[#72-永劫の虚実をあなた達へ]
姉妹が紡ぐ憤激は、1589年間への反抗となる。
[#72-永劫の虚実をあなた達へ]
私とウェルニには拭いたい過去がある。拭いたい過去というのは私達の血筋が深く関係しているんだ。セカンドステージチルドレンの血盟として生まれた私達は両親から愛されていた。
SSCの子供は、大体が親からの虐待を受け、反発的な行動でSSC遺伝子が覚醒。その覚醒した力が暴走を起こし、防衛本能が発動する。己の身体へ、害を与える“外敵”と判断された場合、SSC遺伝子が外敵として識別したターゲットを指定。殺戮行動を開始する。
SSCの運命はほとんどがこのケース。
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親からの虐待。
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セカンドステージチルドレン、感情崩壊。
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SSC遺伝子、覚醒。防衛本能が発動。
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外敵と指定した目標を査定。殺戮行動開始。
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慣れていない初動の覚醒は過度なSSC遺伝子ゲインの消耗を意味する。
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セカンドステージチルドレン、行動停止。停止から復活まで、相当時間の回復期間を要する。個人差あり。(例として虐殺王サリューラス・アルシオンは、7年間もの年数を必要とした)
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停止したセカンドステージチルドレンは、剣戟軍によって捕獲。
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捕獲後は科学研究所での細胞検査と粒子状物質からのSSC遺伝子を抜き取り、新兵器開発への足掛けとして転用。
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七唇律聖教への引渡しが開始。
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大司祭と“シスター”とニーベルンゲン形而枢機卿船団の“ハイビショップ”のメンバーが教皇への捧げ物に適したものかどうかを見定める。
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奴隷帝国都市ガウフォン所属七唇律聖教教皇“ソディムス・ド・ゴメインド”が最終審査。大陸の神と大天使ガブリエルの小鳥凱歌で交信。
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大陸の神“グランドベリート”への生贄に捧げられる。
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こんな運命は辿りたくない。親は全力で私達を守護してきた。居住していた街で、少しの剣戟軍接近の噂が流れると居住地を変更。
剣戟軍が接近する理由は、住んでいた街で犯罪があったか、SSC遺伝子を検知したか⋯そのどちらかしか無い。虐殺王サリューラス・アルシオンが統治していたと言われる時代の少し前の時代では、SSC遺伝子を即座に検知するシステムが備わった兵器があったと伝承記に記されていた。だが今はそのハイテク技術が弱体化。私達SSCからしてみれば喜ばしい事だ。この剣戟軍科学研究部隊開発超越者検知システムの弱体化によって、居住地変更への時間を多く得られていたからな。
引越しを繰り返す日々。多くの街を体験してきた。ユレイノルド大陸、ブラーフィ大陸、トゥーラティ大陸、そしてラティナパルルガ大陸。特にラティナパルルガ大陸では長期間滞在するのが可能だった。北方地域のグリーズノートスケールは、ツインサイド戦争SSC遺伝子放射能汚染危険物質蔓延爆心地の対象圏外。剣戟軍の巡視警戒も対象内に指定されている。その事を知った父はすぐさま、ラティナパルルガ大陸へと向かった。
◈
律歴5602年1月14日──。
「ここがセラヌーン家の新たなる家だ」
「パパ⋯もう⋯ウェル、おひっこししたくない⋯」
「ウェルニ⋯大丈夫だよ。もう、今度こそは大丈夫だからね」
「そうよ、パパが色んな人から助けてもらって、色んな所からお話を聞いて、一番安心安全に暮らせる場所を見つけたのよ」
「ママ、私達、殺されずに済む?」
私、ミュラエは剣戟軍がSSC遺伝子を持つ者を捕獲しに来ることを深く理解していた。ウェルニにはまだ引越しをする本当の理由を伝えていない。私が言おうとした時、父はそれを静止した。まだ、ダメらしい。受け止めきれない・とでも思っているのだろうか⋯。じゃあなんで私には教えてくれているのか。たかだか一年差だぞ?性格⋯?確かにウェルニの性格面から察するに、自身の知らない者に包囲され何をされるかも分からない事態に巻き込まれると、極限状態になり思考回路がパンクするだろうからな。ウェルニにはもうちょっと人間性と物理的な面で成長した状態で、事実を受け止めてもらうことにしよう。
「大丈夫よ、もう大丈夫。気にしないで。あと⋯」
「分かってるから、ウェルニには話さないよ安心して」
「うんありがと」
ラティナパルルガ大陸北方地域
グリーズノートスケール ベンベットタウン──。
「ここが⋯新しい街?」
「うん、閑散としている。ここなら長期間⋯いや、永劫に暮らせるだろう。最新で剣戟軍が巡視警戒を実施したのは先週らしい。これは相当来ないぞ」
父は息巻いていた。もう大丈夫。全ては家族を安心させるため。父は必死になって動いていた。とても頼もしい父親だ。私の自慢の父親。本当に⋯本当に⋯感謝している⋯。
「ここが家だ」
「マンション⋯?」
初めてのマンションにそう呟いた。
「そうだ、マンションだ」
「やったアァ!マンションだー!ウェル嬉しい!」
「ウェルニ、なんでマンションがそんなに嬉しいの?」
「わかんない!」
「え⋯」
