[#74-鴉素と蛾素]
原色彗星ウッドベリー、軌道描写を確認。
[#74-鴉素と蛾素]
律歴5602年12月1日──。
この日は、戮世界テクフルにとって一年間で最も重要な一日として指定されている。空白の歴史として未だに史実が明確になっていない律歴3999年以前、戮世界テクフルに“アインヘリヤルの朔式神族”が降誕した日が12月1日だと言われている。
1602年前。数字的に言えば、そこまで昔の話ではない気がする。それに戮世界では技術的な革新と最先端なメディアカルチャーの台頭で、ありとあらゆる虚実を“真実”に書き換える事が可能だ。原世界の情報だって過去のものなら、いとも簡単に情報入手が出来る。
平行ルートを辿っている現在の原世界。
西暦3704年。
世界戦争が勃発している事態だって、戮世界で容易く認識が可能だ。原世界側からは戮世界の情報なんて全く無い。如何に技術的革新の進歩が遅れている事かを、原世界に住民に教えてやりたいものだ。
この日は戮世界の住人にとって切って切り離せない日。朔式神族への感謝を表さないと呪われる⋯という逸話がある。だから戮世界の大陸民は否が応でも祈りを忘れてはならない。
この制度を定着させたのは七唇律聖教。現代に於いても戮世界の主要信仰宗教として絶大な権威を誇る七唇律聖教。七唇律聖教の他にも多種多様な宗教が備わっている戮世界テクフル。
そのわけは原世界からのシェアワールド現象。原世界から日に日に齎される情報を元に、善し悪しを問わず多国的な文化と文明を吸収し、一つの物事が戮世界に抽出される。主な抽出元となるのは“日本”。日本文化が戮世界に根付いている影響で、食品、娯楽、文化、生産機構等は、日本の方法理論がベースとなり生産・製作が実行。
“抽出”という表現について。これはクリエイター、即ち、物を作る事に長けた人間の脳みそに、シェアワールド現象が発生し新たな思考回路が開拓される。
シェアワールド現象が齎すのは、特異点兆候“シンギュラリティポイント”に相当する事象の発生。現在の原世界では、世界戦争が巻き起こっているようで、数多の人物が死に絶え、無関係の難民までもが悪影響を受けている。そんな特異点兆候に相当する事象が戮世界に齎すのは、汚染物質。当該汚染物質は、SSC遺伝子の放射能汚染とは関係の無いもの。どちらも現代を生きる戮世界大陸民には人体への悪影響を及ぼす事に違いは無い。
原世界からのシェアワールド現象。世界戦争が起こる前までは一体どんなものが共有され、戮世界にアレンジメントされていたのか。とても興味深い内容だが、これに関しての資料は全て機密事項として、七唇律聖教と大陸政府からの厳重保管が成されている。
多くのその文献には律歴4000年⋯つまり原世界の暦に合わすと西暦2100年、月日は8月20日以前の歴史が刻まれている。そんな文献を七唇律聖教は秘匿性の高いものとして戮世界最古の機構“レオパニーティ方舟至聖所”に保管。
レオパニーティ方舟至聖所は今、最も安全性が確保されているトゥーラティ大陸に所在。シスターズの最大軍事力を行使した七唇律聖教の攻撃部隊を配備し、神殺しの力と朔式神族の系譜を継承した最大軍事都市⋯。レオパニーティ方舟至聖所はそんな所にある。
限られた人物しか通行が許されず、“都市”と謳われているのに居住区画や娯楽施設などといった一般大陸民が、生活を送るようなスペースは一切の管轄外。ただただレオパニーティ方舟至聖所を守護する為の都市だ。
衛星写真も無ければ、内部を模写する画像生成と映像撮影は断じて禁止されている。違反者は七唇律聖教“機知”への反逆行為と見なされ、舌を引き抜かれる実刑が処される。
都市伝説のような街だが実際に存在するもの。そうした都市に興味・関心を抱いたのが、ウェルニだった。
◈
8月17日以降。ウェルニを取り巻く環境は変わったと言える。
先ず、イーストベイサイドの件から。
翌日、いつも通りの学校がありウェルニは登校。そこでベルヴィーとナリギュと挨拶を交わした。二人はいつも通りの表情で返してくれたが、内心は複雑な気持ちだった。そこでウェルニは自ら二人に話を持ちかけ、会話を始めた。
最初は本日の授業内容とかを予習したい⋯との会話で初め、取り敢えずのスタートを切った。そこでも二人はいつも通りの会話の雰囲気を“装っている”。そう、無理矢理に“普通”を流すのが二人にとってどんだけ難しいことか⋯。
二人にもこれは、試練として立ちはだかる。ウェルニに無駄な心配をさせずに、自然で通常の雰囲気を醸し出す。恐らく二人は私がいない所で密会が開かれ、“ウェルニとのこれから”を決める話し合いがあった⋯とウェルニは思っている。そうでもしなきゃ、ベルヴィーとナリギュに自己完結は出来ないから。
二人の脳みそを分け合って、二人でこの問題に付き合っていく。ウェルニを嫌な存在として認識したくない。それが二人の総意なのだ。
ウェルニは次第に話を変化させ、トークテーマの進行権を勝ち取る。次第にトークの運びがスムーズになり、展開に抑揚が生まれる。三人のいつもの日常が帰ってきた。そう思えた時、ウェルニは8月17日の件について話を始めた。
分かっている。空気がぶち壊されることぐらい⋯。だけど、あの空気感で事を進めるのは無理だった⋯。ウェルニにはそんな勇気など持ち合わせていない。
彼女は未熟者。
まだまだベルヴィーとナリギュの事を知らない。二人の心に介入するような空白なんて、トークスタート初期には感じられなかった。ウェルニは⋯主題をスタートさせる。
◈
「二人とも⋯」
「うん?」「うん?」
いつも通りの二人の反応だ。大丈夫だよ⋯私。このまま言えばいいんだ。話せばいいんだ。このまま私の身体にドロドロとした異物を残したくない。二人に言えばきっと、この異物は排除される。よし、、、言うぞ⋯。
「ウェルニ」
「⋯?」
ベルヴィーの私の助走をかき消すかのような、口調に少々驚く。そして困惑する。ベルヴィーの私への名前呼びが、日常化された時のパターンとは異なる、音色を利用した呼び方にも驚いた。もしかすると⋯二人の方から⋯。
「ウェルニが多分今から言おうとしている事は私たち⋯分かるよ?⋯多分」
「⋯⋯⋯え」
「無理⋯しなくても、いいんだよ?」
「⋯⋯え」
違う⋯違うよ⋯⋯⋯私が⋯私が⋯悪いんだ⋯そうだよ。そうだよ。そうだよ。そうだ⋯。私が⋯二人に迷惑をかけたのに⋯どうして⋯涙が出てこようとしてるの?⋯⋯どうしてよ⋯なんでよ⋯こんなの⋯セコいよ⋯。セコいし、二人にどう⋯説明すればいいの?⋯⋯こんな目を向けながらどうやって17日の件について話せばいいのよ。
「大丈夫」
「⋯⋯え⋯!ベルヴィー?ナリギュ?」
すると二人が私に寄り添い、肩を近づけ合った。肩が寄り添った後はそれぞれが私の後背を強く抱き締めてくれた。とても不思議な感覚に包まれた時間。二人は何も何も言うこと無く、涙目になる私の顔のみが時間経過を窺わせる。
20秒程はあっただろうか。そんな硬直状態にあった抱き寄せが終わり、二人が会話が成り立つ距離を保持。ベルヴィーが話し出した。
「ナリギュと話し合ってたの」
「ごめんね、ウェルニに内緒みたいな感じになっちゃって」
「ううん、大丈夫だよ」
「やっぱり⋯17日の事は⋯ちょっとビックリしちゃったよ⋯。あの後何が起きたのかは噂で流れてきたから」
それは無理もない。あんな情報大陸中どころか、残りの三大陸全体に広まるものだ。それにあの場所から逃れたという関連性も繋げ合わせてしまうのも至極当然。二人はそんな馬鹿な女じゃない。
「私とベルヴィーでね。色々考えてみたんだけど⋯あ、休み時間終わっちゃうかもしれないからなるべく、手短に終わらせるね」
