[#70-狂女の囁き]
奴隷帝国都市
[#70-狂女の囁き]
高台から眺めていた景色に相当する場所までやって来た。近くで見るとこれまた中々にデカい塔であることが判る。スラム街のようなエリアからは抜け、一気に街の様相が変わった。
大都会だ。数多くの建築物が立ち並んでいる。
「これは……」
数多く…と言っても、大体の建築物がほぼ似たような形。オフィス街…とは言えない。鉄骨鉄筋コンクリート構造の建物が一切無い。とてもじゃないが…なんというか…ヨーロッパ?米国では無い。あまり、他国への興味が無かったから、答えを導くにはもっと確実な情報が欲しい。
「あのさ、迷ってるようだけど、こんな街地球にあんのかね。今この時代に」
「なにヘリオローザ。タイムジャンプしたとでも言いたいわけ?」
「ぶっちゃけ、そんなん有り得る事なんじゃないの?ローマ帝国…あーまぁそれは言い過ぎた。中世ヨーロッパとかなら、こんな建築様式は数多く見られてた。赤レンガの構造物の多さに、ほら、あれ。大聖堂とか修道院といった、宗教関連の施設。非現実的な出来事に直面してきたんだから、今更タイムジャンプなんて有り得ない…!!なんて、狭められた感覚で時を刻むようなら、フラウドレスもまだまだね」
「ヘリオローザ」
「なによ」
「ありがと」
「…アア?」
タイムジャンプ…。確かに、ヘリオローザの言う通り、そんなぐらいのことを覚悟してもいい事態になっているのかもしれない。だが今は、現代であることを優先にして考えよう。
“ヨーロッパ”。
人々の服装だって、そんな古めかしい雰囲気は感じないし…。私の服装にそこまでの注目が浴びてない。黒薔薇の特徴をふんだんに着装へと利用した、深紅ジャケットのドレスコード。多少の目線を送られる。
だって13歳だから。13歳にはすこし大振りな衣装だし。
攻めすぎ…かな。濃いめの赤黒だから、そこまで色覚的な面では目立つ要素では無いんだけど。露出が多いのは致し方あるまい。私のルケニアがこういう仕様なんだもん。これは私がどうも左右出来るじゃない。
ルケニアにはルケニアの事情てのがある。
…
はぁ…私、なに自分の服装のこととやかく考えてんだろう。それに今のって…私の中で質疑応答されてた事だよね。なんか気付かぬうちに、漏れてしまってたって事ないよね。どこからどこまでが内側での自分から自分への会話か分からなくなっちゃった。
どうしたんだろう…私。
周り…気にしてるからかな。自分だけが良ければそれでいいのに。自分が勝ってればそれでいいのに。
◈
「ガウフォン大聖堂…。ヘリオローザ、知ってる?ガウフォンって」
「うーーん、知らないな。ガウフォン…ガウフォン…、、、」
「ガウフォンって街名なのか…。それともこの大聖堂だけの名前か。にしても…なんで掲示板がないんだよ」
「おい、フラウドレス。それ、、アタシに言ってるヤツじゃないじゃん」
「あ…、、」
しまった…完全に油断してた…。めちゃくちゃ声に出して言ってしまってた…。と言っても、前を見ても後ろを見ても、誰も私の事なんて気にしてない。人通りが少ない訳じゃない。誰も私の事なんて興味が無いんだ。
この街にいる人々にはもっと注目すべきイベントがあるから。それがさっき、男から聞いた“乳蜜祭”というやつ。
言葉からして、めっちゃ食物を扱うイベントっぽい。世界の産地から採ってきた乳と蜜を取り扱うイベントだと、言葉だけを受け取れば、そう考えられる。勿論、そんなものじゃわないぐらい、人々の“気狂い”さを見れば伝わるものだ。
“奴隷の行進”を見た。10人の縦列が横に二列、それが5つ形成されている行進隊。それぞれの行進隊が鎖で繫縛され、ジャリジャリと音を鳴らしながら、歩いている。
先頭にはワンピース状の羽織物を着装した男が二人。かなり異質な様子。鎖の音と、羽織物の男二人が奴隷達を罵倒。鎖の音より、男二人の罵詈雑言の方が響いている時もあった。奴隷への対応に、驚く者はいない。実際の所、私も驚いてはいない。もうこの街のシステムは大体思考出来た。
カスだ。
ゴミだ。
クズだ。
アホの集まりだ。
人間じゃない。ただの怪物の巣窟。それを赦している街の民もこの男二人と同様のゴミ。
そして、この光景を見て見ぬフリした私も…、、、
ガウフォン大聖堂、中に入ってみるか。
「…凄い………」
ヘリオローザも内側から唸っている。その声が外部に漏れているんじゃないか…と錯覚してしまうぐらいにだ。
「どうなさいましたか?」
「…あ」
さっきの奴隷を繫縛していた奴と同じ服装だった。
「おい、フラウドレス。コイツ…」
「判ってる…。もうちょっと我慢してね…」
私とヘリオローザの総意だ。コイツらの脳みそは一旦リセットしなくちゃいけないみたいだ。だがもう少し、コイツらに猶予を与える事にする。私の質問に対して、有益な情報を出してくれるのであれば、見逃す確率を上げる。
「あの…」
「あ、、、お姉さん…すみません…ちょっと…道に迷っちゃって…少しだけでいいので、ここに居させてくれませんか…?」
「あーそうなのね。もうそろそろ大聖堂は乳蜜祭の準備に取り掛かるから…、、…」
「今年の乳蜜祭っていつもよりも盛り上がりそうですもんね」