「でもさぁ!マンションってなんか⋯ねぇ!なんか良くない?!色んな人が住んでるからさ!色んな人とお話して友達とか沢山作れるんじゃないかなぁって思ってるんだけど!ねぇ!お姉ちゃん、友達いっーーーぱい欲しいでしょ?」
「いや⋯私ぃぃはぁぁだなぁぁぁ⋯」
「ね!?欲しいでしょ?」
いやぁ⋯そんな顔、一秒もしてなかったのに⋯なんでこんなにハツラツと出来るんだァ⋯。
「ねぇ⋯パパ」
父と会話してる最中も、ウェルニの発狂が止まらない。その発狂のリアクターとして母がウェルニ発狂ゼロポイントに派遣された。
「なんだ?」
「なんでマンションなのよ。アパートでいいじゃない。いつも通りのアパートでいいじゃない!」
「しょうがないんだよ。いつの日かウェルニが高層建築物に興味を持ち始めてな。俺もウェルニの反応に困ったんだけど、この際だからマンションの空き物件を探してみたんだ。そしたらヒットしてだな。それにこの大陸だ。今度こそは家族全員で普通の暮らしができるんだぞ。それでいいじゃないか。ほら見てみろ、ウェルニの姿を」
────────
「はぁぁぁママ!ママ!ウェルはねぇ100人!100人は友だち作るんだぁ!んでね!やっぱり友だちとは大切な思い出をいっぱいいっーーぱい作りたいからぁ、私もイロイロと勉強しなきゃいけないって思ってる!だから⋯ママも協力して!いい?」
────────
「もちろんよ。ウェルニが築きたいものを築いていけばいいわ」
「ほんとに!?」
「ええ、当然でしょ」
「やったぁあ!ママ大好き!」
「はい!よしよしカワユイねーカワユイねー」
母があんなに甘やかしたりしちゃうから、ウェルニは身体が溶解するように吸着し、いつも甘えてくる。
「パパ、ウェルニにいつあんな言葉を教えたの?」
「勝手に本を読んでたんだ⋯」
「はぁ⋯その本、大丈夫だよね?何か変な事書いてある本じゃないよね」
「何の本を読んだか分からないんだから、推測の余地すら無い。全くわからん」
「マジかよ⋯」
セカンドステージチルドレンの血盟、現代ではアトリビュートと呼称される存在である私とウェルニ、そして母の“ニャプテ”。
母は特にウェルニに甘い。私にも甘いけど、私にはリミッターが自己管理可能。ウェルニは⋯まだ理性が整ったものでは無い状況を鑑みるに、それが理由で母は甘く対応しているのだろう。両親からの愛を感じるのはとても嬉しい喜ばしい事なのだが、母のウェルニへの愛はやり過ぎな気もする。“派遣”と表現したのは間違いかもしれなかったな⋯。
◈
こうして始まった新天地での新生活。山あり谷あり⋯色々と人間関係が表出するシチュエーションに乗り込んだという事もあり、新体験の出来事に出会してきた。
ウェルニの夢でもあった、『たくさんの友だちを作る』。この夢はウェルニの毎日の顔を見ている限り、私と両親は安心している。そう思う中で、ウェルニから実際に友だちとの“仲”を聞く事がある。それがなんともまぁ⋯愛おしいったらありゃしない。
律歴5602年4月19日──。
友だちを初めて家族に紹介してくれた日。この日は一生忘れられないだろう。ウェルニにとって初めて出来た本格的な友だちだったのだから。今まで友だちが出来たことは無くはない。無くはないんだけど、居住地を変更していく連鎖の中で、長続きする友情を構築するにまで至っていなかったのだ。
ウェルニは頭が良い。
「だって、またすぐにちがうところにおひっこしするんでしょ?だったら⋯友だちつくっても意味がないもん⋯。だから、ウェルは友だちはつくれない」
こんな言葉を聞いた時、私は涙が止まらなかった。ウェルニは純粋な心を持っていると共に、大人と遜色ない“覚悟さ”を持ち合わせている。説明不要だが、セカンドステージチルドレンの血盟として系譜されてきた恩恵的なものであると推測出来る。というか、間違いない。
私にはそういった成長に促進化を付与する付加価値的なものは“血の恩恵”には含まれていない。私には他方面からの恩恵とも言える“祝福”があると思っている。それが祝福に相当するものなのかは私が成長をし、自らが体験するまでは分からないが⋯。
祝福でもあり呪いでもあるセカンドステージチルドレンの血盟。これは誇るべきなんだろうか。私はそう思わざるを得ない。
「ウェルニ⋯そんな事言わないで⋯。ごめんね⋯。いっぱい溜め込んでたんだね⋯ママ、気づけなかった⋯。今日からはウェルニのお友だちいっぱいママに教えて!」
「ママ⋯!うん!分かった!ママとパパにいっぱい友だち紹介する!お姉ちゃんも友だちいっぱいつくって、ウェルに言ってね!お姉ちゃんの友だちとも友だちになりたいから!」
「あー⋯まぁ⋯」
母の顔に視点を当てると『空気読んで!』の強固な意思表示を送り付けてきた。仕方無く、母の意思を汲み取ることにしよう。とんでもない今までに無い程の極限レベルな“不本意”ではあるが⋯。
「うん、私も友達ウェルニに紹介するよ」
「うん!それでいっぱいいっぱい遊ぼうね!みんなで遊ぶと時間もすぐに溶けて、かけがえのない時間になるから!」
◈
この日から、ウェルニと友達になってくれた大勢のクラスメイトや、学年同期の子達がこぞって私の元にやって来た。
学校だ。小学校。どうやらウェルニはクラスの人気者になったようだ。そこでウェルニが『お姉ちゃんがいるんだー!』とでも言ったのか、私の素性がウェルニの仲間内で広がる。そしてウェルニの友達が私の元に訪問してきた。
一年差はあるといっても、上の学年のクラスルームに訪問するとは⋯ウェルニと同様に中々の肝の据わった子達だ。
「あの⋯ウェルニのお姉さんがこのクラスにいると聞いたんですけど!」
クラスルームのドアをガラガラと通常音を発させ開ける。そこまでの威勢は感じられなかったが、台詞の最後らへんは語気が強まっていた。あの短い台詞の中で、恥部を捨て去ったようだ。
「私⋯そうだけど⋯」
最初はこんなリアクションになるだろ。だって一学年下の生徒に急にこんな詰め方をされたら、単純に恥ずかしいし、もどかしい気持ちになる。クラス内で陰キャとかそういったカーストに属している部類の女じゃなかったから、クラスメイトに嫌な顔されずに済んだ。もし私が陰キャだったら⋯うわぁー⋯想像しただけでもゲボが出そうな案件だ。
「ウェルニのお姉さん!ウェルニの友だちのスルースです!」
「私はベルヴィー」
「僕はブイズン」
「俺はマニュズル」
「私はナリギュ」
ご、、5人⋯。と、と思ったら⋯後ろにもあと5人いた⋯。え、、凄いな⋯ウェルニ⋯なんで私の所に使わしたの⋯?
