[#77-ウプサラの虚想空間]
第八章、ぶちかまします。
[#77-ウプサラの虚想空間]
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「あのよォ、あまりはあんのかァ?」
「はい、残っています。眼球の対価となるモノはこちらで宜しいかと思います」
「これだよ!これだよ!きっとこれなら、あの女の子にピッタリだと思うよ!」
「お前らァ⋯本当にこれを渡すのか?」
「はい、こちらをお渡しするつもりですが」
「なになに!なにか引っかかる事でもあった?」
「もうちょっとなァ、上げてもいいんじゃねぇかってえ、思ってんだよ」
「これより上のモノを与えるというのですか?」
「ダメだよ!ダメだよ!この女の子にはこのぐらいがちょうどいいって!」
「お前らァはなァ、分かってねぇんだよ。もっと冒険心を持ってみろ。きっとこれは震えるようなシナリオが巻き起こるぞ」
「⋯⋯⋯そうでしょうか」
「わかんない!わかんない!この女の子がそんな引きのいい物語を編み出せるとでも思ってるの?」
「ああ、思ってんだよ俺ァはな。このガキの眼をみてみろ。やり過ぎなくらい煮えたぎってねぇか?それにあの表情⋯復讐でも誓ってんのかっていうツラだ。俺には何となく分かんだよ。アイツは化ける。もしかすると、お前らの座を脅かす程の力を手に入れるかもしれねぇ」
「⋯⋯そのような将来はあの修道士に確認できませんでした。あなたの思いこみすぎでは?」
「言い過ぎ言い過ぎ!んな事無いって!」
「はァ⋯いいか?考えてみろ。時代の転換点だよ。俺たちはこうして御座に居座り続けて来た。居心地は悪かァねぇが、チョイとばかり⋯つまらない。もっと刺激的な出来事を目の当たりにしたいんだよ。フン⋯わかあってるよ。この地位を譲る気は無い。この椅子を揺るがすような力のある者が出てきてほしいんだ。本来その役目はァ⋯⋯アトリビュート!⋯セカンドの後継者達。俺はそう踏んでいたが⋯どうやらコイツら出てこない。臆病者だ」
「では、この修道士見習いに眼球に相当する対価以上のモノを提供すると?」
「あぁそういうことだ。やってみようじゃねえかァ」
「大丈夫かな?大丈夫かな?女の子死んじゃうンじゃない?」
「フン、ンなもんやってみなきゃァ分かんねぇだろ?もしかすると⋯あの女、アトリビュートかもしんねぇしな」
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「記憶?」
「そうよ、記憶。あなたは記憶を献上すればいい」
「何言ってんのよ⋯そうしたら、今までの私達の思い出が⋯」
「そうよ、消えてなくなるの」
「⋯⋯!」
「それでいいんじゃない?ナリギュはそれは選んだのよ。私達との決別を選んだの。私もそうしようかと思ってる。だけど、『記憶』がどこまでの対価に相当するのか分からない。私は献上する部位を決めてる。あなたは⋯?その様子だと決めてないようね。というよりも、この儀式に参加の意思が無い⋯と見て取れる。だったら、やってみてよ『記憶』の献上を。どうせあなたの番が回ってくるんだからさ」
「嫌だ」
「何故?どうして、いいじゃない、記憶を献上する⋯って。凄くいい事だと思うよ?私が思うにかなりの対価が支払われるんじゃないかなぁって思ってる。だけどそうなると、ナリギュがもっとあなたに嫉妬しちゃうね。そしたら、ナリギュはもっと凄い所を献上する⋯。なんか⋯ちょっと面白くない?」
「面白くないよ。何言ってんのさっきから。ふざけないで」
「ふざけてないよ。私は常に本気だよ。特に今なんかね、凄く本気。これまでにない本気」
「じゃあ今すぐその本気とやらを削いで」
「嫌だね。私はもう立ち止まれない。決めてしまったの。献上品を決め兼ねているなら、記憶よ。あなたは記憶を献上しなさい」
「ベルヴィーは何を差し出すの」
「私はね⋯内臓のどれか!」
「ベルヴィー!」
「うん?な、なによ?良いじゃない!内臓!でもどれにしようか迷ってるんだよねぇ⋯後々のことを考えるとー⋯何が一番私生活に困らないのかな?」
「無くなっていい内臓なんてないだろ」
「やっぱそう思っちゃう?でもー⋯さっき言ってたじゃん?内臓は対価が良い⋯とかさぁ⋯」
「ベルヴィー⋯やめてね。絶対に⋯」
「あ!『大腸』とかどう!?ハーフサイズとか出来ないのかなぁ⋯オーダーメイドサービスってこの儀式あるのかね!?」
もう、この女には何を言っても無駄なようだ。ふざけた言葉を抜かして、鬼畜の儀式を楽しんでいる。
今か今かと、自分の番を待ち望んでいる。
なにこれ⋯どういう空間?
どういう現象なの⋯院長が洗脳してんの⋯?
七唇律に取り憑かれたシスターズ。
私以外、全員の修道士“シスターズ”がその現状にある。
違うよね?それは、、、あなた達自身の思考の結論じゃないよね?
洗脳されていての行動だよね⋯⋯そう思わなきゃ私⋯この状況を飲み込みたくないよ⋯。
私だけが正気を保ってることから察するに、血盟の防衛本能が発動している事は間違いない。だけど、ノアトゥーン院長からしてみれば、私だけが正気を維持している現状を不審がるに違いない。
『何故、あの女だけ変わらないのだ⋯』
などと思っているだろう。
若しくは、以前から私を怪しんでいた⋯かもしれない。
ノアトゥーン院長なら、有り得る。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
何をしているんだ⋯ノアトゥーン院長⋯。レピドゥスとナリギュの姿が消えてから、ずっと目を閉じている。
何かをブツブツと言うわけでも無く、ただ直立を成していた。
レピドゥスとナリギュが居なくなった事との関係性は言うまでもない。
院長がレピドゥスとナリギュを消した⋯?
