上げていかなきゃいけないし⋯」

「その⋯神曲?私とパパママの前では絶対にやらないでね。説明不要だと思ってるけど」

「お姉ちゃん、やる訳ないじゃん。もっといい客前でやる時間があるのよ。七唇律を愛する殉教者の前でね、説教するプログラムがあって、そこで色々な言葉を受けたりするわけ。まぁ要はダメだしみたいなもんよ。それが私の楽しみなんだから。そんな七唇律ふざけるな!なんて思想の連中に見せる気なんてサラサラないから。安心して」

「よく思われてんのか、思われてないんだか⋯対応に困る発言だな」

「お姉ちゃんが入ればいいんだけどね⋯まぁ気が変わったら、直ぐ言ってよ。誘うから」

「そん時は私の人格が変わった時だよ」



ベンベットタウンから少し離れた、ラティナパルルガ大陸 北東地域 シーベンチュア

同・シーベンチュア駅。



海岸にやってきた。

原色彗星飛来の報せを受けて、私とウェルニ以外にも、多くの観測者で賑わっていた。その数、20人ほど。

「へぇー⋯まぁまぁ人、いるね」

「ウェルニ、人で賑わってる所が嫌、なんてそんな事言わないでよ?それもこれもぜんぶ、私が昨日、再三の注意をしてたんだからね」

「覚えてなーい」

「覚えてなくても言ったんです。我慢しなさい」

「はぁ、、、昨日の事なんか、全然覚えてないんだけど⋯」


シーベンチュア駅は柵の向こうに海面がある、とても潮の香りが漂う海のエリア。街が発展してる訳でも無ければ、それほどの観光地がある訳じゃない。

海浜公園が唯一、観光地としての機能を果たしている。

だが、そんな海浜公園も今は閑散とした風景だ。

それはこんな早朝だから⋯なんて理由では無い。

去年の8月に発生した遺伝子汚染物質が大きな影響を受けている事は間違いない。


8月17日。


立ち入り禁止区域に指定されていない。更には爆心地グラウンド・ゼロからたいへん離れた距離に位置していた海水浴場がパニックに陥ったあの日。

大陸政府は海水浴場に問題があった可能性を考えた。そこでラティナパルルガ大陸の海沿いエリアは全面的に閉鎖され、汚染物質の再検査と除去クリーナーによる作業が実行された。それによって閉鎖エリアは開放となり、依然の状況まで回復した。

だが、集客的な問題はそう簡単には回復しない。

海沿いへの接近に恐怖心を抱くのは当然の事だ。この大陸は安全な場所では無い。大陸民は再び、自分達が住んでいる大陸に根付く悪夢を思い知る。

もう1000年以上も前の出来事なのに、呪縛として、無辜な人々を平気で襲う。

感染者が8月17日の一人であったことが唯一の救いと言えよう。

あの時あの場所で、感染爆発が起きていれば⋯ラティナパルルガ大陸に居住する人々は全て抹殺されていただろう。他の三大陸に危険が生じる恐れがあるからだ。

あまりにも悪魔過ぎる行為だが、それは致し方あるまい。


セカンドステージチルドレンの呪縛もあって、シーベンチュアの閑散さは異様な雰囲気を漂わせていた。

そんな中でも、20人規模の人々が一つの場所に集まり、今か今かと原色彗星の飛来を待ち遠しにしている。こういった環境は私達姉妹にとっては経験の無い事だ。

あ⋯ごめん、、ウェルニの友だち事情を知らないから、勝手にそう判断するのは悪い事だ。ごめん。


「お姉ちゃん、今何時?」

「今は⋯⋯28分。あと2分だね」

「ここにいれば、見れるんだよね?」

「この人集りを見てみなよ。間違いないよ」

「ここにいる人達も、お姉ちゃんと同じ、原色彗星に興味を持った人達って事なのかな」

「恐らくそうだろうな。あまり公にされてる情報じゃないからな」

「テレビの人とかが来てもいいぐらいのイベントだと思ってたから、そんなのもいるのかなぁって思ってた」

「それは無いな。原色彗星は被写体に出来ないんだよ」

「え、、映像⋯写真に映らないの?」

「ああ。そうだよ。言葉だけで報道してもしょうがないだろ?」


────ウェルニのあたまのなか─────

来た!!原色彗星!

朝から大勢の人に見守られながら飛来したのは何色だ!?

今回も撮影素材は無いが、その時の飛来の様子を現地リポーターが徹底解説!

原色彗星への学識が無い方にも丁寧に伝えます!