賭けに出てみた。
「そうね。今まで以上の盛り上がりになるのは恐らく…って感じね」
「どうして、そんなあやふやな感じなんですか?」
「そりゃあ…大陸の神への生贄じゃないかしら。まだ私は今年の生贄を見物してないから、ハッキリと言える事は無いんだけど、生贄が良い感じなら今回は大成功を収めるはずよね」
「生贄…」
生贄…って…なんだそれ…“大陸の神”…、、
「…ちょっと来て」
私は女の人に連れられ、大聖堂の一角へと誘導された。
「な、なんですか?」
「あなたにだけ教えてあげる。実は今日の生贄を見てないなんてのは嘘。私、さっき見たんだー。乳蜜祭に捧げられる生贄達を」
一角に私を連れ込んだ途端、女の顔が豹変した。今までの表情には何か違和感を感じていた。偽ってる感が物凄くあったのだ。仕事の為にやっているんだなぁ…とヒシヒシ感じていたけど、まさかこうやって私に解放してくるとは…。そのかいもあって、私は新情報を入手出来る事になりそうだ。
それにしても、この女 …変わりすぎじゃないか?不敵に、断続的に、笑っている。その様子だと、なんだかこの大聖堂に恨みを持っているとも勘ぐってしまう。
「生贄達…を見たんですか?」
“生贄”という言葉に引っかかる表示は見せず、遠回りをしながら女からの情報を取り込む。
「今回の生贄は凄いよ。なんせ、セカンドステージチルドレンの血筋がいるからね」
──────◇
「……え」
──────◇
「いやぁ…凄いよ…凄い事になるよー!SSCを大陸の神に捧げるってのは、今までにあったことじゃん?でも、今回のはひと味もふた味も違う。今回の生贄の中には“虐殺王”の血を持つヤツがいるらしいんだ」
「…………」
「…ん?どうしたの?大丈夫?」
「……え…今…、、、なんて…、、、」
「うん…?えぇっと…、、虐殺王の血が…」
「そこじゃない!!」
女の両肩を強く握り、壁に押し付ける。
「もっと前!」
「イタ…、、、ええ?もっと前…?んぇぇ、、“セカンドステージチルドレンの血筋”ぃ?」
「……はぁ…はぁ…はぁ、、、はぁ、、はぁ、、はぁ、、はぁ、、ええ……なにそれ…なんなのそれ…、、、意味わかんない………」
「セカンドステージチルドレンに反応してる?」
「…ここ…どこですか」
俯きながら、女の顔を見ずに問う。
「奴隷帝国都市ガウフォン」
「“大陸”って…」
「まぁ、、、知ってると思うけど…“ブラーフィ大陸”」
「セカンドステージチルドレン……まだ…いるんですか」
「まだ?いやいないよ、もうそんなの。さっきも言ったでしょ?SSCの血筋って。生贄には超越者の血が流れてるってだけ。セカンドステージチルドレンはもう死滅した。結構前にね。そんなの知ってるでしょ」
「あー…はい…そうです…ね。なんで、私にそんな事教えてくれたんですか?こうやって隅っこに連れてくるって事はそれなりにリスキーな動きだと推測できますが…」
「ふふ…君、名前は?」
「私は…」
名前…言うべきかな…、、、いや……やめておこう…一応だ。
「“バタイユ”って言います」
「バタイユちゃん、あなた…子供の皮を被った大人みたいね。なんだか…凄く大人っぽい」
「あ…そうですか…?」
「うん…そうね。何か…とってもSSCに似ている…。その目の色とか、可愛い感じとか、何考えてるか判らない顔立ちとか…」
「いや…………な、、、なんスか」
凄い近い…顔…もうつきそう…。なんか…恥ずかしい…、、それに…私がSSCだと疑ってるような追い詰め方をしてくる。なに…、、何この女…、、
「あの…お姉さん?」
「私、“レリーゼ”っていうの。レリーゼお姉ちゃんでもいいよ」
「あ、いや…あはは…レリーゼさんで」
「あ、ソウ?」
「レリーゼさんはSSCの次の進化をどう思いますか?」
あえてここで“セブンス”と口にしなくて、本当に良かった…とレリーゼの次の発言を受けて、心からそう思った。
「“アトリビュート”?そうね…、、生贄になるべくして生まれてきたって感じかな。大陸の神に選ばれた…と考えれば、アトリビュートの気持ちも小難しくならずに済むと思うんだけどね」
アトリビュート…。聞いた事ない。SSCの進化って“セブンス”って言われてるのが普通じゃないの。これにより私がいる国が、相当な辺境の場所に位置している事が判明した。下手すれば、世界戦争にも関与していない可能性もある。“アトリビュート”。いや…そんなの聞いた事ないぞ…。
セブンスはセブンスだ。世界万国に於いて共通用語として認識されている。
「アトリビュートは、SSCの進化ですよね」
「そうね、進化よ」
「虐殺王…とさっき言ってましたよね」
「ええ。言ったわよ」
「その…虐殺王って…、、」
「ああ、“サリューラス・アルシオン”のこと?」
「…サリューラス…、、アルシオン…?」
アルシオン…?…、、どっかで聞いた事…あるような…………確か…西暦2100年8月20日。小惑星が日本の富士樹海に落下した時の被害者の姓がアルシオンだったはず…。マーチチャイルド以前にそれは、両親から聞いた事があった。どういう経緯で両親からその話になったかは覚えて…、、、 !!!