いいや、レピドゥスと院長は繋がっているはず。レピドゥスの暴走を鎮めるために、院長がレピドゥスを封じ込めた⋯なんて、そんな正義感に満ちた空論が成立する訳が無い。これは今、私が最大限に求める終着地点だ。
有り得ない出来事を願えるのが、生命であり、それを言語化出来るのが、人間だ。
そしてそれを必ず聞いているのが、幻夢郷。
幻夢郷よ⋯本当に存在するのなら、少しでも⋯私にナリギュの『現在』を見せてくれ⋯。幻夢郷なら⋯、、、出来ることだ。ナリギュの視点に乗り移って、彼女が今見ている映像を私に見せてほしい⋯。
彼女を救済したい。
私は⋯それだけなんだ⋯。
◈
レピドゥスの“虚夢の海”を漂う、ナリギュ。
灰色で地平線の見えない、広大な空間に一人で漂う。
「私、、叶った?叶った?」
これが私の最初の一言。レピドゥスの大口に入った瞬間はハッキリと覚えている。だからレピドゥスに“意識”を無くされた訳じゃない。良かった⋯一応はそのぐらいの心配をしていたから。だって⋯あんな高濃度な鴉素と蛾素で構築されたモノ⋯見たこともないし、聞いたこともない⋯課外授業が過ぎるよ⋯院長。
私は⋯このまま⋯どうしたらいいの?
待っていればやってくれるの?
私の眼球⋯右目⋯差し出したよ?
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ある」
まだ、あった。
視覚⋯備わってる。なのに、時間かかりすぎ⋯。右目の有無を確認する為に、8秒も普通かかる?
一瞬で気づいてもおかしくない⋯というか、『一瞬で気づく』⋯て、変な喩え。
身体に付いているか、付いていないか⋯の差だよ。
「⋯⋯あれは⋯」
何かが見えた⋯⋯この空間に誘われて、初の物体だ。私以外にも何かがいる⋯。
「誰⋯⋯⋯、、人?」
人影だ。それも大きい。人間サイズとは言えない大きさだ。⋯と、言うことは⋯⋯
「レピドゥス?⋯⋯レピドゥスなの?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
その物体は次第に私の元に近づき、その巨体スケールを改めて知らされる。
「レピドゥス⋯」
間違いない。これはレピドゥスだ。
怖くないから分かる。
怖かったら、別の知らないものだ。
レピドゥスは知ってる。だから怖くない。
私が求めた⋯憧憬の鎮魂だから。
「レピドゥス⋯あなた⋯レピドゥスなんでしょ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「さぁ、食べて⋯眼球を食べて⋯私は望んでいる。あなたに食べてほしい⋯、、、」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
応答は無い。それはそうだ。レピドゥスは人間じゃない。恐怖の対象では無いものの、やはり異形の生命体を前にして、弱冠の不審さは感じてしまう。時間が流れるごとにそれは増大していった。慣れよう⋯そうだ⋯話し掛けよう。何となく、そう思い、私はコミュニケーションを取ってみる。
一方的な。
「レピドゥス⋯?私を食べてくれたよね?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯さぁ、早く⋯長くいるつもりは無いわ。多分だけど、ここは鴉素エネルギーと蛾素エネルギーで形成された、“ウプサラ”に満ちた空間。人間の長時間摂取は絶命を意味するわ。お願い、儀式を始めて」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「どうして⋯?どうして何もしないの?私が⋯私が⋯何かした?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
その場から一歩も動かないし、鼓動も聞こえない。死んでいるみたいだった。
「レピドゥス⋯?なのよね?儀式を始めてよ!!ねぇ!どうして⋯??!差し出そうとしてるじゃない!!」
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「⋯⋯⋯お前の心に真意が無い」
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「⋯!しゃべ、、、れるの?」
「人間が創ったものに、言語能力の有無を問うつもりか?」
「⋯そう、、、なのね⋯⋯じゃあ話が出来るって事ね⋯。『真意が無い』って、それはどういう意味?」
「その言葉通りに受け取れ。何度も同じ事を言わすな」
「⋯⋯⋯⋯⋯なんで?なんで⋯?私は⋯差し出す⋯そう言ってるのよ。あなただって喜んで私を食べたじゃない!だったらここはなんなのよ!あなたが創り出した空間でしょ?」
「惰性」
「惰性⋯?」
「欲望」
「⋯⋯」
「傲慢」
「⋯⋯⋯」
「敵意」
「⋯⋯」
「逸脱」
「⋯⋯⋯」
「嫉妬」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯なに」
「お前の心は蝕まれているな」
「何⋯なんなの⋯私は、、、私よ、、誰からの介入も受けていない」
「その言葉が出ている時点で、お前の心は終わっている」