手短に⋯⋯まだまだ時間はあるけど⋯⋯私からしてみれば、そんな簡単に話を纏められるような議題だとは思えない。もしかして二人は私と決別する流れを組んできたのかな⋯。もしそうなら、話が早く纏まる。纏まる⋯というか、終結してしまう。だけどそこに私が反論する余地は無い。
なんだか一気に心が蝕まれた。何となくそんな気はしていたけど、いざ二人から決別宣告を受けると、どんな話に対しても身構えていたはずの心が決壊しそうになる。よし⋯⋯聞こう⋯⋯聞かなきゃこの地獄は終わらない。逃げ出したくても、私がそれを許さない。
「ウェルニって⋯アトリビュート?」
ナリギュが真意をついてきた。まさかここまでの究明を迫ってくるとは思いもしてなかった。もうちょっと遠回りしながらのものだと⋯。いや⋯⋯これに対してのマニュアルは持ち合わせていない⋯。こういう場合は⋯どう対処したらいいんだ⋯。
「あ、、、あの⋯⋯二人⋯⋯」
「ウェルニが今、凄い複雑な状況に置かれているのは理解したよ。というか、ウェルニの答えがどんなものであれ、私達は信用する。それは絶対にね」
「ベルヴィー⋯」
「でもね、これだけは絶対に守って。友だちである私とベルヴィーには、絶対に嘘はつかないで。これは絶対だよ。絶対に絶対だよ?」
「そう、17日の事がある前から、なんだか変な感じはしてたんだ。だってウェルニは、世間の一般常識を一切知らないんだもん。戮世界って至る所に情報共有伝達サービスがあって、私利私欲を満たしてくれる。なのにも関わらず、ウェルニはそれすらも知らない。知ろうともしてなかったよね。分かるよ?ウェルニが無理して理解しようとしてたことぐらい」
ナリギュの言葉には反応を示したが、言葉が出なかった。あまりにも現在の私へは重すぎる糾弾だったからだ。
「色んな事情が取り巻いてるっていうのは分かってたの。これに関しては私達も、“隠し事”になっていたと思うから、“嘘をついていた”ことになるね。だから⋯ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ちょっと⋯!やめてよ⋯やめて⋯」
ベルヴィーの謝罪に連なる形でナリギュも頭を下げた。二人がそういった類の動作を致す必要性なんて、一切ない。これっぽっちも無い。二人が顔を上げると、ニッコリと笑った二人の表情が見えた。私にはそれが、最後の救済のように感じ取れた。優しくしているのは表面上のみ。内心は⋯⋯⋯そうだよね⋯⋯うん⋯。
「私達、友だち⋯だよね?」
「ベルヴィー、もちろんだよ。私は二人のことが好き⋯とっても好き。だって二人は私の初めての友だちだから。私にとってはギフトみたいなもの。“祝福”だと思ってるから。二人は、大切とかじゃ済まされない人達」
「ありがとう。そう思ってくれてて、すごく嬉しいよ」
ナリギュが感謝を述べる。笑顔だったが真意は分からない。表面上の感謝が本来の心からのモノだとはあまり思えない。だけど⋯なんだか、、、心の内を隠そうとしているようにも思えた。それはあともう少しで、臨界点に到達しそうな⋯。心の深淵。
「ウェルニのこと、私達ってまだまだ知らない。だからウェルニから直接話を聞きたい。二人で話していてもあんまり答えが見つかんなくてさ。んでね、何でも話してほしいの。今まで私達に話さなかった理由っていっぱいあると思うの。ご両親に言われてた⋯とか、あのお姉さんに言われてた⋯とか、若しくは自分の判断⋯とか色々な理由があると思うんだけど⋯それを共有してほしい!」
「ベルヴィーでも⋯それは⋯私の本来の⋯⋯」
私⋯何を言おうとしているの⋯⋯ちょっと⋯私⋯まさか⋯言おうとしているの⋯?でも、ここから⋯⋯そうだよ。言うんだよ。
今日だってその事を言うつもりで二人に話し掛けたんだ。
今更、何を留まってるんだ。
何を怖気付いてるんだ。
二人は本当に、この真実を受け止めてくれるのか。
「ウェルニが嫌だとしても、私達の気持ちが収まらないの。自分勝手な判断かもしれない。いや、そうなのかもしれない。だけどさ、三人の関係が拗れちゃいそうじゃない?たった一つの違和感って、友情関係に捻れが生じる原因だと思う。私はそんな違和感を解消していきたい。そうすれば、もっとこの三人の関係性がより良いものになると思うんだ!」
「ナリギュ⋯分かった⋯。二人には本当に迷惑を掛けてしまいました。本当に、ごめんなさい」
ナリギュの言葉に決断が固まった。言おうとしていたのに、何故か留まってしまう理由。それは二人が私の元から離れていく⋯という想像が掻き立てられたせい。複数のビジョンを想像したが、比重が傾いたのは紛れも無く、二人の離別。それも相手からの離別宣告をまじまじと受け入れる私の姿。それが何よりも最悪の形だ。
本当は離れたくない。なのに、二人の宣告を受け入れるしかない場面を虚妄する。多くの結末を精査し、何パターンものやり取りをイマジナリーからリアリティのあるものへ移行させたが、何をどうやっても拭えない私からの幕引き。謝罪から入る形は当然の判断。始まりと終わり。その間がどのような道程を歩むのか⋯。ここで私は、用意していた武器を全て失った。二人の予想外の“笑顔”が、私のビジョンには存在し得ないものだったから。
「17日。あの日、剣戟軍が来たよね。あれは遺伝子汚染反応が検知されたっていう信号を受信したから。その受信信号は私⋯だと思っていた。だけど偶然、そこに遺伝子汚染が発生した事態が発生。それがあの列の一時停止の時。そしてお姉ちゃんのミュラエが現れた。お姉ちゃんも私と同様、能力者。お姉ちゃんの能力を使ってあの場から逃れる事が出来た。二人も一緒に来てもらったのは、お姉ちゃんが⋯⋯二人のことを⋯信頼⋯出来なかったから。急に私だけがあそこから居なくなったから⋯二人が剣戟軍に密告すると、思ったから⋯。本当にごめんなさい⋯二人は何も悪くないのに、私は⋯⋯どうあなた達に言えばいいのか判らない⋯。真実を話しても⋯二人から良い反応をもらえるなんて思えない。少しでも柔軟な感情になるよう色んな表現を考えたけど⋯私に出来ない。二人とは⋯もう一緒にいれない。いたいけど、いれない。もう、、そんな資格、、、ないから⋯。何度謝っても許される事じゃない。でも、何回でも言わせてください。本当に、ごめんなさい⋯」
二人から立ち去ろうとする。その時、それぞれ左右の手を取るベルヴィーとナリギュが私を振り向かせる。
「ベルヴィー⋯ナリギュ⋯」
「ウェルニ、そんなこと言わないで?もうわかったから。同じことを何度も言わせないでよ。私達はどんな事を言われても、ウェルニとは友だち。何があっても絶対にそこは変わらない。ウェルニに何かがあったら絶対に守ってみせる」
「まぁ、ベルヴィーよりもウェルニの方が強いんだろうね〜」
「確かに!ナリギュの言う通りかも!」
二人は笑った。そこに不気味さは皆無。心地の良い笑い声が私の聴覚に福音を齎す。
「ねぇねぇ!ウェルニの秀才さって、もしかしてアトリビュートだから??」
「え、、、う、、うん⋯たぶん⋯そうだと思うよ⋯」
「へぇー!良いなぁ⋯!私も頭良くなりたいなぁ⋯⋯」
「ナリギュ!」
「あ、ああ⋯ごめんウェルニ⋯。良く⋯思ってないんだよね?自分がアトリビュートであること⋯」
「う、、、うん⋯そうだね。あまり良くは思ってない⋯。けど、全然気にしてないよ」
「でもさ、ウェルニは嫌がってるかもしれないけど、それ、個性だと思うよ」
「個性?いや、ベルヴィーからしてみればそうなんだろうけど、この血は穢れている⋯。虐殺王の血が混じってるんだ⋯。こんなの⋯個性でもなんでもないよ⋯ただの人殺しの血盟⋯」
「分かったよ、ウェルニ。アトリビュートであるウェルニがそう言ってるんだから、本当にそうなんだろうね。うん、アトリビュートを“個性”だなんて言わないようにするよ」