─────────
「ロリステイラーとデュピローは、フラウドレスにセブンスの誕生経緯を説明していたな。そんときに、セブンスの前世代として日本を中心に暴走事件を起こしたセカンドステージチルドレンについて話していた。かなり惨いエピソードだったから、アタシがお前の記憶メモリから削除しといてやってた。だけど…ほんの少しだけ、記憶の欠片を残しといたんだ。アタシはこの話好きだからな。お前らの先祖だよ、そのサリューラス・アルシオンっていうのは。だが…不思議なのは…そんな人物がこの地球上に存在したという事実は、どこにも残っていない。一体、この女は何を言っているんだろうな」
「ありがと、ヘリオローザ」
──────────
ヘリオローザの長期記憶のおかげで、私は両親から聞いていたセカンドステージチルドレンという存在について思い出した。しかし…その…サリューラスというのは…なんなんだ…誰だ…。
「すみません…その…サリュー…」
「レリーゼー!?」
「あ、ちょっとごめんねバタイユちゃん。呼ばれちゃった。ここに居てていいから、ゆっくりしてね」
「はい…ありがとうございます」
◈
「レリーゼ、あの子は誰?」
「バタイユちゃん、可愛いよね」
「うん、そうだね。可愛いけど…なんか雰囲気…」
「そうなのよ、なぁんだか似てるのよね奴隷達と」
「セカンドステージチルドレンの血筋持ってるとかぁ?」
「いやいや、それは無いっしょ。もしそうだったら、シグナル反応検知してるって」
「そうだね。私が面倒見るからさ。ここに居させてあげてもいいよね?」
「あーー、うん…いいけど…もうあの子居ないわよ」
「え」
「扉…開いてないわよね」
「窓も…だよね…」
「大聖堂に窓なんて無いわよ。そういうのはステンドガラスだけ」
「どこに行ったの…、、」
「フラウドレス、あそこに居なくていいのかよ」
「バカじゃないの。あんな所に長居してる暇なんて無いの」
「そうでっすか〜、今は何目的で足動かしてんのよ」
「サンファイアとアスタリスよ。二人を見つけて、さっさとこの国からおさらばする」
「ねぇ」
「そういえば、私との約束あなた破ったわね」
「 はァァァ?完全にあなたの役に立った情報を提供してやっただけでしょーが!」
「フン、あんたなんかの力なんて借りなくてもどうにかなるの」
「お前………ここに来て……すっげぇムカつく事言うじゃねえか。小娘のくせに」
「いーもん。小娘でいいもん。私まだ3歳なんだから。でも、この先生きていく上で必要な情報なら、どんどん開示しなさい。これは母体からの命令よ」
「ンンンンン…」
「猫か」
「はぁ…ハイハイ。じゃあ早速」
「ちょいまち。今はタンマ」
フラウドレスがヘリオローザとのマインドスペースにて対話をしている中で、人々の流れが激しいエリアに突入していた。大聖堂前とは違う、かなりの活気だ。肉や魚やパン、そして武器を取り扱っている商人、吟遊詩人、道化師、曲芸師。
「なんだここ…本当に現代か?中世ヨーロッパ感が凄い」
良い匂いだ…肉だ…魚だ…野菜だ……そういえば…みなとみらいの時から全く食べてなかったな。空腹なんて完全に忘れてたけど、こうも食欲を掻き立てられる景観を直視すると圧倒されてしまう。食べたいな…食べたい。あそこのおじさんに尋ねてみよう。
「あ、あのー」
「すみませーん!」
「はい、らっしゃい!今日は凄いいっぱい取り扱ってるよ!」
「うーーーーんそうねーーー……」
このババア…私が絶対に最初だったのに横入りしてきやがった。それにこの商人も私の事なんてお構い無しにここババアを相手している。私と完全に…絶対に目が合ったのに。
「じゃあこの5ステージの食材を頂こうかしら」
「お!さすが!目の肥えた事で!5ステージの食材は今日特にピンピンですよー!生で食べてもいいですし、沢山の調理方法がありますからお好みでどうぞ〜」
「ありがと。じゃあこれね」
「はいよ!しっかり頂きました!毎度ありー!」
お金……え……、、日本と同じ?
「はいよー!ごめんね!さっきオバチャンに横入りされてたよね」
「ああ…はい…」
あの目はなんだったのか。心優しい男で少し安心した。だけど、目の奥は笑ってない。客をお金としか思ってないタイプの商人だ。
「お嬢ちゃん、お腹は空いてんのか?」
「はい…もう…お腹ペコペコで…」
「そうかい!だったら…ガッツリとステーキのサンドウィッチなんてのはどうだい?」
「……うわ、、、」
やっべぇ…マジ…美味そう…!!!