「は?⋯⋯⋯眼球⋯右の眼球を差し出す!と言って、『真意が無い』??、、あの連中にこれほどの言葉が言えるとでも??」
「お前は小粒だな」
「⋯⋯はぁ?」
「眼球なんぞ、歴代の修道士から幾らでも食ったことある。お前のその選択なんて何のレアリティにも該当しない。」
「なに⋯⋯それ、、、私の、、、選択したパーツに不満があるとでも言いたいの!?」
「何回も同じような事を言わせるな⋯と言ったはずだ。しかしお前にはそれ以外にも問題点を抱えているな」
「何⋯」
「右の目玉を差し出す程の覚悟が足りない事だ」
「はぁ?、、、私には決心がついてる。もうとっくに!院長に告げてから、私の覚悟は固まっているわ」
「ではお前の覚悟というのはその程度のものだった⋯ということになるな」
「なんですって⋯?」
「ウェルニ・セラヌーン。彼女への嫉妬心が心を燃やし、自身の人間性を脅かしている。その際に覚悟が欠片程度になった。己の業を己で自認出来ない⋯その時点で、お前の人としての権利は剥奪されたに値する。お前は終わったのだよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
言葉が出なかった。言い返したかった⋯なのに⋯⋯それが出来ない⋯⋯どうして⋯・私は⋯そんなことない⋯⋯出来てるはず⋯私は私を理解してる⋯なんなのよ・何が言いたい⋯レピドゥスは⋯私のどこまでを把握してるの⋯。
〈全部だよ〉
「⋯!なに!?」
「お前の心に直接語り掛けてみたんだ。何を感じた?」
「熱くて⋯短い言葉だったのに⋯どこかしらに冷たさを感じた⋯」
「無駄に七唇律を学んでいた訳では無いようだな。お前は依代を失った。その代わりに自己を阻害する魔障壁が発動したんだ」
「魔障壁⋯?」
「どうやらお前はその力があった。知っていたのか⋯?問うまでも無いな」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「いいだろう。お前の人間性、認めてやろう」
「じゃあ⋯!おねが───」
「今、お前の心には甘えが生じた。『喰われれば終わる』」
「⋯⋯そう、聞いてますけど⋯」
「まさか⋯“ウプサラの竜”がそれを赦すとでも?」
「ウプサラの⋯竜⋯⋯⋯」
「まだお前は追求しなくていいものだ。それは永久なものかもしれないがな」
◈
「お前の覚悟をもっと見たい」
「分かりました。じゃあ何をすればいいんですか?」
「お前が取れ」
「⋯え」
「お前が⋯自分の手で眼球を取れ」
「⋯え、いや⋯⋯レピドゥスがやるんじゃ⋯」
「最終献上の手段は我の判断で決まる」
「私が⋯自分で⋯」
「お前、儀式を甘く捉えていたようだな?仮に我がお前の献上部位を喰らったとしても、無痛で済むものでは無いぞ?眼球を失うんだ。それ相応⋯とまでは行かないが、普通に眼球がもぎ取れる時の痛覚を100とすると⋯我が持ち主に与えるのは72⋯には収められる」
「⋯え⋯そ、そうなんですね⋯」
「だが安心しろ。痛みが続くのは儀式の際のみ。この空間から現実に戻ると痛みは完全に収まる。それまでに痛さのあまり失神してさえいなければ⋯だがな」
「それで全然構いません⋯!なので⋯レピドゥスが私のモノを⋯⋯」
「⋯⋯⋯はぁ⋯もうよい。判った、右の眼球⋯だったな」
「はい、お願いします」
まさか⋯これは脅し?私が⋯自分で眼球をもぎ取る必要があったの?そっちの方が対価は上?
私⋯⋯⋯出来た⋯?
自分の眼を⋯もぎ取るの⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
いや、、怖い⋯この震えじゃ、眼球を触ることさえ、ままならない。
そんなの無理⋯なんでそんな提案してきたの⋯?
過去にいたんだ⋯そして、あの様子だと⋯、私が拒絶する事も目に見えていた。
〈反省会は後でにしてくれ〉
「⋯あんた待ちよ」
「言葉遣いに気をつけろ」
「⋯⋯⋯⋯」
「茶番は終わりだ⋯そのマナコ、頂くとしよう」
虚想空間に誘われた時と同様の大口が開く。レピドゥスは一切の待機時間を与えず、ナリギュを取り込んだ。口の中で行われる献上部位の回収。ナリギュの身体を高速演算、最も確実な回収ルートを探る。痛さを伴うものではあるが、なるべく小規模に抑えるのが、この儀式のポイント。
そうなると先程のレピドゥスの台詞に矛盾点が発生するが、レピドゥスはナリギュを試していたのだと思われる。
彼女がどこまでの想いで、眼球を取り除かれようとしているのか⋯。
それを判断する材料としてレピドゥスは意地悪な事を言った。本来であれば七唇律への反逆に該当する事案ではあるが、ここは虚想空間。主無しの七唇律と朔式神族の介在が許されないポイントだ。
やがてレピドゥスはナリギュの生体監査を終了させ、献上部位の回収作業に移る。
ナリギュの身体を抑え、急な刺激への暴走を防ぐ。人間の眼球に、異形の生命体が触れるのだ。
ヒュリルディスペンサーとは、そういう儀式。
献上元の身体を傷つけずに行うのも、暴喰の魔女の規則。
◈
痛い⋯何されてる⋯私。そうだ⋯眼球を⋯⋯取り除かれたんだ⋯んで⋯今は⋯私は⋯まだか、、、ん?気のせい?もう終わったのかと思ってた。脳が混乱してる⋯おかしくなってる⋯凄い痛かったのを覚えてる⋯じゃあ⋯今、、この時間は何⋯?何をされてる時間⋯?