ベルヴィーが謝罪する。こんな時にもなって、未だにベルヴィーから謝らせてしまう。私は本当にダメ人間だ。
「ウェルニ、今まで溜め込んでたんだよね?言いたくても言えなかったんだよね。もしかして無理にでも言おうと⋯」
「それは無いよナリギュ。大丈夫。私の方から言おうとしてたし、私が⋯⋯ほんの少し止まっちゃっただけ。そしたらベルヴィーとナリギュの方から言い出してくれた。嬉しかったよ。あの時の事を考えてくれただけでも」
「それでね、ナリギュと考えたんだけど⋯ウェルニがね⋯アトリビュートだっていうのを仮定して、二人で勉強していた物があってさ。それは勿論、ウェルニのタメになるものだよ」
「勉強?私の役に⋯?それは⋯なに??」
「七唇律だよ」
「七唇律?どうしてそれが出てくるの?」
「七唇律ってさ、戮世界の住民にとっては当たり前の存在。無くてはならない信仰宗教じゃん?でもその当たり前が日常化しちゃって、考えたりする時間が無かったりしない?そこでね、私とナリギュで考えてみたの。七唇律聖教について学ぼうって。あの日以降から考えてた事だから、日数的にはまだまだ積めてないし、もっともっと勉強しなきゃいけない。けど、七唇律への思想が膨れ上がると大陸への感謝は勿論だけど、個人的な能力のステータスアップに繋がるの。ウェルニの身体と知能と智慧は凄いと思う。ここからももっと成長するんだろうね。きっとそこに限界は無い。だけど人間性はどう?今もこうやって自分を責めたりしてない?自分なんか⋯って思ってない?自己完結型ってとてもダメな事だと思う。そんな時に役に立つのが七唇律聖教だよ。七唇律は7つの律法で成り立っている。機知、神算、暴虐、喜劇、博愛、慟哭、欺瞞。この7つは人間性を今よりも数段階向上させる力を持っている。今のウェルニには絶対に有益な情報を与えてくれる」
「特に私が思うのは七唇律第3法の“暴虐”。さっきも言ってたけど、アトリビュートの先祖⋯セカンドステージチルドレンの歴史は虐殺の連鎖。とても綺麗事では済まされない陰惨な過去を持っている。それでも尚、戮世界テクフルが1500年以上世界を維持し続けられたのは、七唇律第3法のおかげ。暴虐は、行為を許すのでは無い。だが、否定もしない。多種多様に混在する世に於いて、無意味な暴力は存在しない⋯っていうのを説いてるんだ。ちょっと難しいけど、簡潔に説明すると⋯七唇律聖教が戮世界を守ったんだよ?」
「ナリギュ⋯だいぶ、まとめたね」
「ごめん⋯!だってあの文書、まだまだ意味が理解できないんだもん」
「ウェルニがもし、今の生活を変えたい⋯そう思ってくれるなら、私達は喜んで七唇律聖教に勧誘するよ」
「か、勧誘?勧誘って⋯」
「実はね、ラティナパルルガ大陸に修道女を養成する施設があるの。しかも無料で!個人情報は伝えなきゃダメだけど、別に保護者に連絡をする訳じゃないから、特に問題は無いよ。私とナリギュはもう少し、七唇律について前読みをしてから行こうと思ってる。良かったら⋯どうかな⋯?」
ベルヴィーからの“勧誘”。まさか自身の血族の話で汗をかくと思いきや、七唇律聖教への勧誘⋯という予想外の事態で多汗を催すとは⋯。これは、いったい、どんな展開なんだ⋯。私が⋯七唇律聖教のシスターに?これは⋯私だけで判断を下していいものなのか。いやダメだ。⋯⋯いや⋯そうなんだけど⋯でも⋯これを聞いて⋯親、姉貴に聞いて、返答の内容なんて事が知れてるし、いっそうのこと新たな生活リズムを送れるチャンスなのかも⋯。今までの生活サイクルに疑問を持っていた訳でも無いのに、なぜだか、今の自分を変えたい⋯そう抱いてしまった。
ベルヴィーとナリギュのおかげ、かな。二人から七唇律についての話なんて聞いたことないし、この数日でどんだけの書籍を漁ったんだろう。七唇律には人を変える力があるのか⋯。これって⋯なにかな⋯。私、、、分岐路に立ってる?線路で言うところの“ポイント”?今までそんなの微塵も感じてなかったけど、二人の誘いによって発生してしまった。そんな言い方だと、受け入れない気100パーじゃん。私って、つくづく人の事を考えないバカ。
◈
「うん⋯ありがとう。お誘い⋯感謝してる。私、、、七唇律、勉強してみる」
「えっ!!」「えっ!本当に?」
「うん、本当に。私、このままの人生、嫌かな。楽しいことって、あんま、思いつかない。思いついても、いつもそこには絶対、タガ、ある⋯。制限されて来たんだ⋯私の人生って。セカンドステージチルドレンの血盟だから追われる毎日。あの日、、、私、死んだと思った。二人の前で、剣戟軍に殺される⋯って思ったの。でも、死ななかった。お姉ちゃんが助けてくれたから⋯っていうこともあるけど、ただ単に運が良かっただけ。あのとき、あの場に、別の個体がいただけ。そんな運任せの人生なんて歩みたくない。自分で決断して自分で道を切り開きたい。私には、それが、出来る。できると思うの。、、、勝手に思うのは、、ダメかな⋯?」
「ううん!!そんな事ないよ!」
「そうそう!心に思う、口に出す⋯。それは何も無意味な事じゃないよ!あと、全然ダメじゃないし!口にする事に君があると思うからね!心に溜め込んでおくのは、オススメしない。今回みたいに、勇気をだして、全部ぶちまけちゃえばいいんだよ!」
ナリギュの無邪気な対応。今の私には、気持ちよすぎる程に快活な嘆きだった。
「私⋯⋯七唇律に向いてる?」
「向いてるも何も、やってみないと始まんないよ!ちなみにだけど、私には向いてた!ナリギュも向いてたから、ウェルニにもきっと大丈夫だと思う!」
「判ったよ、二人とも。私、凄い嬉しい。本当に嬉しい。なんか生きてるって感じがする⋯。今まで、そんなこと、感じれなかった。すごく複雑な気持ちで二人に話し掛けたけど、まさかこんなことになるとは思いもしてなかった。ありがとう、ベルヴィー、ナリギュ」
「うん!」
「当たり前でしょ!」
「それで⋯あ⋯、、」
チャイムが鳴る。昼休み全時間を使ってしまい、昼御飯を食べる時間が失われてしまった。だがそんな空腹をも掻き消す程の十分な満腹感を得られた気がする。腹鳴りがした。その鳴りは今の私に、どんな意味合いを持ち合わせているのか。ただの鳴りだとしたら、このタイミングは、あんまり褒められたものじゃないな。
「お昼、食べる時間無くなっちゃったね」
「まっ!いんじゃね?後で三人でたべよ!ウェルニ!良いでしょ?」
「うん!もちろん!」
二人との会話中、至る所で本来の姿を表出させてしまったシーンがある。二人には判っただろうか。それも含めて、私がアトリビュートである証なのだ。二人の人間としての進化は著しい。私の知らぬ間に、ここまでの智慧の知能を習得したのだ。私が思う以上の才能を持っているベルヴィーとナリギュ。二人にはもっと、私のステータスアップに繋げるためのマテリアルを齎してほしい。私の成長度合いが、二人の手によって変動するに至ってしまった。これに関して、私は悔いていない。
もう既に私は、血盟との隔絶を果たしたいと思っているからだ。果たしてここから彼女達が私をどう変革させていくのか。七唇律聖教に浸った私の未来はいったいどんな者へと変貌しているのだろうか。
両親に、姉貴に、七唇律の勧誘については話さない。きっと喜んではもらえないからだ。それに強く否定もされるだろう。七唇律聖教とセカンドステージチルドレンには、過去の因縁がある。七唇律を戮世界テクフルに持ち込んだ、“アインヘリヤルの朔式神族”。七唇律を戮世界に持ち込んだ朔式神族は、七唇律を主要宗教として人々に認識させた。四大陸全民の記憶への干渉と書き換え。朔式神族が人智を超えた生命体である事は、この時点で明らかだ。