「これいくらですか?」
「1800円だ。安いだろー?」
「………………」
「おい…どうした…?大丈夫か?」
「……円…ですか……?」
「…ああ1800円…だけど…。どうした?」
「あ、あの……すみません…お金無くて…」
「はぁ…金が無いなら客じゃねーぞ。行った行った」
「……すみません………」
「さっさと退いてくれ。後ろに“お客さん”が待ってるだ」
「…はい」
「全く………はい!いらっしゃい!うん!何をお求めで!?野菜ですかぁ!野菜系は…」
「フラウドレス。フラウドレス。フラウドレス!」
「ンはァ!!」
「驚くのも無理は無いな」
商人と客で賑わう広場から少し離れ、近くの裏路地に入った。海溝のような薄暗い場所だ。身を隠す訳でもなく、自己完結をするにはもってこいの場所と言える。
「どういう事よ。お金の単位が日本と同じだなんて」
「アタシに聞くな。そんなもんアタシだって超疑問だっツーの」
「本当に…なんなの…この街は……」
「アタシがさっき言おうとした、“考察”を発表してもいいか?」
「さっき?ああ…うん、いいよ」
「もしもだよ?もし仮に…フラウドレスのいた…立ってた…生きてる世界と平行して別の世界が同じ時間軸を歩んでいるとしたら、フラウドレスは信じる?」
「そんなの信じる訳無いでしょ」
「でも…」
「言いたいことは判った。『白鯨なんてものが現れたんだから、マルチバース現象も考えれない事では無い』…、そう言いたいんでしょ?」
「うん、そうだ」
「マルチバース…私は今、どこにいるの」
「私とあなたがビジョンする内容がそのまんまなら…アタシらが今いる世界に日本という国の概念は無い。日本以外の国も存在しない、別の世界。元いた世界と同じ時間が流れる、アタシらの知らない未知の世界。ギフトの主は白鯨だ」
「白鯨…白鯨の中を泳いでいたあの時間で世界と世界概念繋がったんだ」
「世界の繋がり…ニーベルンゲン形而枢機卿船団は、白鯨を神のように崇める奉る対象のように感じた」
「ヘリオローザ、そういう事もっと言いなさいよ」
「お前はアタシをどうしたいんだよ」
「程度よ程度。程度を考えながら、喋りなさいと言ってるの。私をイライラさせないで」
「あんた…白鯨の光輪に取り込まれてから、色々と性格変わってない?」
「こんな状況にもなって…性格の一つぐらい変わるに決まってるじゃない。大切な友人を失ったのよ」
「アタシがいなかったら、記憶の復元は不可能だったしな」
「…………そうね」
「素直に認めなさいよ」
「ここが日本と同じ通貨っていうのは」
「世界に日本以外で“円”が通る国なんて無ぇよ。日本は爆撃で木っ端微塵。こんな中世ヨーロッパみたいな場所なんて日本中どこを探しても無いよ」
「て事は…ヘリオローザが思い描くマルチバース現象を信用した方がいいって事ね」
「やっばい面倒なことにならなければいいけどね」
「もう十分めんどくさい事になってるよ。サンファイアとアスタリスが、この世界に来た可能性は?」
「有り得るだろ。だが…マルチバースっていうのは“多次元世界”と言われている理論だ。仮にこの現象が立証されるものであるなら、日本にいた世界、この世界の他にまだまだ存在するんだ。それがマルチバース。二つの世界で構成されない、多重に並行している世界が一体幾つあるかなんて、判ったもんじゃない。サンファイアとアスタリスが、アタシらと同じ世界にいる事は…確実視出来ないな」
「確実視出来なくても、そう信じるしか無いでしょ?二人と必ず会う。二人だって私を捜してるはず」
「二人が一緒に居るかも判らないしね」
「そうね…二人も私と同じ状況かもしれない…。お願い…二人とも…この世界にいて…絶対に…、、そうじゃなきゃ…私…どうしていいか判らないよ…」
「嘆いているところ、失礼するけど…アタシがいてまだ良かったね。実質二つの脳みそを扱えるんだから。策略の幅が広がるね」
「こればっかりはそうね。ヘリオローザの力、存分に発揮させてもらうわよ」
「お易い御用デン」
◈
日本に存在しない街で、日本通貨が使用出来る。この異常さが、私とヘリオローザに突き刺さった。非現実的な虚妄のような事態を考えざるを得ない。
多次元世界。マルチバース現象。
ここは私の知らない世界。日本のある世界が『6』ならここは逆向きとなる『9』が表示された世界。
私はとんでもない世界に降り立ってしまった…。元凶である白鯨は世界と世界を繋ぐ役割を担っていたのだ。
広場に戻る。ここからはもうフルスロットルで、疑問を解消していくことにする。少しの怪しまれは覚悟しよう。
「すみません…今日って何日ですか?」
商人達とそれを購入する先程の広場で、私は聞き込み調査を実施していく。最初にターゲットとして選定したのは、吟遊詩人の男。青年で話しかけやすい雰囲気だったから、私に耳を傾けてくれると思った。さっきの食料商人の件があるので人間観察を事前に行い、前もって相手の様子を確認してから話し掛けた。活字にすると物凄く面倒臭いように感じられるが、やってる事は普通の事だ。意識してやっているだけ。
ちなみに『吟遊詩人』と言われなくても、明らかにそんな見た目をしていたから私が『吟遊詩人』と勝手に称している。
「今日は…」
周りがうるさい。活気が先程以上だ。メインステージでも開かれたんかと思うぐらいにだ。
「1月19日だよ」
「何年ですか?」
「何年?……え、何年?」
「ええっと…言ってみてください。“本当の事を”ですよ?嘘は言っちゃダメです。ハッキリと正確に真実を言ってください。ちょっとお兄さんを試そうかと思って」
「お、もしかして君、七唇律聖教の心理学者かい?」
「ああ…そうです!そうなんです…!」
かすった。“心理クイズ”を仕掛けたつもりだったが、“心理学者”と存在が肥大化された。まぁ、勝手にそう思い込んでくれた方が話もスムーズに…いや…その“シチシンリツ”とかいう宗教について聞かれたらどうしよう…。それに、、、なんだよその宗教。もう絶対にそうじゃん…。絶対に違う世界じゃん!確定したじゃん!ヘリオローザ!!
「お前!声!声!!」
「あ…」
「え、、、、」
吟遊詩人が口を開き呆然とこちらを見つめている。嘘…今の漏れてた…?