ナリギュへ行われている右の眼球の献上作業。しかし、問題が発生していた。予想を凌駕する激痛さに忍耐が崩壊したナリギュは、意識を失い、献上作業にも悪影響がおきていた。
「レピドゥス⋯まだなの⋯?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
黙るレピドゥス。私⋯そんなに対応の悪い客ですか?もういっそのこと、思いっ切り抜けとってくれたらいいのに⋯。
〈お前がそれを拒否しているから時間が掛かっているんだ〉
「ごめんなさい⋯って⋯、、、え、、それ⋯もうやめてくれませんか?どこからどこまで私の心声聞いて⋯てぇ、レピドゥスさん、ただの盗聴だからね?」
「ふざけたことを抜かすな、調子に乗るな」
「はいはーい。わっかりましたよー」
ナリギュの人格が変化している。最初に眼球を取り除こうとした際に激痛が脳への電気ショックに変換され、人格にバグが発生したのだ。
「レピドゥスさーぁん⋯あのぉね⋯⋯⋯⋯もうちょっとてん⋯んん気持ちよくしてくれたらイイですよーー⋯」
「判った。もうお前のその声は聞きたくない」
「えぇ〜私の萌えボイスに欲情しちゃ───」
◈─────────────────◈
【献上部位 回収完了。暴喰の魔女レピドゥスと当該修道士、ウプサラの虚想空間より帰還します。鴉素エネルギー、蛾素エネルギーの反転開始。戮世界との直結を断絶】
◈─────────────────◈
◈
「⋯⋯⋯んは」
受肉の間にて、亜空間突入口が発生。
ベルヴィー達、シスターズはその姿を瞳を輝かせながら見ていた。
「ナリギュ⋯⋯」
「ウェルニ⋯見てみなよアレを!」
「ウプサラ⋯」
「あんなに鴉素エネルギーと蛾素エネルギーが充満しているんだから、ウプサラとの関連性は当然っちゃあ当然だよね」
鴉素エネルギーと蛾素エネルギーが混合した『ウプサラ』という融合変異体。ウプサラの質量を強く確認出来る。
ウプサラが空間を包み込み、明らかな場違い感が否めない。黒と白を基調に、二つの色が絡み合う事で様々な色彩が鮮やかに表現されていく。
黒の車輪と白の車輪。
二つの歯車が合わさり、歪な音色と野太い音を艶やかに表現。
色彩と歯車。
二つのセクションによって空間内に、ウプサラの完成形態が登場。その中から出現するレピドゥスの幻影。幻影は次第に形を成していく。
その姿はこの空間からいなくなった時とは違うフォルムを作っていた。
天使のような姿。
白い翼に黒い円環に彫刻された目玉の列挙。
レピドゥスの出現と幻影の解放で、鮮やかに表現されていた亜空間突入口の色彩表現は消失。黒と白のウプサラのイメージカラーを貫いた。
レピドゥスが地面に降り立つ。
その時、目を閉じていたノアトゥーン院長が目を開き、口を開ける。何かを言っているようだったが、全くその意味は理解出来ない。共通言語だとは思えなかった。
それに、話している相手が不鮮明。
状況的にはレピドゥスに話していると思うのが妥当なのだが、あの異形の生命体に言語能力があるとは思えない。
では、いったい院長は何を話し、誰に向けての台詞なのか⋯。
ナリギュがいない。
亜空間から出現したのはレピドゥスのみ。大口を開き、その中に取り込まれていったナリギュ。きっとナリギュはレピドゥスの中に⋯と、思ったその刹那⋯レピドゥスから再び色彩表現の多様性が垣間見えるシーンが訪れる。
その色素は先程と寸分変わらぬ原色を中心とした明るい虹彩なもの。
この世界であの表現と近しいものがある⋯。
───────
「原色彗星⋯」
───────
私は自分の予測に驚愕した。そんな⋯戮世界の宇宙とウプサラに共通点があるとでも⋯?そんなわけ⋯⋯あれは!?
◈
「ナリギュ!」
ベルヴィーが一目散に注目。
レピドゥスの翼から光の粒子が一つのポイントに集まり、やがてそれは人間の形を成していく。その姿の完成形がナリギュを創造した。
ナリギュは気を失っており、光の粒子から再現されると直ぐに地面に倒れ込んでしまった。その瞬間から結界が解かれ、ナリギュに近づく事が可能となる。
ナリギュに接近する⋯という事は、院長とレピドゥスの姿を間近で確認しなければならないオプションも付属してくる訳だが⋯。
そんなことをとやかく思っている場合では無い。
結界が解かれ、私とベルヴィーは急いでナリギュの元へ急いだ。
その時のベルヴィーの表情は彼女を本気で心配しているような顔。先程のふざけた事を抜かしたベルヴィーの雰囲気は一切感じない。手を加えられた友だちを心配し、本気で駆け寄る姿がそこにはあった。それは当然の如く、私も同じだ。
部屋の中心地、結界の張ってあった場所の最奥に辿り着けた。そこには院長もいる。
無表情。
何を問い掛ける訳でもなく、無表情で駆け寄る私達を見つめてきた。
「ナリギュ!」
うつ伏せ状態にあったナリギュを起こそうと私はナリギュを起こす。後頭部を裏返しに、彼女の顔面を確認した。
⋯
⋯
「そんな⋯⋯」
「ナリギュ、やったんだね…んふふ」
不気味に笑ったベルヴィーに今は構ってる暇は無い。現在私に表出した感情をベルヴィーに向けるのは無駄な行為だ。
「ナリギュ⋯⋯そんな⋯」
ナリギュの右目が無い。無くなっていた。
綺麗にくり抜かれていた。
グロテスクなものでは無かった。
なんというか、アンドロイドから眼球を無くしたような出来栄え。
右目がスッポリとくり抜かれた極小の空洞。