「あ、あのさぁ⋯どしてぇ⋯私の所に来たの?」
素朴な疑問をぶつける。
「だってー!ウェルニがめっちゃ可愛いお姉ちゃんがいるって聞いたからー!どんぐらい可愛いんだろーって!思ったから!」
俺呼ばわりを繰り出してきたマニュズルが、純粋な瞳を閃光させて、そう言った。そこに嘘はないだろう。何にも現状に対して、悪気なんて抱いて無いのだから。
「ああ⋯そうなんだ⋯“可愛い”ねぇ⋯あの⋯妹に注意しといてくんない?」
「え!?何を!何を!ウェルニちゃんにわたしたちは何を言えばいいのー!?お姉ちゃん!」
アンタらのお姉ちゃんではねぇんだけどな⋯⋯あーなんかァムカムカしてきたも⋯こんなちっこい奴らにら、愚弄されてる感んんんん。抑えろ⋯抑えろ⋯抑えろ⋯私、私⋯ワタシ⋯。
「“お姉ちゃんは可愛い”って言うのはやめてって言って欲しいな!」
今まで同級生、両親、妹に見せたことの無い私のキューティクルスマイルに乗っけて、こう発した。この表情で言えばどんな感情をもかき消せられる。笑顔が激高を浄化。だがこの顔面が予定外の結果を招いてしまう。
「むわぁぁぁぁぁぁん⋯⋯お姉さん⋯かわいすぎる!!」
────────────┤
「は⋯」
────────────┤
「おい!ベルヴィー!そんなに騒いじゃダメよ!他の人たちに見つかっちゃうでしょ!」
「そ、そうね⋯これは私たちだけのお姉さんの笑顔よ。男たちもわかった?」
「お姉ちゃんかわいすぎるよー!!」
「は」
「ぼ!ボク!改めてブイズンっていいます!あ、あの⋯ぼ、ボク、、あ、あの、、」
「は」
「なぁにをショボショボしてんだよブイズンは!オレぇ!の、、方がァ!お姉ちゃんと釣り合うんだからッ!お姉ちゃんは俺みたいな勇敢なオトコがタイプでしょ!?」
「は」
私⋯何を相手にしているんだ⋯。妹の友達からナンパされてんのかと錯覚してしまう。この子達も後々になって気づくことだろう。あの日、俺、僕、私がやっていたのはただの上級生へのナンパ。初対面のレディーにやってはならぬ行為。まったく⋯なんでこんな行動に至る子達がいるのかしら⋯。まさか、、、、んなわけ⋯無いよね。⋯⋯⋯⋯⋯ウェルニが⋯上級生との交流の仕方を教えた⋯?いやいや⋯⋯⋯いやいやいやいやいやいやいやいや⋯⋯いやいやいやいやいやいや⋯まさか。
同日の夜。家。
律歴5602年4月19日──。
「ウェルニぃ!!!」
「な、、、なに⋯ぃ?お姉ちゃん⋯」
「『な、なにぃ』じゃないでしょうが!!アンタ⋯今日あった事、知らなーい分からなーいで済ませるなよ⋯⋯」
「えぇーー??なにぃーー?なんですかァーー?知らなー⋯」
「殺すぞてめぇ」
「ンヒィィィ⋯!!お姉ちゃん!ちょっとちょっと!!浮いてる!浮いてる!だめ!ダメ!家壊しちゃうよ!」
「お前の暴走を止めるためなら、それも致し方ないわね」
「悪魔じゃん!!ママ!」
ウェルニが母の助けを求めた瞬間、結界を張った。
「お姉ちゃん!ズルい!!遺伝子使わないの約束でしょ!」
「アナタの声帯を引きちぎるよりはマシよ」
「えぇぇぇ⋯そ、、、そんな⋯にぃ⋯おこ、、怒ってる⋯の?」
「当たり前でしょうがァ」
「ひぃ、、、」
ミュラエの激情に慄くしかないウェルニ。だがウェルニからしてみれば一体何がそこまでの怒りに繋がっているのか⋯分からないままでいた。
「ウェルニ⋯あの5人をどうして私のクラスに行かせたの⋯?」
とんでもなく怒りをバチバチと散らしながら、ウェルニの元へ接近。接近と共に、バチバチのエネルギーは表出化され、熱炎効果を有した。
「え、、あ、あーー!!5人お姉ちゃんのクラスに行ったんだねー!へぇー!どうだった?良い子達だったでしょ?いやぁ、本当は私も一緒に行きたかったんだけど、他の友だちと話してたから行けなくってさぁ!お姉ちゃんのこと話したら今すぐにでも『会いたい!』っ言うから、クラス教えてあげたんだー!」
「せめてアンタも来なさいよォオォォォ!!!!」
怒号が結界を破壊しかける。結界を張っていなかった場合、確実に家は崩壊。隣人どころか、マンション一画をぶち壊していただろう。
「お姉ちゃんー!ゴメンって!本当に!」
「アナタのお姉ちゃんだからって!なァんでアナタがいない時に紹介されなきゃいけないのよォォォ!!!」
結界に直撃するミュラエの遺伝子粒子。粒子が拡散され、留まりを知らない多量の攻撃型ゲノムとして再現。ウェルニも自身の遺伝子能力を発出。防御陣を発動させるバトルステップを踏む。
しかし、遺伝子能力は姉の方が一枚も二枚も上手。ウェルニの防御陣は崩壊。“崩壊”と表現していても、ウェルニへのダイレクトアタックは実行していない。防御陣の崩壊で足を崩したウェルニの元へ、SSC遺伝子で形成された緩衝材“エアースポンジ”を敷く。ウェルニの身体への強打を防いだ。
「お姉ちゃん⋯強すぎ⋯ハァハァ⋯」
「はぁ⋯もお⋯⋯、、ごめんね立って」