────────────────────


「ウーーーン、確かにつまんなさそう」

「そうでしょ?確かに、一度や二度は試みてみたと思うのよね、それでも⋯」

「お姉ちゃんさ、もう、2分経ったよね?」

「え?⋯⋯あ、ほんとだ⋯」


現時刻、8時31分。


「まぁ、一分ぐらいのロストはあるよ」

「まぁ、、そうだろうけど⋯」

「ウェルニ、目を凝らして見ててごらん」

「目を凝らさなくても、見えるもんでしょうよ⋯」



8時32分、原色彗星飛来。


人々は一斉に声を上げた。しかしその声は⋯

『見れたね!やったー!』

という、歓喜の声と⋯

『そうか⋯はぁ〜⋯』

という、落胆の声が入り混じるものだった。そんな事露知らずのウェルニは原色彗星飛来に大きな喜びを顕にした。私は⋯後者の存在だった。


「お姉ちゃん!」

「うん⋯⋯」

「どしたー。せっかく見れたのにー」

「ウェルニ⋯ごめんね。あの原色彗星⋯《エクソダス》っていう、やつなの」

「うん」

「それでね⋯エクソダスの色相環は『絶望』を意味してるんだ」

「えぇ〜、、、せっかく朝っぱらから来て⋯ぜつぼおー⋯??」

「私もそこまでのものが見れると思わなかったよ」

「まぁでも、所詮預言でしょ。絶望することなんて⋯ねぇ?」

「⋯⋯原色彗星を見た者は近いうちに相応の出来事が起きる。必ずね」

「そんなの、、、ただの迷信よ。くだらない」

「だといいけど⋯原色彗星は七唇律との⋯」

「もうそれ判ったから。もう帰るよお姉ちゃん」

素っ気ない態度でウェルニは帰り道を先導。

こんなにも後味の悪い帰路は無い。

原色彗星の飛来は確実視されていたが、色の識別と断定は不可能。

“予想”の範疇を超えることなど出来ない。

『絶望』を齎す『原色彗星“エクソダス”』。

良い気なんてするはずが無い。



「お姉ちゃんさ、ちょっと考えたんだけど⋯引越しなんてする必要あったのかな」

「マンションから、一軒家に?あったと思うよ」

原色彗星の話題なんてどこへやら。妹から仕掛けられたのは、突然の家の話だった。何故、今?

ウェルニも私を気遣ってトークテーマに大舵を切った⋯と思えるものだった。ウェルニの気遣いに私は弱冠ながら嬉しくなる。

『絶望』の原色彗星を見てしまった以上、気の乗らない帰路だったが、ウェルニによって少しは和らいだ。そう言い切れるのは、ウェルニの大舵に、笑ってしまったからだ。


「お姉ちゃん?何笑ってるの?」

「いいや、急に家の事を話すとは思ってなかったからさ」

「そうかな⋯1か月前、パパが急に言ったじゃん?ママも受け入れてたから、私も流れで『いいんじゃない?』とは言ったものの⋯改めて考えてみたら、急な提案だったし、引越しも直ぐに始まったじゃん?」