「ナリギュ、ナリギュ、声、聞こえてる?」
「⋯⋯⋯」
私からの応対に反応を示さないナリギュ。
「院長、ナリギュ、こんな感じですけど、儀式は成功したんですよね?」
ベルヴィーが問う。
「ええ、問題無く成功したわ。しかし、右目を取り除いた際の激痛で気絶してしまったみたい」
「そんな⋯⋯」
「今はその状態が続いてるだけ。生命維持に問題は無いわ。だけど、この顔面のままじゃ⋯女の子の顔が台無しね。アフターケアをするわ、目覚めた時にでも誠意ある感謝を述べるよう、彼女に伝えておきなさい」
院長がそう言うと、レピドゥスがナリギュの元に近づき、ウプサラを浴びせる。
明暗を繰り返す粒子が彼女を取り囲み、ケアの対象となる部位を探る。
いや、どう考えても右目に決まってるだろ。
粒子はナリギュの極小空洞に収束。そこには“義眼”を思わせる結晶状の物質が完成。
「これでいいだろう。当たり前だが、右目に視力は無い。それはただの飾りだ。視力を復活させてしまったら献上はノーコンテスト。彼女の行動は無駄に終わるからな」
「院長、ナリギュに対価は与えられたんですか?」
「もう少しで支払われるだろう。今、“上の者”らが監査中だ。遅くても今日中には彼女身体へ、“何かしら”の変化が表れるはずさ」
「さぁ、儀式を再開させますよ。おお〜みんな、偉いね。しっかりと並んでくれてるじゃない!さ、ベルヴィーとウェルニも並ぶのよ。今から並んじゃうとどっちかが最語尾になるけど、それはあなた達が彼女を心配したからよ?私の“削ぎ”を甘くみたらいかんからね。まぁ彼女は頑張ったよ、初見で眼球は中々に攻めた子ね。きっと最高位も褒めてくれるわ」
「ウェルニ、並ぼ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「ええーっと⋯先、並んどくよ?先にやりたかったら言ってねー!枠、空けとくからー!」
何を無邪気に⋯いつもと変わらぬベルヴィーのベーステンションで言ってるんだよ⋯。
◈
ナリギュへの“心配”を終了させ、ベルヴィーはフレギンの後ろへと並ぶ。
「フレギン!楽しみだね?」
「ああ⋯大丈夫なのか?アイツ」
「“アイツ”って、、、どっち?」
「⋯まぁ、、じゃあどっちも」
「“アイツら”ね。大丈夫じゃない?ウェルニはイイとして、ナリギュは。院長が平気とか言ってたし」
「お前、友だちなんだろ?もうちょっと心配してもいいんじゃねえか?」
「心配してたじゃん。ナリギュが出てきた時、駆け寄って心配しに行ってたじゃん」
「そうだけど⋯今この変わりように驚いてな」
「あ、そう?まぁ、終わったことだしね。ナリギュが先陣切ってくれたから!私達は感謝しないとね!」
◈
「ナリギュ!ナリギュ!⋯⋯院長!ナリギュが目を覚ましませんよ!」
「落ち着いて。彼女は自分に降り掛かった対価と向き合ってる時間⋯Now Loading、Now Loading」
「⋯⋯もう始まってるんですね」
「うん、そうみたいだけど、対価の祝福って、普通に生活してる時、自動的に身体へトレースされるのよね。彼女の場合、対価のサイズが大きいからもう既に始まってるのかもね。もしかしたら彼女、しばらくはこのまんまかもね」
「⋯⋯ナリギュ⋯」
「さ、あなたも並びなさい。ここからはハイスピードで行くわよ。この子一人に時間を使い過ぎたわ」
こうして、ナリギュを皮切りに幕を開けた『神組織肉解の儀式』。
ノアトゥーン院長のレピドゥスによって、ナリギュが自ら指定した献上部位は取り除かれ、朔式神族に献上された。
報酬はいずれ、ナリギュの身体に注がれるという。現在にもその報酬投与はされているのかもしれない。
本当に⋯右目がなくなっている。
血痕もついてないから、暴力的な方法で切除されていない⋯のだろうと勝手に推測している。
聞こうと思えば、院長に聞けたのかもしれないが、何故か聞けなかった。
怖かったんだ。
もし自分の友だちが、異形の生命体に暴力を起こされ、その事実を知ってしまった時、私は院長を殺してしまうかもしれない。こういう時って、追求するのが常だよね。でも、私にはそれが出来ない。やめた方がいいんだ。
自分の感情を保つため。リミッターを自制させる為に。
でも⋯ナリギュのこの感じから察するに⋯大丈夫なんだろうてんきっと⋯そう、、思いたい。
みんな、並んでる。
私も最語尾に並んだ。
何も差し出すつもりは無い。
テイだよ。テイ。
参加するっていうテイ。
・マディルス
・パレサイア
・ネラッド
・ギィシャス
・フレギン
・ベルヴィー
・ウェルニ
この順番で院長の元への列は形成された。
1時間後──。
ギィシャスまでの献上が終了した。方法はナリギュの時と同様。唯一違うとするならば、結界が張られていなかった事。私とベルヴィーが思い立ってしまった行動による結界発動⋯。
私とベルヴィーの行動がイレギュラーなものとでも言いたいのか⋯。
あんな状況、勢いに任せて突撃するしかないだろ。
マディルスから再開されたヒュリルディスペンサーは、ナリギュに掛かった大幅な時間を削減する事を目安に次々と実行されていった。
ナリギュに掛かった時間は、28分。
これが一人に所要する時間としては異例である事を、思い知った。
────ritual:sisters/parts choice|results────
・マディルス
献上部位:左手・薬指、小指