「フラウドレス!カンゼンに漏れてた!カンゼンに!もおーーーーーーーーーーーーーーー何やってんだー!おまえーーーーーーーーー」
ヘリオローザの大警告反応。視覚映像に複数のパトランプが回る。大袈裟すぎだよ…と思ったが男の顔は身動き一つせずこちらを見つめ続けていた。めっちゃ引いてんじゃん…やば。
「あははははごめんなさいごめんなさいちょっと考えごとしていてそれにシチシンリツの本を読み漁っていたんですよあはははははあははははは」
乾いた笑いと冷め腐った笑顔で、吟遊詩人の男を偽る。こんなパフォーマンスが通用するとは思えないが…。
「あああ……そうなんだ…じゃ、じゃあ!七唇律の歌曲を歌ってあげようか?」
「…はい!是非!お願いします!」
「うん、いいとも」
「あ、すみません…でも私…お金…持ってなくて…」
「1円も無いのかい?だったら…ここに来ても楽しめないと思うけど」
「そうですよね…お母さんからお金貰わずにここに来てしまったんです。すみませんでした、お金も無いのに、そんな事させられるはずありません。お兄さんプロですもんね。すみません…失礼しました」
その場を去るフラウドレス。
「…………ちょっと!」
「うん?」
「君、名前は?」
「…バタイユ」
「バタイユちゃん、一節歌ってあげるよ」
「本当ですか!?やったー!」
「そんなに喜んでくれるのか?ありがたいね」
「はい!是非お願いします!」
「こんな可愛い女の子に、あんな顔されちゃあしょうがないよー。じゃあ…どこを歌ってほしい?」
「…え」
うわ…マジで…、、ええええっと、、ぇぇえええっと…。
「お兄さんが…!好きな…!節を!」
「お、そうかい?だったら…ここかな」
「お兄さん、名前は?」
「“ヒューズ”、宜しく頼むよ」
「はい!」
よし、この男から七唇律の歌を聴いて、この世界…?今は規模を狭く考えておこう。この街の信仰宗教を取り扱っている音楽なのだから、きっとこの世界の色が濃縮されているはずだ。
「いくよ?」
├─────────────────────┤
その中に眠る、それぞれの影
魂は踊り、魂は嘆き
不還なる魂は主となる鎮魂歌の垂れ流しの破片である
原罪から抽出された血の舞踏
七つの聖言
救済となり破滅となり、命を浄化してゆく
人が人として、生存の確約は許されない
皆が人として生きたいのだ
可能性を捨てよ
己の運命は決まっている
それがお前だ
それがお前だ
それがお前だ
それがお前だ
いつにも増して、自分を甘く見過ぎている
相手が自分よりも活躍していると思ったのなら、諦めずに食い尽くせ
心に任せよ
心の鳴動は顔への分析を許さない
誰にも心の行く末を教えずに済むのだ
道化になれ
虚偽をいけないこと?
違うんだよ
嘘は永遠に不滅の錆びない
錆びるのは記憶だ
だから己の言には責任を持て
泣くな
泣け
泣くな
泣け
もっと強くなりたいなら、泣け
泣くな
お前が後でぜんぶ片をつけるなら、泣けばいい
見られたくないなら、留めればいい
だけどよ、その留めた涙
絶対に後から流すなよ
涙の後味は苦い
更に後退する涙は苦い以上のものとなる
味がそうなら、それを見る人々の気分は…
力のある者
力のない者
両極の勇者が揃う日
勝利の灯火がいつの日か
また出会う前に、君の頬に触れていいかい
神が与えし、それぞれの唇
揺るぎない、人のみに与えられた神の造物
一度外界に出したものは一生戻らない
一文字たりとも無駄にするな
命を吹き込むつもりで吐け
呟くのでは無い
音域で左右されるほど、言葉は生半可じゃねえぞ
使う理由はみんなの夢幻によって左右される
別にそれで構わない
ただ
それは間違ってないかい?
わかったよ
信じるよ
信じるから
信じられる前に信じさせて
├──────────────────────┤
「ありがとうございました」
拍手喝采。ビックリした…。いつの間にか観衆が出来ていた。私は最前列でヒューズの歌を聴いていたので、全く気づかなかった。
「ヒューズさん、一節って」
「そうだね…乗ってしまって、一節以上歌ってしまったよ」
「凄かったです。ありがとうございます!」
「ほんとかい?ありがとよ。気づいたら皆が止まって聴いてくれていたから、ほんとにびっくりだよ。ああ!ありがとうありがとう!」
私の会話を退けるように、通貨を入れていく観衆達。
「バタイユちゃん、イイからね。特別だよ?」
「ありがとうございます!あの…良ければ…サイン!書いて貰えませんか?」
「まったく君って子は…イイよ。仕方無い。俺がフリーって言ったんだしな」
「すみません…!」
「はい、これでいいかな?」
「ありがとうございます!大切にしますね!」
「あ!ズルいズルい!あの子だけ!」
「私にもサインを!」
「俺にも!」
「僕も欲しいでーす!!」
「わかりましたわかりました!サインの列はこちらにお願いしまーす!」
┌──────────────────────┐
バタイユ Dear My Friend
“言葉は生きている”
“引き戻せない言葉を、武器だと思え”
“Am I really capable of embracing the endless darkness inside it?”