ミュラエは多少やり過ぎたことを詫び、ウェルニに手を出す。
「でも、ウェルニ?急に私の知らん友達を連れてこないこと!特に!アンタが!いない!なんて!考え!られ!ない!!」
「ンハァイ」
「えええええぇぇ!!!??聞こえねぇぇぇよーー!!??」
「はい! はい!分かりました!!もうしません!!ぜったい!!」
「⋯⋯⋯」
敬礼で強固な意思表示を確認。丁寧な対応なのは認める。丁寧とは言っても比較されるのは、私の気持ちなんて1ミリも考えていない他人任せの使わせ女・ウェルニ。私はジト〜っとウェルニの敬礼を見続ける。
「⋯⋯⋯⋯」
まだ見続ける。
「⋯!!!!」
いつまでこの敬礼を維持する事が出来るか、我慢対決でもしましょうかぁー。一方的なね。私はしない。
「お姉ちゃん⋯⋯私ぃ⋯いつまで続ければいい⋯?」
「喋るな。アンタの意思を確かめる」
「え!動いたら⋯?」
「アンタの内臓を引き裂いて、口腔から引き出す」
「⋯ヒィ!」
「なぁんてね。もういいわ」
「ハァハァハァハァハァハァ⋯」
私との衝突で溜め込まれていた過度な吸息が一気に放出。
「ンハハハ!」
「お姉ちゃん⋯何笑ってんの」
「だって⋯ウェルニの顔、すっごい怖がってたんだもん」
「だって⋯お姉ちゃん本気で怒ってたもん⋯」
「アハハハハ!途中からは怒って無かったわ」
「そ、そうなんだ!!良かったぁ!!」
───────────
「“途中まではね”」
───────────
「あ、、、うん⋯もちろんモチロン!分かってます!」
結界が解かれる。
「でも、ウェルニ。もう本当にたくさんの友達に恵まれたのね。良かったじゃん」
「そ!そうなの!お姉ちゃんにも私の友だちの魅力伝わった?」
「いや⋯」
「伝わったよね!」
「はぁ?」
「伝わったよねぇー!やっぱりぃ!私の友だちはみんな良い人ばっかりなんだよ!今まで私が出会えて来なかった人ばかりで話してるだけでもすっごく楽しいの!」
「そうなのか!」
私の100%否定を遮ったウェルニにまた一発カマしてやろうかと思ったりもしたが、そんな気は失せた。妹のこんなに弾けた笑顔と明日に希望しか抱いていない語気を目の当たりにしたら、否なんて言えるはずが無かった。妹はこの瞬間を待ち遠しにしていたんだ。今、妹が幸福ならそれでいい。うん、だがぁ⋯もうさすがに、知らない低学年を紹介されるのはマジでごめん。
私の願いも虚しく、その日以降から次々とウェルニの友達が私の眼前に現れた。さすがに⋯と思ったのか、友人を連れてくる際に必ず、ウェルニが帯同。
「お姉ちゃん!」
「ウェルニィぃi⋯⋯」
「うん??」
『私、いたらいいんじゃないの?』とでも言いたいのか、いや、あのツラは完全にそう言っていた。そういう問題じゃないんだよ⋯。私が!嫌なの!もう!ウェルニだけで楽しめばいいのに⋯そんでもって、その日の夜に『あーだこーであんなことがあってこんなことがあって⋯』と土産話をしてくれればいいのに⋯。
うちの妹は“現物”にこだわる。分からなくも無い。
本当に私は皆に求められている。
そんな事実を欺瞞だと思ってほしくないんだな。
分かるよ。分かるけど⋯はぁ⋯もう⋯何回思えばいいんだろうな⋯。まぁ簡単に言うけど⋯
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私は一人が好きなの
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これをウェルニに直接言いたい。だがそうなってしまったら、彼女の気持ちは墜落する。口も利いてくれなくなるかもしれない。私は⋯狭間に立たされた。
◈
律歴5602年8月17日──。
今日は私の番!
ウェルニの夏休み!私のベストマイフレンドである、ベルヴィーとナリギュと3人で夏の海水浴の行ってきた。長らく計画してきたこの計画。しかしこれを通すには数多の難関が私の前に立ち塞がっていたんだ。
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Wellny:Approach Quest/Summer Vacation/Target:Seranoon Family
先ずパパ!
「だめだ」
次にママ⋯
「行っちゃだめよ」
一応⋯お姉ちゃん
「だめよ」
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はぁ⋯3人はどうして私が一人で外出する事を認めてくれないの?私が他の人間と違うから?私が特定の大人達と出会うと大変な目に会うから?中々に外出を認めてくれなかったな。
私には自由も無いの?
私は普通に暮らしたいだけなのに⋯私は、、皆と同じように生活を送りたいだけ。私とお姉ちゃんってそんなに別の存在なの⋯?結界だって⋯周辺物に浮遊能力を与えるのだって⋯強風を起こすのだって⋯他の人間には出来ないの?