所要時間:16分
・パレサイア
献上部位:両足の小指
所要時間:18分
・ネラッド
献上部位:右耳
所要時間:13分
・ギィシャス
献上部位:右手・小指
所要時間:11分
─────────────────────
4人とも、しっかりと真面目に取り組みやがった。院長の前に立ち、献上部位を問われると迷わず3人はそう口にした。
唯一、4人目のギィシャスは院長の前に立ってもモジモジとした感じで、迷っているような素振りを見せていた。
「院長⋯僕は少し⋯怖いです⋯前の3人⋯あと、ナリギュの事後を見てると⋯安心してこの儀式に望むことができません⋯」
「ギィシャス、こちら向いて⋯私の方を向いて」
「⋯⋯はい」
「あなたはなんの為にここに来たの?」
「え⋯?」
「あなたはどうして七唇律聖教のシスターズ、修道士になったの?」
「それは⋯戮世界の裏側を知りたいからです。この世界にはもっと秘密がある。それを解明したいんです。だから戮世界について勉強したい、それに付随しているのが七唇律聖教だったから⋯僕はシスターズになりました」
「そうね、その目標をこうも簡単に諦めてしまうの?言っておくけどね、この儀式なんてまだまだ修道士の序盤も序盤よ」
「序盤⋯」
「なんだけど、いい?なんだけど、この壁を乗り越えれば…あとのカリキュラムは問題無く進められる。それぐらいに高い試練をこのタイミングで設けている理由がしっかりとあるのよ」
「それは⋯」
「早い内にヤル気のない子供を削ぎ落とすのよ」
「⋯⋯なるほど⋯」
「何が怖いの?」
「僕の身体のどこかから、一つ無くなるんですよね」
「そうね、一つとは限らないわ。あなたのさじ加減によっては、二つ以上かもしれないし⋯。前の3人は二つ以上だったわよ?」
「そ、そうなんですね⋯」
「ギィシャス、ムリはしなくていいわ。ナリギュみたいに未だに目を覚ましていないのは、ショックによるものだとも思われる。シスターズを危険な目に遭わせたくは無いからね」
「は、はい⋯⋯」
「じゃあ、どうする?ギィシャスは何を朔式神族に献上する?」
「⋯⋯⋯ぼ、、、ぼくは、、右手の小指でお願いします」
「⋯⋯ええ、判ったわ」
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「あのクソガキ、何がァ指一本だよ、舐めた口利きやがって⋯おい!あの、ガキここに連れて来い、オレ様ァが、調教してやるよ、この世の流れっていうのを見せてやる」
「はい、ですが、そのような行為は許されていませんし、我々がシスターズランカー・マイントスと接触する許可を得なければなりません」
「そうだよ!そうだよ!勝手にそんな行動取ろうとしちゃだめ!みんな思いは一緒なんだから、我慢して見よ?」
──────────────
私はこれを喰わなきゃいけない。
そうよ、私はこれを喰わなきゃいけないの。
この子⋯今までの3人が二つの部位を献上してきたのに、ここでてん一つ?しかも安直過ぎる“指”。
ちょっと勘弁してよ⋯二つの献上品が3つ続いたんだから、ここはもっと高みを目指そうとする流れでしょうが⋯。どうしてここに来てビビりな男が現れるのよ⋯。はぁ⋯ギィシャス⋯あなたそんな子じゃないでしょう⋯。
これを見た司教座都市の御方達は酷い顔面になってるぞ⋯私の地位が危ぶまれる可能性すら出てくるんだから⋯頼むよ⋯一つは、、、いいよ。うん⋯ただね、指はやめて。
もうね、指は飽きられてる。二つ以上が最低ラインよ。私だって、我慢してるの。みんなに自分で気づいてほしい。
はぁ⋯この子達⋯このままだと4人の対価がほぼ同じような性質の能力になるぞ。
フレギンの番が回って来た。
「次は⋯フレギンね」
「はい、お願いします」
「じゃあ⋯あなたは何を献上部位に指定するの?」
「すみません、これって一つの部位丸ごとじゃなくて、その部位の半分とかでも可能なんですか?」
「ええ、問題ないわ。だけど、その部位の物量が小さくなる事になるから、それなりに対価が減額するけど」
「では、その部位が高い対価を見込めるものなら減額したとしても、かなりの対価が予想される⋯と思っても大丈夫ですか?」
「それ、、、“相当よ”?相当な部位を献上しないと、減額し過ぎて、対価は無しの裁定になる可能性もあるから」
「『大腸』はどうですか?」
「大腸ね⋯丸ごとじゃないんでしょう?」
「はい」
「どのくらいを献上するの?」
「半分はどうですか?」
「そうね⋯“勿体ない”とは思うわね」
「勿体ない⋯ですか⋯」
「ええ。だって大腸は修道士の歴史上あまりケースが無い献上品よ。きっと素晴らしい対価が齎されるわ。なのに⋯“半分”⋯。大ひんひゅくを買うでしょうね」
「とても良い⋯結果が俺に?」
「ええ。高確率であなたを“別次元の存在”か“ウプサラの騎士に出来る」
「ウプサラの⋯騎士⋯」
「それに大腸を丸ごと切除したからといって生命維持に危険信号が出る訳じゃないわ。排便をコントロールする器官が失われる事で排泄のタイミングが多くなったり、水分を多量に含んだ液状のまま排泄されたり⋯と、不便な事は沢山あるけれども、指なんかよりは圧倒的に価値のある代物よ。あなたがその不満を携えながら生きれるのであれば、絶対に大腸丸々を献上する事に、私は一票⋯かな」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