ヒューズ・プレスレクト
Point:ガウフォン 乳蜜祭Day.1
律歴5604.01.19
└──────────────────────┘
「律歴って………………なに?」
◈
ヒューズの元を離れ、広場の近くに位置していた建物横に移動した。
色紙に書いてもらったサインをもう一度見つめる。
何回見ても、この色紙に記載された内容には驚愕ものだ。
「ヘリオローザ…なによこれ…」
「あの時間だけの関係で、ディアマイフレンドだからなぁ。お前色目使いすぎたんじゃねえの?」
「ヘリオローザ」
「……はァ、わぁったよ、、律歴5604年な。勿論、アタシにだってマジ意味不。西暦でも無ければ、1900年飛び越えてる。日付はおんなじ。どゆことよこれ」
「日付は同じっていうことは、あなたが言ってた並行に流れる時間軸説は立証されたのかもね」
「確かに…!いやまぁ冗談半分で言ったつもりだったんだけど…」
「ヘリオローザの提唱していた仮説がこうもぶち当たるとはね」
「んね?アタシ、置いといて損は無いでしょ」
「それにしても、あの歌詞…」
「きんもちわりぃ歌だったな。あれがこの街の宗教を歌った曲かよ」
「讃美歌…そんな感じだった」
「途中から歌って無かったよな?“訴え掛け”じゃねぇかあんなん」
「まぁ歌にも色々な形があると思うし。ヒューズさんにとってはあれが歌なんだよ。ヒューズさんっていうか、この世界では広く知られてるんだよ、あれが」
「アレがぁ??イヤイヤイヤイヤいや」
「でも、歌は兎も角…この、1900年のズレはなんなの…」
「そうだよな…マジでなんなんだろうな」
「それに、見てよ最後から2段目の行」
「“Day.1”」
「明日もあるんだ。乳蜜祭」
「もうそろ夜だな…」
「あ、全然時間気にして無かった…今何時だろ…時間の概念って…」
「あるに決まってんだろ」
「“決まってる”なんて言葉使わないの。もう何もかもを疑う域に来てるんだから」
「いや、にしてもだろ」
ヘリオローザとのマインドスペースで対話していると、商人らが片付けを始めた。
「あ、、もうそんな時間なんだ…」
どうしよう…夜か…。どこか…泊まれる所…無いかな…。あ、そうだ。ヒューズさん…いや…ダメだよ…そんなの。何考えてんだ私。商売道具である歌を無料で聴かせてもらった上に、“そんな事”聞いてしまったら…。
「そんな迷ってるなら、一番ヤバい方向に転がりそうな方にいっちゃいなよ」
「ヘリオローザぁ…もうあんたって先のこと全く考えないんだから」
「“先”ってなによ先って。どうせこの世界の人間とは直ぐにおさらばする気なんだろ?どうせ明日には会わないつもりなんだから、ヤベぇ方向に転がるような決断しちゃえよ」
「ぇぇえええ…もお…」
「どうせ、“泊まらせてください”とかだろ?ワンチャン有り得るかもしんないよ??」
「いやああ……んんんんん…………」
「はァ…早く決めろよ。アタシはもう…眠ぃから…」
「ちょっと!ヘリオローザだけズルい!」
「イイだろ?これはお前の身体だ。アタシはー知らん!ただし、死ぬな。アタシは死ぬ気の無い女だから。じゃオヤスミ」
そんな………あ、そうだ…。
神経接続を行えばいいんだ…。うししししひひひははは…コレでお前にも身体を制御する権利が付与された。母体を生かすも殺すも、あんたの采配に掛かってるってワケだ。
よし、神経接続を終わらせたぞ。
…んて…え……ウソでしょ…まじぃぃぃーーーーーー!
フラウドレスの身体が地面に倒れる。何の受け身も取らずに、そのまま地面に直倒れ。痛さがジンジンと伝わる。特に顔面へと集中的に硬ったい地面に直撃。
痛っったい!!ヘリオローザ!
「……んん……………んん………んんん…オマンニマカセヨオゾオン」
オマンニ……爆睡だ…爆睡で母体の制御を成してない。仕方無い…このままだとずっと地面にうつ伏せの泥酔女だと思われる。ってか…もう思われてる気がする。でも周りは全然助けてくれない。私に聞こえないだけかな…。この街は他人に対してこれっぽっちも寛容じゃない。私はゲストだぞ。ゲースート。…………げええええすううううとおおおおお。
「はいはい、切り替わりましたよ“私”にね。もう…どうしたらいいの。いつの間にか、結構暗くなっている。広場に街灯が点って無かったから…こりゃあ結構暗いぞ。どんどつん居なくなる。めちゃくちゃに早いな…露店を閉めるの。って……そんな感想で落ち着くのは…私の思考がとち狂ってるのか?なァんか視界がボヤけている…でも…さっきまで…人…、、いっぱいいたよな……私、、そんなに…たおれてる時間…ながかった、、、かな、、え、、早くない?…あれ…あ、いま、、、ちょっと見えた…ボヤけた画素が良質なタイミングで重なり合い、視界が元に戻った………」
フラウドレスは回復した視覚で広場を視認する。その光景は…フラウドレスが広場の中心でポツンと直立しているという、また私は異界に飛ばされたのかと疑ってしまうものだった。
「え、、、、なにこれ」
路頭に迷う私。
路頭に迷う…?イヤイヤ……イヤイヤ…迷うどころか動きすらも出来ないほどに、理解不能な状況だ。
するとそこに手を差し伸べてくれる人が現れた。
「あら…バタイユちゃん?」
「あ…レリーゼさん…」
「どうしたの?もう乳蜜祭終わりよ。今日は夜も深くなるし、早く親御さんと一緒に帰りな」
「あ…、、…そう……ですね…はい…」
「うん?どうしたの?なんか…用事ある?」
「いや…あの……その…」
ダメだ…言葉に出ない…。本当は言いたい。本当は言いたいのに…なんだか迷惑かけてしまいそうな予感がする。
予感じゃないよね。何の関係性もないのに…急に…受け入れてくれるわけ無いよね。
「バタイユちゃん…もしかして…、、一人?」
「………そ、そ、そ、……」