⋯⋯⋯はぁ⋯つまんないなぁ。
◈
んて、思ってたから、突然お姉ちゃんが許可を出してくれた。パパとママには私から色々言っておく⋯。そう言って、私は外出する事が出来た。
お姉ちゃん!ありがとう!多分、パパとママにはお姉ちゃんが都合のいいように調整とかしてくれたんだと思う。
『私とウェルニで買い物してくるよー』とか言ってくれたのかな⋯。でもその際に、私はお姉ちゃんと一緒に家を出なきゃ行けなくなったけど、駅で直ぐにバイバイした。
お姉ちゃんもまた私の友だちと会えて嬉しかっただろうなぁ。何せお姉ちゃんにとっては思い出深い、お姉ちゃんのクラスルームにカチコミにいった通称“セラヌーンお姉ちゃんクラスルーム襲撃事件”!
お姉ちゃんにとっては忘れもしない印象激強しのイベントだったからねーん。だけど、あれはもうしない⋯。絶対にしない!お姉ちゃん怒ったらやっぱ強すぎ。私でも勝てないもん。フツーに怖いし。
そんでもって、お姉ちゃんと駅で別れた後、二人と一緒に“ラティパルハーフサークルライン”で海水浴場に向かった。この年齢でも案外、遠出とか許されるもんなんだなー。第1ステージのパパの時点で一人の外出許可が得られない事ぐらい分かっていた。だけどまぁ⋯許されたからなぁ⋯。ラッキーラッキー。
二人はどうやって親から許可をもらったんだろう。
聞いてみよ。電車に揺られ“景色だけ”は綺麗なラティナパルルガ大陸を眺めながら。
「あのさー、二人はどうやって外に出られたの?一人だと危ないよね?」
「え!?今更だねー。うーんとね⋯私は普通に許してもらったよ」
「え!ベルヴィーそれホント?」
「うん、ホントだよ?私のパパとママ、そういうとこ緩いんだよね。もちろん携帯は持たせられたから、危ない事があったら連絡してねーぐらいは言われたけど」
「へぇ〜⋯そうなんだ⋯ナリギュは?」
「私もそんな感じかな」
「え、うそ」
「嘘じゃないよー。私もベルヴィーと同じだよ。お父さんとお母さんからちゃんと許してくれた。携帯に関してもベルヴィーと同じ」
「あ、、そうなのね⋯」
「ウェルニは?」
ベルヴィーの問いに多少、どう答えていいか分からなくなった。普通に起こった出来事をそのまま話せば良い⋯と思ったけど、普通の人間って⋯それが普通なのかと予測を立てると、膠着状態になった。
「ウェルニ?だいじょうぶ?」
「ウェルニ?」
「⋯⋯⋯んぁ!うううん!大丈夫大丈夫!ごめんごめん!実は私も、一人で外出るのは特に何の問題も無いんだ!だから二人と同じだね」
「やっぱそうだよね!それにこんな場所だしね。外出するにも他の大陸と比べても人が少ないから、安心して行かせれるんだろうね」
ベルヴィーの見解を聞いて、かつての“惨劇”を思い返す。神話としても語り継がれている虚偽無き伝説の戦争。人とセカンドステージチルドレンが争った形跡が1000年以上経過した今でも大地に根付いている。ラティナパルルガ大陸が他の三大陸と比べても人口が少ないのは、それが原因にある。
親からもその話はよく聞いた。特にセカンドステージチルドレンの血盟であるアトリビュートの母・ニャプテからは。
こんな話を振ったのが私の間違いだったなぁ。
一人になると自分を取り戻せる。小児の姿なんだから、私本来の姿は隠さなきゃ⋯。
隠す意味?
そんなの⋯分かんない⋯。分かんないけど、親にまで偽り続けるのはおかしいなと自分でも思う。友達だけを欺く対象にすればいいじゃん。でもこれは感覚的な問題であって、家族と学校仲間を変に隔てるとごちゃごちゃになるからだ。統一すべきは、現年齢と同等の学力を露出させる事。
ガタンゴトンと揺られながら、景色を眺めながら、まったりと友情の契約を結んだ二名とほんわかタイムを送るつもりだった電車移動の行き。無駄な思考を働かせてしまったせいで、本能的に楽しむ事は出来なかったな⋯。悔いる。
◈
ラティナパルルガ イーストベイサイド──。
「んんんんんんん!じゃあ!あそぼー!!」
私は全力で楽しんだ。海水浴場で水着になって開口一番に発した言葉が、二人の楽激を解放させる。
「うん!行こー!!」
「よっしゃぁーー!!」
二人は楽しんでいる。私も楽しんでいる。こんな体験、滅多に出来ない事だから思う存分楽しむ事にした。しかしまぁ、周辺にいるのは私達の年齢とは掛け離れた社会的地位を確立させている成人の皆々様。
いつもは上司の命令という権力を振るいかざした時間の横暴に、不安定と不条理さを味わっているのであろう。そんな成人者達が、休日になって己の欲を解放。私達と重なる運命にあるんだ。
「ウェルニ?どしたの?」
「あ、ううん!大丈夫だよ!」
ベルヴィーが私の視線に疑問を抱いた。
「なんでさっきからあのお兄さん達をずっと見ているの?」
私が見ていたのは25歳オーバーの男達を中心に構成された6人のグループ。どれもこれも世間では“イケメン”と総称されるものに属している人種だと言える。
「いや!あのね⋯なんか転スラあんな大人になりたいなぁ⋯って!思ってさ!」
「え、、あれ⋯全員男子だけど⋯」
「ベルヴィー?ベルヴィーは何も分かってないね」
「ん?」