「水面下で動いてたんだろうね」

「だとすると⋯よ?私とお姉ちゃんの反応なんて関係無しに、引越しする気マンマンだったってわけだよね?」

「、、確かに⋯それもそうね」

「ね!?それってなんかさー、ウザくない!?」

「まぁ⋯ウザいとは思わないけど⋯筋は通ってないよね」

「いやぁ!さすが私のお姉ちゃん!やっぱお姉ちゃんとは相性が合うねぇ!私も筋が通ってないと思うよ!」

「うん⋯ウェルニに言われるまで気づけなかったなぁ⋯。正直、一軒家の方が広いし、不満も無かったから⋯あんまりそういうのは思わなかったけど⋯」

「後でさ、パパに言ってやろうよ!」

「何をぉ?」

「私達の意見無しに元々引越しする気だったんじゃないんですかぁー!ってさ!」

「⋯うん、それには私も賛成。乗ろう」

「よしっ!決まり!」

「だけど⋯険悪な雰囲気になったらどうする?今から家族四人で大陸を渡るんだよ?かなりの長旅だよー?」

「そこはね、私にまかせて。私とお姉ちゃんがビシバシ言うじゃん?パパに。最終的にはホッコリムードになれる展開を作っておくから」

「ピリピリからホッコリに?」

「うん!」

「⋯⋯」

「何よそのお姉ちゃんのブスな目」

「⋯!」

顔を罵られ、必要以上のリアクションを取ってしまうミュラエ。

「お姉ちゃんはせっかく可愛いんだから、そんなブスな目ぇ、しないの!」

「⋯はぁ、はいはい」

受け流すミュラエ。ここで手を出さない自分を讃えたい!と思っている。


「んでえ、その展開作りにはどれ程の自信があるの?」

「96%の確率で成功するね」

「ほほぉ、かなりの高確率でホッコリムードに持ってしまったいけるのね?」

「まぁでも、ピリピリムードになるとは限らないからね。だって私の意見が正当だもん。家族に隠し事するのが一番の害悪だから」

「うん、ウェルニの言う通りだね」

「そでしょ?たまには私だって理にかなった事言えるんだから!」

「ウェルニは案外、そんなシーンばっかだと思ってるよ」

「え、お姉ちゃん、なによ⋯私とエッチな事したいの??」

「なんでそうなるんだよ」

「キスくらいだったらいいけど」

「やめて。女はおろか、男にも興味無いんだから」

「お姉ちゃんの理想の男性って誰?」

「話し聞いてた?男に興味無いのよ」

「うーん⋯じゃあ子孫どうやって残すのよ」

「⋯⋯残さなくてもいいんじゃない?こんな血⋯」

「お姉ちゃん⋯」

ミュラエは歩行を停止、それに準じてウェルニも歩くのを止めた。ミュラエの顔を見たら、いてもたってもいられなくなり、ウェルニは彼女に抱きついた。

ミュラエはそれを受け入れる。


「お姉ちゃん、そんな事言わないで。大丈夫だから⋯。私達の血は汚れてない。もう何年も前の遺伝子なんだから」

「でもその血は永遠に消えることはない。私が誰かと結ばれ、子供には無条件に血が引き継がれる。私は、どこかで止めなきゃいけないんじゃないかって思ってる。私一人が意識しても、意味ないんだけどさ」

「お姉ちゃんの言ってることは合ってるよ。間違った事は言ってない。でも、そんな事考えてたら⋯私らはただの『化け物』でしかいられなくなる。『人間』じゃないみたいだよ」

「人間じゃ⋯ない⋯⋯」

「人間でしょ?私達は」

「判らない⋯言い切れない。“何者でもない存在”」

「お姉ちゃん大丈夫。しっかりして」

「⋯⋯」

ウェルニの抱擁に力が込められる。それに呼応するように、ミュラエからの手がウェルニに包み込まれる。

「今の状態で、お姉ちゃんとやり合ったら私勝てちゃうかも」

「フン⋯舐めない方がいいよ?私を」

「でも⋯こーんなへこたれたお姉ちゃん、直ぐにやっつけれると思う!」

「⋯ありがとうウェルニ。ちょっと私⋯考えすぎだ。気分転換に⋯走って帰ろ!」

「ええ!?は、走ってえ!?」

「そ!走って!なんか今のままだと今日一日が始まらない気がする!」

「はぁ⋯判ったお姉ちゃん⋯走ろうか⋯」

「行くよ⋯?よ〜い⋯」

「ドーーン!!」

「ちょっと!!私が言うのよ!!」

「そんなのズルいっ!ほら!お姉ちゃーーん!」


こんなに全速力で走るのは久々だ。しかもウェルニという相手がいる。ウェルニの小狡い手法に、戸惑ってしまった。これは私の落ち度だが、直ぐにウェルニの横についた。

「はやっ!?」

と、素直な感想が吐き出されたが、そんなのを言ってる暇があれば、その力を足に込めたらどうだ?⋯と思った。

私は余裕でウェルニに勝利。

ダッシュをしていると直ぐにベンベットタウンに着く。

両者、息切れの状態。直立するのもままならない状態にまで陥った。

「お姉ちゃん⋯⋯ハァハァ⋯ハァハァハァハァ」

「何よ⋯ハァ⋯うちの妹も大したことないわね」

「お姉ちゃんだって⋯ハァ⋯いき切らしてるじゃん」


家までは⋯走った。

「お先ィ!」

ウェルニはまだ走った。

「はぁぁぁ⋯もおーー!!」

それを無視出来るような器の小さい女じゃない。ミュラエはウェルニの再戦を受け入れ、帰路よりも圧倒的に短いレースに挑んだ。

しかも、ウェルニが先を走っているというハンデを背負って。

こんな状況でも、姉として⋯妹に負ける訳にはいかない。

ミュラエは全速力で駆ける。今持てる全てのエネルギーを足に注ぎ込んだ。身体への負担が高まることを想定しての行動。どうしてそこまで本気になれるんだろうな。

ほんとに、負けたくなかったから⋯?