悩んでるな⋯フレギン。大腸か⋯中々に良い判断をするじゃないか。私がもう少し押したらこの選択は固定化される。だがそれは自らの選択にならない。他人が推奨できるのはここまで。ここからは己との戦いだ。院長である私が介入する事の許されない自我の向こう側。
決して安直に踏み入れてはならない、種の聖域なのだ。
「はい、お願いします」
「では、始めましょうか」
◈
随分とスッキリした顔でウプサラの虚想空間から戻ってきたフレギン。容姿をみるに⋯中身か⋯。内臓のどれだ⋯フレギンは内臓のどれを献上したんだ⋯。
「次は、ベルヴィーね」
「はい」
「あら、もう80分も経ってるのね」
「院長は私はもう献上する部位を決めています」
「あら、それは頼もしい事ね。⋯って言ってあげてもいいんだけど、こんなに時間が経ってしまった以上、“当たり前”と思うのが普通ね」
「時間を取らせる気はありません」
「いい心意気ね、教える側としてとても誇らしいわ。では、ベルヴィー、あなたは何を献上してくれるの?」
「私は、左腕を献上致します」
「あら、それはとても思い切ったわね。けど、いいの?左腕が無くなるのよ?」
「ええ、構いません」
「⋯良いでしょう、あなたの強気な態度に免じて、誠意のある対応で迎え入れる事と致しましょう」
私⋯どうなったの⋯。ここは皆が経験してきた場所かな。ここでみんなの部位が削がれていった。暗くもないし、明るくもない⋯。曖昧な照明がウプサラの虚想空間を照らしている。
この日の為に、私は鴉素エネルギーと蛾素エネルギーについて学習していたのかな⋯。誰もいないな。レピドゥスに会うには多少の時間が掛かるのか。
この時間が過去の6人に長い時間を所要した理由⋯?私はてっきり、レピドゥスが献上部位を取り除くのに長い時間を所要しているのかと思っていた。
もう少しでウプサラの虚想空間に誘われてから、8分が経つ。もうそろそろ6人の所要時間のアベレージ。一向に現れる気配が無い。急に出現する可能性も十分に考えられるけど、何かしらの合図があると私は見ている。
合図⋯というか⋯うーん⋯よく、、上手くは⋯言えないけど⋯ノアトゥーン院長はそんな意地悪な事をしないと思っている。この儀式、最初は物凄く怖いイベントだと思って、怖気付いたシーンは何度かあったけど、ナリギュが還ってきてから、雰囲気が変わったように思えた。
院長なのか、レピドゥスなのか⋯ウプサラの虚想空間ではどちらが私に干渉してくるのか判らないけど、院長が糸を引いてるのは間違いない⋯と思っている。
「院長⋯?」
一言発してみた。この空間に来てからは初めての言葉。ウプサラの虚想空間に“言葉”の概念があるのかは知らない。どうしてこのような疑問を抱くのかと言うと、幻夢郷についての勉学の刻があり、その際に幻夢郷は“言語の理が存在しない世界”として教えられてきた。
幻夢郷とセカンドステージチルドレンのみが見ることの出来たという『逃避夢』を研究する学識経験者、“スパイラーズ・ロハルティ”から教えてもらった説学だ。
ウプサラの虚想空間もそれに該当する空間の可能性がある。それは単純に、幻夢郷と同様の『非現実的世界』だからである。
だからといって、『幻夢郷』と『ウプサラの虚想空間』が、同等の物質量で形成された世界だとは一切思っていない。ウプサラの虚想空間は鴉素エネルギーと蛾素エネルギーが下地を敷き、その上から七唇律に長けた魔女がコーティング加工を施していく。
対する幻夢郷は⋯⋯未知。何で出来て、どうやってその形を維持しているのか不明。
もし、ウプサラの虚想空間が幻夢郷と似通った部分があるなら、言語を認識する“何か”がいるかもしれない。
私は二言目を投げてみる。
「儀式は⋯まだですか?」
もっと踏み込んだ台詞を吐こうとも考えたが、一応はシスターズとしての立場を考え、それらしく振舞った。
誰に向けている言葉なのか、そもそもこの言葉を聞いている存在などいるのか⋯てか、何故、ここまで私を放っておくのか。もう間もなくこの空間に来てから12分が経過する。
「レピドゥス⋯⋯⋯」
奥からレピドゥスの姿を確認した。とても懐かしく思えてきたものを見物したことで、少し安堵する。
「何故落ち着いた顔つきでこちらを見てくる?」
「いや⋯10分以上も待機させられたら⋯不安になっちゃうし⋯そんな時に見知りのある存在が近づいてきたら、そりゃあ顔は落ち着くわよ」
「そうか」
『そうか』って⋯、女の子の気持ちとか全然考えない独善的なタイプね。女の子に嫌われるわよ。
〈安心しろ。嫌悪な存在になるのは運命の終着だ〉
「⋯!」
「⋯⋯もういいか?」
「⋯⋯え、ええ。判ったわ。私は左腕を献上します。で、でじや、じゃあ⋯お願いします⋯」
◈
ベルヴィーが居なくなって、何分経ったんだろう。私的には30分近くの時が流れているように思える。でも、実際にはそこまでの時間は掛かってない。そんな分かりきった事までもが、私を深淵にたたきおとす。
あとは私のみが列に並んでいる。
最早、私しかこの空間にはいないので、“並んでいる”というか『列』を成していない気もする。
なんとも私は律儀な表現をしたものだ。フレギンらは儀式を終え、現実世界に戻ってくると、誰とのコミュニケーションも図ることなく、この場を去る。レピドゥスから何か忠告を受けたのか⋯全員が同じような顔面と感情を露呈させていた。
なんだ⋯?