「成人を迎えた後の人間なんて、男も女も関係無いんだよ。関係あるのは社会的地位を如何に素早く確立させるかによるの。最終的に判断されるのは、その人のスキル。技術的センス。求められているモノ以上の正答を提出しなければ直ぐに切り捨てられる⋯。代用なんて幾らでもいるからね。私らは今、こんな小さいでしょ?こんな時代直ぐに通り過ぎていくんだよ。だから⋯⋯今日はいっぱいいっーーーーぱい楽しもうね!!」
「あ、、、う、うん!そうだね!」
いけない⋯言いすぎてしまった⋯。こんなの言っても理解出来るわけ無いのに。二人の知能と学識に合わせなきゃ。
─────────
みんなの前では、私を⋯殺さなきゃ。
─────────
「ベルヴィー!ウェルニー!」
所定位置から少々離れた所に位置する、海の家へとその身を移動させていたナリギュが私達の元へ帰ってきた。いや、正確には大声でこちらに呼び掛けているから、私達と彼女の肉体の距離は500m。そんなに大声になるほど⋯そんなにそこから距離を詰めない程、感動するものがあったというのか。
「どうしたのーー?」
「ベルヴィーが言ってたアレ!あったよー!」
「ウエッ!ホントに!?」
「ん?二人とも、何か話してたの?」
「エッへっへっへーん、実はね⋯ウェルニには内緒でとある秘密のお話合いをしていたの!」
「ええっ!そ、そうなの!?なになに!!教えて!」
私を抜きで二人が密会⋯。私⋯もうハブられる運命にあるの⋯。
「あの感じだとナリギュが見つけたみたい!ささ!ウェルニ行こ!」
「うん!なんだろう!なんだろう!」
「あっ!ちょっと待って!」
ベルヴィーが私の行く手を遮る。とおせんぼう⋯。特定の笛を吹いたら動くかな。
「ど、どしたのベルヴィー⋯」
「ここからは⋯、、はい!これ!」
「んえ?目隠し⋯?」
「んそ!目隠しのマスクをしてー、驚かせたいの!」
「へぇ〜!そんなに驚くかなぁ⋯!私ー、だいぶと耐性あるんだよ?」
「“だいぶと”?」
「⋯⋯ああ、これ!これぇ⋯ええっと⋯着ければいいんだよね!そだよね!?」
「そうそう!はい!私が案内するからね!」
「うん!お願い!」
時たま現れてしまう私本来の自我に触れるのはイイとして⋯目隠しマスクまでして見せたいものとはなんであろうか。海の家なんだから、そこまで大したものは無いと思うのだが。てか、下見をした時にもそのような特別視されるオブジェクト的なものも確認出来なかった。だから⋯まったく予想が出来ないな⋯。二人が何に私を誘導させる気なのか。
「ちょ⋯ちょっとお⋯⋯あのーさぁ⋯これ⋯⋯けっこうぉぉコワイんだけど⋯、、」
「大丈夫だよー!手ぇ繋いでるからねー!」
「ぜったい手ぇ⋯離さないでよ⋯ほんとうに、ほんとうに、見えないんだから⋯」
「大丈夫ぅ大丈夫ぅ!」
マジぃ!??ちょいと⋯ちょいと⋯待てよ!!ヤバいって・何コレ⋯エグすぎ⋯。こんなの無理ムリムリ無理無理!言いたい!言いたい!『エグい』って言いたい!『ヤバい』って言いたい!こんなガキじみたリアクションで持つようなモーションじゃないって!ベルヴィー頼むから⋯この手ぇ⋯離さ⋯⋯え。
「ちょっと!ベルヴィー?!どこ!」
「⋯さてぇ、、、どこにいるでしょーかぁーーーンハハハハ!!」
「ベルヴィー!おねがい!私!こわい!こわい!怖すぎるよー!ちょっと本当に⋯!!」
困惑が炸裂する。唯一の命綱であった“繋ぎの手”が主体から、断絶された。その瞬間、一気に溢れ出る発汗。ここまでの汗をかいた事がない私には、畏怖感を自己的に感じるには十分な材料。
「⋯ンフフフハ、コッチだよー!ウェルニちゃん!」
「もお⋯せめて⋯!せめて声でしっかりとアナウンスしてよ!」
「だいじょぶだいじょぶ!しっかり声とナビビしますよー!ナビビナビビ」
「ナビビ?」
私の願いに答えてくれたのか、ヘルプを惜しみなく大量投下してくれた。⋯こんな言い方だと私のヘルプの叫びが無かったら、声無し案内だったかもしれない⋯と思われるけど⋯あのベルヴィーの笑い方からして⋯やりかねない。ベルヴィーの猟奇的な笑い。割と怖かったぞ⋯。悪い意味でな。
『ンフフフフハハハハハンヒヒヒフフハフフファファファヒィフフハァハァハァハァ⋯』
不規則な笑い方が断続的に発生し、呼吸が追いついていってなかった。自身の体内の呼吸器官よりも、現在目の当たりに体験している事象を楽しむ方へ優先的にシフト。
こんな彼女を猟奇的と言わず、他に何と言えばいい。なんだか、彼女の将来が少し心配だ。仮に⋯仮にだが、この私のような、心内で自問自答と内的宇宙の彷徨いを繰り返す人間⋯だとしたら⋯。そうだとしたら、彼女もセカンドステージチルドレンの血盟、アトリビュートという事になるが⋯。まぁそれは無いか。考えすぎだな。
「はーーい!ストップぅ!」
案外しっかりとナビゲーションを実行してくれた事には感謝の意を示しておこう。ただし本心ではこの女を叩き潰してやりたいと思っている。勿論、そんな感情は噛み殺す。
「はぁはぁはぁはぁ⋯けっこお⋯⋯疲れたぁもお⋯ホントに、、やめてよね。んでぇ、、、取っていいの?これ」
マスク解除の許可を問う。てぇ⋯なんだ?この匂い⋯凄く⋯良い匂いだ。
「はい!もういいよ!どうぞ〜!!」
ベルヴィーの掛け声で久々の外界を視認。眼球を照らす陽光がここまでのものだった事を再認識させられる。失われた五感の一部が完全復活した事で、多くのオブジェクトを視界に入れる。先ずは⋯⋯えぇ!!