こんな勝負に本気になってしまう事に、ミュラエ自身『バカだ⋯』と自身を見下す。だが、まぁ、いい。

良かったと感じているから。

あと、、、、ウェルニをまた、追い越せたから。


「お姉ちゃん⋯速すぎ⋯やば⋯マジ⋯??あんなに差ひらいてたのに⋯」

「私に勝とうなんて無理な話なの。次の挑戦状を受け取るのはいつかなぁ」

「ぎぃぃ⋯むかつくぅぅ⋯絶対にいつか負かしてやる!」

「はいはい、頑張って頑張って⋯⋯⋯え?」

「どうしたの?お姉ちゃん」


2人は死角を曲がり、家がある場所に着いた。ベンベットタウンの端っこだ。住宅街の端。そこが私達の家だ。


「これ⋯なに、、、黒の車」

「⋯⋯⋯はっ!!やばい!ウェルニ!」

「お姉ちゃん⋯!もしかして⋯!嘘でしょ⋯!!」


私達は急いで、家に向かった。

家が近づくにつれ、黒い車が増える。

黒い車はやがて、戦闘用車両に様相を変え、私達の視界に変化を齎す。

一つ一つ丁寧に道路際へ寄せられている車両。

等間隔に置かれている車両。

私達は吸い寄せられるように歩く。

その変化が怖くなる。

私の意思⋯だよね⋯ウェルニの意思だよね⋯

「お姉ちゃん⋯」

「⋯大丈夫⋯大丈夫だよ」

「静かじゃない?それになに?この車」

「ああ⋯こんなの止まってるところ、見たことない」

「嘘でしょ⋯⋯まさか⋯」

「パパとママが心配だ⋯行こう」


嫌な予感は2人の思考を同期させる。


家の真ん前までやってきた。

死角からここまでの距離はせいぜい1km。セラヌーン家の他にも多くの一軒家が建っている。

だからといって、こんな黒い車が並べられている状況は今まで経験したことない。

「お姉ちゃん⋯」

「ああ⋯剣戟軍がいる⋯」

それも⋯私達の家の中に⋯。


「⋯⋯」

「ウェルニ!」

ウェルニは黙って走り、家のドアを思いっ切り開けた。ドアは施錠がされておらず、力を込めなくとも普通に開けることが可能な状態にあった。ウェルニのあの力の入れようから察するに、憤怒の色を感じさせた。

私も当然そうだ。

だが、ここは冷静になり、作戦を一回練ろうとも思った。

しかし、そんな考えを持ち合わせず、今即座に行動へ移せる『攻撃』という選択をしたウェルニ。

私も一瞬は『ウェルニ!』と呼び掛け、感情の抑制と行動の静止を促したが、彼女の耳に届くほどの力のあるものでは無かった。

今、ウェルニは怒り狂っている。

外敵を今すぐにでも排除するつもりだ。

そんなウェルニに私も決心がつく。

ウェルニの後に続き、私も家に入った。

一切の音が聞こえない、私達の家へ。



「何!?これ!」

「ウェルニ!?」

「お姉ちゃん!ダメ!!」

ドアを開け、玄関を越えた直後、何者かが展開した結界領域に侵入してしまった事を把握した。私より一足早く家に入ったウェルニは結界のトラップにはまり、身動きが取れない状況に陥る。喋ることは可能だった。全ての運動器官に制御が成された訳では無かったのだ。

私はウェルニを救済しようと結界の罠を解こうとする。

「これ・なんだこれ⋯全然力が⋯」

「お姉ちゃん⋯?どうしたの⋯はやく、これ解いて⋯」

「やってるよ⋯やってるけど⋯これに触れると⋯力が落とされるんだ⋯」

「何それ⋯どういうことよ⋯!」

「分からないよ!待ってて⋯今すぐに⋯」

──────────────

「それ解くのは不可能ですよ」

──────────────

「⋯⋯だれ?」

「何の挨拶も無しに勝手に入り込んでしまって、申し訳ありません。ですが、そちら側からも多少の謝罪はあっても宜しい案件かと思われますので、一旦の謝罪をしていただいてもいいでしょうか?私はいくらでも待ちますので」