原世界からのシェアワールド現象を完無視し、朔式神族らの傲慢によって生まれた七唇律。後に朔式神族は戮世界を立ち去り、七唇律は“七唇律聖教”として宗教の形を改正。十字教などの既存していた宗教制度を纏め上げ、集合知として再確立。四大陸全土に七唇律聖教が根強く拡がるのに、それほどの時間を要することは無かった。
虐殺王サリューラス・アルシオンがアルシオン王朝を築いた際、七唇律聖教に大いなる力が降り注ぐ。後にそれは、ニーベルンゲン形而枢機卿船団を生み、軍事力の増強に貢献。天空からの光の降り注ぎ⋯という事もあり、祝福の正体は判明していないが、“降り注ぎ”の解釈からして、白鯨が有力視されている。
こういった一般人では分かり兼ねるような伝説上の理も、七唇律を学べば、律歴3999年以前の出来事が判るかもしれない。そこまで行くのは決した容易い道じゃないはず。七唇律への智慧と知能があれば⋯朔式神族が取り巻いた戮世界空白の歴史を紐解ける⋯。これに関してはかなりの興味が湧く。
七唇律聖教の関係者にならなければ、果たせない空白の歴史への干渉。知っているのは大陸政府の上位官と七唇律聖教。それも全員が知っているとは限らない。それぞれの機関の上位メンツしか知らないかもしれないし、教皇レベルの最頂点クラスの地位に立つ人間しか知らないかも⋯若しくは⋯そのもっと上の存在。
戮世界には、多くのXファイルが有象無象にある。当たさっき言っていた律歴3999年以前の歴史なんかを簡単な情報筋で共有させている連中もいるかもしれない。兎に角、“かもしれない”と思うことだらけだ。私達のような超越者の血筋が1000年を越えても尚、どこかの人間の遺伝子に書き込まれている。身近な人が、虐殺王の血を引く存在⋯。なんてことザラにある⋯??まぁ、、、あるだろうね。虐殺王が生きた時代に血盟の中で流行した、“逃避夢”。幻夢郷との関連性が噂されている、謎の現象。⋯⋯あれ⋯⋯なんで急に⋯⋯触れたんだろう⋯。
◈
律歴5602年12月1日──。
改めて⋯朔式神族降誕日。
午前9時2分 セラヌーン家 家宅。
「おはよう!」
「うん、おはよう」
なんだか最近、ウェルニの調子が良い。それはとても喜ばしい事なんだが、その度合いというのが⋯なんとも違和感の芽生えるステップアップさなんだ。『おはよう!』なんて朝から目覚めの良い挨拶なんて⋯。ウェルニは明るい。根暗な訳では無い。だがスロースターターだ。朝なんて⋯
「おねえ⋯ウァァン⋯んはァいよう⋯⋯」
しっかり言えた事が無かった。月日で言うと⋯9月の中旬頃からウェルニの様子は確実に変わった。家での行動、全てに於いて、改革が成された⋯とでも言うべきだろうか⋯。9月の中旬ともなると⋯その1ヶ月前にはあの件があったし⋯あの時に何か人格に影響を与える現象が起きた⋯のか?いやいや、現場には私がいた。妹にそんな変化があったのなら、真っ先にそれに気づいているはず。
「ウェルニ?」
「うん?どうしたの?お姉ちゃん」
「パパとママはもう仕事に行ったよ。伝言で今日は夜ご飯までに帰ってくるように⋯とのことみたいよ」
「あーそれは、、ごめん。今日も無理かもー」
「え、、、」
こんな性格じゃなかった。世間的に言うならば⋯そう、そうだ、思春期を柔らかくしたギャル。とは言っても、原世界の素体データがウェルニにそのまま投影された訳では無い。ある程度の世間的なルールというのはわきまえている。決して、“道を外れた”女とはなっていなかったんだ。それには安心している。だが⋯それにしても⋯それにしても⋯!だ⋯⋯。この変化は⋯⋯装飾品も変わってるし、メイクも⋯してる。そのメイクがやたらと可愛いから文句も言えない。
『そのメイクやめて方がいいんじゃない?』
とでも言えるような内容であれば、とっくに言っている。単に私がウェルニを愛しているから⋯か?普通に、可愛いよな⋯?ハードめな化粧なら一喝言いたいのに⋯言えない⋯!だけど、、、この大変化には⋯⋯とても驚いている。
「今日は⋯⋯また用事か?」
「うん、そうだよ。お姉ちゃんも友だち作って遊んだら?一人でこもってなんかいないでーさ」
「私は学校内での友情のみで十分なんだよ」
「へえ〜、実際問題、友だちなんていなかったりして〜」
「うるさい!」
「ンフフフ、ごめんごめん!お姉ちゃんは一人が好きなんだもんね?でも、一人も良いと思うけど、一定時間は他人と同じ時間を過ごした方がいいと思うよ?」
「はぁ⋯それ何遍も聞いたよ」
「私は、お姉ちゃんのために言ってんのよ??このままだとお姉ちゃんのお葬式、私達だけになっちゃうよ〜?ソレでもぉいいのぉ??」
なんだこの変わりよう⋯こんなに陽キャだったんか?友だちを作る⋯というのは人格を変えるパワーがあるな。私にも少なからず友達はいるけど、ここまで雰囲気が変わった時期なんて無い。
「⋯⋯⋯⋯」
「ほらー、悩んでるー。お姉ちゃんだって友だちいた方が良いなぁ⋯って内心は思ってるんでしょ?」
「いや、私は⋯」
「否定しても無駄!その可愛い顔に書いてる。『と、も、だ、ち、ほ、ち、い』ってね」
ほ、、、ほちい⋯!??!
「もういい加減にしてよ⋯」
「まぁいいや。お姉ちゃんはお姉ちゃんの人生を過ごすといいよ。でも、私は言ったからね?作った方がいいよって!」
「ああ、受け取った受け取ったよ」
「お姉ちゃんは今日は?」
「私は⋯⋯」
「え、、、、まさか、、家にいるの?え、、、言ってるそばからそれぇ??」
「べ、別にいいじゃん!なんなのよ!さっきから!鬱陶しいわね⋯」
「んふふ、お姉ちゃん揶揄うのたっのしいぃー」
「ウェルニってほんとに変わったよね」
「ん?そう?自覚無いなぁーーーー」
「何その伸ばし棒」
「だってー本当に思ってるんだもおーん」
「⋯⋯⋯はぁ⋯ああそうです!家ですー。友達もいないし、インドア派なんで外への興味が無いんですー。でも家でやりたい事があるんだからね!ひ、ヒマぁ⋯じゃあ!無いんだからね!しっかりと学校での勉強とか⋯えぇ⋯うんまぁ⋯色々と!やりたい事があるの!家でやれる事があるの!!いい!?判った!?」
ミュラエがウェルニに迫る。先程までは押され気味だったミュラエだが、ここは力の勝負。ウェルニよりもアトリビュートとしての遺伝子能力が勝っているミュラエ。その大差を利用して攻撃的な側面を全面的に打ち出す。
「わわわわ、判ったよ!お姉ちゃん!判ったから!もぉ⋯⋯流石にお姉ちゃんには勝てないんだから⋯」
「判ったわね??もう私を玩具扱いしないこと。いいいいいいいいいいい?????」
「はい!ミュラエさん!分かりました!」
「ヨロシイ。態度を休めたまえ」
「はい!⋯⋯⋯⋯んふ、ンハハハハ!!」
「ンハハハハハ!!ホント⋯⋯なんなのよこれ⋯」
姉妹は笑った。あまりにもおかしすぎる⋯滑稽なシチュエーション即興コント。こんな楽しい時間が一生続けばいいと、ミュラエは思う。
「んでさ、お姉ちゃん」
「ん??なんだ?」
「今日は何の日だか判る?」
「そんなの、分かんないやつは戮世界の人間じゃないな。私を原世界から来たとでも言いたいのか?」
「んふふふ、そうだよね。今日はアインヘリヤルの朔式神族が戮世界に降誕した日。アドベントデイだよ」
「ああ、そうだな。うん、そうだねえー」
「なにぃ?その流し。妹として、いけ好かないわねー」
「何が『いけ好かない』だ。姉として頂けない言葉ね」
「もお⋯⋯て、そんなことどーでもいいのよ!今夜さ、一緒に降誕日を祝わない?」
「え?な、、なに?祝う⋯??」
「そう!アインヘリヤルの朔式神族が降り立った日を祝うの!いい?」
「え、ええ⋯?」
そんなこと去年までした事ない。それにアインヘリヤルの朔式神族を祝う?はぁ?ウェルニ⋯この子何を言ってるの?自分たちがどんな存在か。先祖が朔式神族にどんな事をされてきたのか。分かってないわけないよね⋯?