「一旦、私の家来る?」
「え…いいんですか?」
「うん、いいよ」
「あの…レリーゼさん…ハァハァはァはぁ…」
「ちょっと…?バタイユちゃん!バタイユちゃん!バタイユちゃん!大丈夫!?……うわ…凄い熱…大変!ちょっと待っててね」
「…レリーゼ……さん、私…私……ここに…、、」
「今は何も喋らない!私が助けてあげるから、ちょっと待っててね。“デボッチ”?早く来て」
◈
「………、、、ここ、、…………どこ、、、、わたし、、 天井?……木造…?………、、茶色……」
声が出せない…今出たのが、最後のやつ。まさか…こんな所で…発熱だなんて…それに…誰かに…匿ってもらってる…。でも…まぁ…ラッキーだったかもしれない…。
発熱のおかげで、私は建物の中にいる。少しは自分の身体からエネルギーを消耗する羽目になってしまったけど、どうせこんぐらいなら直ぐに回復する。今だけの辛抱だ…。それにしても…はぁはぁ…中々に…キツイな…キツイ…ああ…やぁばい…。ん?ドアが開く音がした。私を助けてくれた人かな…確か…ええっと………。
「バタイユちゃん?大丈夫?目ぇ、、開けれる?」
「んんんん…んぁい……」
「相当ラリっちゃってるみたいね。安心して、私が面倒見てあげるから。あ、私の事覚えてる?」
「…うん………」
「良かった。レリーゼよ。あなた、広場の中心で直立になったり、座ったり、聖教の作法してたからビックリしちゃったよ」
「……んええあ?」
「あ…ごめんね。話しかけない方がいいね。しばらく横になってて。お腹空いたら、『んええいあ』ってまた言って?お粥、用意してるから」
「……アアえいああ」
「んフフ。じゃ、おやすみなさい」
レリーゼ…さん…?私…もしかして迷惑…掛けてしまってるかな。なんで…?なんで…、、どうして今日会ったばかりの女にこうも優しい人がいるの。私…この人と会ったの、えっと……3時間前とかだよね。優しいなぁ…レリーゼさん…。顔も可愛いし……整ってるロングヘア。サンファイアとアスタリスにも見せてあげたい。あの二人だったら、私とレリーゼさん、どっちを取るのかな。なぁんて、、、何を決まりきったことを思っとるんじゃきに。
翌日 午前7時22分──。
「ンはァ…眩しい…」
起きた。太陽の光とは思えない。これは…。
「おはよう。どう?体調の方は?ごめんね、無理矢理起こしちゃって…私、あと1時間で大聖堂に行かなきゃいけないんだ」
「ああ…すみません…ぐっすり、寝てしまいました…」
「ううん、大丈夫だよ。さっ、朝ごはん食べて。モリモリ力つけて、それからお話聞くから。ああ、ごめん今日は仕事だった…えーー」
「大丈夫ですよ、私…もう、出ますから」
「イヤイヤ、いけないよ!そんなの。体調だって悪くなる一方だよ?」
レリーゼがフラウドレスの額に手を当てる。
「え、、うそ、、熱…下がってる…。すんンゴい高熱だったんだけど…ねぇ!デボッチぃ?バタイユちゃんの熱ぅ、下がってんだけどぉー!?どゆことなーーん?」
「ワシに聞かれても知らんっちゅうわい!お前さんが直したんとちゃうんかぁ?」
「だったらデボッチに聞いてないでしょうが!」
「昨日あんなに世話して、疲れてグッタリだわい!バタイユちゃんがタフだったってだけやろ!」
「ああそーなのね。はいはい…わかりましたよ」
「レリーゼぇ!その片し方、やめろっちゅぅてるやろ!」
二人の舌戦。レリーゼさんと…デボッチさん…デボッチさんの声は上から聞こえてくる。すっごい音圧だ。
直接二人っきりで話し合えばいいのに。
私の目の前で…とてつもない舌戦が繰り広げられている。デボッチさんはおじいさんかな。でもその声はハキハキと容姿を一回も拝見した事が無いのに、なんだかイメージしやすいな。とっても元気な人なんだろうな。でもその“元気”が裏目に出る可能性も十分にある。
“ローガイ”…。
老害は嫌いだな…。あの方言の強さ…。私への対応はしっかりしてくれるかな。あんまりズカズカと人の境界を侵してくるおじいさんだったら嫌だな。この会話から察するに、私の面倒を見てくれた一人だと判る。
感謝の弁は述べよう。
「だ・か・らァ!デボッチの言い分は分かったから、そんな大きな声で喚くんじゃないの!」
「おメェだって、朝からべらぼうに圧を効かして何様のつもりジャけえ!!」
「ゴホッゴホッごほ…」
「あああ!!バタイユちゃん!」
とんでもないドシドシ音が1階に伝わる。そして、音速で私とレリーゼさんがいる部屋にやって来た、一人の男。
そうだ、この人が…デボッチさん。
いや…めっちゃカッコいい…。黒スーツ。もう少しで仕事に行くと思われる。いや…カッコよすぎない?こんな人が…2階から…あんな…汚い言葉遣いをレリーゼさんにお見舞いしてたっていうの?ウソでしょ…人は見かけによらず…とはよく言うけど…それのサウンド版があるとは…。
「大丈夫か!?バタイユちゃん!」
「もお!デボッチさんのせいでしヨーが!」
「ワシだけのせいじゃないやろうげ!お前がグチグチと物を言うからや!イケすかねえなこの女は」
「アァんんん?何だこのジジイ」
「なんだとゴラァ!?」
「あぁああ!!殺るか?殺ってやろうか!女の実力見せちゃろうけ?」
「ワシの故郷バカにすんじゃねえげ!!」
──────
「あの……」
──────
「バタイユちゃん!」「バタイユちゃん!」
「あの…私…もう大丈夫ですんで……」
「大丈夫じゃないでしょ!ほら、デボッチのおっさん。朝メシ、バタイユちゃんの分、持ってきて」
「あいよ」
「すみません…どうやら、何かと私のせいで迷惑掛けてしまってるようですね…」
「そんなことないよ?それにしてもビックリだよ…熱…下がってるよ」
「そんな…一回おデコ触れただけで、判るんですか?」
「いいや?もう測ったよ?」
「え」