「なんだ⋯お前⋯はだれだ?」

ミュラエが問う。


「それは、あなたの思っている通りの人物だと思いますよ」

「剣戟軍か」

「左様、私は剣戟軍のアロムングと申します。以後、お見知り置きを」

「うるさい。なんの用?」

「命令が下りましてね。どうやらこの街にアトリビュートがいるという話を聞きつけまして⋯。それに該当するのが⋯あなた達と断定されたんです。間違いないですね?」

否定しても何も変わらないと思い、私は正直に答えた。

正直に答えた理由は他にもある。

ウェルニが危険な状態にある。この結界⋯只者じゃないやつが展開していると認識している。剣戟軍にアトリビュートを制御出来る兵器が備わっているのか⋯だとしたら危険だ。今はヤツらの思いに乗っかり、隙をついて戦闘を行おう。取り敢えず、このクソジジイを即座に殺す。


「ああ、私達はアトリビュートだ」

「おおー、正直で宜しいですね。まさかそんなハッキリと虚偽を混じえることなく言ってくださり感謝してもし切れませんね。嬉しいです、ありがとうございます」

「キモ⋯何お前⋯ウザイんだけど⋯」

「ウェルニ・セラヌーン。噂通りの口の利き方ですね。私は嫌いじゃないですよ」

「は?お姉ちゃんこいつ殺してよ」

「ウェルニ、一旦黙ってて」

「お姉ちゃんの⋯」

「そんな呼び方するな、殺すぞ」

「失礼失礼⋯怖いコワイ⋯そんな言葉を利くものじゃあありませんよ。ミュラエ・セラヌーンさん?」

「どうして名前を知っている?」

「そんな疑問を投げるんですか?名前なんて大陸民だったらデータベースに保存されているので、瞬時に検索が可能なんですよ。そんなこと、判ってない訳でしょう?特に、アトリビュートの皆さんにはね」

「⋯何が言いたい⋯、、、」

「色んなところに移転移転を繰り返しているじゃないですか」

「⋯⋯なんで」

「大陸政府に判らない事なんて存在しないんですよ。何故、それを隠そうとするんですか?」

「うるさい⋯」

「うーん⋯良くないですね⋯良くない、とても良くないと思いますよ。どうしましょうかね⋯⋯あまり見せたく無かったのですが⋯そうですね、使うしかありませんか」

男からの嫌味ったらしい言葉が終わった直後、ミュラエの行動範囲に制限が掛けられる謎の拘束システムが発動。それは赤紫色を帯びた鎖状のもので、ミュラエの身体を蝕んでいくウイルスも同時に検出された。ミュラエはこれに阿鼻叫喚する。

「ああああああァアアアあぁぁぁアアアぁあ!!!!」

「お姉ちゃん!!どうしたの!!?」

「あああぁあアアアァアアアアアアぁあああ!!」

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!」

ウェルニの視界から映っているのは阿鼻叫喚しているミュラエのみ。何故、どうして、姉がこんなにも叫び散らかしているのか、理解に苦しんだ。そんな理解に苦しむウェルニよりも、圧倒的な声量で苦しんでいる様子を提示してくるミュラエが、妹としては劇的な苦悩となる。

「お姉ちゃん⋯!!おい!お姉ちゃんに何をした!?これを⋯!!ああ!!離せこの野郎!!死ね!死ね!死ね!!!!死ねクソ野郎ぉがぁ!!」

「なかなかの言葉の横暴が続きますね。これだともう少しやってもいいんじゃないかと思っているんですが、今のところはこの程度で収めておきましょうか」

この際にもミュラエの阿鼻叫喚は続いている。

アロムングの台詞が終わると、途端にミュラエの叫びは終わりを迎えた。ウェルニの視点からは何が起こったのか全く理解出来ない状態なので、『姉の声が急に、大きくなり、そして、急に止まった⋯』という印象しかないのだ。


「お姉ちゃん!大丈夫??!」

「ハァハァ⋯はぁはぁはぁはぁはぁはぁ⋯おまえぇ⋯なにしやがった⋯⋯」

「そうですね、やはり停止させるのはやめた方がいいですね」

そう言うと、再び、ミュラエからの“叫び”が始まった。ウェルニとしては姉のこんな姿を見たくないのは当然だ。

苦しんでいるのが何故なのか⋯その答えを導き出せない自分をも責め立ててしまう。姉がこんな激痛に苛まれている状況を目の前でただただ見続けるだけの時間。

自分を殺したくなる。

だったら自分も姉と同じ状況になりたい。

自分だけが痛さに苦しんでいない状況が情けなく感じてしまう。そんな事、考えなくていいのに。

自分はまだ正気を保てているんだから、姉を助けようとする努力に繋げればいいのに⋯。


許せない⋯なんなんだ⋯こいつ⋯殺したい⋯殺してやりたい⋯。


ミュラエの叫びが終わる。

しかし、身動きが取れない状態は依然として継続されたまま。


「お姉ちゃん⋯」

「うん、、、だいじょうぶ⋯」

「何した⋯⋯おぉい!!!何したんだテメェ!!」

「女性が振り撒くような言力じゃないですよ。もっと女性らしく気品のある言葉遣いをするよう心掛けることですね。女性はいつだって、品のある行動を求められるのですから」

ウザい⋯ウザすぎる⋯もう言葉を吐き出す気力も無くなる。コイツには何を言っても無駄だ。今、セラヌーン姉妹が、この男に掛ける言葉なんて『殺してやる』とかに関連する殺意剥き出しの言葉のみ。