「どう?良くない??」
「え、、あのさ⋯⋯ねぇ⋯⋯ウェルニ?あなた⋯何を言ってるのか、勿論判ってるよね?」
「その勿論!判ってるよ?」
「アインヘリヤルの朔式神族を⋯祝う?」
「そうだよ!」
「それって⋯⋯七唇律聖教に“召命”されるって意味なんだよ?」
「んな、こと判ってるよ。私だってバカじゃないんだから」
「だったらそんな提案しないで」
「え?なんでよ。なんでそんな顔までして否定するの?」
「だから何回言えばいいのよ。あなた全然分かってないじゃん」
「判ってるっ!」
「判ってないよ!あんた!!!七唇律聖教にでも入ったつもり?!」
「⋯⋯そんなわけないじゃん⋯でもさ、朔式神族がいなかったら戮世界はこんな形じゃなかったかもしれないんだよ?少しでもさ、お祝いの体裁はとってもいいんじゃない?」
「ウェルニ⋯もう⋯本当に⋯どうしちゃったのよ?あの日以降ちょっと様子が変わったみたいになってるわよ」
「あの日?ああ⋯⋯いやまぁそれは⋯あんな事があったんだから、性格も変えるきっかけになったんだよ」
いや、きっかけって所の話じゃない気がするが⋯。
「あの日がきっかけになったのは理解出来る。ただいくらなんでも変わりすぎじゃない?朔式神族になんて、目もくれてなかったよね?どうして今年は祝いたい⋯って思うようになったの?これも17日の出来事がきっかけ?」
もし、“17日の件がきっかけ”とでも言うようなら⋯⋯剣戟軍に関連した組織に興味・関心を抱いた⋯?それとも⋯七唇律聖教に⋯⋯いや、、さすがに⋯それは、、でも⋯⋯朔式神族の存在を口にするなんて⋯とてもじゃないが、剣戟軍の関連組織に興味を示したどころの話では済まされない。
「うーーーーん⋯まぁ正直に言うとあの件以降に色々と心の整理がついたって感じかな」
「心の整理?その整理は、大丈夫なんだよね?自分の身を危険に及ぼす可能性は無いんだよね?」
「無いに決まってるでしょ?お姉ちゃん。もっと私を信じてよ」
「信じたいけど⋯ウェルニ、最近⋯その、スタイルの変化とか、生活習慣の変化とか⋯変わりすぎじゃない?パパとママに最近、顔合わせてる?」
「パパとママ?うん、合わせてるっ言い方おかしくない?うんまぁ、普通に合わせてると思うけど」
「二人は凄い心配してるみたいよ。一緒にご飯を食べれない深い時間に帰ってくるし⋯。外で何をしているの?そんな深い時間」
「深い時間?9時が?9時なんて別に深くもなんともないじゃん」
「深いわよ。現にパパとママは心配しているの。だからもう今日から早い時間に帰ってくること。最低でも18時までには帰ってきなさい。いい?」
「うーーーん⋯⋯」
そんな時間、、まだ、修道院にいるよ⋯。説教台での修練で忙しいのに⋯。
「いや⋯ごめん⋯たぶんむり。その時間に帰るのは」
「なんで?」
そして、どうしてそんな深刻な顔になるんだ。
「友だちといた方が楽しいから!」
嘘だな。友だちといる方が楽しい⋯、その言葉なら溜め込む必要も無く、そのまま吐き出せたはず。その言葉が出るまでに要した数秒⋯。明らかに何かを隠している感が満載な妹。
「友達⋯そんなに大切?」
一旦、ウェルニの回答に乗ってみる。そこで引っ掛かる言葉を見つけたら直ぐに掘り下げよう。彼女が気付かぬ隙に、生じた違和感へ掴みかかる。そこにウェルニの現在を紐解く秘密が眠っているはずだ。今の妹は、信用に値しない。
「もちろん、私は友達がいなかったら私じゃないね。この学校に来れて本当に良かったと思ってるよ。確かに⋯そうだね。パパとママ、お姉ちゃんに心配かけるような生活リズムになっちゃったのかもしれない。私にはそれが分からなかった。全然気にもしてなかった。三人がそういうなら、私は⋯⋯謝るしかない」
『謝るしかない』⋯か。『直さなきゃいけないと思う』が相場では無いだろうか⋯。という事は彼女は、この生活リズムを元通りにするつもりは無いということ。
「ごめんなさい。だけどね、今、こうして友だちとの時間がかけがえのないものになってるんだよ。この時間は一生の宝物なの。お姉ちゃんには分からないんだろうけど、友だちって、けっこう大事なんだよ」
なんともグサグサと刺してくる言いようだな⋯。現実を突きつけられた感があって多少心に来た。私よりも青春を謳歌しているんだ妹は。それは凄く良いこと。ウェルニの友達にも感謝を伝えたい。ただ⋯家族の事も少しは考えてほしい。とにかくビックリしてるんだ私達は。変わりすぎ。
「ウェルニ⋯」
「お姉ちゃん、もう、話し終わっていい?私もうそろ、家出る時間だから」
「⋯⋯⋯うん、ごめんね⋯止めさせちゃって」
「ううん、久しぶりにお姉ちゃんと話せて良かった」
「今夜は⋯」
「友だちと一緒にいるから」
食い気味にそう言った。降誕日は友だちと一緒にいる⋯と遠回しに表現するウェルニ。突き放されたような感じがして、とても辛かった。ウェルニがとても遠くに行ってしまったかのような⋯それは走っても走っても追いつかない、無限耐久マラソン。家族の輪からウェルニが消えかけていくのを感じ、俯いてしまった。ほんと、私は直ぐに感情を外部に放出させてしまう。これじゃあ相手に丸わかりじゃないか。
「そ、そうだよね。ごめんね、色々と⋯」
何が“色々と”だ。もっと言い方があるだろうが。大枠に言及するんじゃなくて、もっと詳細な内容に触れれば興味は無くとも、関心があった事は偽れる。なのに⋯。
「⋯⋯⋯い、いい?もう」
「うん、ごめんね。じゃあ行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
真っ直ぐ帰ってきてね⋯。
◈
同日、午前10時──。
ラティナパルルガ大陸 ハイブラックハーバー メラールザブ──。
姉貴は気づいてる。だが言及してくる事は無かった。修道院に大体の荷物を置いておくのは正解だったな。大きな荷物で外出するのはリスキーな行動。少なくとも、親は気づいてない。姉貴も⋯何かしらには気づいてるようだが、具体的な中身⋯私がこの期間、何から影響を受けているのかは分からないだろう。まぁこの世界、強い影響を与える存在なんて片手の本数ぐらいしかないし、大方の予想はついてるのかもな。私が思ってる以上に姉貴は優秀だ。めちゃくちゃ心をついてくる。
痛いとこをついてくる。時と場合によっちゃあ、それが羨ましいと思う反面、ああああうっぜぇなぁと思う時も⋯まぁある。最近はあんまり、姉貴の行動に関して不満を抱く事は無くなった。
これも、七唇律聖教のおかげ。私の身体は、朔式神族でドロドロになりつつある。
姉貴も⋯七唇律聖教に入ればいいのに。
自分で気づけばいいのにな。私から言ってもどうせ口も利いてくれないだろうし。話になんない。時分で気づいた方が割がいい。
もういい。姉貴の事を考えるのはやめにしよう。少なくとも今日いっぱいはな。邪念が残ると聖教に支障をきたす。
今日もやらなきゃいけないことが目白押し。覚えるの必須な説教と賛美歌による詠唱。それに、それに⋯⋯その日に出題される内容もある⋯んだろうな⋯。厳しい時間だけど、間違いなく私にメリットのある最高のひととき。“ひととき”って、こういう『厳しい』だとか『辛い⋯』だとか、マイナスベクトルに働く感情には適さないと思う。いや、そうなんでしょ?
⋯⋯⋯⋯⋯そうなの。私、この感情、大好きなの!大好きって気づけたの。私を追い込むマイナスベクトルの感情エネルギーが凄い快感なんだぁ。単純にレベルアップしてる感覚に包まれるし、他人と比較しても圧倒的な磁場と重力が浮き彫りなんだ。
人間としてその地面を“踏み締めてる”って胸を張って言える。実際にも学校では私へのイメージが“変わった?”と疑問を抱かれるのもしばしば。そんなリアクションを受ける度、私は七唇律聖教への感謝を述べる。
それが私の説教台でのデモンストレーション。勿論!練習台として向き合ってるんじゃあない!
─────────────Ю
?????????????01
─────────────Ю
いやいや!本当だよ!?本当に!私⋯⋯しっかりとやってますよ!
─────Ю
0---------1
─────Ю
やっべぇ⋯⋯めっちゃ色々行ってきそうだぁ⋯⋯あー⋯⋯これが色々と面倒なんだよなぁ⋯。まさか七唇律聖教への入教の副産物が白鯨からの聖言だとは⋯。思いもしなかったよ。
───Ю
00------------------------1
───Ю
んげ⋯やばい⋯⋯怒ってる⋯なんでよ!私!正直に言っただけなんですけど!