「えぇ!!何コレ!!」
「これは⋯焼きそば!っていうの」
ナリギュの言った“焼きそば”という麺食。とても良い匂いが漂っていたが、その正体はこれのようだ。いや⋯待てよ⋯?焼きそばの匂いはこれでいいが、目隠しマスクされてた時には焼きそば以外にも複数個の匂いを確認していたはず⋯その食いもんはどこ!どこだ!?
「どこ!どこだ!焼きそば以外の匂いの良いや⋯ツ⋯、、」
「⋯⋯え」「⋯⋯⋯⋯ウェルニ?」
「⋯⋯あ、焼きそば⋯!なに!?この食べ物!凄い美味しそう!」
「⋯ね、ね!美味しそうでしょ!」
「実はね、ナリギュと話してて、『この夏、ウェルニを驚かせることがしたいね』って話してたの!」
「え⋯?」
「だってさ、ウェルニは家庭の事情で色々と知らないことだらけなんでしょ?食べ物も全然知らないし、流行とかも知らないみたいだし、なんだか世間についていけてない感が凄いから⋯私達がウェルニに世界を教えてあげたいなっ!て思ったの!」
「どう!喜んでくれた?」
「うん!嬉しいよ!私のためにこれ⋯、、えっと、、」
「“焼きそば”!」
「そう!それ!焼きそば!用意してくれて!」
「こんなのはまだ序の口だからね!サプライズ第一弾の始まりに過ぎないとも言える!」
「え!ナリギュ、まだ用意してくれてるの!?」
「当然でしょ!取り敢えずぅ!焼きそば食べてみて!ささ!」
なに⋯ぃぃぃ!この風味豊かな鼻に突き刺してくる濃厚そうな旨みのスパイス。こんなの⋯知らない!
「じゃ、じゃあ!いただきます!」
「はい!召し上がれ!」
「あ、せっかくだったら二人も一緒に⋯」
「あるに決まってるでしょ!」「あるに決まってるでしょ!」
私の誘いを待っていたかのように、焼きそばがセットアップされた弁当を机にドドーンと置く。海の家、そこまでの人で賑わう閑散とした海浜をバックに私達は焼きそばを食らう。
「じゃあ⋯食べよ!」
一口目。濃厚な照りを深く感じた箇所に箸をズバッと入れる。口腔内へ入場させるには十分な量を箸で取り、ズルズルっとかっこんだ。そこからは⋯もお⋯もう⋯もう⋯うんんんんんんん!!!
「美味しい!!」
「ホント?良かったぁ」
「ナリギュが多分コレだったら美味しく食べてくれるだろうなぁって言ってたから、先ず最初は焼きそばを食べる事に⋯」
─────────
「美味しいぞ!!これは!」
─────────
「え」「え」
「とっても美味しい!」
「ほんとうに!?」「ほんとう!?よかった!」
「美味い!美味いよ!!美味しいなァァ!!」
「え」「え」
「美味しい⋯!凄いよ!止まんない!どんどん食べれちゃう!」
「ウンウン!よかった良かった!」
「⋯⋯う、うん!そうだね!良かった良かった!」
偽りの人格と本来の人格が交互に表出したことに対しての反省は、焼きそばを喰らい尽くして、口の中に残る高純度濃厚調味料を舐め切った後にする。これ⋯美味すぎる!なんでこんな美味しい物は私は知らなかったんだ⋯!美味しすぎるよ!本当にありがとう!二人とも!
「ありがとう!私⋯⋯すっごく嬉しい!!」
二人は彼女の大歓喜に弱冠戸惑いながらも、純粋無垢なウェルニの感謝の表現を、しっかりと受け止めた。
『良かった良かった』
『良かった良かった』
『良かった良かった』
ウェルニの豪快な食べっぷりを見て、何かを思ったのか、決まった言葉しか発さなくなった。私が焼きそばを食べて、『美味い!』と言ったら、その台詞が飛び出す。まるで定型文だ。設定されたパターンに沿って、事前にコンピューターへ打ち込んでおいたプロトコルに従って、自動的な状況処理を行う。二人の返答はまさに、構成されたプロトコルから指定された言葉を機械的な文言で言っているようだった。
ウェルニは食べながらではあるが、二人の違和感を感じていた。
──────────
ちょっと⋯やりすぎ⋯?
──────────
感動しすぎたな⋯。いや、でもあれは本当に感動していた。本当に、本当に、あんなにメシに感動するとは思ってもいなかった。次は何を出されるんだろう⋯次は私に何を用意しているんだろう。そう思うと、私に課題が山積みとなるバケーションになると推測が立つ。こんなの休みを求めていた訳じゃないんだけど、まぁこの焼きそばが最後だ。感動のボルテージ急激上昇には注意を払い、物事への予見をすれば抑制できる内容だ。
私は選ばれし者。超越者の血盟。不可能なんて無い。
◈
「美味しい!なにこれぇ!!美味すぎ!!これ!名前ぇ!なんって言うんだっけ!!」
「これはソフトクリームよ」
「もしかして⋯ウェルニ⋯ソフトクリーム⋯知らない?」
「あったりまえだよ!何この白いモコモコのフワフワ!んで食べたら⋯んえ!全然気持ち悪くない!何回も口にしてるのにまったく飽きないし、直ぐにまた同じ味を食べたくなる!この感じなんなの!ねぇ!ねえ!ねえ!!」
「あ、あははは⋯さて⋯なんだろうなぁ⋯私にもわかんないやぁー、ベルヴィー分かる??」
「い、いやぁ⋯私にもわかんない!でもウェルニ、美味しいから別に他のことは考えなくていいと思うよ!」
「うーーーーん、、、そだね!」
────────────
あーあーえーあーあーえーあーえーえーあああ。はぁあ!もお!何やってんだぁぁー。わーたしーーーい。いっつも同じリアクション見せて、もはや二人を困惑させる一つの芸みたいになってるじゃない!こんなのお笑い草過ぎるよ⋯はァァァ⋯もう⋯恥ずかしい⋯私の威厳、どうやって取り戻せばいいのよ⋯。
────────────
焼きそば、ソフトクリーム⋯ラーメン、メロンソーダ、フライドポテト、オニオンリング、たこ焼き。海の家のラインナップ商品を全て食べ切った私達。だが一つ一つの食した割合は50%。たこ焼きだったら10個入りを5個。オニオンリング8つ入りを4つ。ラーメンは麺を殆ど食い切った。
「凄い⋯食べるね⋯、、、」
「こんな細いのに⋯ウェルニ⋯すごい大食漢⋯」
げっ!