だがそんな言葉を掛ける意味すらも考え出す。


「無視ですか⋯。言葉にはもっと責任を持たなければいけませんね」

この動きが自分の手に渡った瞬間、迷わずこの男を殺しに行く。この流暢な口調が憤激に拍車をかける。

ミュラエとウェルニ。

2人の怒りはピークに達した。

だがその怒りは行動に移す事が出来ずにいる。

最悪。


制御に緩みが出始めた。

ミュラエには赤紫色のバインド。

ウェルニには謎の結界網が。


2人の身体にまとわりついていた拘束に弱冠の緩みが発生した事で、2人の状況に好転する。

そんな2人のリアクションを見て、アロムングは拘束に一つの指示を出す。

2人の行動は制限され、発声のみが許可される運びとなった。


「お二人さん、分かりました。私は少しばかり、見くびっていたようです。この程度の力ではあなた達の力を制御するのは不可能。もう少し“2人”の意見を聞いとくべきでした」

「⋯⋯⋯あん?」

「そんな怖い顔を見せないでください、ミュラエさん」

「私達の家よ⋯何しに来たの⋯」

「ああ⋯もう⋯これまた⋯私とした事が⋯、、、いっつもこうなんですよ。自分の話したい事が多すぎて、メインのテーマに持っていくのが遅いんですよね⋯失敬失敬」

「うるせぇ⋯黙れ。さっさと要件を言え」

「ミュラエさん⋯⋯まぁいいでしょう。『学習をもう少しだけ身体への負担になるぐらいの時間は掛けましょう』と言おうと思ったのですが⋯あ、もう言ってしまいましたね」

「⋯⋯」「⋯⋯⋯」

ミュラエとウェルニは無視。鋭い眼光のみをアロムングに見せつけ、今からでも排除する意向をこれでもかと見せてくる。


「⋯⋯⋯本題に入りましょうか。では⋯」

「⋯⋯!」

ミュラエとウェルニ。2人の行動制御下はアロムングの手にある。そんな中で、2人の身体が勝手な動作を始める。当該状況にミュラエとウェルニは驚く。その驚きは表情にて展開されると直ぐに引っ込められた。感情を表面上に移し出すのは、相手に“自身の気”を読ませてしまうからだ。

「そんな感情を引っ込めるのは無理なことですよ。痩せ我慢せず、心で思った事は素直に顔に出すのが、生命としての使命だと思いますよ」

この男には、多少の虚偽は不可能⋯という事を悟ったミュラエ。


勝手な動作は家を進ませる。

「身動きをここまでのレベルに下げると、お二人はここまでの動力を見せるのですね。じゃあもう少しレベルを上げてみるとどうなるんでしょうか⋯お願いします」

ミュラエとウェルニの身体に何度目かの判らない、制限が掛かった。一瞬、真っ先に向けられた段階の拘束力場が2人の身体に向けられたが、直ぐにそれは落とされる。

2人の行動には十分な制限が施される形となった。床から足が浮いた。四肢の自由は効かない。


「そう!その感情!その感情を待っていたのですよ!困惑してるじゃないですか!そういう表現が出来るならもっと先にしてくれてたらいいのにー。まぁもう大丈夫ですよ。お2人がお得意とする“隠し”をしてもらって」

やかましい。こいつの言葉はいちいちとウザイ。気持ちの悪い上にウザイが乗っかると⋯⋯単純に怒りに繋がる。

もう単純だ。怒りしかない。


「あ!そうだ。あなた達に見せたいものがあるんですよ。そのために2人をこの、“バインド第2ステージ”に確立させたんですから。きっとこれまでとは比較にならないほどのビックリな出来事が待ち受けているに違いありません」

拘引される。2人の身体が勝手に動く。誰かが操作しているようだった。アロムングが操作しているようには思えない。手が動いていなかったから。これでもし、アロムングがミュラエとウェルニを操作⋯コマンダーとしての役割を果たしている、となると、脳内での主幹制御マスコンを実行している事になる。