異常である事は確かだ。
最初に帰ってきたのはマディルス。
当然、私はマディルスの様子を心配した。
「マディルス⋯?大丈夫?」
「⋯⋯⋯」
「何があったの?何をされたの?」
そう聞くも返答は無い。やがて、私に接近してきたマディルスは一言も私への応対をすること無く、その場から立ち去った。その時、マディルスの手を見ると左手の薬指と小指が無くなっていたんだ。
「マディルス⋯⋯」
その後も⋯
「パレサイア!」
「⋯⋯」
応対なし。
献上部位の確認は出来なかった。
「ネラッド!」
応対なし。
右耳の損失を確認。献上部位と判断。
「ギィシャス!」
応対なし。
右手小指の損失を確認。献上部位と判断。
そして⋯
「フレギン!」
「⋯⋯?」
フレギンだけは私の言葉に反応を示してくれた。
「フレギン、あなたは⋯どこを献上したの⋯」
「ウェルニにそれを話して何になる?」
「え、、、いや、そういう問題じゃなくて⋯」
「⋯⋯⋯」
するとフレギンは私の元に最接近。私の手を取り、自らの腹部へと触覚させる。
「⋯え、、、?フレギン⋯あなた⋯何を差し出したの?」
「⋯大腸だ」
「⋯なんてことを、、、、」
「大腸が体内から切除されても害は無い。こうして普通に生きれてる」
「そんなの⋯今だけに決まってるでしょ?“そういう時”になったらどうするのよ⋯」
「すればいいだけだろ?」
「⋯⋯そんな⋯⋯⋯」
私の手が彼の腹部に触れた時、その異変を容易に理解出来た。
可愛く言ったら⋯ぺったんこ。
怖く言うなら⋯摂食障害。
現実的に言うなら⋯腹部にあるはずの内臓が無くなっている。
「フレギン⋯」
「お前の番はもう少しだろ。今のうちに考えとけよ」
10数分後──。
ベルヴィーが還ってきた。
それと共にナリギュも目を覚ました。
まるで2人が現実空間への待ち合わせをしているかのように、2人が同時に帰還したり、目覚めたりを遂げる。
私は彼女⋯、、、ベルヴィーの元へ駆け寄る。
「ベルヴィー⋯」
「⋯なに?」
ベルヴィーが唯一まともに返答をしてくれた人物になった。
「⋯⋯」
「なんにも用が無いなら、話し掛けないで」
冷たすぎた⋯。確かに自分から話し掛けた。私の方から話す必要がある。だけど⋯言い方はもちろん、顔も⋯それが友だちに向ける態度?あなたの事を心配しての行為なのに⋯。彼女には何も感じ取れないのか⋯。
「私は⋯⋯」
「、、、、献上した所を知りたいの?」
「いや⋯」
「はぁ⋯」
説明されなくても分かってる。ベルヴィーの身体に、左腕が無かった。私はその現実を直視出来ずに硬直状態に陥ってしまったのだ。それ故に彼女とのコミュニケーションも一時的に不能となる。ベルヴィーの冷酷な対応で目が覚め、3秒間の硬直から解放された。
「何してんの⋯」
「なに?これ?まぁ、、、そうね。左腕を差し出したわ。それだけの話よ」
「何してんのよ⋯本当に⋯」
「あのさ、何度言えばいいの?」
「理解はしてるよ、、、」
「じゃあ何回も何回も同じ言葉を掛けて来ないで」
「どうしてそんな語気を強めた言い方をしてくるわけ?」
「はぁ?別に、これがいつもの私じゃん。ウェルニは私の何を見てきたのよ」
「そんな口調で私に話し掛けてきた事なんて、今まで一回もないじゃない⋯」
「あなたが知らないだけで私はこういう人種なの」
「⋯」
「失望した様子ね」
「失望じゃない⋯、、」
「あぁ、違うの?⋯まぁ、、なんでもいいけど。取り敢えず、私はもう終えたから、ウェルニも早く済ませなさいよー」
「ベルヴィー!痛みは無いの?」
「痛みがあったら、私、こんなルンルンで還ってきてると思う?」
確かに⋯一皮むけたような雰囲気がある。
左腕が⋯無くなったんだよ?皮が一枚や二枚削がれたもんじゃない。一本の“片腕”が消えたんだ。
痛みが無い⋯。
普通に考えて、こんなの当たり前のことだが、左腕を損失するなんて激痛どころじゃ済まされない出血多量もそうだし、あらゆる側面から痛みという痛みが襲うだろう。
それは痛覚以外の問題も生じてくる。
気絶とか⋯内面的な問題は無かったのだろうか⋯。
ベルヴィー⋯本当に⋯⋯、、、今までのシスターズが、指やら、内臓やらで片付けていたものが、ベルヴィーのせいで大台を急に突破する事になった。
ナリギュの右目の件はもういい。
ナリギュ⋯⋯
ナリギュは、私の元を迂回するようにこの場から去った。話し掛けていい感じじゃ無かったので、彼女をスルー。気持ち的にもスルーしようとしていたが、やっぱダメだ。
右目、指、内臓、左腕、外見からは見えなかったけど、もしや他に献上している部位があるかもしれない⋯見えない足の指⋯とか、指を献上したマディルス、ギィシャスも他に何かを献上している⋯⋯そんな事を考え出したら⋯私はもう⋯どうにかなってしまうそうで⋯⋯泣いて⋯泣いて⋯泣き喚きたい⋯どうして⋯嫌だよ天私は⋯何も、、、失いたくなんてない。このままの身体が良い。
なんでよ⋯なんでみんな⋯⋯負けたんだよね?
レピドゥスに負けたんだよね?
フレギン⋯あなたはそんな強気な態度だし、人の意見で流されるようなタイプじゃない。
ベルヴィーも、、、ナリギュも、、、
他のみんなだって、強いよ。強い⋯強い。
私だって⋯⋯みんなに負けないぐらい強い。
てか、現実的に考えて私の方が段違いに強い。
私⋯⋯私が先に儀式へ挑めば良かったのか。そうだ、そうすれば皆に警告を出せるし、私は私で、あの鴉素エネルギーと蛾素エネルギーで形成された世界から、“何もされずに”帰還できる。絶対に出来る。
私はアトリビュート。
超越者の血を引く者。
私以上に、特別な人なんて、ここにいない。
「さぁ、モノローグのお時間はここまで。最後の方、いらっしゃい」
色んなやり方で攻めます。
シナリオが僕を変える。