────Ю
01--------
────Ю
あの⋯⋯私はそんな言った覚えは無い!第一なんで怒ってんのよ!
───Ю
01----
───Ю
いや待って!!もういい!私、日常生活では白鯨に頼らないって決めてるの!だから白鯨も素っ頓狂な事を言わないように!オッケー??
────────────Ю
0-1-1-1-1-1-1-10000-00000
────────────Ю
なぁんなのよ、その態度ぉ。ちょぉぉっと神様だからっていい気にならないでよねぇー。私が一人前の“シスターズランカー・エステル”の聖教称号を取得するまでの間柄。それまではしっかりと私の為に、七唇律のあれやこれやを教えてもらうわよ⋯白鯨の子供ちゃん。
喋んなくなっちゃった。お眠かな。
◈
午前10時10分──。
同場所。アリギエーリ修道院
「おはようございます」
「ウェルニぃ!遅い!」
「おはようナリギュ!んぇっ?、、、うそ⋯ンゲエッ!!!うっそー〜!?」
「ウェルニ⋯あなた⋯⋯」
「終わったな」「終わったな」
「ちょっと待ってよ!二人とも!あ、おはよう!ベルヴィー」
「そんなことで“狂号”を獲得しても無駄よ、ウェルニ」
「うぇぇぇ⋯そんな⋯⋯ちょっと二人からも言ってよ⋯!」
「もうそろそろ院長が来るわ」
「ベルヴィー!」
「ウェルニ⋯ガンバ!」
「ナリギュ!」
二人は私の元から離れ、修道院聖堂内へと行った。私はまだ修道服に着替えていない。急いで更衣室に行かねば。⋯⋯⋯⋯!!!
─────────◇
「貴様、至急魔女の間へ来ること。大至急」
─────────◇
や、、、ヤバいぃぃぃぃぃぃぃぃ⋯。着替えなくていいか⋯取り敢えず、早く院長おばあの所に行かなきゃ⋯。
──────
「そんな汚泥のついた着装で御前に立つなど、本気で思っているのか?」
──────
思っていません!!断じて!思っておりません!!
────
「では、大至急、修道服に着替えて、魔女の間へ来い」
────
午前10時15分──。
アリギエーリ修道院 魔女の間。
あー終わった⋯完全に終わった⋯あーーあ、せっかくここまで何事も無くやってこれたのに、まさかこんな少しの失態で自分の立場を棒に振ってしまいとは⋯情けない⋯⋯なんというミスを⋯⋯はぁ⋯嘆息しか無い。
魔女の間。私が初めてアリギエーリ修道院に来た時以来の入室だ。この空間は異常なんだよ。院長の威厳さが染み付いてる。怖すぎる⋯。ちょ、、、まじ、、何この鼓動の鳴動⋯⋯蠢いてる⋯あー蠢いてる⋯
扉、、、
「し、失礼します⋯⋯」
「⋯⋯『神曲』は覚えているか?」
院長の姿がない。修道院に入ってから、ずっとこのコミュニケーションだ。これは相当怒ってるぞ⋯。
「は、、はい」
「言うてみよ」
「は、、、はい⋯」
◇────────────────◇
『神曲』⋯、大丈夫だ。急に振られてもいいように、いっつも復唱してたし⋯。よし、、やれるやれるよ⋯。ここで、院長からの印象を180度変えてみせる。
「地獄、煉獄、天国。それぞれの物語で仇なす人物の叙事詩。3編より紡がれし、一人の男が一人の女にこう言った。『いつか、君を連れてここから出たい』と。しかし、女は『いいえ、あなただけが出なさい。私はここにいる。ここが合っている』⋯、そう言った。二人の想いが交錯する中で、男が女の本性に気づいてしまった。いつからか、そうなる運命なのでは⋯女が自分にとって害悪な存在である⋯。思いたくなくても、そう思わざるを得ない。全てがゼロになるのなら、俺もゼロになってやりたい。彼女がいない世界など、俺には無意味だ。そう思った男は夢幻戦士との契約を締結。そこに天界からの降誕者を出現し、様々な蕃神がたった一人の男の元に集合。燃え盛る世界と、光り輝く世界に、悪性を宿した深層の世界。全ては一人の女を救済するため。しかし、その時、女の元にとある魔物が舞い降りた。混沌とした世界が二人を巻き込む。やがて二人は感じた。これは⋯私⋯俺が作り上げた世界。変わった。朽ちた。廃れた。破れた。終わった。これは全て二人が起こしたもの。そして男の方が気づく。果たして俺にとってあの女は世界を壊す程の大切な存在だったのか⋯と。女はこの声を聞いてしまった。これも女が呼んだ幻獣ケルビムのせい。聞きたくもない声を聞いてしまった。女は男の真理を清聴し、そのまま自殺に至った。己が召喚した混沌を生んだ聖霊達に殺させたのだ。男は未だに、彼女の事を探している。そう、『大切な存在』だという解答が成されたのだ。男は捜している。どこかで捜している。世界の終わった、真っ黒で何も無い⋯無の回帰にて」
◇─────────────────◇
「いいわね。良くやれた⋯と褒めてあげましょう」
「ありがとうございます!ノアトゥーン院長!」
ノアトゥーン院長がやっと姿を現した。やっぱ姉貴と同様、綺麗で可愛い人って怖ぇ⋯。この銀髪がより一層、“魔女感”を強めている。いや、この人は魔女だ。間違いなく魔女だ⋯。
「あなた」
「ヒィィ!!」
「何故、遅刻したの?」
「えぇ⋯⋯あのぉ⋯⋯それはもう⋯⋯」
「え?」
院長の姿が消えた。消えた⋯と思いきや、再び現れ、また消えた。そして消えて、また消えた。それの連発を起こす度に『なんで?』『なぜ?』『どうして?』『なにゆえに?』の無限ループを起こす。私の頭はパニック寸前だ。白鯨を持っていなければ確実に脳は終わってた。
「あなた、“白鯨の星辰”が無ければ終わってたわね。人生」
「ええええ!!!」
院長!!この人!たった一つの遅刻で絶命に至らしめる攻撃をしているとでも⋯⋯!!!
「ええ。そうよ」
「マジですかぁぁあ!!!って⋯⋯な、なんで!中身で思っている事が分かるんですか!?」
「ウェルニ、私を見くびらないことね。私に判らない・出来ない事は無いのよ」
「院長、、、そんな全知全能の力を持ち合わせてるんすね⋯」
「ええそうよ。ではもう一回問おうか⋯。何故、こんな時間での登院を?嘘をついても無駄よ」
「嘘ってぇ〜、またまたー、私は嘘なんてついたこと⋯」
「あるわよね?」
院長の声が耳元に掛けられる。その声は悪魔。完全な⋯人の自我を失った無邪気な悪魔の子供。院長はそんな年齢じゃないのに、、、、怖すぎる⋯⋯⋯何この人⋯何にでもなれるっていうの⋯?この前だって⋯⋯召喚士になってその聖獣を食べちゃったし⋯⋯まぁ“正鵠”を司る修道院長として当然か。って、、、、こんなストーリーテラーみたいな語りをしている場合じゃない!!ここは正直に、言うしかない。この人に欺きは不可能だ。
「ごめんなさい⋯本当に⋯すみませんでした。ただの⋯⋯えぇ⋯⋯時間配分ミスです⋯」
「あれほど、時間には気をつけなさい⋯と言っているのに何故の行動か?」
「す、、すみません⋯⋯」
「もうよい」
「ノアトゥーン院長⋯⋯」
この震え⋯。感じた事ない⋯アトリビュートの私でも、ビビってしまうオーラエネルギー。この人⋯血盟か?七唇律の力でこんなにもの魔法詠唱を取得できるとは。あまりにも信じ難い。
「ノアトゥーン院長の魔術怖すぎるんで⋯やめていただけませんか⋯??」
「お前にそんな申し出をする権限は無い」
ノアトゥーン院長が姿を現した。目にも追えぬ、高速展開の転移行動。七唇律聖教にはそれほどの力があるというのか。まだ、そんな力を取得出来るまでに至ってない私。いやまぁ、本気を出せば魔術教なんて使わずとも、血盟の遺伝子で院長の能力は容易く上回る事が出来る。勿論、そんな事はしない。説明不要だが、私がアトリビュートとしてバレてしまうのは、後々面倒なだけだからな。
「すみませんでした⋯」
「もう謝るで無い。まるで私があなたを叱っているようではないか」
いや、、叱ってるんじゃないんですか?