「さぁさぁ⋯こちらへ」

自分達の家なのに、こうも不愉快な空気感を味わうのはアロムングが醸し出す違和感にあるのが当然の理由。


家のリビングに入室する。

そこにて2人を待ち受けていた悪夢の産物。2人の怒りが沸点以上の臨界点に到達するのは、出来すぎたシナリオだった。

「ママ⋯パパ⋯⋯」

「そんな⋯⋯⋯⋯、、、嘘でしょ⋯⋯」

母と父が死んでいた。多量の出血で殺されていた。いったい⋯どういうことなのか⋯突然過ぎる状況に飲み込めない時間が2人に流れる。何度も瞬きをした。四肢が拘束されている以上、驚きや戦慄を覚える行動にもそれなりの制限が掛けられる。だから、瞬きで何度も⋯何度も⋯何度も、現実を拭い去った。

拭い切りたかった⋯⋯。だがそれは何度やっても同じ結末を産む、ただの悪夢連鎖機関。現実を直視しろ⋯と言われているだけの時間だった。

2人に憤怒の感情が芽生える。

怒りとはこれまた違う、別方向から発現された感情だ。


「テメェ!!!何しやがった!!!?」

「殺す!殺す!殺す!ぜったいに!殺したやる!!」


「まぁまぁ少し落ち着いてくださいな」

「殺す!殺す!!殺す!ぜったいに殺す!死ね!死ね!死ね死ね死ね!!死ね!」

「パパ⋯ママ⋯うそ、、、開けて⋯目を開けて⋯、、どうしてこんな事をしたの!!?」

理性を取り戻したミュラエ。

「理性を取り戻すのは素晴らしい。ミュラエさんは好意に値する人間です」

2人の怒りに危険を察したのか、拘束された2人を取り囲むように、家には多くの兵士が集まった。銃を構える兵士たち。

「このようなシチュエーションを形成してしまい、本当に申し訳なく思っています。本来であれば、親御さんを“処理”するつもり等ございませんでした。しかし⋯この方達はどうも、我々に敵意を剥き出しになり⋯まさに先程のあなた達と同様の様子でした。いや、もっとでしたかね⋯。私達の正体が明かされた途端、攻撃を仕向けてきました。なので、眠ってもらおうと思ったのですが、こちら側の主力兵器が親御さん達を完膚なきまでに叩き潰し⋯この状態です」

「⋯そんな、、、、ふざけるな⋯誰だ⋯⋯誰がこんなことしたんだ⋯、、、」

ミュラエは生気を失う直前。言葉を吐く事で、一応の生気は保ちつつある。

「それではご紹介しましょうか。ほら、入って来なさい」

アロムングの指示で一人の男が姿を見せる。アロムングよりも年の差が離れた青年だった。この男が⋯ラバトスとニャプテを殺した奴⋯⋯2人は青年から伝わるオーラエネルギーに異変を感じ取った。



「どうも、はじめまして。俺はクレニアノン」

「お前が⋯、、、やったのか⋯?」

「ミュラエ⋯だったかな?ああ、そうだよ。俺が殺った。けっこう抵抗してきたけど、あのぐらいだったら余裕だった。直ぐに殺せたよ」

「お前を殺す」

ウェルニが言う。静かに言う。

「そんな感情が生まれるのも無理は無い。突然の出来事をうまく飲み込めていないのも十分に理解が出来る。そして、俺への違和感を覚えているのも、理解が、出来る」

「お前⋯アトリビュートだな⋯」

「そう!正しく彼はアトリビュート!やはり同族は双方の理解が非常に早いですね。私は凄く喜ばしいですよ。こうして複数のアトリビュートを目視できる舞台を演出できることを誇らしく思います!」

アロムングの歓喜。それに動じないクレニアノン。


「アロムングさん、この2人はどうすればいいんですか?」

「この2人は大陸政府の管理下に置かれる運びとなりました。よって今から七唇律聖教に持ち出そうと考えています」

「七唇律聖教に?なぜ?」

「七唇律聖教からの発出なんですよ。彼女らを囚えろ⋯とね」


、、、、私のせい⋯?私だ⋯私のせいだ⋯⋯、、、私が、、七唇律聖教と関係を持ったから⋯?そんな⋯うそ⋯⋯⋯、、、、だめ、だ、、わたしのせい、、、


「ウェルニ!」

ウェルニから気が途絶えた。

「クレニアノンの語り口に感動を覚えてしまったようだ」

「⋯」

「ミュラエさん、あなたは知っていると思うのですが、ウェルニさんは七唇律聖教に入り浸っているどころでは飽き足らず、修道士シスターズとして勉学の日々を送っていたようですね。それはご存知ですか?」