「あ、も、もしかして⋯こういう人⋯苦手?」
「う、ううん!そんなこと無いよ!ねえ、ナリギュ」
「勿論だよ!新たな一面が見れて逆に嬉しいよ!」
「そ、そお⋯?だったら⋯いいけど⋯、、」
はぁ⋯だって、、こんな美味しい食べ物いっぱい食べた事ないから⋯、、止まんなくなっちゃったのよ。
「なんかァ⋯海水浴を楽しむつもりでここに来たけど⋯」
「大食い大会みたいになっちゃったね!」
この状況に適切な喩えで場を和ませるベルヴィー。ベルヴィーの喩えで二人が笑う。頬張った口から吹き出されようになる食物を手で抑える。なんだかこんな光景を私は求めていたんだ⋯と思った。こんな毒にも薬にもならない、どうしようもなくくだらなくて、何も考えずにただただ笑って時間が解けるように過ぎ去る⋯。幸せとは時間の忘却を無視する最大の幸福的な財産。私が求めていた“幸福の形”というのは形に残らない形而上なもの。
それでいい。これでいいんだ。
形に残らなくていい。
形に残ると、私が死ぬ時にそれを思い出しやすくなるから。形が無いと、記憶領域に無駄なソフトとして認識され、改竄と編集を実行する。
セカンドの血盟として生きるというのはそういう事。
セカンドステージチルドレンに思い出は無い。
終局は悪夢。宿命が断定された生命体として、“生きる”のはあまりにも簡単であまりにも理不尽。
最終的には、私の記憶に残置されることの無い、二人との思い出。この瞬間瞬間を噛み締めたい。どうせ残らないのなら、全力で楽しもう。
本来の人格を抑圧させていた事。
なんか⋯しょうもない考えだったな。
「私⋯凄く幸せ⋯」
「ええ?どうしたーの?そんな惚けたように可愛い顔しちゃって〜」
ベルヴィーに向かって放たれた文言と、寸分違わぬ内容がナリギュにも放たれた。
「どうしたのよー、そんな同じ事をこんな近くにいる人間に2回もぶつけて」
「ベルヴィー、ナリギュ⋯」
「うん?」「うん?」
「これからもずっと一緒にいてくれる?」
「あははは!!」「あはははは!」
「え?ど、どうしたの?なんでそんなに笑ってるの?」
「いや、当然でしょ!」
「うんうん、ベルヴィーの言う通り。もはや、答えるまでもないわ。どうしたのよそんなこと急に言って。まさかー?私達に惚れちゃった?」
「うん⋯私⋯二人に、、惚れた⋯」
「え⋯」
「ええええええええええーーー!!」
「ちょ、ちょっとぉ!」
ウェルニが、ベルヴィーとナリギュの身体を集め、抱きしめた。その力は相当なものでとてもじゃないけど、年齢に見合った筋力とは言えなかった。しかしこれは二人が言及する程、衝撃的な内容ではなく、それよりもウェルニからの猛烈なアプローチに驚愕するしか無かった。
「ウェルニ!?ど、どうしたのよ⋯本当に⋯」
ナリギュの率直な疑問にウェルニが答える。それはそれは、二人にウェルニが完全な“愛”を与えるに相応しい内容だった。
「私は⋯二人を大事にしたい。ベルヴィーとナリギュが私を育ててくれた。そしてこれからもそうしてほしい。私を色んな所に連れてってほしい。みんなで一緒に一度きりの思い出を作りたい。二人はそれを⋯忘れないでほしい。私も⋯、、、、“忘れたくないようになるから”」
最後の台詞に一瞬戸惑いを見せつつも、ベルヴィーとナリギュは『何を当たり前の事を言ってるの?』とウェルニを抱き返す。
「ちょっとぉ⋯!強いよ!ベルヴィー、ナリギュ!」
「それはコッチのセリフよ!」
「ウェルニってけっこう力強いんだね!こりゃあ、スルース達もビックリだね!男どもを打ち負かす時は、ウェルニの出番だね!」
ナリギュの言葉を聞いて私は決心した。この二人に何かが起きたら、必ず私が守る⋯と。そう、心に誓った。
「じゃあ⋯⋯せっかく着替えた水着、使っちゃおっか!」
「さんせーい!」「はーい!」
よろしくお願いします。
ミルフィーユ型シナリオ『Lil'in of raison d'être』。
進んでも進んでも、別の時間軸が生まれ、新たな物語への結実が始まる。
そうした新視点が発生し続けるミルフィーユのような多層ストーリー。そんな軸で生まれた新キャラクター『セラヌーン家』。この姉妹も地獄を歩んでいきます。
絶望と近しい状況下で、姉妹の運命は捻れ、捩れ、元通りになることはありません。さて、ここからが何が起きるのか。
新たな展開を迎え、第一章の主人公サリューラス・アルシオンにも大きく触れる第七章をよろしくお願いします。
著者:沙原吏凜・1A13Dec7