「私は少々驚いているよ。『神曲の暗澹』の序章を説教したのだからな。それが聞けただけで、十分だ」
「ああ⋯⋯」
ってまだアレ、序章なんだ⋯。
「“鴉素”と“蛾素”を強く感じた⋯とても美しいものだった。やはりウェルニへの眼差しに狂いは無かったのだ」
「私の『神曲』⋯そんなに良かったんですか?」
「貴女には分からないのよ。自分の事は自分が一番判ってないから。よくこの逆を使用する人間がいる。判っているわね?七唇律聖教はその逆よ」
「それは判っています。自分を映し出すものは影⋯だと。重々心得ておりますよ!」
「『神曲の暗澹』が貴女を救済した。やはり七唇律聖教に入教するのは間違いでは無かったろう?」
「はい〜!もちろんそう思っております!」
てか七唇律聖教に入らなければ、あんたに会うことなんて無かったんですけど⋯。
「早く朔日の間へ行きなさい。貴女はとんでもない日に失態を起こしたのよ」
「そうでした。早く行ってきます!」
魔女の間から出るウェルニ。
「ウェルニ・セラヌーン。彼女は普通人類とは異なる血を持っているようだな。正鵠の魔女である私の能力に勝る力か⋯。面白い⋯」
◈
アリギエーリ修道院 聖職の間。
⋯という事で、完全無欠の“遅刻”を起こしてしまった私・ウェルニ。なんで今日に限ってそんな事起こしちゃうのかなぁ。しっかりと昨夜は今日に備えてグッスリしていたのに。でもま、流れてしまった時間は取り戻せない。今は現在と向き合わなければ⋯。こういう時こそ、七唇律の力を与えよ⋯ってそれがあの“嘘”なんだけどね。
七唇律第7法『欺瞞』。
でもこれ、その言葉通りに意味を成していないんだよな。七唇律聖教からの教えで欺瞞っていうのは⋯
──────────
人を騙す喜劇と弱冠似通ってはいるが、七唇律の全てを搭載する士官学校としては新たな試みが必要となる。欺瞞から展開される感情の働きは、自我を尊重し、相手を葬り去る。境界を許し、相手との対人関係を最優先にする事で各セクションをスムーズに実行する。喜劇が道化師なら、欺瞞は“嘲笑”。相手を自らの支配下に置く事は、選ばれた“戦士”にしか出来ない。欺瞞を自分間でコントロールするのは非常に至難の業だ。
──────────
あんまりよく分からんけど、言わばまぁ【良い嘘も悪い嘘もある】っていうのを遠回しに言っているんだ。ほんと、アインヘリヤルの朔式神族は色々と面倒な方向から物事を持ち込んできた。これでも多少は現代用にアレンジアップされたらしいけど⋯私がアトリビュートじゃなければ、3ヶ月で大体の習得なんて絶対に無理よ。
私以外にも9月1日から入教した者がいる。ベルヴィーとナリギュ。それに⋯
「おはようさん」
「あ、、、おはよう⋯」
「なぁんだそのツラはぁ。なんかお前、遅刻ぅしたらしいじゃん?あっははは!しょうもない事をするねぇー。今日はどんな日か分かってんのかねぇ⋯⋯ねえ!」
「うーーー⋯判ってるよ!ちょっと⋯⋯ちょっと遅刻しただけじゃない!」
「それでも遅刻は遅刻。『たったの数分じゃない!』とでも次のトーク展開で言おうとしているのも丸わかりだゾーーん?」
「うるさいンだからーんもー!」
「ップ!ホント、ウェルニって笑っちゃうよねぇ。残念で残念で仕方ないよ」
「あんた⋯⋯⋯『神曲の暗澹』やれてんの?」
「、、、、、、、、、」
「何それ、、、も・し・か・し・てぇーー、、まだ覚えてないんスカぁ???」
「そんなのまだ覚えてなくていいんだよ!お前ごときなぁにイキがってんだよ」
「私はイキがってもいいような感じになっちゃったンですぅー!」
「はぁ?お前何言ってんだーあ?とうとうラリったか?9月1日のお前に戻ったらどうだーーーー??」
「フフフフフフ、聞いて驚けぇ⋯。なんと⋯なな!!なんと!!私!このウェルニ・セラヌーン。ノアトゥーン院長に今さっき、『神曲の暗澹』を披露してきたのだ!」
「、、、、、、、、、は」
私と“フレギン”、、その他にもベルヴィーとナリギュら総勢8人の“シスターズランカー・マイントス”がいた。その全員が私のこの発言で一斉に視線を私の方に向ける。
「お前ぇぇぇ!!!なんちゅーことしてくれとんじゃッ!!殺されたいのかァァ!!!」
「そうだよ!ウェルニ!なんで私にそんな大事な大事な事言ってくれなかったの!!」
「自分で溜め込まないでって言ったでしょ!?ウェルニ⋯⋯ってか、なんでまだ生きてんのよ!!⋯⋯も、、しかして⋯“未来予知”!?ウェルニが⋯院長の未来予知で⋯⋯!もう少しで死んじゃう!!!ウェルニぃ!!なんでよ!!こんな早死にする事ないじゃない!!」
「フレギン、ベルヴィー、ナリギュ、みんな⋯⋯⋯あのね⋯⋯大丈夫だから。私!ほら!見てよ!なんにも殺られてない!生きてる!生きてるの!」
「ナリギュが言ってた未来予知の可能性もあるだろ!」
「“アディルス”!無い!絶対に無い!絶対に無いから安心して!!私は!死なない!」
「じゃ、じゃあお前⋯⋯ウェルニぃ⋯お前本気で⋯マジで⋯言ってんのか??」
「そうだよ、フレギン。私はやったよ。院長から言ってくれたんだ。私に、、チャンスをくれた。だから、披露した。そしたら出来ちゃったんだ。ビックリでしょ?これ、私もビックリしてんの。実際問題、何回も何回も復唱してたし説教台を自分で作って自作台を見立てて、やってたりしたからぁ、、その効果が出たんかなぁって思ってるんだけど⋯」
みんながポカーンっとしている。
「⋯⋯⋯ええええっと、、そうなのよ。私もその反応したいの。けどね、これ、事実。フレギンの言ってる『マジ』ってヤツよ」
「お前⋯⋯よく⋯⋯生きて帰ってきたな⋯」
「エッヘン!褒めろ褒めろ!どんどん褒めちぎりやがれー!!」
この発言が号砲になったのか、一斉にマイントスの面々が動き出し、私への祝福音頭が奏でられる。まるで一時停止されていたのが、“再生ボタン”を押したように、何の前触れも無く動き出したんだ。その異様さに弱冠驚きつつも、そんな私の反応なんて気にも止めず、祝いの嵐が始まった。
「凄いよすごいよ!!ウェルニ!なんで!?なんで出来たのよ!」
「え、、ええっと⋯さっきも言ったけどさ⋯ベルヴィー⋯・ほんとによく分かんないだよ⋯うん⋯」
「いや!これはね、努力の賜物だよ。ウェルニが裏で長い時間をかけて復唱していたの、私は知ってたよ?」
「え、ナリギュ⋯見てたの?うわぁ⋯なんかちょっと恥ずかしいかも⋯」
「おい⋯⋯ウェルニ」
「なんだ?フレギン。何度も同じ事は言わせるなよ?」
「院長は⋯⋯なんて言ってたんだ?『神曲の暗澹』を披露した後、、いったいどんなお褒めの言葉をいただいたんだ?」
フレギンが私に対してこんな丁寧語を話すのは初めてだ。とても違和感があるけど、悪い気はしない。なんだかコイツよりも圧倒的な地位にレベルアップした感があって、凄く心地よい気分だ。嬉しい。
「ノアトゥーン院長は⋯『褒めてあげましょう。鴉素と蛾素を感じました』って言ってたっけーーー」
「ンがァぁああああああああ!!!」
ふっ、ガチガチにヒット!そりゃあそうだよなぁーーー。『褒めてあげましょう』でも十分なのに、そこに加わるとんでもない言葉があるんだから!