「⋯⋯」

無視。


「その様子だと、“知っていた”ようですね。だが⋯親には言っていなかった⋯らしいですね」

「⋯⋯⋯⋯」

「段々と感情の読み取りやすい顔になって来ましたね。その様相が継続されるのであれば、今後どんな秘密をあなたに打ち明けようとも、ボロが出るのにそう長い時間は掛からないでしょうね」

「⋯⋯⋯⋯結局何が言いたい」

神組織肉解の儀式ヒュリルディスペンサーを存じていますか?」

「⋯ああ」

「返答があって助かります。妹さんから、儀式の概要は聞きましたね?」

「⋯⋯はい」

至極真っ当な“素っ気ない態度”。逆に素っ気ない態度で収められている自身を褒め讃えたいと思っているミュラエ。

妹は虚無を貫く。聞く耳を持たない。

「これは⋯妹さんの方が事情を良く知っている事かと思うのですが…どうでしょうか?ウェルニさん?」

「ウェルニ…?何か知ってるの?」

「知らないよ……私、、お姉ちゃんとパパママに迷惑のかけるような事、してない!」

「アトリビュートが七唇律聖教に関係を持つこと自体、迷惑をかける以外の他、無いと思うのですが…?」

「うるせぇ、黙れ腐れ外道が…パパとママ⋯返せ!!」

「それは…幻想のみに留めておく必要性の高い事案ですね。とても私の実力では対処し切れません。なんなら、幻夢郷に尋ねてみるのはいかがですかな?七唇律聖教の人間なら、幻夢郷への学識は高いと判断しての解答です。何か、反論はありますか?」

「、、、、、、死ね」

「七唇律聖教のシスターズなのにも関わらず、こういった発言をされる…というのはとても如何なものかと…」

「お前に七唇律に良性を差し向けるつもりは無い」

「ようやく、それらしい言葉が出てきましたね。それに感情コントロールも素晴らしい。親御さんに感謝しなくては…結局は生命というのはベースなのですよ、ベース。質のいい家庭で育った事が会話していて段々と感じられてきました」

そう言い、アロムングは父・ラバトスと母・ニャプテへ黙祷する。いったいどんな想いでしているのか…気味の悪い展開であった。



「あんたが殺したんでしょ……どんな想いで……そんなことしてんの、、」

「ミュラエさん違いますよ。私が処理したんじゃありません。こちらにいるクレニアノンくんが果たしたまで」

「どうして…そもそも…なんで…あなたはアトリビュートでしょ?どうして剣戟軍に力を貸しているのよ、、、」

「俺は、俺の生きたい通りに生きる。誰の指図も受けずに、自分の思い描く『逃避夢』のシナリオを遂行する」


「逃避夢…」「逃避夢…」


「君たち姉妹は見たことないのかい?逃避夢を」

「この時代に…?逃避夢を見れるとでも?」

「逃避夢なんて何年も前の話よ…現代の超越者血盟が見れるようなもんじゃない。デタラメ言わないで」

ミュラエ、ウェルニが怒りを滲ませ投げ掛ける。

「そしたら君たちは前時代的なアトリビュートの末裔と言えるね」

「はぁ?何お前、キモイんだけど剣戟軍の味方しやがって」

「お姉さん?妹さんをもうちょっとキチンと教育させた方が宜しいかと思いますよ」

「黙れお前。いい加減にしねぇと殺すぞ」

「そんな状態で良く出来もしないことを言えますね。俺はそういう態度嫌いじゃないけど、人が人なら直ぐにやられてるよ?それでも、こうして2人と話がしたくて殺さずにいるんだ。有難く思った方がいい」

「……」

「もう話すことが無くなったのかな?」

ウェルニは無視する。

「違うよ。お前みたいな裏切り者とうちの妹はもう話したくないんだよ」

「裏切り者?ハッハッハハハそんなご冗談を」

笑いながら会話に入ってくるアロムング。

「彼は裏切り者なんかではありませんよ。アトリビュートはアトリビュート同士で固まる…とは限らないんですよ。アトリビュートそれぞれの信念がある。彼…クレニアノンは我々剣戟軍側についてくれた。それが彼の信念だった…それだけの話です。ですが我々に尽力してくれた方が、人生的にも豊かだとは思いますよ」

戮世界の内部をもう少しで明らかにさせます。

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