「ほら、“36.2”。昨夜は酷かったよー、8.3はあってさ…ねぇ…バタイユちゃんタフ過ぎない?強い女の子だね。私もそんぐらい、タフな身体になりたいよ」
「ああ…そんなあったんですね…」
この人、優しいな。私に寄り添ってくれる。
「バタイユちゃんの分、朝ごはん作っておいたからな」
「私が作ったのよ」
「うるせえ。黙れ。はよ大聖堂行ってこい。デイツーだろ。イッチャン忙しい日なんちゃうんか」
「デボッチも来ればいいのに」
「ワシは行かん。絶対に行かん。めんどくさい…七唇律なんてとち狂っちょる…。あんな奴隷の行進見て、何が面白いねん」
「あ、あの…」
「あーごめんなゴメン。食べてくれよバタイユちゃん」
「いただきます」
コメとベーコン…スクランブルエッグに、味噌汁みたいな汁物、それに…ケチャップもある…。これは…醤油か?「美味しい…」
「美味しい?良かった、口に合って。ほら、熱の時って味覚がおかしくなるって言うじゃない?だから、心配だったんだけど」
「バタイユちゃんは熱下がったっちゅうとるやろ」
「まさかこんな早く下がるなんて思うわけナイでしょ〜が!!」
この二人、毎回こんな喧嘩してんのかな。楽しいな。なんか…抽象的な理由だけど…、あんまりこういうの感じた事ない。なんて言うか…その…笑える。
「ご馳走様でした!」
「そんな早く食べんでもええのに。バタイユちゃん、親御さんは?連絡繋いであげるから、ポイントナンバー教えて」
バタイユが電子機器のような、見たことの無いガジェットを手に取り、私に迫る。
「ポイント…なんばー?」
「分からんかい?だったら…街の名前を教えてごらんなさい。それでだったら判るだろ?」
「あー…あの………うーん…」
首傾げて見てる…特にデボッチさんの顔。レリーゼさんに見せる時の顔と真逆の顔面が作られていた。私に向けられる“笑顔”。感情の幅が効きすぎていて、相手をするのも疲れる。
「自分がいた場所だぞ?それも分からんのか?」
「…あの…はい………」
「帰りたくないの?」
「レリーゼさん…」
「もしかして、親と何かあったのか?」
「……」
無言になってみる。相手が勝手に思ってくれた方が都合が良い。もし、私の思うようなビジョンになったら…もう少しここにいれるかもしれない。そして……あ…いや……迷惑…だよね……何考えてるんだろう…。
て…まさか…この思考は…、、
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「バレた?」
「ヘリオローザ」
「いいじゃんいいじゃん、コイツら利用しようよ。もう少し粘れば、ここに居住出来るかもしれねぇぞ?よくあるだろー?こういうパターン。『行くとこが無くて…もし良ければ…ここに居させてもらえませんか?』ってナ!!」
「はぁ…あんたって…ほんとに人が無い」
「それはアタシにとっては褒め言葉だよ。人じゃ無いもん」
「……うーん」
「どうすんだよ。このおっさん、もうそろ何か言うぞ。アタシの思うように転がりそうだけどな。てか、こんな女の子を見放すと思うか?親と何か事件的な出来事があった悲劇のヒロインを演じろ」
「それが…今は一番なのかな」
「ぶれぶれ。悲劇のヒロインぶっとけえ」
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◈
「実は…私…親の元を離れてるんです」
「え?家出?」
「そんな軽いものじゃありません。虐待が嫌で…家から抜け出してきたんです」
「マジか…こんな可愛い子を…サイッテーな毒親やな」
「うん…酷いね信じられない」
「だから…どこにも私には居場所が無いんです」
「そんな…」
「でも、すみません。お二人にはどんだけ感謝を申し上げていいか…。感謝の品物も用意出来ず本当に申し訳ありません。もうここを出ますので…」
「……そんな…バタイユちゃんはそれでいいの?」
「え…?」
「デボッチ」
「おう勿論や」
二人が目を合わせる。
「バタイユちゃん、ここに居なさい」
「…え」
「おう、ワシらみたいなんでええんなら、全然構わんよ」
「本当ですか?」
「勿論!バタイユちゃんみたいな女の子を、放っとけるワケ無いじゃない!」
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「はい来たァァァァァァァーーー!!確定演出ぅ!」
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ヘリオローザの勝利の雄叫びに呼応したくなった。ヘリオローザの助言が無ければ、私はここから離れていた。少々小狡い方法だが、宿を確保した事に変わりは無い。
「ありがとうございます!」
「うん!大丈夫だよ。でも…さすがに、何にもせずに置いておく訳にはいかないよね」
「それは、ワシも同感だ」
「あ、もちろんです!是非!何なりと何でもします!」
「じゃあ…大聖堂行くわよ。私の仕事のお手伝いをお願いするわ」
「あーんはあい!もちろん!ンでえ…その、お仕事っていうのは…」
「今日からバタイユちゃんは、七唇律聖教の教徒になってもらいます」
よろしくお願いいたします。
最近はラブコメにハマってます。
それに感化されて、Lil'in of raison d'êtreに学園モノを組み込もうと思っています。
ほぼプロットも完成しました。
一巻で終わらせたいので、高校三年生という1年間のみをつむぎます。
主人公は…、、
公開予定は…今年の後半以降です。
面白くさせます。
沙原吏凜の色を活かした、他のラブコメには無いであろう設定を考えたので、大丈夫でしょう。
最近は、食べ過ぎで多分太ってます。
体重計に乗りたくありません。
以上です。