「ウェルニ!!お前ぇ!!いつ鴉素と蛾素なんてもの
修得したのだ!!」
「ええ??フツーにやってましたよー?昨日まで、フレギンくんと同じ環境だったよねぇ?っってことは、フレギンくんが七唇律聖教に甘かったんじゃなぁァいぃ?」
「ウェルニ⋯」「ウェルニ⋯」
「あ!!、いやいやいや!違うよ!ベルヴィー、ナリギュ!アディルス!みんな!違うよ!これはフレギンにだけ言ってることだからね!フレギンにのみのヤツだからね!」
「おまえ、、、それ、、どゆ意味だよ、、、、」
「ダッてぇ⋯毎日毎日あんなに私の事バカにしてたのに、まぁだ鴉素と蛾素について修得してなかったんですかぁ???フンっ、そんなナリで良くもまぁいけしゃあしゃあと私に物言ってきたわね!」
「そうだよ!フレギン!もうウェルニをいじめるのはやめなさい!」
「そうだそうだ!フレギンはウェルニに勝てなーーい!」
ベルヴィー、ナリギュ、ありがと!もう一度言うが、二人には何も思ってないからね。二人は二人なりの方法で、鴉素と蛾素を修得したらいいと思うよ。うん、私がちょっと才能があっただけだから。二人とはちょーーっと違う血筋のせいで、私が一手二手前に行ってしまっただけだからね。二人は、なんんンンンにも気にしなくていいんだよ!
「ありがとう!ベルヴィー、ナリギュ!」
「ほんと、私達も早く鴉素と蛾素を取り込んで、説教したいよ」
「凄すぎるよ⋯⋯片方どちらでも凄いのに、両方を使用したなんて⋯」
ベルヴィー、ナリギュがとことん私を褒めてくれる。私はそれに対して、デレデレになりながら返事をする。だがそれは言語化出来ない、理解不能な言葉の列挙。
「お前⋯なぁ⋯ウェルニ⋯教えてくれよ⋯なぁ⋯教えて⋯⋯!」
「あれれ?私を頼るんですかぁ?なんか立場逆転しちゃったんだけどぉー、ほんとに私の力で自分を高めたいの??それでフレギンは満足なのー?」
「お前⋯⋯⋯⋯やい!ちょっと院長に褒められたからって調子乗りやがって!」
「なァんだお前、さっきっからちょこまかちょこまかと感情変えやがって⋯フレギンは本当に七唇律聖教の教徒なのかなぁ??」
「お前⋯いちいちうるさ────」
────────
「あなたたち」
────────
この声は⋯。院長だ⋯やっべぇ⋯⋯この脳裏に過ぎる系統の声の時は⋯⋯あー⋯またこのゾワゾワに悩まされんのかよ⋯⋯結果オーライだったのに⋯今度こそ怒らせちゃったかな⋯、、、、
「あなた達、そこは何をする場所か判っているの?そこはマイントスが立派な聖職者として技術を磨き上げ、“シスターズランカー・エステル”を目指す為の場所だ。無駄話は外でやるんだ。いいか?」
「はい!」
ノアトゥーン院長に迷信は自殺行為。それを知っていた上で、先程の私の院長との会話を思い返してほしい⋯。私⋯⋯劇的にビビりまくってどうかしてた⋯。完全に頭が回ってなかった⋯。院長を目前にして規則を忘れていたんだ。今では何とか“保険”があるから気持ちは楽。私はここにいるマイントスの面々とは訳が違う。まったくの別モンさ。⋯ということは⋯⋯⋯ランクアップを言い渡される可能性も無きにしも非ず。んフフ⋯やっべ、気色の悪い笑顔になっちゃう⋯隠さなきゃ隠さなきゃ。
◈
「あなた達が話の中心としている、【ウェルニの『神曲の暗澹』を私の御前で披露した件】について。私の方から話す事にしよう」
「えぇ〜ちょっとー、院長ぉー、それはちょっと恥ずかしいですよーー二人だけのヒ・ミ・ツ・に・し・ま・しょ?」
「ウェルニちゃんの白鯨を食いちぎってやりましょうか?」
怖ぇええええ!!!何その脅し方ァァァ!!私の白鯨を⋯!!!く?くく?くくくくくくいぢくいぢくぐぐくぐ⋯。
「ダメダメダメ!!絶対ダメ!ごめんなさい!!」
「⋯⋯」
呆れてるぅ⋯⋯やば、、記憶改竄されちまう⋯盈虚ユメクイに白鯨殺されちゃうよ⋯⋯まだまだ子供なのに⋯まだ天使クラスなんだよ!私の白鯨!
「⋯⋯⋯こんなだけど、間違いないわ。ウェルニ・セラヌーンは説教を果たした。まだまだ序章ではあるが、大したものだ。この三ヶ月間での急成長⋯今までのマイントス教徒には無い、脅威に値する成長スピードだ。ここで、一つ進言する。ウェルニ・セラヌーンを“シスターズランカー・ケラールル”へのランクアップを命ずる」
───────────
「えええええええええええええええええええ」
「えええええええええええええええええええ」
「ぇぇえええええええええええええええええ」
「えええええええええええええええええええ」
etc⋯
───────────
信じられない⋯と言ったような、驚愕の絶叫が修道院に響く。皆それぞれの音圧で響き渡る『ええええええ』。驚愕の形にも色々と音の変化があるもんだな⋯⋯⋯⋯って⋯、、、
「マジっすかあああああああああああぁぁぁあああ!」
私、ウェルニ・セラヌーン。自分に言われた事なのに、自分に言われた事では無いかのよう思えて、思考のフリーズが始まっていた。数分前の私⋯ランクアップを望むシーンを思い出したけど⋯こうも実現すると⋯⋯理解が追いつかないほどに⋯時間が自分だけ止まったかのように、それはそれは夢物語かなように⋯とてもじゃないけど直視なんて出来やしなかった。
「なに?ウェルニ・セラヌーン。ノアトゥーン院長直々の進言だぞ?私の言うことに『無理』だと言いたいのか?もしそうなら、構わないが⋯」
「いえ⋯⋯是非、よろしくお願いします⋯」
「決まりだな。あなた達もいつまでマイントスで居続ける気だ?こんな近くにいる人間が、ケラールルにランクアップしたのだ。あなた達にとっては脅威的な存在にもなったわ。もうお子ちゃまレースは終わりよ。ウェルニがケラールルになった事で、気持ちを入れ替える事ね。私はいつまでもあなた達の世話をするつもりなんて無い。私には私の仕事がある。それに後に人間も詰まっているしな。七唇律聖教に本気でなりたいなら、血反吐を吐くぐらい学びなさい。以上。それぞれの仕事を始めなさい」
ノアトゥーン院長が立ち去る。異様な空気が流れる。
「凄いね⋯ウェルニ。凄いよ⋯本当に⋯うん、、本当に⋯凄いよ⋯」
ベルヴィーの声に覇気がない。本当に嬉しがっているのか、不信感を抱いてしまう。友だちにこんな事思いたくない⋯。だけど⋯ベルヴィー、、お前⋯嫉妬してるよね⋯。その嫉妬が変な方向に転ばないでほしい。
「う、うん⋯ありがとう⋯」
ここで『ベルヴィーにも出来るよ!』って言ってたら、どんな反応を頂けたんだろうか。嫌な顔されるんだろうな。私の選択は合っていたと思う。単純に感謝で返した方がいい。無駄な言葉は大きな棘。
「ウェルニ、流石に⋯⋯これは認めるしかねぇよ⋯。⋯、、、、すげぇな」
「フレギン⋯」
こいつ、良い奴だな。
「ありがとう、フレギン」
フレギンへの対応を改めたい⋯とも思える程、彼の印象がガラリと変わった。才能が開花した瞬間を見せびらかすってこんだけの力があるんだな⋯。絶対にこんな対人関係になるとは思ってもいなかった。でもそんな中で、私の真の友だちであるナリギュからの讃えが無かった。他のマイントス全員からは一言一言もらえた。そんな状況でも一貫してナリギュだけは私と顔を合わせることすらしなかった。
環境内には居た。ベルヴィーが私のことを褒めた時に一緒にいたのだ。ベルヴィーが言った後に、ナリギュも言ってくれるのか⋯と思ったが、ナリギュは黙り続け、ベルヴィーと共に去っていった。二人の後にフレギンが隙を作らずに私の前に現れた事もあり、ナリギュに言及出来なかったんだ。だがあの時、フレギンが眼前に現れなかったとしても、ナリギュとの会話は成立しただろうか。私は⋯無理だ⋯あんな暗い顔をしたナリギュは初めて見た⋯。
こんなことで軋轢が生まれるなんてな⋯はぁ⋯これが直ぐに修復出来るレベルのものだったらいいんだけど⋯。
次回もよろしくお願いします。
とにかく書き続けます。




